All Chapters of 雪桜婚〜すべてはスマホ間違いから始まった〜: Chapter 41 - Chapter 50

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第41話

「なぁ、この家さ、クッションとかないの? おれ、手が疲れてきたわ」 龍太郎が寝転びながら、隣に正座している私に話しかけてきた。 刑事もののドラマスペシャルに、龍太郎は釘付けだ。 「……ないよ。私が使ってる普通の枕でいい?」 私が枕を取りに立ちあがろうとすると、龍太郎に手をつかまれた。 ……な、なに? 心臓が跳ねた。龍太郎の手は温かくて大きい。 「おまえでいいわ」 そう言うと、私の膝にひょいと図々しく頭を乗せてきた。 「ちょ……、なにするの⁉︎」 私はびっくりして顔が赤くなる。 「いや、ちょうどいいところに枕があったから。それにしても、やっぱりこのバディの組み合わせが一番好きだわ、おれ」 龍太郎はテレビに夢中だ。 こっちの気持ちなんて、てんでお構いなしだ。 これではまるで、恋人同士みたいじゃないか……。 現に彼の顔を見ても照れている様子もなく、ひとの膝枕を使い、当たり前のように|呑気《のんき》にテレビを見ている。 ……龍太郎はきっと極度の寂しがり屋で、こういうことをするんだ。 甘えられる相手が欲しいんだろうな……。 龍太郎が私の太ももを撫でてきた。 「おまえさ、もう少し太れよ……。痩せすぎだぞ。おれはもっと弾力のある太ももが好きなん……」 私は即座に立ち上がり、龍太郎の頭が畳の上にドスンと音を立てて落ちた。 「信じられない、この変態!!」 もう二度と膝枕なんかしないもん! ほんとに龍太郎はスケベなんだから!! *** 夕食の時間になり、私がご飯を作る姿を龍太郎が興味深々に見ていた。 そんなに見ないでほしい……。 穴があきそうなほど、彼はリビングから私をまじまじと見ている。 もっと可愛いエプロンを買っておけばよかったと後悔した。 今、身に着けているのはデニム生地の普通のエプロンだ。 おしゃれといえば、おしゃれだが、男のひとは花柄とかフリルがついた女らしいエプロンが好きなのではないだろうか? ま、自分にそういうデザインが似合うかどうかと言われれば、疑問だが。 龍太郎の視線が気になる。もぉ!  なんでそんなに見てるのよ! 心配しなくても、少しは料理ぐらいできますよ~だ。 「あ、あんまり見ないでくれる? 緊張するから」 私は抗議したが、龍太郎は愉しそう
last updateLast Updated : 2025-07-04
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第42話

「おれ、おまえのこと……その……す……」 龍太郎の頬が赤い……。 ……なに? なにを言おうとしてるの……? 私の胸も高鳴り始めた。 その時だった。私のスマホが鳴り出した。 「あ……、ごめん」 私は台所を離れて、リビングに置いてあるスマホの画面を見る。 母からだった。 なんだろう……。めったに電話なんてしてこないのに……。 「はい、もしもし? お母さん、どうしたの?」 『あんた、元気なの?』 母のいつも通りの愛想のない声だ。だが、なにか不安が混じったものを含んでいるのがわかった。 「……うん。元気だよ。お母さんは?」 入院したことと、仕事のことは落ち着いたら話す。 『私たちはいつもどおりよ。まぁ、あんたが元気ならいいのよ。実はね最近、家の固定電話に変な電話がかかってくるのよ』 母の声は明らかに|狼狽《ろうばい》していた。 「え? 変な電話? なにそれ……」 私の電話の内容を聞いて、洗い物をしている龍太郎の表情も少し硬くなった。 『……それが無言電話なのよ……』 「無言電話?」 『そう、しょっちゅうよ。ひどい時は夜遅くでもかまわず、電話がくるわ。まさかとは思うけど、あんた、身に覚えない?』 「……ないよ」 私はそう答えたが、絢斗のことが少し引っかかった。さっきの彼の粘着質な視線……、気持ちが悪かった。 絢斗と別れてから、電話がくることはないと思いながらも、着信拒否をしている。 でもあんなひどい喧嘩別れをして、向こうは結婚も決まっているのに、電話なんかしてくるはずもない。 今頃、幸せいっぱいだろう……。 『そう、ならいいわ。でも困ったものよねぇ』 母がため息をついた。 「……流行り病の時に詐欺とか、変なのが一気に増えたから、その|類《たぐい》なんじゃない? 相手がお年寄りか確認してるとか……。もうしばらく電話に出るのをやめたら? いっそ、固定電話を解約するとか……」 電話帳には当然載せていないはずだ。 『そうね。またお父さんと話をしてみるわ。あんた、たまには実家に顔出しなさいよ。お父さんがうるさいんだからね』 はいはい。また父か。母の会話はいつも父だ。どうせ、この電話も父がかけろと言ったんだろう。 相変わらず、父は働かずに朝から飲んだくれているんだろう。 母みた
last updateLast Updated : 2025-07-05
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第43話

