All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 871 - Chapter 880

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第871話

隼人は凍りつくような冷たい表情で、言った。「やってみるがいい。俺の手から子供を奪い取れるかどうか、な」その言葉の重みと威圧感は明らかで、正人は隼人が本当にイカれていると思った。しかも、手の施しようがないほどに。なにせ、どんなひどい言葉を浴びせても、彼はびくともしないのだ。だから、手応えがまったくなくて、深い無力感と絶望を感じてしまうのだろう。これこそ本当に手の施しようがないってことだ。弱点のない人間っていうのは恐ろしいものだ。正人は、この瞬間、もう勝ち目はないんじゃないかと本気で確信した。そう思いながら、正人は静真に視線を移した。彼はまだ諦めないつもりなのだろうか?いや、これ以上粘ってどうするつもりなのだろうか?静真の険しい表情から、正人は彼自身ももうこれ以上打つ手がないことに気づいているだろうと思った。しかし突然、静真がスマホを取り出して、誰かにメッセージを送った。それをし終えると、静真は指の関節が白くなるほどスマホを強く握りしめた。彼の顔は狂気じみた執念に満ちていた。「隼人、お前がやっているのは全部、月子を奪うためだろ。もし俺が月子を閉じ込めたら、それでもお前は奪えると思ってるのか?」隼人の感情の読めない瞳に、ついに剥き出しの危険な光が宿った。彼は、月子が監視をひどく嫌っていると知ってから見張りを引き上げていたのだ。彼女の出張が終わったら、子供のことをすべて話すつもりだったのに……静真が月子に好かれたいのなら、彼女が到底受け入れられないようなことはしないはずだ。だから隼人は、静真が軟禁という手段に出るとは考えてもみなかったのだ。しかし、今静真に不意を突かれて、隼人の怒りがじわじわと込み上げてきた。「月子に何をした?」その声からは隼人の怒りがひしひしと伝わり、聞く者の背筋を凍らせた。正人は、ふと静真に感心した。隼人は何を言っても効かない鉄壁の男だと思っていたが、静真は彼の弱点を的確に突いたのだ。この兄弟のやり合いには本当に手上げだ。そう思っていると、静真はぞっとするほど冷たい笑みを浮かべて言った。「覚えておけ。月子は俺の妻だ。永遠にな!お前のような素性の知れないやつが、俺から彼女を奪えると思うなよ!」それを聞いて、隼人は無言で銃を抜くと、静真の足に向かって引き金を引いた。彼はあまりに長く感情を
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第872話

一樹から誰かに監視されていると聞いた月子は、その日のうちに調査を始めた。月子はトップクラスのハッカーなので、情報を得るのはお手のもの。高性能なコンピュータさえあれば、膨大なデータの中からすぐに手がかりを見つけ出せる。相手がどんなにうまく隠していても、他の監視記録と照らし合わせれば必ず突き止められるのだ。月子は、S市への出張での自分の移動範囲をもとに、ほぼ全ての監視カメラの映像を特定した。そして複雑なプログラムを組んでシステムに自動分析させると、すぐにいくつかの手がかりが浮かび上がってきた。さらに過去に遡って調べ、月子はついに相手を特定した。それは、隼人だった。自分が隼人に別れを告げてからの数ヶ月間、彼はずっと自分の一挙手一投足を監視していたのだ。どうりで、自分が一人で外を歩いている時、いつも誰かに見られているような気がしていたわけだ。当時は視線を感じて振り返っても、そこには誰もいなかったけど。あれは気のせいじゃなかったんだ。自分を付け回していたのは、隼人だった。まさか、本当に彼だったなんて……犯人を突き止めた月子は、その日一日ずっと気分が落ち込んでいた。彩乃に電話したり、絵里奈にも暗い表情を心配されて慰められたりした。最終的に、子供の動画を見て、やっと少し心が穏やかになった。でも、この問題はまだ終わっていなかった。月子は、自分を監視しているのが隼人であってほしくなかった。かつては山のようにどっしりとして、温かく安心させてくれたあの男が、陰でずっと自分を監視していたなんて。それに、この数ヶ月は全く連絡もなかったから、彼が何をしたいのかを月子は全く読み取れずにいた。だから月子の気分は最悪で、大きなショックを受けていた。まるで、今まで隼人に対しての認識が全てくつ返されたかのようだった。一緒にいた時に自分が感じ、見て、触れてきた隼人は、本当に素敵な人だったのに。でも、今の彼がしていることは、そんな素敵な人のやることじゃない。隼人が自分の動向を気にするのはいい。たとえば、共通の知人に最近何をしているか聞くとか。それは、単に気になる相手への関心だから。自分だって、きっとこれから隼人がJ市で何をしているか探ることはあるだろう。それは自然なことだ。でも、まるで監視カメラのように四六時中自分のプライベートまで覗き
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第873話

