All Chapters of 雪桜婚〜すべてはスマホ間違いから始まった〜: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

「お、おまえ、ふざけんなよ~!!」 龍太郎の口調が荒い。 私の案内通りに車を走らせて、とあるお店に着いたのだけど、やっぱりそういう反応になるよね。 「ここなんだよ⁉︎ 回転寿司じゃねぇか! おまえ、せっかくおれがいい店に連れて行ってやろうと思ったのに! チッ!」 龍太郎は舌打ちしたけど、これ以上、お姫様になったら、もう現実世界に戻れなくなっちゃうよ……。 もう、十分だよ……。 「いいじゃないですか。安くて美味い、庶民の味方。剣堂さんもたまには、こういうお店で楽しく食事を楽しみましょうよ」 私は龍太郎をなだめる。 「まったくおまえは···欲がねぇな。もっと、ひとに甘えて生きればいいのに」 龍太郎の言葉に私は戸惑った。 ……え? いつも? 「来たからには、たらふく食うからな。おれは腹が減ってんだ。おまえの奢《おご》りな!!」 龍太郎は私に背中を向けて、お店の方に歩き出したけど、龍太郎の言葉に引っ掛かりを覚えていた。 ——どこかで会ったことあるの? …………まっさか~、こんな目立つヤツと会ってたら、いくら私でも気づくって。 「二名様、ご案内~」 音吐朗々《おんとろうろう》とした店員の声が店内に響き渡った。 龍太郎の後ろをちょこちょこ歩く私は、客と店員の視線を感じずにはいられなかった。 ——みんなが龍太郎を見ている気がする。やっぱり目立つからかなぁ? 龍太郎が歩いて連れてくる、風に乗った香りがふんわりと、私の鼻をくすぐる。 車に乗っている時から気づいていたけど、龍太郎はなんというか、すごくいい匂いがする。 森林みたいな……それでいてとても上品な香りだ。 うまく例えられないけど、大自然に包まれているような安心する香りだ。 龍太郎の後ろ歩くと、その香りに包まれる。 「ふぅ……」 龍太郎が席に座って息を吐いた。 テーブル席に座っても、なおも視線を感じる。私がちらりと見ると女性たちが頬を赤らめて、龍太郎にうっとりとした視線を投げつけて、なにやらヒソヒソと話をしているのが目に入った。 「ずっと、運転してもらってすいません。つ、疲れましたよね?」 龍太郎の形のよい鼻を見ながら、私は口にした。一応、私は私なりに気を使っている。 「別に……」 龍太郎のそっけない返事が耳を通
last updateLast Updated : 2025-06-13
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第12話

「み、見てたって……、な、なにを?」 私が龍太郎に会うのは、今日が初めてのはず。 いや、間違いなく会ったことなどない。 「おまえを見てた」 「いや、そういうことじゃなくて、仕事も知ってるの?」 「知ってる。おれ、おまえの後をつけたことがある」 ……うわぁぁあ!! 怖っ!! ス、ス、ストーカー? 「あ、あの、け、けけけ、剣堂様はなんで、そのようなことをい、いたしたのですか?」 混乱して、もう日本語がぐちゃぐちゃだ。 「おまえのこと、気になったから。それより剣堂様ってなんだ?」 龍太郎が首をかしげる。 ……こいつ、なんでもないことのように平然と。き、気になったってなに? 後をつけられて、気になってるのは私のほうなんですけど……!! 「おまえの仕事場、あのグリコロ製菓だろ? 山の中にある……」 うぉぉ、こいつ、ガチで知ってる。私のこと!! 「あはは、私、最後にデザート食べようかなぁ……」 私は彼の質問には答えず、現実逃避しようとタッチパネルを手元に引き寄せ、画面に触れる。 こいつとは、これきりだ。二度と関わってはいけない、そういうやばいレベルの男だ。 『デザートを食べ、何事もなく穏便に済まし、無事に帰宅する』 これが今日、最大のミッションだ。疲れ果てた身体に、こんなに色々なことが起こるとは、今日は厄日か? スマホを間違えたために、入れ違いになったために起きたことだ—— ……ぜんぶ、自分が悪い。 いつもなにかしら抜けている自分のせいだ。 