All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 621 - Chapter 630

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第621話

月子はバックミラーを見た。あの車は間違いなくずっと尾行している。今まで見たことのない車だったのに、まさかこんな時に現れるなんて。隼人がこんなに慎重になっているのを見たことがなかった。「何か危険なことがあるの?」「いや、何もない」「何もないなら、どうして……」隼人は突然月子の顔に手を触れ、険しい表情で言った。「こうすれば少しは安心できる」そう言って、隼人は月子の首筋に手を添え、軽く力を加えた。すると月子は自然と彼の胸に引き寄せられた。隼人は近づいて月子にキスをした後、少し距離を置いて彼女を見つめ、そして車から降りた。車の前に立つ隼人は、スーツ姿が良く似合っていた。オレンジ色の街灯が彼の顔に当たり、まるで金色の光を纏っているかのようだった。隼人は月子を安心させるように、視線を送った。月子は唇を噛み締め、彼に微笑みかけた。「じゃ、家で待ってるね」隼人は頷いた。少し距離を置いてするその仕草は、礼儀正しく、まるで他人行儀のようにも見えた。しかし、月子はこのような隼人が好きだった。凛々しくて落ち着きがあり、独特の魅力を放ち、そして何より安心感を与えてくれる。そう感じて、月子の笑顔はさらに輝きを増した。月子の輝く瞳を見て、隼人の険しい表情も少し和らいだ。月子の車が走り去ると、隼人はその場に佇んでいた。しばらくすると、黒塗りの社用車がゆっくりと彼の前に停まり、中からドアが開けられた。現れたのは徹だった。隼人を見るなり、久しぶりの再会を喜ぶような表情を浮かべ、まるで何か変化がないか確かめるように、彼を頭からつま先までじっくりと眺めた。しかし、口を開けばそれは、嫌味ったらしい声だった。「隼人、久しぶりだな」片や隼人は、徹に冷ややかな視線を送った。そして、少し間を置いてから、腰をかがめて車に乗り込んだ。……雰囲気の良いワイナリー。徹はそこで高価なワインを味わっていた。血の気がない顔でワインを嗜む姿は妙に不気味で、その口元についた赤色は彼の顔色とは対照的で、冷たい光の下では、どこか妖艶な雰囲気さえ漂わせていた。誰が見ても妖しげな男だと思うだろう。それはどう見ても善良な人間には思えなような姿だから。一方で、隼人の気品と落ち着きは、徹の堕落したクズじみた雰囲気をいっそう際立たせているように見せていた。徹
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第622話

隼人は黙って、相手にしていなかった。徹はため息混じりに首を振り、つまらなくなったような様子で言った。「子供の頃、お前は素直だったな。何をしても黙って耐えていた。一度お前のお母さんに見つかって、閉じ込められて餓死寸前になったこともあったな。ハハハ。隼人、あの時は本当に怖がりだったくせに。今は随分変わったな。まるで別人だ。まさかお前がこんな風になるなんて、思ってもみなかったよ。最初は一生腑抜けのまま生きていくと思っていたのに。まったく……鷹司家で俺を驚かせるのは、お前とお前のお母さんくらいだ」徹の話は過去への郷愁に満ちていて、話題もすぐに変わる。酒飲みの思考回路は普通じゃないのだろう。思ったことをそのまま口にしているのだ。「そう言えば、昔、お前に男と女のいろはを教えようと思って、友達が経営している店に連れて行って、無理やり現場を見せたこともあったな……ハハハ。お前は吐いてしまったっけ。それから何年も、お前の周りには女がいなかったから、俺は少しばかり罪悪感を抱いていたんだ。もしかしたら、やりすぎて、お前にトラウマを植え付けてしまったせいで、女嫌いになったのかもしれないってな」彼は人差し指でこめかみを軽く叩きながら、首を傾げた。「確か、お前は何歳だったかな?12歳?それとも13歳?」あの時隼人の数メートル先では、男女が絡み合っていた。逃げ出そうとした隼人の手を徹が背後で掴み、膝で首を押し付け、顔を床に半分押し付けた。彼は徹にしっかりと押さえつけられ、歯を食いしばりながら起き上がろうともがいた。しかし、徹はさらに力を込めて彼を押さえつけ、嘲笑した。隼人もそう言われるとあの時のことを思い出した。すると、隼人の目の色がどこか普通ではなくなっていた。「まさかお前が恋愛するなんてな。最初聞いた時マジで驚いた。それに、かなり真剣らしいじゃないか。でも、誰にも相手にされないようなお前が、本当に誰かと上手くやっていけるのか?もし彼女に振られたら、今度こそ泣きわめくんだろうな?」隼人は黙っていたが、徹は気にせず話を続けた。「お前を呼び出したのは、ひさしぶりに他愛のないお喋りをしたかっただけだ。例えば、お前ら二人がどれだけ本気なのかとか、結婚するつもりなのかとか。でも、面白いことが分かったぞ。お前の彼女は、お前の弟さんの元妻だったらしいな。以前結
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第623話

