All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 861 - Chapter 870

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第861話

どうせ月子には、いずれバレることだ。でも、それを知るのが少しでも後なら、彼女が気分を害すのも、その分だけ先延ばしにできるだろう。賢は当然隼人と月子の関係に口出しなんてできないし、二人のことを決められる立場でもないのだ。そこで、彼はカウンセラーの話を持ちかけた。「腕のいいカウンセラーを見つけたんだ。一度、話してみないか?」隼人は少し眉をひそめた。正直、自分がどこかおかしいとは思っていなかった。でも、試してみる気にはなった。「いいだろう」隼人があっさり承諾したことに、賢はとても喜んだ。というか、正直かなり驚いた。今日、一樹に会ったことで、隼人には確かに何か変化があったようだ。ただ、その変化のきっかけが何だったのか、賢にはわからなかった。ただ、カウンセラーと少し話したくらいで隼人の抱える問題が解決するとは、賢には思えなかった。それに隼人は交渉のプロだ。言葉にまったく隙がないから、カウンセラーですら彼の心の壁を破るのは難しいだろう。たとえ心に病を抱えていたとしても、隼人は完璧な患者を演じきってしまうに違いない。まあ、やらないよりはマシか、といったところだ。なんせ賢には、親友が自分を傷つけるのを黙って見ていることなんて、できなかったからだ。その時、月子の方でちょっとしたトラブルがあったようだ。ある酔っ払いの男が突然、月子に絡んできた。月子はボディーガードを呼んで男を追い払わせたが、すっかり食欲も失せてしまった。彼女は冷たい顔で箸を置くと、部下を連れて席を立った。一方、恥をかかされた酔っぱらいの男は、連れの男たちと一緒になって悪態をついていた。「女ってのは、どうしてみんなああやってツンケンするんだかね!あんな女、今じゃはした金でいくらでも抱けるぜ」そしてスマホを取り出すと、いやらしい笑みを浮かべて仲間に見せびらかす。「こいつが昨日の晩、俺のベッドにいた女だよ。さっきの女に似てないか?」それを見て賢は、この男はこの後間違いなくひどい目に遭うだろうと思った。そして予想通りのことが起こった。駐車場で、酔った男はまるで意識のない獲物のように、隼人のボディーガードに押さえつけられていた。ボディーガードが男のひざ裏を蹴り上げると、男は隼人の前にがくりとひざをついた。この時になって男はだいぶ酔いが覚めていた。
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第862話

賢はすでに男の身元調査を済ませていた。資産は数億円といったところだ。賢たちからすれば大した額ではないが、一般人の中では裕福なほうだろう。しかも、先祖代々続く資産家ではなく、たまたま事業が当たって一儲けした成金だった。急に金持ちになったせいですっかり天狗になっていて、友人の前では親分気取りをしているのだ。そして裕福になったことで女遊びに走り、女性を完全に見下しているような男だ。こんな性格では、その財産も長くは続かないだろう。ビジネスの酸いも甘いも知る賢から見れば、あれはまさにゴミ同然の男だった。その取り巻きにちやほやされ、最近ますます調子に乗ってきた成金が今は突然、傘の柄で肩を突き刺されているのだ。一方で、隼人の手も包帯が巻かれていたが、力を込めたせいで、そこからじわりと血が滲み出ていた。それなのに、隼人は眉一つ動かさないのだ。その様子はあまりに恐ろしく、まるで人を傷つけることなど慣れっこだと言わんばかりだった。その様子に成金は、一瞬で恐怖のどん底に突き落とされた。しかも、刺された傷にもかなりの痛みが走っていたから、彼は耐えかねて許しを乞おうしかなかった。「な、な、なにも、何も知りません!何もやってないです!お許しください!間違っていました!本当にすみませんでした!」しかし隼人は、彼の命乞いにも全く動じず、ただわずかに寄せられた眉は強い不快感を示しているだけだった。それはまるで、ただうるさいとでも言いたげな様子だった。隼人の無慈悲な様子に、成金はさらに恐怖を募らせた。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ガタガタと震えている。顔面は蒼白で、ひたすら許しを乞い、叫び続けていた。しかし、自分が一体何をしでかしたのか、彼には全く心当たりがなかった。隼人はこんな男を相手にするのも時間の無駄だと思ったのか、賢に命じた。「こいつの脱税問題を調べろ。そして、刑務所にぶち込め」そう言うと隼人は傘を投げ捨て、車に乗り込んだ。最初から最後までほとんど口を開かなかったが、そのわずかな言葉だけでも相手を腰抜かすには十分だった。そんな状況に成金はただただ唖然とするばかりだった。もう金は手に入れたのに、なぜ綺麗な女を思うようにできないのか。容姿の問題かもしれない。でも金さえあれば見た目なんて関係ないはずだ。自分の顔はイケメンではないが、そこまで
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第863話

