All Chapters of 元夫の初恋の人が帰国した日、私は彼の兄嫁になった: Chapter 911 - Chapter 920

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第911話

月子としては、あの兄弟が最終的にどうなるか、見届けてやろうと思った。今はただ一つ、二人の子が無事でいてくれれば、それでいい。静真に奪われるくらいなら、いっそ彼らを隼人のところで預けたほうがまだましだ。「でも、ずっとそばにいなくても大丈夫。あなたは休んで。食事は自分で行けるから」月子は今回はきっぱりと言った。「それに、少し一人になりたいの」それにはもう一つ、理由があった。月子は隼人の目を見ることができなかった。彼の眼差しに宿る気遣いは、いつも自分の胸を高鳴らせるのだ。それは一樹と一緒にいた時とは違う感覚だ。あの頃は何も気にしなかったし、深く考えることもなかったのに。隼人といる時だけは、彼のちょっとした動きすべてに惹きつけられ、どうしても彼に目を向けてしまうのだ。そうして心もかき乱されてしまうのだ。そう言われて、隼人は彼女をじっと見つめながら「わかった」とだけ言った。……書斎。隼人はソファに座り、こめかみを押さえていた。月子が泣き崩れるのを見てから今まで、ようやく一人になった彼は、瞳に殺気立った怒りを宿していた。静真のやつ、よくも月子にあんな真似ができたものだ。許せない。抑えきれない怒りのあまり、隼人は手にしたグラスを握りつぶした。賢はそばでその様子をハラハラしながら見ていた。隼人が自傷癖があることを月子に伝えるべきか悩んでいた。月子は徹の件まで知っているのだから、このことを知っても大丈夫だろう。隼人は彼の考えを見透かしたかのように、手のひらのガラス片を見つめながら、低い声で警告した。「賢、このことは月子に言うな」「でも、そうやっていつもご自分を傷つけるのは……俺にはもう見ていられない。かといって、俺ではあなたを止められない」賢はもどかしそうに言った。「あなたを止められるのは、月子さんだけだ」「月子は俺たちより何歳も年下だ。俺たちが彼女を守るべきであって、逆に彼女に心配をかけさせるなんて本末転倒だ」「しかし……」「『しかし』などない。俺は自分のやることに加減は心得ている」隼人はいつだってそうだ。物事をすべて自分の管理下に置きたがる。徹を刺したあのナイフの一突きだって、少しのずれもなかったように精密に計算されていたのだ。これしきの傷、彼にとってはかすり傷に過ぎないし、気にするほどのことでもない
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第912話

隼人は言い終わると、静真の話を聞く気にもなれず、一方的に電話を切った。そして、賢にいくつか指示を出し、さらに二件の電話をかけた。用事を済ませると、隼人は書斎で食事をとった。食事を終えると、彼は子供たちの様子を見に行った。隼人は、月子が慶や寧々のように、いつまでも悩みなく過ごしてほしいと願った。でも、人間は誰しもが大人になれば悩みも増えるものだ。月子は困難を恐れるような人間じゃない。ただ、自分の手に負えない問題に直面すると、こうして受け身になってしまうだけだ。自分の役目は、そんな厄介な問題を片付けてやることだ。……一方で、月子も食事を終え、体調が良いうちに秘書と今回の最終実験のデータ結果を確認した。その後、彩乃に電話をかけ、仕事やプライベートな話をした。「今、隼人さんのところにいるの」食事を終えた月子は、一人で散歩に出ていた。ここはとても広くて、散歩するだけでも静かで誰にも邪魔されない山道に出られる。彼女は美しい草木を眺めながら言った。「体調崩しちゃって、数日はここにいることになりそう」「どうしたの?」「ただの風邪よ」「それならよかった。でも、どうして彼のところにいるの?」「話せば長くなるんだけど……」「待って、あなたたち、より戻ったの?」「ううん、そうじゃないけど」「じゃあ、なんで一緒にいるのよ?」月子は彩乃に事の経緯をすべて話した。彩乃はしばらく黙ってから、口を開いた。「本当に参ったよ。鷹司社長も会いたいなら、もっと早く言えばいいのに。黙って子供を連れ去るなんて……静真も頭がおかしいんじゃないか。子供がいなくなったのに、あなたに隠すなんて。何を隠す必要があるっていうのよ。もう、静真のことはいいや。あなたの話だと、鷹司社長はまたあなたにアプローチするつもりみたいだけど、あなたはどうするつもりなの?」「あまり深くは考えてないの。今はまず体を治すことに集中して、それから先のことを考えようと思ってる。病気だと頭も働かないし、厄介なことは一旦おいておくよ。とにかく楽しく過ごせればいいの。二人の子が元気なら、私はそれだけでいいの」自分を不快にさせることはしない。会いたくない人には会わない。ただ、それだけの話だ。「そうよね。ねえ、月子、あなたは最近仕事で切羽詰まりすぎなのよ。私が急かしすぎたのね。あ
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第913話