一樹が忍のスマホを奪い取って、月子と話した時、二人はもう合図を送り合っていたんだ。たぶん一樹は、彼女がすぐに隼人の存在に気づくと分かっていた。そして月子も、一樹が空気が読める男だと知っていたから、変わった態度を取ってもすぐに察してくれると信じていた。そして、案の定二人の息はピッタリ合った。月子はその場で電話から忍のIPアドレスを特定した。場所はJ市。月子は、いっそのことJ市まで飛んで一樹に会おうと思った。ついでに隼人にも連絡を取って、監視の件がどういうことなのか問い質すつもりだった。ところが、出発しようとした時、月子はまた別のグループに監視されていることに気づいた。隼人の一件があったから、月子は警戒していたのですぐに気づくことができた。彼女はまた隼人の仕業かと思ったけど、今度は静真だった。しかし、月子には静真がそうする理由がまったくわからなかった。二人で一緒に子育てしているっていうのに、どうして人をよこして監視したりするの?静真は一体何をしたいの?子供たちの世話をしててもまだ暇を持て余しているってこと?他にやることがなかったのかしら?あまりに腑に落ちなくて、気味が悪かった。だから月子は、静真に直接電話で聞くことはしなかった。どうせ聞いても、彼は嘘をつくだろうと思ったからだ。それより、気が付かない振りをして、静真が差し向けた人間が一体何をしようとしているのか見極めた方がいいと思った。だから月子は、誰にも気づかれないようにこっそりと出発した。そして、絵里奈に頼んで、自分がまだ仕事をしているフリまでしてもらったのだ。夜の便で飛び、明け方、月子は忍の拠点に到着した。彼女はすぐに忍が情報ネットワークで構築した防御システムを攻撃し、真っ先に一樹に連絡を取って、彼を連れて逃げようとした。しかし、一樹は月子に、忍はまだ何か秘密を隠しているはずだと告げた。月子は監視システムを元に戻し、監視室のモニターには以前の古い映像をループで流すように仕掛けた。これで、月子がこっそり忍び込んでも、監視室からは何も見えない。それから、月子が一樹と合流したあと、一樹はまた適当な理由をつけて、忍を自分のところに呼び出した。忍が一樹の部屋に来ると、目の前にいる月子に驚いて顎が外れるほどだった。一樹はその隙をついて彼を取り押さえ、椅子に縛り付けた。
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第874話