……隼人がS市に滞在して2日後、静真がすでにJ市に着いたという知らせを受けた。彼は岩崎家の三男と頻繁に連絡を取り合っていたから、おそらく山にある自分の別荘の場所も、もう突き止めているだろう。すぐにでも追ってくるはずだ。隼人と賢がJ市に降り立った途端、静真から電話がかかってきた。車に乗る隼人は、冷たく落ち着いた顔をしていた。少しも驚いた様子はない。こうなることは、とっくに予想していたからだ。だから彼は冷静に電話を取った。すると静真の冷酷な声が響いた。「隼人、まさか本当に俺の子供を盗んだのがお前だったとはな!」以前から隼人の仕業だとは薄々感づいていたが、証拠がなかった。だが、本当に証拠を目の前にして、静真の怒りはもう止まらなかった。彼はここほどまでに非情な手を使ってくる隼人を酷く憎んだ。だが、隼人は冷ややかに言った。「気づくのが遅いな」その一言が静真の怒りの糸がぷっつりと切れたようだった。「あれは俺と月子の子だ!俺の子を盗んだところで、お前が月子と別れた事実を変えられると思ってるのか?」隼人は車窓の外に視線をやり、無表情で言った。「盗まなかったとしても、俺と月子が別れた事実は変わらないだろう?」彼は言葉を切った。「だから、いっそ盗んだ方がいい。お前を苦しめ、追い詰めることができるからな」それを聞いて静真は拳を握りしめた。彼が怒りに任せて物を叩きつけると、けたたましい音が響いた。だが、そうやって気持ちを発散させようとしても、静真の怒りは収まらなかった。隼人が絡むと、いつも自分がひどい目に遭うのだと彼は身にしみて感じたからだ。それは、まるで呪いのようだった。その時の静真は怒りで目を充血させ、声を震わせながら歯を食いしばった。「隼人、お前はいつもそうやって……いつまで俺と張り合う気なんだ!」一方で、隼人の声も同じように冷たく硬かった。「お前がこそこそと体外受精を画策している時から、覚悟しておくべきだったな。いつか、子供たちが俺の復讐の駒になることを」隼人は声を低め、言葉の端々に重い圧力を込めた。「静真、お前は俺に大きな代償を払わせた。今度は、俺の気持ちを味わう番だ。お前にやられた時の、この屈辱をな」静真の声は凍えるほど冷たかった。「大きな代償だと?月子は最初から最後まで俺のものだ!お前はただの泥棒だ。よこしまな考えで
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第864話