「……悪かったな。車で後をつけたりして」 なぜか謝ってきた龍太郎。 「く、く、車で、へ、へぇ……」 あの高級車と、私の軽自動車では最初から勝ち負けは決まっている。逃げることもできないだろう。 「おまえがあまりにも暗い顔して、車に乗ってたから……。いつ見かけても、いつも、つまらなそうだったから、つい気になって……」 …………なにそれ……? 暗い顔? つまらなそうな顔? つい気になって? なに? いったい……、いったいこいつに、なにがわかるの……? 私がこれまでどれだけ一生懸命に働いて生きてきたか、なにがわかるわけ? 女が一人で生きていくのがどれだけ大変か、わからないよね……? 私はタッチパネルに触れる
last updateLast Updated : 2025-06-14
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第13話

「そ、そうなんだ。産業医の先生だったんだ」 私はたしかにこの顔を見たことがある。 「おれはただの付き添い、勉強だけどな。おまえの会社でインフルエンザや、怪我、病気、なんかあったら診るのは、うちの父親と、うちの病院だ」 「……そうなんですね。だから私のこと、知ってたんですね。メガネしてるからわからなかった。……あれ? でも会ったの最近じゃないですか? ここ二ヶ月ぐらい前な気がする。そんな何回も会った記憶ないですし……」 私は記憶を辿るが、どう考えても、···と言われるほど、龍太郎と会った覚えがない。 「おれね、よくこの辺り、走ってんの。兄貴のクリニックがこの近くにあって、そこでバイトもしてんの」 あ、お兄さんも医者なんだ。すごい。パンピーとは一線を画する華麗なる一族か。 「けっこう、おまえとすれ違ってるよ。少なくとも、おれは覚えてるんだけどな」 龍太郎が口元に曲線を描いた。信じられないぐらいの美形だ。それに妙な色気がある。 「え……?」 そんなこと言われると戸惑ってしまう。なんで? 覚えてるの? 心臓がドキドキと音を立て始めた。 「おまえのパステルピンクの車、あんまりいないから目立つんだよ。いかにも女の子ですって、色の車な」 ……なんだ、なるほどね。絢斗が女の子らしいって、これがいいって! って言ってきたから半分妥協して買ったやつだ。 ……自分を持ってない女の黒歴史。 「私だって、好きであんな色に乗ってるんじゃないんです。買い替えたいけど、まだローンが残ってて……」 その言葉に龍太郎は、不機嫌そうに口を開いた。 「車ぐらい自分の乗りたい車に乗れよ。どうせあれだろ? 彼氏がこれ可愛いとか言ったんだろ」 「……そうですけど。どうせ、もう別れましたし、今度、車を買う時は自分の好きな色の車に乗ります」 いつの間にか涙は止まっていた。車に関しては、自分に似合わない色であることは、百も承知だ。 「……おまえ、彼氏と別れたんだ。てかやっぱ、彼氏いたんだな……」 龍太郎の目に関心の色が宿ったのを、私は見逃さなかった。 夜風が冷たい。四月に降った季節はずれの雪。今はもう溶けて消えちゃったけど、今日は朝から色々あったなぁって考えてたら、あくびが出てきた。 疲れた……。非常に疲れた。
last updateLast Updated : 2025-06-14
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第14話

身体が熱い。龍太郎の抱擁でどうにかなりそうだ。 「……な、なんでこんなこと、するんですか? 会ったばかりでこんなこと、普通しませんよ」 恥ずかしいよ。ドキドキする。細いけど、たくましい腕。サラサラの髪。 「……おれがしたいからだ。普通の男と一緒にするな」 龍太郎の吐息がかかる。背中がゾクゾクする。 「剣堂さん、熱い……。熱いです」 私は朦朧《もうろう》としてきた。こんな美しい顔が近くにあるからだろうか。この男の香りも危険だ。頭がぼーっとする。 彼の猛毒に触れて、私の頭と身体はおかしくなったのだろうか。 ……すでに全身に毒が回ってしまったのだろうか? 龍太郎の顔がすぐ隣にある。そのきめ細かい肌に触れてみたい。