隼人は低い声で言った。「彼女に会いたければ、命を落とす覚悟でくるんだな」徹の目の前には、失明しかねないガラス片があったが、彼はそれほど怯えていなかった。しかし、命を脅かすような言葉を聞くと、さすがに瞳孔が収縮し、狂ったように笑い出した。「ハッハッハ、そんなに彼女のことを大事に思っているのか?ハッハッハ、隼人よ、もし綾辻さんがお前を振ったら、愛を知らない哀れなお前は、そのショックに耐えられるのか?ハッハッハ、彼女が静真さんに奪われるところを、俺は本当に楽しみにしてからな。お前は何度も捨てられることになるんだ……」しかし、彼がそう言い終わらないうちにガラス片の先端が更に数ミリ動いた。徹が瞬きをすると、まつげがガラス片の先端に触れるほどだった。隼人が手を少しでも震わせれば、徹は片目を失うことになるだろう。徹にもさすがに恐怖がよぎった。幼い頃に隼人に復讐されたことがあったからだ。胸には、隼人に刺された醜い傷跡が今も残っている。あの時、彼はもう少しで命を落とすところだった。鷹司家は皆、隼人が少し常軌を逸していて、一度キレると本当に人を殺しかねないことを知っている。だから彼らは隼人の狂気ぶりを恐れ、誰も近づこうとしないのだ。この傷跡のせいで、徹は隼人のことを常に気にしている。もちろん心配しているわけではない。ただ、隼人が苦しむ姿が見たいだけだ。彼は隼人不幸であればあるほど、楽しいのだ。徹は劣勢に立たされるのが嫌で、息を整えながら言った。「俺を殺せるのか?」そう言われ隼人は徹の頭を掴み、手を滑らせた。徹の瞳は大きく開き、恐怖のあまり反射的に目を閉じた。すると鋭い痛みがこめかみから走った。隼人は彼のこめかみに、2センチほどの切り傷をつけたのだ。すぐに傷から、真っ赤な血が流れ出た。徹は目を開けたが、恐怖の色はまだ消えていなかった。隼人はうつむき、彼の無様な姿を目に焼き付けると、彼の髪を放した。徹は反撃の機会を伺ったが、隼人には見抜かれていた。いや、最初から隼人は徹を逃がすつもりはなかった。隼人はすぐさま彼の喉元に手を伸ばし、指で脆い気管を掴んだ。そこには動脈の鼓動がはっきりと感じられるのだ。首を掴まれた徹は身動き一つできなかった。時には暴力も、こういうクズ人間にはある程度効果があるというものだ。
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第624話