隼人と静真ほど、お互いを理解している人間はいない。だからこそ、相手の痛いところを突くときは、実に的確だった。隼人の口からその言葉を聞いた瞬間、静真の頭の中には、幼い頃から母親の晶に貶されてきた声が一気によみがえった。子供時代のトラウマがフラッシュバックし、行き場のない感情に襲われた静真は数秒間頭が真っ白になり、隼人が何を言ったのかすぐには理解できなかった。「隼人、お前は本当にムカつくやつだな!」その一語一句、歯の隙間から絞り出すような声を聞いて、隼人は、静真の燃え盛る怒りをひしひしと感じていた。自分はただ、感情を正直に表に出しただけなのに、それだけで静真はこんなにも怒りを掻き立てられてしまうというのか。これまで隼人は、めったに感情をあらわにしなかった。だが実は、彼も非常に怒っていたのだ。そしてその怒りもまた長い間積み重なってきたものだった。隼人は、もう自分を変えようと決めていた。もう以前のように我慢するつもりはない。ましてや、既に静真の子供を奪ったのだ。もはや耐え忍ぶ必要はないのだから、これは正面から対立をしていくことになるだろう。そう思いながら、隼人は氷のように冷たい声で、しかし落ち着いた口調で告げた。「静真、こっそりと子供たちを作ったとき、お前もこういうしっぺ返しは覚悟しておくべきだったんじゃないのか。なのに、お前はその自覚がなかった。なら、今教えてやる。たとえおじいさんが止めに入っても、俺は子供たちを返す気はない。これが俺の覚悟だ。そして、これが俺の譲れない一線に踏み込んだお前への仕返しだ」実際、静真にとって、隼人が本気で自分に逆らう姿を見るのは珍しいことだった。これまではいつも、自分が一方的に感情をぶつけるだけ。隼人の方から喧嘩を売ってくることなどなかった。いつだって隼人は受け身のほうだった。だから今、隼人が口にする言葉一つひとつが、静真に大きな衝撃を与えた。心の奥底で、かすかな不安さえ感じてしまうのだ。そして、見下してきた相手に不安を感じている自分に気づくと、静真は耐えがたい屈辱を覚えた。彼は怒りで気が狂いそうだった。いつから自分はこんなに弱々しくなった?相手は、子供の頃からずっと自分が虐げてきた奴だというのに。静真の感情は完全にコントロールできなくなっていた。「隼人、分かってんのか?あれは俺の子だ!俺のだぞ
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第865話

隼人が最後の言葉を言い終えると、受話器の向こうからガチャーンと何かが壊れる音が響いた。きっと、静真は怒り任せにかなり多くの物を壊したのだろう。どうやら、静真は怒りくるっているのは間違いがないようだ。彼は、いつも全てが自分の思い通りになると思ってきた。だけど、そんなことはありえない。だからこそ、静真はすべてに関して支配をしたがっていた。そして、ひとたびコントロールを失えば、彼は激怒してしまうのだ。隼人もそれを知っていたからこそ、全く驚いていなかった。そもそも、静真も月子が自分の弱点であることを知って付け込んできたわけだし、彼は、二人の子供をだしにして月子を思い通りにしようとした。だけど、子供は生身の人間だ。だから、彼らもまた静真自身の弱点になったわけだ。こうして隼人は、静真を懲らしめるための、最も強力な武器を手に入れたのだ。すべては因果応報だ。静真も、そのことに気づくべきだ。そう思って、隼人は目を閉じた。長いまつ毛が、彼の瞳に宿る冷たさと鋭さを覆い隠した。子供の頃の自分は、静真と友達になりたいと願っていた。怪我をしても、泣き叫ぶことなんてできなかった。だって、泣いたって誰も面倒を見てくれないと知っていたから。でも、今の自分はもう、あの頃の子供じゃない。もう、誰かに期待したりしない。自分の気持ちを、隠す必要もない。もっと早く過去から抜け出すべきだったんだ。もっと早く静真との力関係をはっきりさせておくべきだった。そうすれば、静真も簡単に自分を挑発することもなかっただろうし、こんな風に何振り構わず歯向かってくることもなかっただろう。……一方で、純和風の、会合でよく使われるレストラン。正人は、腕につけていたパワーストーンのブレスレットを外して手の中で転がしながら、憤りを隠せないでいる友人を見て、ただただ圧倒されていた。しばらく会わないうちに、静真はどうしてこんなに短気になってしまったんだ?いや、静真はもともと冷酷で何を考えているか分からない男だった。だけど、実の兄が絡むと、彼は途端に理性を失ってしまうんだ。今、静真の顔は、陰鬱さと極度の怒りに満ちていた。床には、彼が叩き割った高級な器の破片が散らばっているのだ。静真がここまで怒っているのは、相手が隼人だからというだけじゃない。きっと、事態そのものが原因
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第866話