私は欲望のまま自分の頬を龍太郎の頬にくっつけた。 彼の頬は温かかくて、すごく柔らかかった。 ……こ、こんなことしてもいいのかな……? 私は自分の心臓がどんどん早くなるのがわかった。 「……おまえ、本当に熱くないか?」 龍太郎が私の顔色を見て、不安げな表情になった。そして、おでこをピタっとくっつけてきた。 ぎゃっ!! なにするの! 余計に熱くなる!! 「お、お、おまえ、熱あるぞ! すごい熱だぞ⁉︎」 え? 私、熱あるの……? 「 どうりで……熱いと思った……。へへ」 「笑ってる場合か。病院行くぞ!」 龍太郎が車を発車させた。どこの病院だろう? 私は意識がどんどん遠のいていった……。 *** ……ん? ここはどこだろう? 天井が白い。消毒液の匂いがする。 点滴がポタポタ、落ちていくのが視界に入った。 「気がつかれましたか?」 声をかけてきたのは、優しい顔立ちをした女性だった。自分よりかなり年上のようだ。ナース服を着ている、どうやら看護師さんらしい。 彼女は点滴の落ち具合を確認している。 ……え? ここは病院? どうして? 「気分はどうですか? 昨夜、龍太郎先生がここにあなたを運んで来られたのですよ」 少し微笑みながら、その看護婦さんが尋ねてきた。 ……龍太郎先生? 私はまだふわふわする頭で考えた。龍太郎が私をここに運んでくれたの? 「剣堂さんが……? 私をここに? ……こ、ここはどこですか?」 「ここは剣堂クリニックですよ。龍太郎先生のお兄様が院長
last updateLast Updated : 2025-06-15
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第15話

光太郎が部屋から出て行って、あらためて部屋を見渡すと、大層立派な花瓶に、壁かけの大きな液晶テレビ、ヨーロッパ調のテーブルに、座り心地がよさそうな、大きなソファーが部屋に置いてあった。 なにやら凡人には理解し難い絵も飾ってある。 ここは個室? しかもこれ、特別個室ってやつじゃない? なんでこんなところに? トイレにシャワーもある。 ……てか、ここのお金、やっぱり私持ちだよね~⁉︎ この部屋、一日いくらするんだろう……。 考えただけで眩暈が悪化しそうなので、私は考えるのをやめた。 私はお手洗いに行った後、カバンの中にあったスマホを取り出した。 壁掛け時計は、午前十時半を過ぎている。 こんな時間に今から会社に連絡するのか、気まずいなぁ。 始業時間を二時間も過ぎている。私はスマホを見ながら、ため息を吐いた。 また事務長が出たらイヤだな、と思いつつ、会社に電話をかけた。 呼び出し音が三回ほど鳴った後、「はい、グリコロ製菓です」と男性の声がした。 あっ、この声は係長だ。 「あ、あの鈴山です。連絡が遅くなり、すみません……」 私は気まずさしかない声色で話す。 「あ、ああ、鈴山さん、連絡がなかったんで心配してたんだよ。どうかした?」 電話先にいる係長の声は驚くほど、穏やかだった。 「あの実は……昨夜、高熱を出して病院に運ばれて、今、まだ病院にいるんです。気がついたのがさっきで、連絡が遅くなり、本当に申し訳ありません」 昨日の今日で、この電話。情けない……。自己管理がまったくなっていない。 「び、病院⁉︎ 入院してるの⁉︎」 私の話を聞いた係長が、大きく息を呑んだのがわかった。 私は係長に検査結果が出るまで、退院できないこと、原因がまだはっきりしないこと、現在の体調などを話した。 「そっかぁ、それは大変だったね。みんなにも伝えておくよ。鈴山さんさえ良かったら、午後から少し、お見舞いに行ってもいいかな?」 係長の優しい声が私の耳に届いた。 「……そんなたいした病気でもないですし、そのお気持ちだけでいいですよ」 私は断った。会社に迷惑ばかりかけているのに申し訳ない。 「いや、僕が鈴山さんに会いたいんだ。会って少し話できないかな? もちろん長居はしないから」 係長……、相談窓口担当なだけあって優し
last updateLast Updated : 2025-06-15