「ずいぶんって……ちょっと大げさじゃない?」隼人は、正確な時間まで口にした。「5時間15分だ」月子は黙っていた。「お前の顔を見て、やっと安心したよ」隼人はそう言った。月子が取り乱していた姿を見て、胸が張り裂けそうだったのだ。もし彼女が一人になりたいと言わなければ、ずっとそばにいてやりたかった。月子は遠くの景色に目をやりながら言った。「ここはあなたの家なんだから、私が迷子になんてなるはずないでしょ」「それもそうだな」隼人は軽く笑った。月子の様子がだいぶ落ち着いているのを見て、彼も安心し、彼女と一緒に景色を眺めた。そろそろ戻ろうと、月子は思った。一番の理由は、隼人と二人で静かにここにいると、気が重くなってしまうからだ。「もう戻ろう」「うん」月子が歩き出そうとした途端、男に腕を掴まれた。彼女は、わけがわからず彼を見つめた。隼人は遠く続く道に目をやり、「おぶってやるよ」と言った。「いい。まだ足、怪我してるでしょ」「かすり傷だ、心配するな」隼人はそう言うと、先に階段を2段降りて彼女を振り返った。「行こう、早く戻らないと」だが、月子は彼におぶされようとせず、彼の横をすり抜けようとした。しかし、通り過ぎようとした瞬間、ふわりと隼人に抱きかかえられてしまったのだった。「おんぶは嫌か。なら、抱っこしてやろ」結局、月子は隼人に抱きかかえられたまま戻ることになった。月子は夕食を食べ、薬を飲むと、少しゆっくり過ごしてから眠りについた。午前中は熱があったものの、微熱ですぐに下がり、ぶり返すこともなかったので、月子の体力はかなり回復し、もう隼人の世話は必要なかった。ただ、食事中に何度か隼人と目が合ったが、どちらも口を開くことはなかった。月子はまだ若く、もともと体も丈夫だった。一番つらい2日間を乗り越えると、体調はみるみる回復していった。4日目の夕方には、ここを出る準備ができていた。「静真は今、どうしてるの?」月子は、静真の連絡先をすべてブロックして完全に情報を遮断していた。だから、何かあると隼人に尋ねるしかなかった。「まだJ市にいる」隼人は言った。「心配するな。あいつがお前に手出すようなことにはならないから」月子は少し考えてから尋ねた。「今、子供を連れて帰ってもいいかしら?」「ああ、かまわない。だが
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第914話