隼人の別荘は、都市の西部郊外の景勝地にあった。この一帯は地図に載っていないので、正式な名前はない。山全体の敷地は、とてつもなく広大だった。山がまるごと、この別荘の裏庭のようなものだ。専門の管理人が手入れをしているから、どこもかしこも贅沢なほど美しく保たれていて、普通の公園よりも何倍も景色が優れているのだ。おまけに温室まであって、そこでは熱帯の生態系が再現されている。まるで自然博物館のようだった。母屋はいくつかあって、緊急用の医療設備も揃っていた。医師が開胸手術を行えるほどの無菌室や、いろんな薬まで常備されている。それに、ゴルフ場やテニスコート、プールといったスポーツ施設も完備されていた。専用のヘリポートと滑走路まである。退屈したら、レースができる山岳道路のサーキットもあるんだ。ここは完全に私有地だから、邪魔な歩行者や車を気にする必要はまったくない。そして、駐車場に軒並み並んでいる高級車のナンバープレートもぞろ目のものばかりだった。シアタールームやビリヤード、ジムといった娯楽施設は、モダンでアートな雰囲気の一戸建ての別荘にまとめられていた。まさに環境も空気も最高で、静養したり、休暇を過ごしたりするのにぴったりな場所だった。もしくは、友達を呼んで、パーティーするのも最適なのだ。山の麓には専用の菜園もあるので、毎日新鮮な野菜が採れるようになっていて、和食と洋食、それぞれの専門シェフを完備させた対応も可能なのだ。別荘の母屋は、純和風建築だった。とても趣があって、隅々までこだわりが感じられる。使われている木材も、とんでもなく高価なものばかりだ。中を歩いているだけでも、その細部にまでこだわった美しい景色に目を奪われてしまうのだろう。母屋の隣には洋館が建っていた。大きな両開きのドアを押して中に入ると、そこは教会のようなリビングだった。応接間を抜けると、大きな窓のそばに長さ5メートルはあるダイニングテーブルが置かれている。テーブルの上には、季節外れのものまで含めて、色とりどりの生花が飾られていた。完璧な空調システムによって、どんな花でも元気に育てられるようになっていて、すべてが、ため息が出るほど洗練されているのだ。そして、子供たちをしっかりお世話できるように、ベビールームはこの洋館の1階に作られていた。ベビールームの大きな窓の外には、
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第867話

月子にばかり、自分の気持ちを勘ぐらせたり、伺わせたりさせるのではなく、すべてをさらけ出す、これこそが隼人が別れてから学んだ教訓だった。もう自分から変わらなければならない、と彼は思った。こうして、しばらくあやした後、隼人はスマホで子供たちの動画を撮った。……一方で、S市、月子は出張は4日目に差し掛かっていた。夜、月子は忍から電話を受けた。彼は、開口一番、J市なまりの強い口調で話かけてきた。「月子さん、マジかよ、超びっくりしたぜ。なんで一樹なんかと付き合ってんだ?いつからだよ?あなたの男を見る目、どうしちまったんだよ?前は隼人みたいな、顔もスタイルも家柄も完璧な男と付き合ってたのに、なんで今度は一樹みたいなやつがよくなったんだ?」忍の声は、驚きと、今すぐ目を覚ませと諭すような響きを帯びていた。「一樹は、ただのチャラい遊び人だぜ。そこらじゅうで女に手を出してる女たらしで、外に女なんて数えきれないほどいるんだ。それに、あいつの友達にはそっち系も多いし。ていうか、俺はあいつ自身、男も女もいける口なんじゃないかって疑ってるくらいだ。俺の叔母なんか、いつか一樹が隠し子を10人くらい作ってくんじゃないかって、ずっと心配してるんだぜ。どうしてそんなやつを好きになったりするんだよ?ありえないだろ!」表向きは友達でいようと、月子と一樹は話し合っていたはずなのに。忍がこんなに早く知っているなんて。月子は少し真剣な表情になり、深くは聞かなかった。「そっちの家で何かあったの?だから一樹も戻って行ったの?」それを聞かれて、忍は一瞬言葉を詰まらせてから言った。「ああ、まあな。家でちょっとした問題があってさ。それで一樹に会ってから初めてあなたたちが付き合ってるって知ったんだよ」「家族の方はもう大丈夫なの?」「まあ、もうすぐ片付く。そうだ、それよりあなたは、まだ俺の質問に答えてないぞ。なんで一樹なんかを好きになったんだよ!」「だって彼はイケメンだし、性格もいいし、家柄だって悪くない。それに、私を楽しませてくれるじゃない。私は独身、彼も独身。付き合ったって、何もおかしいことはないでしょ?あなたが一樹に偏見があるのは、ただ二人の性格が合わないからよ。一樹にそっち系の友達が多いのは、彼がファッション好きだから。ファッション業界では、むしろそっち系じゃな
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第868話