なんで? 私がなにかした?? 絢斗が私に馬乗りになって、片手で私の両腕をつかんでいる。すごい力で動けない。 「おまえだろが⁉︎ おれが企業から|賄賂《わいろ》をもらってることを、上の人間に話したヤツは⁉︎ そのせいで、おれはすべてを失ったんだ!」 絢斗の荒い口調が耳をつんざく。 「んんっ!!(違う)」 私は否定する。口元を押さえつけられているせいで、うまく話せない。 なんの話? そんなこと知らない。賄賂? なにそれ? 「おれはさ、おまえのこと、愛してたのにおまえがおれに冷たくしたんだよなぁ? おれが少しばかり遠くに転勤になっただけで、ツンケンしやがって」 ……なに? なに言ってるの? 絢斗が先に浮気したんじゃない……。 絢斗が私の身体をいやらしい目つきで見てくる。 「……それより、少しみないうちに痩せて奇麗になりやがって……、今のおまえなら結構そそるな」 そんな目で見て来ないで、怖い……。 「んんっ! んん!!(離して)」 抵抗するが、すごい力でぜんぜん動けない、動けないよ、龍太郎……。 助けて、龍太郎……。こんなのいやだよ、龍太郎……、怖い……。怖いよ。 「おまえが腹いせでチクったんだろが! それでおれは左遷されたんだよ。降格で離島行きだよ。くそっ!! おれのキャリアが!」 絢斗が乱暴に私のパジャマのボタンを外していく。 口を押さえていた絢斗の手が離れて、私のパジャマを脱がしていく。 今なら声が出せるのに、身体がひどく震える……。 声が出ない……! 今から私、なにをされるの……。 声の代わりに涙が流れる。 「あっれぇ、おまえ、可愛いブラジャーしてんじゃん。ピンクかよ! おれと会う時のあのババくさい色のブラはどうしたんだよ? アイツか? アイツのためにこんな奇麗なブラジャーしてんのかよ! なんかムカつくなぁ。勝手に会社も辞めやがって……。着拒否までしやがって……。新しい男ができた途端、これかよ⁉︎ ふざけんな!」 絢斗がブラジャーの上から私の胸を触ろうとしてくる。 「んんん!!!(やめて)」 私の目に涙があふれてくる。こんな男に触られたくない……。 私、さっきまで龍太郎とご飯食べて、あんなに幸せだったのに……。 こんな現実ってある? ひどいよ……。 「おまえ、なに泣いて
last updateLast Updated : 2025-07-06
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第44話