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第16話

私は龍太郎にしぶしぶ自分の連絡先を教えた。断れなかった。 彼は指を動かし、私の番号をスマホに登録している。 私はベッドから起き上がっていて、龍太郎はベッドに腰かけていた。 ……二人きりの病室。 「あ、あの今日は総合病院で、お仕事じゃなかったんですか?」 私は龍太郎の全身をちらちら見ながら話す。 白いシャツにブラックのアーガイル柄のベスト、黒のスキニーパンツ。 ……先日も思ったけど、足、長いなぁ。体の半分が足? 体の作り、どうなってんの? それにやっぱりむちゃくちゃかっこいいよね……、悔しいけど、それは認める。 なんでこんなひとが『メシ友』に困るんだろう? 「おい、なにジロジロ見てんだよ。見惚れてんじゃねぇぞ」 龍太郎が平然と言い放つ。 ……前言撤回。こんなひとだからいないんだ。 「み、見惚れてなんかいませんよ。それより仕事はどうしたんですか?」 私は再び問いただす。 心臓に悪い突飛な行動が多いから、早く帰ってほしいなんて言ったら、なにをされるかわからないから、口が裂けても言えない。 「今日は午前中だけ外来。今、受け持ち患者も二人しかいなくて、そんなに忙しくない。夕方まで時間あるからな」 龍太郎がスマホを触りながら口にした。 げっ!! まさか夕方までここにいるの⁉︎ その時、私のスマホが鳴った。 ……誰だろう? 知らない番号だ。とりあえず出るか……。 通話ボタンを私は押した。 「も、もしもし……?」 「あ、もしもし? おれだけど?」 隣から龍太郎の声がした。こいつかい!! 「きちんと登録しておけよ。そして着信があったら、なるべく早く必ず掛け直すこと、いいな?」 うわっ。こっわ。 「そんなこと言われなくても、きちんと掛け直しますよ」 えーと、この番号は苗字だけでいいか。 「剣堂さんっと」 私は登録ボタンを押した。 「剣堂さんじゃない」 私の横に座りなおして、横からスマホを覗《のぞ》きこんできた龍太郎が、不満そうに言った。 「は?」 あなたの苗字、剣堂さんではなかったですか? 私は確認するように龍太郎の顔を見る。 「龍太郎」 「え?」 なにを言ってるかわからず、私は聞き返した。 「龍太郎で登録しろ」 なんで? そこどうでもよくない? た
last updateLast Updated : 2025-06-15
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第17話

「か、係長!」 私は龍太郎の腕を振りほどいた。 「チッ」 龍太郎の舌打ちが聞こえた気がした。 「わ、わざわざお見舞いに来てくださったんですね」 私は立ち上がり、係長を出迎えた。 「あ、い、いや、そ、そのなんか邪魔したのかなって……」 係長の顔に戸惑いが見える。 ……あぁ、もう、最悪だ。入院してるのに、こんなところを見られて、絶対に軽蔑された……。もう終わりだ。 「いえ、全然そんなことはないですよ。あ、あのどうぞ。こちらに座ってください」 私は係長にソファをすすめた。もぅ、どうにでもなれ! 「あ、ああ。じゃあ、少しだけ」 係長は新婚さんの家にお邪魔するような、気まずい雰囲気を纏《まと》いながら、部屋に入ってきて、ソファにぎこちなく腰かけた。 そこに龍太郎がやってきて「こんにちは」と挨拶し、係長に名刺を渡した。 「私は剣堂龍太郎といいます。彼女の担当医です」 柔らかい物腰で丁寧に話す龍太郎。 ……え? 担当医だったの⁉︎ 初めて知ったわ。 「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。鈴山さんの勤務先の会社で係長をしております。田村隼司《たむらしゅんじ》といいます」 係長が立ち上がって、軽く会釈してから、龍太郎から名刺を受け取っていた。 今度は係長が名刺を取り出して「よろしくお願いします」と龍太郎に手渡していた。 爽やかな笑顔で丁寧に、両手で名刺を受け取る龍太郎の姿は、私の知ってる彼とは別人だった。 なんというか、洗練された大人の男だった。 「へぇ、剣堂龍太郎さん……。お医者様ですか。すごいですね。