隼人はそう言うと、徹を突き放した。何気なく振り払ったように見えたが、その力は相当強かった。徹はゴミのように地面に倒れ込んだ。そして、床にはグラスの破片が散乱していた。倒れた徹は、思わず破片の上に手をつき、掌から血が噴き出した。血まみれの手を見て、徹は隠すことなく苦痛に顔を歪めた。少し大袈裟に痛がる素振りも見せた。彼はなんとか起き上がろうとした。しかし、酒を飲んでいた上に、ついさっきまで命の危険を感じていたため、アドレナリンが大量に分泌された後だった。酷いめまいがして、立っていることさえままならない。隼人と戦うことなんて、到底無理だった。徹は何度も息を深く吸い込んで、テーブルに掴まりながら何とか立ち上がった。そして目尻を触ると、指には生暖かい血が付着していた。その瞬間、彼の顔は歪み、目は冷酷な光を帯びた。胸に刺された古傷が疼き始めた。過去の恨みと今日の屈辱が、彼の中で渦巻いていた。徹は歯を食いしばりながら言った。「何年も経ってるのに、相変わらずビビりだな。もっと手荒な真似をするかと思ってたのに。隼人、恋人ができたからって、大人しくなったのか?」隼人は彼の挑発には乗らず、表情を変えずに低い声で言った。「試してみるか?生きて帰れるとは思わない方がいい」「ハハハハハ!殺すだって?ハハハハ!いいだろう、殺せるもんなら殺してみろ!あの時、お前が俺を刺したのに死ななかった。俺は運がいいのさ。お前が俺を本当に殺せるはずがない!」そう言うと、徹はまるで狂ったように笑い始めた。本当に運が良かったのだろうか?いや、隼人が手加減したのだ。隼人は表情を変えず、笑いものを見るような目で徹を見つめていた。10歳そこそこの頃、隼人も徹をそんな目で見ていた。もちろん、その時は徹に平手打ちを食らわされたのだ。当時、結衣は隼人の世話をする暇がなかった。母子は7年間も離れ離れで暮らしていたため、お互いによく知らない他人同然だった。そこで、年齢の近い徹が、隼人と遊び相手となった。しかし、二人の性格は全く合わなかった。徹は大胆不敵で、どんな悪さも厭わなかった。年齢も満たないうちに車を運転し、仲間と走り回っていた。まさに札付きの不良だった。家が裕福で権力を持っていたため、周りの大人たちも彼らを恐れていた。一方、隼人は物静かで、おとなしく
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第625話

普段はおとなしくて素直な子が、まさかこんな恐ろしいことをするなんて、誰も思わなかった。大人たちは悲鳴を上げ、我先にと逃げ惑った。その時徹だけは、人を刺したにも関わらず隼人の目に浮かぶ、まるで水面のような静けさをはっきりと見て取った。その瞬間、徹は、骨の髄まで凍るような恐怖を初めて味わった。そしてその恐怖が消えぬうちに、彼は死の淵に立たされたような感覚に襲われた。それは一度味わったら、一生忘れられない感覚だ。あの時、徹は本当に肝を冷やし、それ以来、隼人には手を出さなくなった。しかし、二人の間の確執は消えることなく、憎しみだけが渦巻いていた。今の隼人は、あの頃の少年ではない。あの年で、あんな残酷なことができるということは、決して素直な人間ではなかったのだ。ただ、まだ牙を剥き出し、本性を現すほどには成長していなかっただけだ。しかし、どんなに強い人間にも弱点はある。徹は偶然、隼人が書いた日記を見たことがある。それは、ある日までのカウントダウンだった。最初は意味が分からなかったが、正雄がK市に遊びに来ると聞いた時、徹はようやく理解した。隼人はずっと祖父に会う日を指折り数えていたのだ。その瞬間、徹は笑い転げそうになった。隼人は、意外とかわいいところがあるじゃないか。愛されたことのない子供は、ほんの少しの優しさでも、失うことを恐れるものだ。隼人は何も恐れていないように見えて、実は、大切に想う人や物が、自分の傍からいなくなることを何よりも恐れている。今、隼人は月子に惚れ込み、付き合っている。これは、ただごとではない。隼人の性格からして、真剣に付き合っているに違いない。もし、月子に振られたら、隼人は、あの頃のように誰からも必要とされない惨めな男に戻ってしまう。きっと耐えられないだろう。もしかしたら、壊れてしまうかもしれない。そう考えた徹は、口元を歪めて笑った。「隼人、お前が調子に乗っていられるのも、今のうちだけだぞ」隼人は黙って徹を数秒見つめた後、ワイナリーを出て行った。ワイナリーの外。隼人は車の傍に立ち、スマホの連絡先リストをスクロールしていた。【鷹司結衣】の名前で指が止まった。彼は結衣に電話をかけた。結衣がK市を離れてから、ほとんど連絡は途絶えていた。コール音が長く続いた後、相手はようやく電話に出
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第626話