一樹の声を聞くと、月子の心のざわつきが不思議と収まっていった。ホッとしたように、落ち着いた声で「私も、会いたい」と言った。一樹は優しい声で言った。「最近、何か嫌なことでもあった?」月子はふいに冷たく笑って、パソコンに目をやり、冷たい眼差しで言った。「ええ、すごく不愉快よ」それを聞いて一樹はさらに優しく微笑んだ。その声はますます甘く響いた。「待ってて。すぐに会いに行くから。絶対にあなたを笑顔にしてみせるよ」月子が求めているのは、プレッシャーを与えてこない男性、ただそれだけだった。そういった面では一樹とは不思議と息が合ったから、彼女も念を押すように言った。「ええ、できるだけ早くね」そう言われて、一樹は口角を上げた。「安心して。あなたに早く元気になってもらえるなら、お安い御用さ」月子は言った。「そっちで何か手伝えることがあったら、言ってね」一樹はまばたきをした。「もちろん。今、まさにそうお願いしてるところだよ」一樹が電話を切って振り返ると、忍が忌々しげな顔で立っていた。そして、忍は鼻で笑った。「一樹、たいしたもんだな。普段から外で女たらしてるだけならまだしも、今度は俺の親友の女にまで手を出すとはな。わざと俺を不愉快にさせようとしてるのか?」「自分の親友の女にだって手を出す俺だぞ。お前の親友の女に手を出すくらいどうってことないだろ?忍、お前が威張れたのは、2歳年上だったガキの頃だけだ。それにしても、いつからこんなにも出来が悪くなったんだ?」忍は一樹の嫌味な物言いに慣れていたので、眉をひそめるだけだった。「ここ数日はここにいろ。どこにも行かせないからな」彼は一樹の肩をポンと叩き、わざとらしく言った。「なあ一樹、マジでおばさんにお見合い相手を何人か紹介してもらおうと思ってるんだ。お前を早くどこかに嫁がせて、他の女が毒牙にかからないようにしてやらないとな」しかし、それを聞いて一樹はむしろ笑みを深めた。「月子の選択を尊重しないなんて、それでも彼女の友達か?彼女は俺を選んだんだ。応援してやるべきだろうに、陰で俺を陥れようとするなんて。卑怯じゃないか?」一樹は隼人のボディーガードによってここに連行され、軟禁状態に置かれていた。この件は忍が担当していたため、事情を知らない外部の人間は何が起こっているのか全く知らなかった。むしろ、二人
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第869話