両親がそばにいたから、天音はこっそり一人で抜け出してきた。ボディーガードも連れていなかったし、まさか誰かに襲われるなんて夢にも思っていなかった。自分に恨みを持つ人は多いだろうけど、これまで実際に手を出してくる人なんていなかったはずだ。天音はそう思いながら、意識が完全に途切れる直前に、位置情報を送信した。……一方で、月子が病気の時に静真から電話がかかってきて以来、彼はもう取り繕うことすらしなくなった。あからさまに子供を盾にして、彼女を脅してきたのだ。あの瞬間、月子は、静真が良い父親になってくれるかもしれないという淡い期待を完全に捨てた。静真のような人間に、父親の資格なんてない。月子はすぐさま、彼と一緒に子供を育てるという考えをきっぱりと捨て去った。もちろん、入江家が黙ってはいないだろう。でも、もし彼らが本当に子供の幸せを願うなら、うまく説得する自信くらい月子にはあった。少なくとも、子供が物心つくまでは、絶対に自分のそばで育てると彼女は決めていたのだ。それから月子は静真の連絡先を全てブロックした。彼女はITに強いから、静真が連絡を取るのはほぼ不可能だし、もし別のスマホからかけてきても、そのたびにブロックすればいいだけの話だ。月子は、自分の生活から静真に関する情報を完全に締め出すつもりだった。なにせ、これから彼女が一人で子供を育てていく上で、一番の障害になるのは静真だから。隼人が言うには、自分と静真との差は「権力」だそうだ。その点については、月子にはどうすることもできなかった。彼女はこの数日間、隼人の家で過ごしながら、ある意味、隼人という人間を試していた。彼は子供に対してとても優しく、根気強く接してくれた。昔8ヶ月間一緒に過ごしたから、隼人が面倒見の良い人だということは分かっている。今は少し距離を感じるけど、きっと根本は変わっていない。だから、月子は彼を信じてみようと思った。こうして隼人は、月子が自分の子供のために自ら選んだ、「合格」の父親役となったわけだ。確かに、月子と隼人の間にはまだ解決すべき問題が残っていた。でも、この数日間を一緒に過ごすうちに、彼は徹との関係についても話してくれた。今、話せる範囲のことだけだったけど、月子は隼人の苦しみや我慢強さを、少しずつ理解しようとし始めていた。もしこれが4日前だっ
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第915話

それに、スマホの充電が切れたわけじゃない。まだ通話は繋がってるのに、相手からは何も聞こえてこない。それから、引きずるような雑音も聞こえてきた……そうだ、天音が黙るより前、叩く音がまだ聞こえていた。そう思っていると、通話は十数秒続いたあと、ぷつりと切れた。それに気づいた月子の顔つきは、みるみる険しくなっていった。そして、頭の中に、よくない想像が浮かんだ。まさか、そんなはずはないよね?天音のそばにはボディーガードもいるのに、何かあったっていうの?それに、彼女の家族もJ市にいるはずだし。入江グループの本拠地は南のほうだけど、事業は全国に展開している。J市でも不動産投資を手掛けていて、それなりの影響力はあるはずだ。だけど最近、予想外のことがあまりにも多くて、ほんの些細なことでも月子の神経を過敏にさせた。そう思って、月子は夜通し車を走らせてJ市に向かった。パソコンも車に積んであるから追跡はできるはずだ。そして、J市に到着すると彼女はパソコンを取り出して開くと、キーボードを素早く叩き、天音のスマホの位置情報を追跡した。位置情報は目まぐるしく移動していたが、やがてぴたりと動かなくなる。月子が最後に示された住所を確認すると、そこはホテルでもバーでもなく、ただのひと気のない路上だった。誰かに捨てられたのは明らかだった。月子はまず、隼人に連絡し、天音に何かあったかもしれないと伝えた。それから交通監視システムのネットワークに侵入した。追跡されないようにプログラムを組んで、警察に気づかれることなく10分ほどで痕跡を消し、怪しい車両を突き止めた。月子は車を運転しながら隼人に電話をかけた。天音が拉致された可能性を伝え、通過ルートとナンバープレートのない車の写真を送った。その速さは、隼人の手下たちよりも上だった。隼人は月子の技術的な実力を知っていた。だが、彼の手下も天才揃いなだけに、その差をまざまざと見せつけられるのだった。やるべきことはやった。あとは月子が心配することではない。J市では、隼人が動くほうが何かと都合がいい。首都はいろんな面で管理が厳しいし、権力も複雑に絡み合っている。月子は自分の立場をよくわきまえていた。こういうことは、力のある人がやるべきだ。それに、天音は隼人の実の妹なのだ。彼が心配するのが筋だろう。
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第916話

