All Chapters of ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文): Chapter 101 - Chapter 110

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2-32.鞠野フスキ(3/3)

「で、辻川ひまわりは何て言ってた?」 鞠野フスキは公園で辻川ひまわりに会ったことを話していないのに、いきなり核心に触れてきたので驚いた。やはりミユキ母さんが指導教官に選ぶくらいだから、いい加減そうに見えて押さえるべきことは押さえる人なのかもしれない。それであたしは辻川ひまわりが言ったことを鞠野フスキに伝えた。・辻沢には何者かによって人柱が埋め込まれていて、それをブッコ抜かねば大変なことになる。・人柱は複数あるようだけれども、今のところは一つだけ場所が分かっている。・ブッコ抜く方法どころか、ブッコ抜けるかすら分からないから行って確かめるしかない。「辻川ひまわりはどうやって人柱の存在を知ったか言ってたかい?」 あたしもそのことを公園で聞いてみた。すると辻川ひまわりは虚空をにらみつけ、「自分でもどうしてか分からないけど、ウチはこうやって目をこらすと空間に隙間があるのが分かってね。その中を覗くとぼんやりと何かがあるのが見える。で、それは多分人柱なんだ」 と話してくれたのだった。どうしてそれが人柱だと思うのか気になったので聞くと、「理由なんかないよ。そうとしか言えないだけ」 ならばそれはそういうこととして、「なんでそれをブッコ抜かねばいけなんです?」「そんな気がする。でも、この直感は当たってるっぽい」 と笑顔で応えたのだった。「そうか。じゃあ、分かっている場所というのも?」「それははっきりと言ってました。雄蛇ヶ池だそうです」 雄蛇ヶ池というのは青墓の杜の北に広がる貯水池で、江戸時代より前に作られ、以後干ばつでも干上がることがなかったことから、辻沢を取り巻く名曳川や虎御前川とはまったく異なった水源を持っていると言われている(『辻沢ノート』より)。「それで雄蛇ヶ池へ行くことになったのですが、辻川ひまわりは明日の夕方過ぎじゃないと同行できないって言ってました」 と伝えると、鞠野フスキは、「そうか、なら我々だけで昼のうちに前調査しておこうか」 情報なんにもなしでどうやって調べるのだろう。すると冬凪が、「何に見当付ければいいんでしょ
last updateLast Updated : 2025-08-07
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No.3 東揚屋団地と辻バスと(1/3)

 混濁した意識が晴れて目の前がはっきりとしてきた。空には満月。潮時なのだった。いつものように地下道に降りようとして足が止まった。どうもおかしい。力が満ちて来ていない気がする。屠りたいという衝動が湧き上がっていないのが分かる。新月の夜、月の不在でこのようなこともあるが、満月の夜でここまでひどいことは初めてだった。今回は諦めて街中を徘徊することにしよう。地上には地上の呪われた者たちがいる。その者たちに引導を渡しに行くのだ。 地下道の出口を後にすると、鬼子使いのあの子が大通りの向こうでボクのことを見ていた。おそらくあの子もボクの異常を認めたのだろう、黙って後を付いてきた。 辻沢の北東に位置する小高い丘の斜面に公営の東揚屋団地がある。半世紀前の造成で、今は住民の高齢化が進み空き部屋も増え、ベニヤで塞がれた窓が目立つ限界集落ギリギリの団地だ。そこから街中へ行く長い坂道を下ったところに大きなカーブがあって、裏山の採石場からのダンプがよく砂利を落としていく。カーブの曲がり終わりのガードレールの向こうは山椒畑で、暗闇の中、男が捜し物をしている。「ない。ない。オレの体がない」(捜し物はきっと見つからないよ) ボクがガードレールの外から声を掛けるとその男が振り向いた。ヘルメットの中の顔は蒼白で目が血走っている。着ているTシャツはボロボロに破れ、胸から下は血に染まり破けた腹から内臓がはみ出し垂れ下がっている。腰から下がどうなっているかは闇に包まれて分からなかった。団地が出来たばかりの夏、この男はバイクに乗って坂道を猛スピードで降りてきたが、カーブで後輪が砂利に取られ曲がりきれずガードレールに激突した。その衝撃で体が真っ二つになって即死。その時なくした下半身を永劫探す、地縛霊なのだ。その地縛霊はそのままじっとこちらを見ていたが、また、「ない。ない。オレの体がない」まだボクが見えなかったようだ。鬼子のボクのことが見えない地縛霊に引導は渡せない。無理に滅殺したとしても、ボクに屠られたことを彼自身が得心しない限り、再びここに舞い戻り、「ない。ない。オレの体がない」 と始めてしまう。 今回も他を当たることにして、その場を立ち去る。しばらく行ってから後ろを振り向く
last updateLast Updated : 2025-08-08
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No.3 東揚屋団地と辻バスと(2/3)