結衣は隼人を産んだが、それは予期せぬ妊娠だった。産む前は母親になるなんて考えてもいなかった。だが、妊娠したからといって中絶しようとも思わなかった。その後、達也が結婚していることを知り、さらに父親が亡くなり、あらゆる出来事が一度に押し寄せてきた。結衣には隼人の世話をする時間もなく、正雄に預けるしかなかった。そして実権を握ったはいいものの、それを盤石なものにするためには、さらに忙しくなり、ほとんど休む暇もなかった。隼人は正雄と暮らしていて安全に過ごしていることがわかっていたから、彼女も当時は年に一度くらい会えればそれで十分だと思っていた。さらに数年後、隼人は鷹司家に戻ってきた。7、8歳ではあったが、彼にもすでに自分の性格が芽生えていた。結衣も子供なしの生活に慣れていたので、彼にそれほど気を遣うことはなかった。それに、相変わらず忙しかった。鷹司家の面々は侮れない存在ばかりだし、彼女にはライバルの兄弟姉妹、そして政略結婚で繋がった勢力もあった。真の鷹司家のトップに立つには長い道のりが必要で、結衣にはそんなに時間はなかった。隼人が幼いながらに自分のことは自分でできるなら、それ以上心配する必要はないと思っていた。血気盛んなのは男だけではない。女にもいる。結衣もそうだった。波瀾万丈の人生を送ってきた彼女は、仕事に心血を注いだ結果、隼人の成長を見過ごしてきたのだ。長年、一緒に誕生日を祝ったのだって一度か二度くらいだった。それを最近になって、結衣も年を重ね、隼人が優秀で彼女にとって自慢の息子となったことで、彼との関係を修復したいと思っていた。しかし、どうすれば息子と接すればいいのか分からなかった。経験を積んでも、どうすればいいのか分からなかった。隼人との共同生活にも慣れていないし、仮に隼人と一緒に一週間も過ごしたら、彼女の方が先に参ってしまうだろう。だから、関係修復の第一歩を踏み出すのさえ、長い時間をかけて考えた末のことだった。幸い、普通の母親と同じように隼人に結婚を促し、彼の結婚について心配していたところ、隼人もそれに応えてくれた。絶縁状態にならずに済んだことは、結衣にとって慰めだった。親子が完全に断絶してしまうケースをいくつも知っているだけに、子供が会いたがらなければ、親がどんなに努力しても無駄なのだ。今、隼人は恋をして、月子と自分のために機会
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第627話

社長は本当にすごい人だ。運転中、たまに仕事の話や、信じられないほど非常識な部下の裏切りの話を聞いても、全く動じない。自分ならとっくに頭に血が上っているような状況でも、冷静に、そして何の感情も見せずに、的確な指示を出していくんだ。そんな社長の胆力に、運転手は心から感服していた。しかし今、社長は呼吸さえも乱れている。こんなことは滅多にない。一体誰と電話しているんだ?運転手は何か力になりたいと思ったが、自分にはどうすることもできない。隼人は眉をひそめた。母親は自分の苦しみを理解していないばかりか、あんな風に軽視するなんて。しかも、自分と徹がうまくやっているとでも思っているのか?隼人は気持ちを落ち着かせ、冷たく言い放った。「俺はただ知らせに来ただけだ。お説教を聞きに来たんじゃない。それに、あなたにお説教される筋合いはない」そう言うと、隼人はスマホを下に置き、通話を続けた。結衣は何か言っているようだが、彼は聞こうとしなかった。しばらくそのままにして、隼人は電話を切った。そして、車のドアを開けて乗り込んだ。運転手は急いで車に戻り、自分の仕事に集中した。社長は今、家に帰りたいと思っているに違いない。そう思った彼はフリーリ・レジデンスに向けて、車を走らせた。車内は薄暗く、隼人は助手席に座っていた。街灯の光が一瞬、彼の顔に影を落とす。ハンサムな顔には表情がなく、視線は落とされ、静かで厳粛な雰囲気を漂わせていた。何を考えているのか、誰にも分からない。悲しんでいるようにも見えないが、決して機嫌がいいわけでもない。感情がまるでない。ただ、今は静かに過ごしたいのだろう。余計な慰めは、彼にとって邪魔で、失礼に当たるに違いないそう思った運転手は静かに運転に集中した。逆に隼人はこういう状況に慣れていた。別に大したことはない。花屋の近くを通った時、隼人は何かに突き動かされるように、運転手に車を停めるように言った。彼は車から降り、月子が好きなストレリチアを買って、再び車に乗り込んだ。車はマンションの地下駐車場へと入っていく。隼人はいつも通り、何事もなかったかのように車から降り、エレベーターに向かい、ボタンを押した。ふとスマホを取り出し、画面に映る自分の顔を確認した……確かに、いつもより顔色が悪い。隼人は眉間を揉み、平静を装おうとした。大丈夫そ
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第628話