「……ここは冷えるから、和室に行こう」 私たちは床の上に座っていた。立ちあがろうとしたが、私は足にうまく力が入らなかった。膝が震えている。 「きゃっ」 視界がぐらつき、私は悲鳴をあげた。 ふらつく私を龍太郎が軽々と抱き上げていた。 横抱きしながら運び、そのまま和室のリビングのところに、そっとおろしてくれた。 こんな時なのに、お姫様抱っこは初めてだとか、そんなことをぼーっと考えていた。 ……これは悪い夢なのだろうか? なぜ、こんな怖い目に遭わなければならないのだろう。 ……私の行動が原因か? 不用心すぎたのか? 「……おい、いい加減、そのパジャマなんとかしろよ」 龍太郎が背中を向けて座っていた。それで初めて自分の上半身が、下着姿のままであることを思い出した。 「……あ、ご、ごめん」 私は立ち上がり、新しいパジャマに着替えた。 脱いだパジャマを見て、このパジャマはもう捨てようと思った。 今考えるのは、そんなことではないのに頭が回らなかった。 龍太郎の背中が目の前にあった。 「りゅ、龍太郎、来てくれて、ありがとう……。助けてくれて、ありがとう……」 私は龍太郎の背中に後ろから、そっと抱きついた。 龍太郎の背中がビクッと飛び跳ね、驚いたのがはっきりわかった。 その大きな背中はとても温かかった。 「……龍太郎、ごめんね。ドジ踏んじゃった。馬鹿だよね、私……」 涙腺が緩んで、目の前の景色が歪む。 龍太郎は白のパーカーにカーキのサルエルパンツを履いている。 そこからは柔軟剤のような、石鹸のような柔らかい香りがした。 「……おまえは悪くねーから、謝るな」 ぶっきらぼうな物言いだが、今の私にはありがたかった。下手に優しい言い方をされたくない。 龍太郎の髪からはシャンプーのいい匂いがした。お風呂に入ってきたのだろう。 「ねぇ……、どうしてまたきてくれたの? 湯冷めしちゃうよ……」 不思議だった。どうしてまたここに現れたのか。 「……昼間、見たヤツが気になったのもあるけど……。まぁ、今言うべきことかは置いといて……、おれさ、家に帰ってから、またすぐにおまえに会いたくなった。時間が許す限り、おれはおまえと一緒にいたい……。さっき、言えなかったからな。今日きちんと、おれ
last updateLast Updated : 2025-07-07
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第45話

「そっか! じゃあ寝るか! 疲れただろ? ちょうど布団も敷いてあるしな」 爽やかな笑みを龍太郎は浮かべたが、今からしようとしていることは、決してそんな爽やかじゃないはずだ。 「ちょ、待って。布団、一組しかないんだけど?」 私は焦った。もう夜中だし、龍太郎に帰ってとも言えないし、あんなことがあって、さすがに一人では居たくない……。 どうしよう……。 「別にいいだろ? そばにいるんだろ? さっきそばにいてほしいって、自分で言ってたぞ」 違う、そんなアバンチュールな展開は断じて求めてない。 「あ、あのそういう意味では……」 まじで二人で寝るとか無理です。 「おれと寝るの、そんなにイヤか……?」 龍太郎が悲しみに満ちた表情をする。絶対、演技だ。 「あ、あの、心の準備ができてませんので、今回は、ご、ごめんなさい」 「ぶっ! はははっ! おまえ、また変なこと考えてただろ⁉︎ おまえがこんな時に、なにもするわけがないだろ……」 そう言って、龍太郎はさっさと布団に入ってしまった。 「もう! なんなの! ムカつくんですけど! それに枕がないと、私は寝れないんですけど!」 私が龍太郎の近くに抗議しに行くと、布団の中から龍太郎の手が伸びてきて、強引に私を布団の中に引きずりこんだ。 「やっと少し元気になったな……」 龍太郎が目を細めて微笑んだ。私の顔が赤くなる。 「枕はおれが使うからな。おまえはこれで勘弁しろ」 龍太郎が自分の腕を出してきた。 は? う、腕枕? ……ってことはやっぱり二人で寝るのぉ⁉︎ 「無理です、無理です。私がリビングで雑魚寝するから、龍太郎がお布団をお使いください」 私が布団から出ようとしたら、龍太郎に手首をつかまれた。 「さっきから、変な敬語を使ってるよな?」 ニヤリと龍太郎が笑った。 「今回の罰はこれな」 龍太郎は私を後ろから抱きしめて、耳元でつぶやいた。 「朝までおれが抱きしめててやるから、辛いこと、早く忘れろ……」 私の背中に全神経が集まりつつあった。 龍太郎に抱きしめられていると、さっきのことが嘘のように、心がとろけていく。 それとは対照的に私の心臓は騒がしい。 そして身体にどんどん熱が|籠《こも》る。 安心する気持ちと、ドキドキする気持ちが交差する—
last updateLast Updated : 2025-07-08
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第46話