もしこんな場面に出くわさなければ、隼人に任せるつもりだった。でも、ここまでついてきてしまったからには、何かあったときにずっと隠れているわけにはいかない。そう思って、月子はついハンドルを握る手に力を込めた。どうして遥が天音に絡んでいるんだろう?二人の間に何かあったっけ?月子には、まったく心当たりがなかった。遥が自分を狙ってきたのなら、まだ話は分かるのに。月子はこわばった表情で、遠くの怪しい車をじっと見つめていた。まもなく、車から人が降りてきた。黒服のボディーガードが、天音を引きずり出してきた。月子は息をのみ、その光景を食い入るように見つめた。こう見るとどうやら、本当に遥が関わっているようだ。一方で、天音は気を失ってはいなかった。意識ははっきりしているが、口にはテープが貼られ、手は後ろで縛られているのだから、話すことも動くこともできず、髪を振り乱した姿はひどく痛々しく見えた。それでも、彼女の態度は少しも怯むことなく、鋭い眼差しで相手を睨み返していた。月子は遥だけの仕業だと思っていた。しかし、車からもう一人降りてきて……楓だった。月子はますます混乱した。楓と揉めたことがあるのは自分だけのはず。なのに、なぜ彼女は自分ではなく、天音に手を出したんだろう?月子は隼人に場所を送った。だから天音はいずれ助かるはずだ。ただ、彼が到着するまでの間、天音が酷い目に会わないで欲しいとそう願った。でも、悪い予感ほど当たるものだ。次の瞬間、楓が天音の胸ぐらを掴んだ。そして立て続けに平手打ちを見舞うと、それでも気が収まらなかったのか、今度は拳で殴りつけた。すると、すぐに天音の鼻から血が流れ出た。さらに楓はバットを取り出すと、彼女の腕に思い切り振り下ろした。天音は激痛に顔を歪め、その場にうずくまった。ほんのわずかな時間に次々と加えられる暴力に、月子は反応することもできなかった。そして、楓は手を止めず、天音の腹をさらに何度も蹴りつけた。天音が倒れると、楓はボディーガードに無理やり立たせて、またバットで殴りつけた。さすがに遥は怖くなったのか、止めに入ろうとした。でも楓に何か言われると、口元を押さえて怯えたように後ずさった。なにやら彼女には楓を止められない様子だった。我に返った月子は、もうこれ以上黙って見てはいら
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第917話

遥と月子の声が、同時に届いた。月子は車のドアを強く閉め、車の前に立った。5メートルの距離を隔てて、彼女は冷酷な表情で楓が手にしているバットを睨みつけて、その目には、怒りの炎が燃え盛っていた。「楓、警告しておくけど、天音は、あなたが手を出していい人間じゃない」だがJ市は自分の縄張りだと思っている楓の態度は当然かなり大きかった。だから、車が近づいてきても、それがおそらく天音の仲間だろうと分かっていても、彼女はまったく気にしていなかった。しかし、楓が全く予想していなかったのは、その相手が月子だったことだ。どうして月子が?遥は月子を何度かチラ見したが、何も言わなかった。一方で、月子は彼女に目もくれようとしなかった……遥は、この見慣れない妹はなかなか面白いと思った。そして知れば知るほど、興味が湧いた。天音は驚きと喜びの入り混じった表情で月子を見ていた。顔中が腫れ上がっているにもかかわらず、憧れの人が自分のために車を飛ばして駆けつけ、颯爽と降り立つ姿に、彼女は思わずかっこいいと感心してしまった。だって、まさか、月子が自ら来てくれるなんて、天音は思ってもみなかったから。彼女が月子に助けを求めたとき、来てくれるのは入江家のボディーガードか、あるいは隼人だと思っていた。なのに、一番に駆けつけてくれたのが、憧れの月子本人だったのだ。天音は胸が熱くなった。しかし同時に、彼女はものすごく怖くなった。さっきまでは強気でいられたのに、今はもう落ち着いていられない。月子が来てしまったら、それこそ向こうの思うつぼじゃないか。そう気が付いた天音は、もがき始めた。しかし、何か言いたくても、「うー、うー」という声しか出せずにいたから、彼女はもどかしくてたまらなくなった。楓は隼人を愛していた。でも、隼人が好きになったのは月子だ。もし隼人が生涯誰も愛さなければ、楓もまだ諦めがついただろう。でもよりによって、彼が一介の秘書に心を奪われたことが、彼女には屈辱でしかなかった。だから、楓は月子に仕返しをしたかった。それが、向こうからわざわざやって来てくれたのだ。もともと今日は、楓がたまたま天音が一人でいると聞きつけ、しかもその場所が自分からそう遠くないと知った楓は、こんな偶然を逃す手はないと、すぐに手下に命じて天音を拉致させたのがきっかけだった。
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第918話