月子は、ちょうどテレビ会議中で、玄関のモニターは別の画面に表示されていた。隼人が彼女のお気に入りの花を抱えて戻ってきた。月子はすぐに気づいたが、一見しただけで、隼人の様子がおかしいと感じた。だけど、特に変わった様子はなかった。月子はすぐに会議を中断し、部屋から出ていった。玄関から入ってきた男を見て、彼女の予感は的中した。隼人は、今、気分がすぐれなかった。彼女を抱きしめる時も、いつもより強い力で。これが彼の愛情表現だった。月子は隼人と付き合って2週間以上が経ち、もう彼のこの癖はよく分かっていた。強く抱きしめる。激しくキスをする。甘い言葉はあまり口にしないが、行動で示すタイプだった。隼人はしばらく月子を抱きしめていたが、スマホの着信音を聞いて腕を解き、彼女の目を見て尋ねた。「忙しいのか?」「さっきあなたが帰った後、研究室の仲間から呼び出されたんだけど、行かずに家でテレビ会議してたの」と月子は答えた。「なぜ行かなかったんだ?」と隼人は聞いた。「あなたを待ってるって約束したでしょ」と月子は言った。それを聞いて隼人の目線は、一瞬にして深みを増した。それを見た月子は思った。隼人はきっと、ストレートに愛情表現をされるのが好きなんだ。彼はいつも、自分が彼女にとって大切な存在であると確認したかったのだ。そんな彼女をみて隼人の凍りついた心は、次第に溶け始めた。彼は月子の手を取り、キッチンカウンターまで行き、花束を置くと、また彼女の手を引いてソファへと向かった。ソファに座ると、彼はいつものようにすぐに月子を抱きしめることはせず、視線で自分の脚を指し示してから、彼女に言った。「こっちへ来い」月子はきょとんとした顔になった。こんな風格のある男に言われると、逆らえないものがあるのだ。そして、胸が高鳴った。月子が隼人の脚の上に座ると、彼はすぐに彼女の腰を抱き寄せた。手が長すぎるため、一回りさせてもまだ余裕があったので、そのまま彼女のお腹を優しく撫でた。彼の掌の熱は、服の上からでも伝わってきた。エレベーターの中で、隼人は鏡に映った自分の険しい顔を見て、逃げ出したくなった。本当は月子にこんな顔を見られたくなかったけど、この部屋は温もりがあんまりにも名残惜しかったから、彼には引き返すことができなかった。それに、
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第629話