忍は、月子が子供のことを知ってしまったと悟り、観念して口を開いた。「隼人は、あなたが出張から帰ったら話すって言ってたんだけど。でも、もう知っちゃったんなら、俺が隠しておく意味もないよね」そう言って彼は隼人への不満を漏らし始めた。「月子さん、もし俺がもっと早く知ってたら、絶対に止めたよ。まあ、止められたかは分からないけどね」忍は、悪事に加担させられたのが不本意だという顔で、真剣に謝罪した。「月子さん、俺に腹が立ってるなら、殴っても罵ってもいい。でも、本当にどうしてこんなことになったのか分からないんだ。隼人に聞いても、何も言ってくれないし……」忍がぺちゃくちゃと言い訳を続けるのを聞きながら、月子の表情はどんどん険しくなっていった。一樹は忍に、もう黙るようにと目で合図した。そして、分の悪い忍は、それ以上何も言わなくなった。友人には義理堅いつもりでいたし、以前は月子に「何かあったらいつでも呼んでくれ」と約束までしたのだ。それなのに、結果的に彼女を裏切ってしまった。これは自分にとって、人生最大の汚点になるだろう。少し前まで、月子は静真の不甲斐なさと、彼が隠し事をしていたことに腹を立てていた。でも今は、自分の子供を連れ去ったのが隼人だと知ってさらに戸惑った。一体、どういうことなの?連れ去られる時、二人の子は怪我をしなかったかしら?環境が変わって、体調を崩したりしていない?やっと家政婦にも慣れてきたところなのに。急に知らない人に預けられて、ちゃんと眠れているのかな。きっと夜中にすごく泣いているに違いない。そう思うと月子は、怒りで全身がわなわなと震えていた。隼人は4ヶ月近くも音沙汰がなかった。それなのにずっと自分を監視していて、挙句の果てに自分の子供を盗んだっていうの?そしてわざわざ、彼が犯人だと知らせてくるなんて。隼人の狙いは一体なんなの?自分に振られたことへの、仕返しのつもり?月子には、もう隼人の素性が読めないでいた。あんなによく知っていたはずの人が、どうしてこんな変わり果ててしまったの。結局のところ、あの兄弟の張り合いなんだ。小さい頃からずっとそう。そして、今になっては自分が大切にしている子供でさえ、彼らは駒のように扱っているのだ。じゃあ、自分は?自分のことなんて、誰も気にかけてくれていないのだろう。自分
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第875話

それなのに、子供をさらうような真似をして、自分を無理やりそばに置こうとするなんて。もっとやり方があったはずなのに。どうしてこんな、自分が一番受け入れられない方法を選ぶの?思い詰めた月子はもう疲れきっていた。隼人が何を考えているのかなんて、もう知りたくもない。今はただ、自分の子供に会いたいだけ。隼人も静真も、どうでもいいのだ。一方の一樹は、誠実に接してくれるから、一緒に居て本当にリラックスできる相手なのだ。そして自分のやることも、ちゃんと理解し応援してくれる。月子にとって、そんな関係はとても心地よかった。気が楽だし、面倒な悩みもないからだ。これから隼人に直接会って、子供を返してもらうように問いただすつもりだ。でも、そばに誰かいてくれたら、もう少し心強いかもしれない。そう思って月子は一樹に、「わかった」と言った。そして、月子が車を運転して街を抜けると、郊外に監視カメラがないのをいいことに、彼女は一気にアクセルを踏み込んだ。一方で、そのスピードの速さに驚き一樹は、子供の心配で月子が取り乱してしまったのだとさえ思ってしまった。彼は必死に手すりを掴みながらも心配そうに視線を向けたが、月子はこの猛スピードの中でも、驚くほど冷静で、ハンドルさばきも安定していたのだ。その時になって、一樹はようやく気づいた。月子はもしかしたら、プロ級のドライバーなのかもしれない、と気が付いたのだった。そして、その瞬間から、彼は月子の横顔からますます目が離せなくなった。自分が好きになった女性は、こんなにも輝いているんだ。しかも月子の行動力はすさまじい。ものすごい速さで隼人を探し出し、夜のうちに飛行機でここまで来て、おまけに忍の監視システムまでハッキングしている。たとえ一樹が自分の部下にやらせても、誰も月子ほどのスピードと行動力は持ち合わせていないだろう。月子という女性は、まさに宝物のような存在だ。昔、一樹は静真を愛おしそうに見つめる月子の、あのキラキラした瞳が好きだった。でもそれは、とんでもない勘違いだった。月子自身が輝いているからこそ、あんなに美しい表情を見せることができたのだろう。もちろん一樹が惹かれているのも月子自身であり、彼女の特定の表情だけではなかったのだ。でも、今この状況ではどんな言葉も相応しくない。ただそばに寄り添うことだけが、彼に
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第876話