それを聞いて楓はきょとんとした。彼女が天音について知っているのは、K市の人間だということだけだったからだ。それに、そもそも興味もなかったから、以前、遥から天音の素性について聞いたことがあっても、ただの令嬢だという簡単なことしか耳に入れていなかったのだ。楓もJ市では名家の令嬢で、立場は同等のはずなのだ。だから、天音は彼女に手を出してきたのも、K市という立地で天音の方が得していたからだと思った。でも今は、天音がJ市で一人でいるところを、偶然にも見つけた。なら、やり返さない理由なんてないじゃない、そう考えたのだ。だからその事実を聞いた楓は、まず遥の方を見た。「遥、彼女が言ってること、本当なの?」遥は内心の動揺を隠し、首を横に振った。「わからない。彼女が入江グループと関わりがあることしか知らないけど」楓は、その場で月子を鼻で笑った。「嘘つくんじゃないわよ。こいつが隼人と関係あるわけないじゃない。隼人に妹がいるなんて、聞いたこともないんだから!」天音が入江グループと関係があるからって、何だっていうの?名家には子供なんてたくさんいるもの。どうせ、可愛がられていない子に決まってる。何よりも、自分はそんな話、聞いたことがなかったのだ。月子の言葉で、天音は思い出した。かつて桜が自分を羨ましがっていたことを。自分には二人の実の兄がいて、K市でもJ市でも好き勝手にできるから、と。でも、当時の自分は隼人への恐怖心から、その事実があまり身に染みていなかったのだ。だけど今思えば、なんて視野が狭かったんだろう。J市では、隼人は、とてつもなく大きな後ろ盾なのだ。天音は楓に向かって歯を剥き出しにした。「あなたみたいなクソ女!自分が誰を相手にしてるか分かって、こんな拉致みたいな真似してるの?隼人は私の実の兄よ。この顔をよく見て。隼人と輪郭が少し似てるって思わない?」入江家の三兄妹は、シャープで整った輪郭をしている。だからふとした瞬間の横顔の角度に、お互いの面影が浮かぶのだ。もともと天音は、隼人の名前を後ろ盾にしていなくても態度は大きいんだから、今やその名前を出したのだから、なおさらだ。その傲慢な態度は、まるでみじめなのは自分ではなく、楓の方だと言わんばかりのようだ。一方で楓は、真剣に天音の顔を見つめた。見れば見るほど、顔色が悪くなっていった。
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第919話