もしかして、剣堂って……、あの剣堂総合病院の?」 名刺を見た係長が少し目を見開いた。 「ああ、それは父の病院ですね。兄が今は副院長をしています」 龍太郎が落ち着いた美声で返答をしている。 あれ、龍太郎ってまともな会話できたんだ。……って上にもまだお兄さんがいるの? てか、やっぱりあの剣堂総合病院だったんだ。まじでそんな御曹司だったの⁉︎ うっそ。 「それはすごいなぁ。あんな大病院の、··とはなんだか世界が違いますね~」 係長のそのひとことに、龍太郎の目の色が冷たい色に変わった気がした。気のせいだろうか。 「面会時間は決まっていますので、時間厳守でお願いします。では私
last updateLast Updated : 2025-06-16
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第18話

「鈴山さん、僕ら会社はね、君のことを考えて異動はどうか、という話をしているんだ。けっして君が必要ないとか、そういうのではないことは、理解してほしい」 係長の眉が下がっている。本当はこんなこと言いたくないはずだ。 ……わかってる。わかってるけど、係長の顔を今は見れない。見たくない。 「あの鈴山さん、こういう時にこそ、僕がなにか君の力になれないかな?」 係長の緊張が混じった声が私の耳に届く。 「……いえ、理解はしています。皆さんの私への配慮も感謝しています。ですが、少し待ってもらえませんか? 突然のことで、私も戸惑っていて……。心が追いつかないというか……。係長には、今までこれ以上ないってぐらい助けていただきましたし……。なので、これ以上は……もう十分です」 私はなるべく感情が読み取られないように、平静を装いながら話した。 「鈴山さんの体調次第でかまわないんだけど、来週あたりにでも、返事をもらえたらいいんだけど……」 係長がさらに困った顔をしている。 ……来週か……。私が抜けた後の穴埋めが必要なのだろう。 製造には行きたくない。今よりも流れ作業だ。それにお給料も違ったはず。せっかく役職まで登り詰めたのに? でも会社を辞めたら、寮に入っているから、住む場所もなくなる。 自分にはなにもなくなる—— あの飲んだくれの父親と、暗い顔をして奴隷のように働く母のもとに帰るの? 弟はほとんど家にいないし、あそこは私にとって息苦しい場所。 製造……。こうなったのは自分せいだ。この際、どんな仕事でもいいじゃないか……。 ——お前、自分が楽しいと思える生き方しろよ。 龍太郎の声が頭の中に聞こえた。楽しいと思える生き方……。 ……新しい自分になりたい。 そうだ、苦しくても、しんどくても、自分で生き方は選ばなきゃ……。 もう十分、頑張った。あそこにいる限り、絢斗に縛り続けられる。 「……係長、私、仕事辞めます……」 顔を上げると、悲しい顔をした係長の姿が私の瞳に映った。 「そうか。そうだよね……。体調が悪い時にこんな話を、本当にごめん……」 「いえ、もとはといえば、自分が悪いですから。突然ですみません!」 私は頭を下げた。 「いや、有給がかなりあるから、来月末退社で大丈夫だよ」 係長が静かに言った。
last updateLast Updated : 2025-06-16
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第19話

なっ! 胸の音⁉︎ そ、それはつまり、龍太郎に聴診されるってこと⁉︎ 「安心しろ。昨日もおれが聴診した」 龍太郎はなんでもないことのように言う。 うわぁぁぁぁっ!! 既済《きさい》だったんだ~!! 手遅れだぁ!! 信じられない。信じられない、信じられないよ~! こいつ、なにしてくれてんだ~! ブラもパンツとおそろいで、ベージュの色気のないものだよ、どうせ!! 見られたんだろうか? この貧相な体を……。いいや、こいつは絶対に見てる! 見ていないはずがない! 「おまえ、今、色々考えてるだろうが、おれは医師で、おまえはここでは患者だぞ?」 龍太郎の冷静な声に、私は我に返った。 あ、……龍太郎は仕事をしているだけだ。 