実は、ここに来る前、静真と正人は徹に会っていた。正人は、誰に対しても感情を表に出さない男だ。相手がどんな人物であろうと態度は変わらず、敵対することも媚びへつらうこともしなかった。でも静真は、徹を一目見た瞬間、強烈な嫌悪感を抱いた。徹と隼人は叔父と甥だが、似ているところはまったくなかった。徹は実力もないのに家柄を笠に着て威張るだけのろくでなしで、それはまるで、入江家のどうしようもないいとこたちのようだった。それでも情報を引き出すため、静真は反りが合わない徹としばらく付き合うことにした。徹のほうは静真に会えてとても嬉しそうだった。この兄弟がいがみ合って、隼人が不幸になるのを見てみたい、という気持ちが言葉の端々からにじみ出ていた。静真も馬鹿ではないから、利用されるつもりはなかった。だから、彼は徹にまず誠意を見せるよう要求したうえで、冷たい態度をとり続け、安易な約束は一切しなかったのだ。徹も、さすがは隼人の弟だと内心思った。この兄弟はそろいもそろって自分と馬が合わず、見ているだけで腹が立つ。幸いなことに二人は仲が悪いので、どこまで争うのかこの目で見たいものだと内心でつぶやいたのだった。徹と隼人の間の確執は、一生解けることはない。だが、今の彼では隼人に手出しできなかった。一方、静真には隼人と渡り合えるだけの力がある。だから徹は、ひどく屈辱的ではあったが、自分が隼人に刺された一件を静真に打ち明けたのだ。話を聞き終えた静真は、ひどく驚いた。彼の知る隼人は、子供の頃から何をされても黙って耐えるばかりだったからだ。大人になってもそれは同じで、月子のことがなければ、自分と張り合うこともなかっただろう。だから静真は、鷹司家に戻った隼人がそこまで狂気に満ちていたとは想像もしていなかった。それは自分が全く知らない彼なのだ。そして、徹と会った後、静真はますます、隼人に直接会って事実を確かめたいと思うようになった。さらに、徹からその情報を得たものの、静真は「何の価値もない情報だ」と言い放ち、彼の面子を丸つぶれにした。静真はもとよりプライドが高い男だから、見下している相手には全く気遣うことはないのだ。しかし、実際のところその情報はかなり役に立つものだ。その話は静真に隼人の別の顔を教えただけでなく、月子に隼人を嫌わせることもできる。もし
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第877話

月子は、まるで正気を失ったかのような静真の顔を見て、尋ねた。「どうして私を監視してたの?」月子の氷のように冷たい問い詰めに、激昂していた静真は言葉に詰まった。なぜ監視などしたのか?決まっている。月子を自分のそばに縛り付け、彼女を永遠に自分の範疇に収めて、逃がさないためだ。静真はもっと早く、手っ取り早くて強引な手段を取るべきだったのだと思った。そうすれば、こんな予想外の事態にはならなかった。こんなふうに受け身になって、少しずつ主導権を失うこともなかったはずだ。月子は続けた。「答えられないんでしょ?なら、今は何も言わないで」そう言い終えると、彼女はようやく隼人に目を向けた。子供のお披露目会から、まだ3週間しか経っていない。その前にも隼人に会ったけど、その時は少しよそよそしいだけだった。でも、たった20日あまり会わなかっただけで、彼の姿は月子の目にはまるで別人のように映った。「隼人さん、前に言ったことは撤回する。私の子供を奪ったあなたは、もう私にとって頼りになる存在ではない」月子の声は、とても冷たく硬かった。静真はハッとした。月子は子供のために隼人とよりを戻すはずじゃなかったのか?これじゃ、まるで決別するみたいじゃないか。その瞬間、静真の頭に色々な考えがよぎった。自分が多くのことを見誤っていたと、彼は気づいた。自分はずっと子供さえいれば、月子を取り戻せると思っていた。だから、子供という切り札が隼人の手に渡れば、月子は彼の元へ戻ると、無意識に思い込んでいたのだ。だが、月子はまったくそんな風には考えていなかった。月子はいつだって理性的で、冷静だった。彼らが何をしたのかをはっきりと見極めて、結果どうするかは彼女自身が判断を下していたのだった。それによって静真は突然、ある恐ろしい結末に気づいた。子供の件で、月子はもう永遠に自分を許さないのではないか?自分は月子をコントロールできると思い込んでいた。しかし実際は、彼女はずっと冷ややかに傍観し、子供にとっての損得を天秤にかけていたのだ。そして彼女はもう、とっくの昔に……自分を愛していないのだ。自分と隼人がどれだけ醜く争おうと、月子にそもそも付き合う気はなかった。だから、子供がどちらのところにあるからって、それによってどちらかとよりを戻すことはないのだ。彼女が自分の
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第878話