静真は言った。「力ずくで取り返しに行く。それだけだ。俺と隼人との間に、小細工は必要ない」「あいつはお前の子供を育てるって言ってんだ。もう体裁も人目も気にしていないんだぞ。そんな奴から奪い返せると思うのか?」こうなって、静真は初めて、隼人が冷たい人間でも、人を寄せ付けない人間でも、自分は恐れていないけど、本当に怖いのは、あいつが恥も外聞も捨てた時だ。そうなってしまうと、自分はこれほどまでにも無力になってしまうなんて。しかし逆に考えれば、自分も相当な図太い男だ。もし今回、子供という切り札がなかったら、隼人の方はむしろ、自分をどうすることもできなかったはずだ。だから、隼人も手を焼いていて、どうしようもなくなってしまったからこそ逆に、子供を盗むというとてつもない賭けにでたのだろう。二人の間のことは、もはや理屈で説明できるものではなかった。だが、こんな展開になるとは静真も思っていなかった。あまりに受け身に回らされ続けたせいで、彼は猛烈な怒りに震えていた。というより、隼人の仕業だという証拠を掴んだ瞬間から、静真はもうじっとしていられなかった。静真にとって、その衝撃は大きかった。今まで決して歯向かって来なかった相手に、突然ひどく殴られたような感覚だ。その衝撃に、彼は完全に打ちひしがれてしまったのだ。静真は、今すぐにでも隼人に会って問いただしたかったし、あいつの本心を確かめたかった。なにせ、ここまで事態がこじれてしまうなんて、彼の予想を遥かに超えていたからだ。その思いを胸に、静真はもういても立ってもいられず、とにかく、隼人に直接会ってはっきりさせて置きたかった。正人は静真の様子を見て、もはや止められないと悟った。こうなれば、隼人の元へついて行くしかないのだ。こうして、車はJ市の市街地を抜け、緑の多い郊外へ向かうと、まるで美しい森に迷い込んだような道が続いた。地図にはこの辺りの詳しい住所は出てこない。だが、この景色の良い道を進んだ先に、広大な敷地を誇る私設の別荘地があるのだ。この辺りは、国の重要ニュースに登場するような大物たちが、引退後に暮らすための場所だった。これらの権力者や大富豪は誰もが少し動くだけでJ市全体が揺らぐほどの影響力を持っているのだ。密集していた別荘地が途切れ、あたりはさらに深い木々に覆われていく。どうやら、隼人の別
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第870話

そして車のドアを開けて、静真はすぐに車を降りた。それから正人がすぐ後を追って出てきた。後続車からもスーツ姿のボディーガードたちが次々と降りてきて、場の空気は一気に殺伐としたものになった。ついに、静真はフロントガラス越しに、後部座席に座っている隼人の姿を捉えた。前回会った時は、隼人が月子に無理やりキスをしていた。あの時、静真はそれが我慢できず顔を歪ませるほどの怒りを感じていたが、今回は自分の子供を奪われたのだからもっと怒るべきはずなのに、まぜか彼は今、隼人の見たことのない表情を見てみたい、なんて思ってしまった。隼人とは長年の付き合いだ。でも、自分の子供を奪い、成人するまで育てようとしているのを知って、静真は初めて隼人の本心を確かめたい気になった。もしかしたら、自分はこれまで彼のことを全く理解していなかったのかもしれない。なんて恐ろしいことだろう。敵を理解していなければ、自分が危険にさらされていることになる。静真には、隼人が何を考えているのか全く分からなかった。これから彼が何をしでかすのか、予想もつかない。分からないからこそ、怖いのだ。今の隼人は、まさに静真にとってとてつもない脅威だった。そして、こうして押さえつけられているような感覚が、静真をひどく苛立たせ、受け入れがたかった。だから静真は、今すぐにでも直接問いただしたかった。この男の今の姿は本物なのか、それとも演技なのかを。片や、隼人もすぐに車を降りた。そして彼の後ろに従えていた後続車からもボディーガードたちが降りてきた。両者はにらみ合い、雰囲気はますます険悪になった。そこで、正人は場を取り持とうと、愛想笑いを浮かべて言った。「鷹司社長、お久しぶりです」それに対し、隼人も余裕綽々といった様子で、正人に頷き返した。こんな状況で、隼人はまだ関係のない奴に構っている余裕があるとは、そう感じると静真はますます不快になった。やはり、一度気に食わないと思うと、相手のやることなすこと全てが挑発に思えてしまうようになるものだ。彼は険しい顔つきで、歯を食いしばりながら言った。「隼人、わざわざここまできたのは、お前とお喋りするためじゃない。さっさと俺の子供を返せ!」だが、隼人は暗く鋭い眼差しを彼に向け、凍てつくようなオーラを漂わせて言った。「帰れ、子供を渡す気はないから」静真は、も
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