……え? 今、キスされた……? 私は目の前にいる、龍太郎の顔をみつめた。顔が赤い、いつもの龍太郎らしくない。 なに今の? どうして、そんな顔してるの……? これじゃあまるで、龍太郎が私を好きみたいだよ……? うそだよね……? 今までひとを好きになったことがないって、言ってなかった? 「おまえが弱ってる時にごめん……」 龍太郎の申し訳なさそうな声が聞こえた。 私は完全に思考が停止していた。 触れられた唇が|火照《ほて》っている……。しっかりとその余韻も残っていた。 私は恥ずかしくなって、視線をさまよわせる。 「あのさ、もう、ここまできたら、きちんとおまえに言うわ」 龍太郎の声にはなにか力強いものが混じっていた。 「え?」 私は顔をあげて、龍太郎をまっすぐに見つめた。 「おれさ、おまえに一目惚れしたんだよ。初めて会った時に。無愛想で可愛げもなかったけど、おまえはすごく親切で、いいヤツだと思った。そして話すうちに、もっと好きになった。人生で初めてひとを好きになった」 「え……?」 私は瞬きすら忘れて、龍太郎の瞳をただ見つめた。 「おれはおまえが好きだ。おまえといるのはすごく楽しい。だから付き合ってほしい」 え? 龍太郎と付き合う?? 私が? それは、無理だ……。 「……ごめん。それは無理」 ひとと付き合うとか、今は考えられない。 それに龍太郎と私では、住む世界が違う。 「おまえはおれのこと嫌いか?」 悲しげな色を宿した、龍太郎の瞳がそこにあった。 「き、きらいじゃないよ。きらいだったら部屋に入れたりしないよ……」 心臓が爆発しそうだ。 本当は龍太郎ともっと、一緒にいたいよ。 だけどさ、龍太郎と私って世界が違いすぎない? 先を考えた時に、また辛い別れが待っていそうだよ。 だって龍太郎は御曹司じゃない。 私とはすべてが違うよ……。 「そっか……。だけど、おれはそんなハッキリしない言い方は好きじゃないな。はっきりと言ってほしい」 龍太郎の目が私をとらえて離さない。 私の心臓がさらに早くなる。 もぅ! なんでいまの答えじゃだめなの⁉︎ 暗に自分の気持ちを言ってるようなものじゃないか。 「え? さっき言ったけどなぁ……。きらいじゃないって」 私はごま
last updateLast Updated : 2025-07-09
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第47話

私は簡単に荷物をまとめた。着替えに生活必需品。貴重品など。 引っ越してきたばかりなのに、なんでこんなことに……。 まぁ、もう落ち込んでも仕方がないか……。覚悟を決めろ、雪音! 服は龍太郎が買ってくれたものと、ヨニクロと有印のものなど、数点。 下着は龍太郎のお母さんが選んでくれたものを、カバンに詰め込んだ。 もしなにか足りない時は買うか……。どのみちどれも長年、使い古してきたものだしな……。 それにあくまでこれは、一時的な非難だ。 私は今日は有印のロングワンピースを着ている。色はモスグリーンだ。その下にグレーのくしゅくしゅのレギンスを履いている。 髪は片側だけ、黒のシンプルなピンで留める。洗面台で着替えを済ませた私は龍太郎に声をかけた。 「準備できたよ」 「なんだ。マシな格好もできるじゃないか」 少し目を見開いて、龍太郎が私を見てきた。 今日は頑張って少し化粧もしてみた。アイシャドウはピンクベージュ系のキラキラしたものだ。 それにしても『マシな格好』とは、龍太郎の中で褒め言葉なのだろうか? わからない、謎だ。 そして、それは好きな女性に対して発する言葉なのか?? 疑問しかない……。 「ほら行くぞ」 私は龍太郎の車に乗って、二十分程度で彼のマンションについた。 彼の家は外観もさることながら、中も超高級マンションだった。まるで白亜の要塞だ。 龍太郎が地下に車を停めた。「おかえりなさいませ」と、美しい二人のコンシェルジュに出迎えられる。 ……ここは超高級ホテルか? 私は辺りをキョロキョロ見回した。 ここはまるで海外のホテル、それもセレブのみに許されるスーパー高級ホテルさながらだ。 異国を思わせるようなデザインのフロアマット、ゆったり座ったが最後、もうそのまま眠ってしまうであろう、大きくて柔らかそうなソファに、あちらこちらに置いてある見事な観葉植物。思わず目を細めるほどのキラッキラのシャンデリアの照明。 「おれの部屋はここの六階だ」 龍太郎は優雅にエレベータに乗る。歩く姿も|様《さま》になっているから、私はときどき見惚れてしまう。 |貴公子《りゅうたろう》の後を戸惑いながら、ひたすらついていく私。一人だと迷子になりそうだ。 「おまえ、どっからどう見ても怪しいヤツだぞ」
last updateLast Updated : 2025-07-10
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第48話