天音は嬉しそうに妄想にふけっていたけど、突然あの女が「隼人」なんて呼ぶのが聞こえてきた。天音はもう耐えられない。まるで自分の兄に何か汚いものがこびり付いたかのように感じて、腹が立つというより、単純に気分が悪かった。天音は、楓が動揺していく様子を見て楽しむように、さらに意地悪く言った。「ほら、やっぱり動揺してるじゃん。クズが、言っとくけど私に手を出したからってただじゃ済まされないんだからね。あとで、兄さんが来たらすぐに泣きついてやるから。あはははは!それで懲らしめられればいいのよ!」楓は聞けば聞くほど焦ってきた。でもこれは、天音と月子が二人で組んで、自分を精神的に追い込もうとしているのかもしれない。きっと、そうに違いない……月子は、楓が少し怖がっているのを見て、少し安心した。そして説得を続ける。「もう隼人さんには住所を送っておいたから、すぐにここに来ると思うよ。もし隼人さんに、あなたが彼の実の妹にしたことを全部見られてもいいなら、続ければいい。でも、その結果はあなたが受け入れられるものなの?隼人さんに嫌われるだけじゃない。拉致して暴力を振るった責任も取らないといけないのよ。隼人さんは天音をすごく大切にしてる。今すぐ彼女を解放して、謝る姿勢を見せれば、もしかしたら隼人さんも、あなたのお兄さんの顔を立てて、目をつむってくれるかもしれないよ」もちろんこれは、月子が楓を一時的に落ち着かせるための口実だ。隼人の性格からして、楓に必ず代償を払わせるだろう。その大きさがどれくらいになるかは、分からないけれど。それに、もっと厄介な天音もいる。彼女は人を陥れたり、どうやって苦しめるかしか考えていないような子だから。これから楓がひどい目にあうのは間違いない。人を拉致して、死ぬほど殴るなんて、それだけで警察沙汰になるんだから、きっと穏便に済まされることはないだろう。天音も楓も、権力を笠に着て威張る令嬢だ。裏ではろくでもないこともたくさんしてきた。でも、こういう人たちの世界では、誰のバックが強いかで、全てが決まるのだ。今回、楓が相手の素性をちゃんと調べずに手を出したのが、運の尽きとしか言いようがないのだ。もともと焦っていた楓は、月子が確信をもって話すのを聞いて、さらに怖気づいた。「嘘よ、ありえない……」だが、月子は何も言わず、スマホを取り出
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第920話

それを聞いて遥はひどくショックを受けたように言った。「楓さん、どうして私のことをそんな風に思うの?」「あなたのせいよ!」楓は突然、色々なことを思い出し、激しく叫んだ。「前に兄さんが私をJ市に帰そうとした時、空港まで迎えに来てくれたじゃない。顔が広いあなたが天音の居場所を調べられないわけない!私がこっそりK市にいたのが兄さんに見つかって、お正月に酷く叱られたせいで、今でも家で肩身の狭い思いをしてるのよ!なのに。遥!あなたが私を陥れたんでしょ!」楓は確信していた。思い返せば、今まで色々と腑に落ちないことが多すぎたからだ。例えば、倉庫で天音に殴られた時、どうして遥は助けに来なかったの?本当に気づかなかったっていうの?警備員を呼びにいくことだってできたはずなのに、ドアを叩く音も聞こえなかったじゃない。とんでもないことをしでかした上に、信頼していた親友に裏切られたのだ。楓の胸は、怒りで張り裂けそうだった。彼女は歯を食いしばり、燃え上がるような怒りを込めた鋭い声で叫んだ。「遥!よくもこんな酷い仕打ちをしたわね!」遥は突然噛みつかれたかのように驚いた顔をし、それから戸惑い、最後は傷ついて不満そうに言った。「楓さん……私はあなたの言う通りにしただけなのに。ひどいじゃない、どうして私が悪いみたいに言うの?最初に月子さんの芸能プロダクションに一泡吹かせたいって言ったのはあなたで、私はそれを手伝っただけでしょ。K市に残りたいって言ったのもあなたで、私はその手助けをしただけよ。こんなに色々助けてあげたのに、私があなたを陥れたなんて……どうしてそんな酷いことが言えるの?」それを聞いて、楓は怒りで息が荒くなった。確かにその通りだけど、話はそんなに単純じゃない。最初はただの勢いで月子の芸能プロダクションに仕返ししたいって言っただけだった。まさか遥が本気で手伝ってくれるなんて思わなかった。だけど、彼女が協力してくれたから、月子を本気で潰せるんだって思って、結果的にここまでどんどんエスカレートしちゃったんじゃない。遥は共犯者で、間接的に自分をけしかけたも同然じゃない。それなのに、今になって自分が主犯で、責任を全部なすりつけられるわけ?彼女には全く非がないって言うの?楓は言いたいことをうまく言えず、濡れ衣を着せられて陥れられた苦しみで顔を歪ませた。「
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