しかし、彼が言い終えた途端、静真の顔色がさっと変わった。実は、一樹も静真がどれほど衝撃を受けるか予想できていた。何しろ二人は、子供の頃からずっと一緒に過ごしてきた大親友だったのだから。静真の人生の大事な場面には、いつも一樹がいた。しかし、隼人も静真も性格に難ありで、月子を幸せにできるはずがないのだ。兄弟同然の二人が大げんかしているこの隙に、一樹が「所有権」を宣言すれば、二人とも少しは落ち着くはずだ。でも、その怒りの矛先はきっと彼自身に向かうだろう。それでも一樹は怖気づかなかった。それに月子がいる手前、これ以上彼らもみっともない真似はできないはずだ。ついでに、そうするとことで月子のうっぷんも晴らしてやろうと思った。静真は、この状況を飲み込むのに数秒かかった。あまりにも馬鹿げていると感じた。自分が隼人とくだらない言い争いをしている間に、月子はそんなこと気にもかけず、自分の目の前で一樹とくっついたってのか。一樹のやつ、一体いつから自分の女を横取りするつもりでいやがったんだ?今の静真にとってこの衝撃的な事実は怒りだけでは言い表せないほどだった。彼は自分がまるでピエロのようだと感じた。そして自分は隼人に負けたんじゃない、現実に、そして月子に負けたってことなんだと気づかされた。自分は、戦う相手を間違えていたのかもしれない。隼人は子供の頃からの宿敵なのだが、しかし、月子と一緒にいたい、彼女に振り向いてもらいたい。それなら、自分が本当に気持ちをぶつけるべき相手は月子であって、隼人ばかりに気を取られるべきじゃなかったんだ。隼人に子供をさらわれた時、自分はパニックになった。隼人と直接対決して、月子に何も知らせずにこっそり子供を取り戻すことしか頭になかった。もっと早く状況が分かっていれば。隼人の仕業だと突き止めた時点で、すぐ月子に伝えるべきだったのだ。子供のことに関しては、自分と月子は何よりもまず、味方同士であるべきだったのに……なのに結局、自分の傲慢さのせいで、またしても最悪の選択をしてしまった。銃で撃たれた傷のせいか、静真は今、怒る気力すら湧いてこなくなった。でも、怒っていないわけじゃない……むしろ怒りは頂点に達していて、すべてをぶち壊してしまいたいほどになっていた。そして、一樹を引き裂いてやりたいほどだった。よくも、一
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第879話