私は龍太郎にそういうことされるのは、耐えられないぐらい、死にたいぐらい恥ずかしいけど、龍太郎にとっては、いつものことで、なんでもないことなのかもしれない。 「じ、じゃあ、鈴山さん、また顔を出すね。返事はまた今度でも。剣堂先生、うちの鈴山をよろしくお願いします」 係長は荷物をまとめて慌てて、病室から出て行った。 「うちのか……」 龍太郎はぽつりとつぶやいたが、すぐに看護師に指示を出し、看護師さんが私の血圧やら、体温、脈などを測っていた。 「熱は下がったな。……若干血圧が低いな。まぁ、許容範囲か。これは様子見でいいか……」 龍太郎が一人でぶつぶつ言い出した。仕事モードらしい。 「さて、鈴山さん、肺の音を聴きますね」 龍太郎が聴診器を手に持っている。 龍太郎に背中に手を入れられるの私? 超恥ずかしいんだけど……! やがて聴診器が背中に入れられた。龍太郎の手が時折触れて、聴診器が当てられていく。 緊張でガチガチに固まってしまう。手が当たった時がもう最高に恥ずかしい。 「鈴山さん、大きく息を吸って、吐いて」 私は龍太郎に言われたとおり、『大きく吸って吐いて』を何回か繰り返した。 「呼吸音に異常はなしですね」 龍太郎が背中から聴診器を抜いた。 ……龍太郎って、仕事中はすごく真面目なんだな。 「今度は前ですね。心臓の音を聴きます」 私は恥ずかしさを我慢して、病衣の下から入ってくる龍太郎の手と、聴診器を受け入れた。 聴診器とともに、龍太郎の手も微かに当たっ
last updateLast Updated : 2025-06-16
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第20話

龍太郎に耳を甘噛みされた—— しかも一度じゃなく、三度も……噛まれた。 龍太郎の息が首元にかかった。 背中がぞわりとした。全身が自分のこもった熱に反応してしまう。 それがイヤじゃないから、危険だ! このままだと、こいつのペースに乗せられる! 私は龍太郎を突き飛ばした。 「もうッ! な、なにするの! し、信じられない!!」 身体の力が抜ける。私はその場にヘナヘナと座り込んだ。 「ふっ」 龍太郎が私のそんな姿を見て、満足そうに口の端に笑みを浮かべた。 「だいたい、なに? お仕置きって⁉︎ 私、龍太郎にそんなことされるようなことしてない!」 「なに言ってんだ⁉︎ おまえ、田村がおまえに気があるの知ってて、この部屋で二人きりになったよな?」 突然、なに言いだすの? 二人きりになった? 「意味がわかんない。係長はただお見舞いにきてただけでしょう⁉︎ それに会社のこととか、そういう話しかしてない……」 私は反論した。突然告白もされたが、龍太郎にわざわざ話すことでもない。 「じゃあ、なんでさっき手を握りあってたんだよ! それに返事ってなんだ?」 うわ、やっぱり聞かれてた。 なに、もしかして入り口のところにずっといたの?? 「そ、それは……」 私は返答に窮した。なにこのひと、メシ友も独占したいタイプなの? 本当に友達がいないのか……。 私の中にある疑問が生まれつつあった。ほんとに私、メシ友なの……? 「まったく……! 油断も隙もないな。いいか、今度あの男がきても二度と、二人きりになるなよ⁉︎ そんなことしたら、今度は今日みたいに軽い罰じゃ済まさないぞ」 龍太郎はまるで私がひどく悪いことをしたかのように、大きくため息を吐いた。 ……え、な、なんなの、それ。今日のが、軽い罰? 「あの、なんで罰を受けなきゃならないの?」 私は納得できなくて尋ねた。だって、このひとの彼女でもなんでもない。 「いいか⁉︎ おれはな、おまえが妙な男に変なことをされないように、心配してやってるんだからな⁉︎ 」 龍太郎は少し語尾が荒かった。 え……? こいつがそれを言う? 今しがた私、こいつに変なこと(罰)されたばかりですけど……。 「おまえ、さっきだっておれが入ってきてなかったら、大変なことになって
last updateLast Updated : 2025-06-17
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