「おまえの部屋はここな」 龍太郎に案内されて、二階部分の真ん中にある部屋に入る。中は和室だった。 「広いね……」 十畳はありそうな部屋に驚いた。真新しい布団に、座卓に、分厚い立派な座布団。和|箪笥《たんす》。 カーテンはなく、障子窓で至ってシンプルな部屋だった。 奇麗に掃除がしてあるのが、すぐにわかった。 「……掃除は龍太郎がしてくれたの?」 「まぁな」 短い返事だったが、龍太郎が少し照れているのがわかった。 「ここはもともと、おれの母親が使っていたんだ」 え? 龍太郎のお母さんが? 「え? いいの? そんな大事な部屋を私が使わせてもらっても……?」 「いいよ。母親はもうすぐ結婚するし、もうここには戻って来ないからな」 目を伏せ話す、龍太郎の顔は少し悲しげだった。 「お母さん、結婚するの?」 まぁ、あれだけ奇麗な女性だ、なんの不思議もない。 「そうだ。店に来るお客さんの父親と結婚する。これでやっと、母親も幸せになれる。おれを産んでからずっと苦労してきたし、おれが父親に引き取られて、このマンションに住めたら幸せかなと、思ったんだが、違ったみたいだ。ここは広すぎるらしい」 お母さんのために龍太郎は、お父さんに引き取られたのかな? 「……そうなんだ。龍太郎はお母さん思いなんだね」 強引ドSな魔王になったりもするけど、根は優しい龍太郎……。 「ば、馬鹿か、おまえは。恥ずかしいこと言ってくんなよ。照れんだろが」 「ふふ」 私は笑った。龍太郎の焦った姿が可愛い……。 笑った私の顔を見て、龍太郎がなぜか微笑んだ。 「おまえって笑った顔、ほんとにいいな」 その言葉で私は自分の顔が赤くなるのがわかった。自分の笑った顔なんて意識したことがない。 「あ、おれの部屋、おまえの部屋の隣だから」 「あ、え、そ、そうなんだ」 よりによって隣か……。 緊張するなぁ。なんだかドキドキするなぁ。 たかが部屋が隣ってだけなのに? やっぱり私おかしいな……。意識しすぎだな。 婚約者って言われて、声が枯れるほどびっくりはしたけど、嬉しい気持ちも正直あった。 まぁ、龍太郎の家族がこのことを知れば、総出で大反対されるだろう……。 そうなれば龍太郎も、今みたいなことは迂闊には言えないだろうと思う。
last updateLast Updated : 2025-07-12
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第49話