静真には、そもそも誰かと親密な関係を築く能力がなかった。親密な関係とは、お互いを尊重し、認め合い、寄り添うことで成り立つものだ。しかし、彼にはそのどれもが欠けていた。「静真さん、俺がいなくても、他の誰かが月子と付き合うことになっていただろう。だから、そんなに失望したり、驚いたりしないでよ。月子が好きなら、彼女の幸せを願うべきじゃないのか。今、月子は俺と一緒にいるんだから、これからは俺が彼女を幸せにするからさ」そして一樹はさらに、とんでもない理屈を口にした。「俺はあなたの女を奪ってるんじゃない。あなたの願いを叶えてやってるんだよ、静真さん、あなたは喜んで俺たちを祝福するべきだよ」かつて賢が言っていた通り、一樹は人の心を攻めるのが実にうまい。第三者の視点に立つ隼人には、そのことがよくわかった。この言葉を聞いて静真がどんなに傷つくかは目に見えてわかることだ。だが……自分もまた、本当の第三者とは言えな立場なのだ。月子は、本当に一樹を好きになったのか?今、彼女は一樹のような、温かくてユーモアのある男が好きになったというのか?そう思うと、隼人の目の前が、ぐらりと暗くなった。怪我をして、大量に出血したせいか、彼は全身が冷え込んでいくのを感じた。しかし、一方でこの傷には感謝すべきなのかもしれない。だって、体の痛みが、心の痛みを紛らわせてくれたからだ。そして、一樹は静真を完全に諦めさせるため、さらに言葉を続けた。「静真さん、安心して。俺が月子をちゃんと大切にするから」すると、静真の顔から、すっかり血の気が引いていた。月子の選択、一樹の裏切り、そして我が子が隼人の手に渡っているという事実。今日は静真の人生で、最も屈辱的で惨めな一日になっただろう。自分の人生にこれほどの侮辱的な瞬間が訪れるとは、静真はこれまで想像もしていなかった。プライドは粉々に打ち砕かれた。なぜ、自分はここまで落ちぶれてしまったんだ?静真は怒りに任せて、思わず一樹に向かって歩き出した。しかし、数歩も進まないうちに、足の激痛に耐えきれず、ふらりと片膝をついてしまった。その瞬間、静真は、もう自分には月子を取り戻す気力がないことを悟り、絶望した。彼はただ瞬きもせず、月子を見つめ続けた。その眼差しには諦めきれない思いが溢れていて、彼女が考えを変え、自分を哀れんでく
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第880話

それから、月子はスポーツカーを運転し、隼人の車の列を追って別荘の敷地内へと入っていった。門をくぐると、風情たっぷりに手入れされた竹林の小道が続いていた。車で5分ほど走って、門とは反対側の山肌を回り込むように進むと、ようやく母屋が見えてきた。一樹が舌を巻いた。「鷹司家ってのは、とんでもない金持ちなんだな」月子も、これほどまで壮大な個人の別荘は見たことがなかった。すべてが知らない世界だった。それはなんだか改めて、自分が隼人という人間を今まで全く理解していなかったのだと思い知らされるようだった。月子から見た隼人は、何一つ欠点が見当たらない人だった。感情を表に出さず、ただ静かに相手を気遣う。何かを求めることもない。完璧な人、それが隼人だった。でも、人間が完璧なんてあり得るだろうか?月子だって、完璧ではない。かつての自分は、恋愛のことしか頭になかった。自分を愛してくれない人を追いかけて、自分を大切にすることを忘れて、傷だらけになっていた。離婚を経験して成長したはずなのに、今でも過去の過ちのツケを払わされて、どんどん複雑な状況に巻き込まれていったのだ。それでも、これらはすべて自分で受け止めなければならないことなのだ。そして、車を停める前に、月子は遠くに母屋の前に立つ賢の姿を見た。忍は知らなかっただろうけど、賢はきっと全てを知っていたはずだ。彼は隼人に、自分のことを監視したり、子供をこっそり見たりするのはやめるように言ったのだろうか?隼人が自分に会いたいと思ったとき、直接連絡するように進言してくれたのだろうか?そんな想いを巡らせていると、車は母屋の前まで到着したので、隼人の車が彼らに道を譲ってくれた。月子が車を停めて降りると、一樹もそれに続いた。すぐに黒い和式衣装を着た使用人が現れて、月子の代わりに車を移動させた。ここを出る際には、使用人が現在地を確認し、彼女たちのいる場所まで迎えに来てくれるらしい。別荘の前には、景色を楽しむためのカートが用意されていた。まるで観光地のようだった。でも、普通の観光地よりもずっと静かで、景色はより一層見事で風情があった。賢は事前に連絡を受けていたのか、月子の姿を見ても驚いた様子はなかった。一方で賢からしてみれば、自分も隼人に加担していたうちに入るだろう。相手を尾行をしたり、
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