しばらく見つめていたら、今度は隼人が逆に我慢できなくなって、月子に尋ねた。「どうしてそんな風に俺を見ているんだ?」月子は片手を伸ばし、彼の綺麗な目尻を撫でた。「考えすぎかもしれないけど、なんだか少し元気がないように見える。まあ、それはいいとして、私はただ、あなたと一緒にいたいだけ。仕事は明日でもできるでしょ?」また月子に気づかれてしまったのか?今回はいつもより深刻な問題だったから、普段以上に隠していたつもりだったのに。どうして彼女に分かってしまうんだ?隼人の心臓が、突然激しく鼓動し始めた。まるで心臓発作を起こしたかのように、隼人は脈が乱れるのを感じた。結衣にも分からなかった感情が、月子には気が付いてもらえたのだ。かつて徹を刺した時でさえ、結衣は二人の不仲に気づかなかった。あれは、見て見ぬふりなのか、それとも本当に気づかなかったのか。なのに、愛する女性の前では、ほんの少しの綻びを見せただけで、月子は気が付いてくれた。隼人は、そんな母親はやはり皮肉な存在でしかないように感じた。それと同時に月子の気配りに改めて心を動かされた。なぜ月子は、こんなにも鋭いんだろう?「……お前がいてくれて本当によかった」隼人は思わずその言葉を口にした。今の自分の表情を、月子には見られたくない、そう隼人は思った。多分それほど表情なんてないはずだけど、それでも隼人は恐れた。もしかしたら、何かボロが出ているかもしれない。月子は賢すぎる。隼人は彼女の首元に顔をうずめ、彼女の良い香りに身をゆだねた。隼人は他人の気持ちに共感できない。気分が悪くても、誰かに慰めてもらおうとは思わない。感情や涙は、怒りや脆さといった弱点であり、それを人前にさらけ出すことを彼はひどく拒んだ。かつてこれらの感情は自分の遺伝子に刻まれているだけで、決して露わにすることはないと思っていた。月子に出会うまでは。そして、自分が普通の人よりもはるかに感情に飢えていることに気づいた。月子が好きすぎるあまり、彼女がいなくなることを恐れて、漠然とした不安や取り留めのない考えに囚われるようになった。そして、自分も誰かに慰めてもらう必要があると気づいた。たった一言で十分だった。慰めてもらうというのは、こんなにも心地良いものなのか。隼人はそれを感じ
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第630話

隼人は何も言わなかった。月子は彼の腕を掴んで言った。「最近、あなたのスマホに芸能ニュースがやたらと表示されるようになって、なんか変な感じよね」隼人は答えた。「恋人の仕事に関心を持つのは当然だし、ついでに邪魔な奴らを排除してやってるだけだ。当然のことだろ?」「やっぱりあなたがやってたのね!」月子は隼人の顔を両手で包み込み、キスをした。そして、少し離れてから言った。「当然なんてことはないでしょ?とっても素敵なサプライズじゃない!」月子が喜んでくれたのを見て、隼人はそれ以上何も言わなかった。恋人に対して当たり前のことをしたまでで、彼はそれを特に褒められるようなことだとは思っていなかった。むしろ、彼女にしてあげるのにまだまだ足りないと思っていた。もっと月子のことを喜ばせたいと思っていたのだ。隼人は恋愛経験もなく、人を好きになったこともなかった。どうすればいいのか、何をしてあげればいいのか分からず、手探りで進めていた。月子は隼人にプレゼントしたネクタイを取り出して言った。「このネクタイつけているところが見たいな」隼人は素直に従い、月子の腰に手を回し、軽く持ち上げてソファに座らせた。そして、ジャケットを脱ぎ、ネクタイを外して脇に放り投げた。黒いシャツ姿になり、ボタンもいくつか外れている。隼人は自分の脚を軽く叩いた。月子に、自分の脚の上に座るように促したのだ。しかし、月子は座る代わりに、隼人の脚を跨ぎ、両膝を彼の太ももの両側に置いた。そして、隼人のシャツの襟を掴むと、彼は反射的に上体を反らし、両手をソファに置いた。すると、そのセクシーの喉仏が露わになった。月子はそのまま彼の脚に腰をかけることはせず、跪いた状態を保った。こうして隼人よりも高い位置から彼を見下ろし、ネクタイを彼の首に巻きつけて締めた。しかし、思いのほか隼人は大人しくしていなかった。仕方なく、月子は彼に近づき、ネクタイを結び始めた。月子は心の中で舌打ちをした。隼人は、顔もスタイルも抜群で、時には嫌みにならない程よい強引さもある。そして、男の色気が漂っていて、とても魅力的だった。もしかしたら、隼人自身も気づいていないかもしれないが、こんなふうにしてる彼は、すごくセクシーなのだ。だから、月子は喜んで彼に近寄り、ついには彼の腰に跨っているような状態に
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