『どうした!?  雪音さん?』  係長の焦りの混じった声が大きくなった。 「りゅ、龍太郎、付き合っていないひとに、手は出さないって言ったじゃん⁉︎」  私は小声で口にする。あの言葉は嘘だったのか? 「それは交際してない場合だろ。おまえはもうおれの婚約者だぞ。交際相手よりも深い関係だ」   「私は了承してない」  そう言って、龍太郎の包囲網をするりと抜ける。 「でも否定もしなかったな。黙っているということは、肯定とみなしたんだが?」  うっ、確かにびっくりしたのと、龍太郎の家族がそんなことを許すわけがないと、面倒くさいので|敢《あ》えて否定もしなかった。 「おれたちはもう成人なんだぞ。おまえ、自分の行動には責任を持てよ」  ……え? それはつまり龍太郎の中では、私たちは正式に婚約してることになってるの?   うそだよね……? 普通に考えてありえないんだけど……。    なんで? そうなる?  ……あ、そうか、そうだった。龍太郎に普通は通じないんだった……。しまった……!! 『もしも~し、雪音さぁん?』  係長の声が遠くに聞こえる。 「ほら、早く電話に出てやれよ。なにか用事なんだろ?」  龍太郎はクククと堕天使みたいな笑みを浮かべた。  もぅ! なんなの! この悪魔天使!(意味不明) 「あ、もしもし、係長、すいません。ゴキブリが出て……、びっくりして声が出ちゃいました。ごめんなさい」  私は何事もなかったかのように振る舞う。 『ゴキブリ!? 剣堂さんちはそんなに不潔な家なの? 意外だなぁ……。そんなところにいて大丈夫なの?』  係長の困惑した様子が電話越しに伝わってくる。 「あ、大丈夫です。大きなゴキブリが一匹居ただけなんで……」  そう言いかけた時、龍太郎の声が耳元で聞こえた。 「誰がゴキブリだ?」  龍太郎の恐ろしく低い声がして、私の耳に彼が『ふぅ~』と息を吹きかけた。 「きゃっ!」  くすぐったくて、恥ずかしくて思わず、声をあげる。 『え? どうしたの? 誰かそこにいるの?』  係長の|訝《いぶか》しむ声がした。 「おれのすることで声を出したら、おまえの負けな。耐えられたら、婚約の話はなかったことにしてやるよ」  龍太郎に後ろから抱きしめられた。 「だいたい、おまえが他の男を名前で呼ぶから悪いん
last updateLast Updated : 2025-07-14
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第50話

私たちはそれからしばらくして、一緒に買い物に行った。目の前の駅に直結しているスーパーなので徒歩だ。 そのスーパーで野菜の値段を見て、目が飛び出しそうになった。 た、高すぎる……!! 一緒にいる時は龍太郎が支払いを全部済ませてくれるんだけど、それも甘えすぎかなぁと思う。 今度、きちんとお返しをせねば。 二人で並んで歩く。重いものは龍太郎が持ってくれた。 帰宅して、私は持参したエプロンをして料理の準備をする。 今夜は龍太郎のリクエストで味噌鍋だ。鶏肉やお野菜をいっぱい入れられるので嬉しい。 ……てか広いキッチンだなぁ。 大きなオーブンもあり、厨房みたいな大きな冷蔵庫もある。 私の隣には龍太郎がいて、野菜などを洗ってくれていた。 手慣れた様子だった。 「おまえ、案外料理できるんだな」 龍太郎が野菜を切る私の手元を見ていた。 「そうかな? 鍋だよ? 切るだけじゃん? 明日からはきちんとメイドとして頑張ります」 「じゃあ、明日はコロッケが食べたいな」 子供みたいに無邪気に微笑む龍太郎は子供みたいで、私も自然に笑顔になった。 コ、コロッケかぁ……。 実は作ったことがない……。大丈夫かなぁ……。 *** どんどん日が暮れて、遠くに夜景が広がっていく。暗闇が空を覆う。 「ここは駅近なのに、静かだね……」 奇麗にライトアップされていく夜景を見ながら、私はつぶやくように言った。 遠くにタワマンが見える。 私の住んでいる町は山があり自然が多い。どちらかというと田舎。 私は好きだけど、駅の近く以外は車必須。 龍太郎はそこから都会の方面に二駅。 たった二駅なのに、こんなに景色が違う。 「この街は都会と自然がうまく融合してるだろ? 田舎すぎず、都会すぎず……。ま、おれは気に入ってるかな」 私が窓から夜景を見て、その|傍《かたわ》らで龍太郎はソファに寝そべり、車の雑誌を読んでいた。 午後七時、一緒に鍋を食べる。隣の物音すら聞こえない静かな部屋。 私のワンルームマンションなら、ひとの気配がしまくりだ。 ここでのぼっち飯は確かに、寂しいかもしれないな……。 「……|美味《うま》いな」 龍太郎は本当に美味しそうにご飯を食べる。 「本当おいしいね、しいたけ、最高なんだけど」
last updateLast Updated : 2025-07-15
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