 終バスが去った青墓北堺のバス停は街灯もなく真っ暗だった。ここは青墓の杜最寄りのバス停で背後に森勢が迫り鬱屈とした杜の空気が辺りに滲み出してきている。正気の人間ならこんな時間にここにいることなどしないだろう。しかし、ボクは用事があるので時間が来るまでここで待っているのだった。しばらくそうしていると、行き先表示のないバスがやってきて停まった。車内灯は消えていて中の様子は分からない。ドアが開きステップを上ると運転席には誰もおらず乗客も一人もいなかった。〈♪ゴリゴリーン。辻バスにようこそ〉 そのままバスに乗り込んで、後部の出口に一番近い席に座る。〈♪ゴリゴリーン。辻バスにようこそ〉 あの子が乗ってきて先頭の座席によじ登って座った。あの子はいつもあそこに座る。フロントガラスからの眺めが好きなのかも知れない。 ドアが閉まってバスが発車する。これから向かうのは辻沢の街中だ。このバスは夜が明けるまで辻沢を経巡っている。車の往来がなくなったバス通りをひたすら走っていると、「アイリ、本当にこれで海行けんの?」 誰もいないはずの後方から女子の声がした。「は? ミノリはウチの完璧な計画疑うのか?」 違う声だ。「いいや。ただどんどん周り街になってるから」「この街抜けたら海が見えてくっから」「そっかな、ど真ん中行ってる気するけど」 振り向くと最後部の座席に大きな浮き輪を持った三人の若い女子が並んで座っていた。「この間、首なし女が歩いてんの見た」 話題が変わったようだ。「ホラー映画の話か?」「いんや。真夜中、元廓フキン散歩してたらいたんよ」「は?」「生首を小脇に抱えてて、ヤオマン宮殿に入っていった」「マジか? あそこは警備が厳しくてネズミ一匹入れんところだぞ」 関心は首なしより警備のほうか。「だしょ。それがさ、門が自然に開いて、スーって入っていったの」「はあ? それはツリだわ」「いや、マジでマジで」「ツリツリ。そんなでっけー釣り針、ウチ引っかかんねーから」「ツリじゃねー
last updateLast Updated : 2025-08-08
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No.3 東揚屋団地と辻バスと(3/3)

 浮き輪ファイトを笑顔で見ているカエラと呼ばれた子に目を向けるとボクに気がついて頭を下げた。そして二人を片手で指さしながら、もう片方の手を目の前で左右に振った。これはアイリとミノリの準備がまだ出来ていないことを表すボクとの符合だ。 カエラとミノリとアイリ。彼女たちは、辻沢を恐怖に陥れた女子高生ばかりを襲うシリアルキラー、エンピマンの犠牲者だ。彼女たちにとって辻バスが一番の思い出の場所だったため、霊となった今もここに居残っている。その中で最後にエンピマンと闘ったカエラだけが自分たちが死んでしまったことを理解していて、鬼子のボクが見える。「カエラ。誰に挨拶してんの? 怖い怖い。このバス、ウチら以外誰も乗ってないから」 ミノリと呼ばれた子がバスの中を見回しながら言った。  バスのアナウンスが入る。〈♪ゴリゴリーン。まもなく志野婦神社前です。クチナシ香る境内ではイケメンの誘惑にお気を付けください〉 バスが停まりボクが降車した後すぐ、あの子が続いて降りてきた。そして一定の距離を取るため急いでバスの後方へ移動して行った。ボクは通りを渡って志野婦神社の鳥居を見上げた。風に乗ってクチナシの香りがしている。境内への階段に目を移すと、その頂上に社殿の屋根だけが見えていた。そこに大きな乳白色の光の輪が輝いている。一瞬、月かと思ったが今は背後にあるはずだった。それで光の中心をよく見てみた。そこに人の姿があった。金色の瞳に銀色の牙。クチナシの精のような美しいたたずまい。志野婦だった。志野婦が笑みを浮かべながらボクのほうを見下ろしていた。ボクは階段を上りそちらに近づいていった。もっと側でその顔を見たくなったのだ。一歩一歩石段を踏んで上っていく自分の足がもどかしかった。ひと飛びであの胸元へ。ガッ!踏み込もうとした所を、後ろから腕を取られて我に返った。振り向くとあの子がボクの手首を掴んで首を振っていた。こんなに近接して大丈夫なのか。鬼子使いが近づきすぎると鬼子を刺激して危険なのだ。鬼子使いが鬼子に殺されることもあると夕霧太夫から聞いた。それを一番知っているはずのこの子がリスクを犯してボクを引き留めてくれた。(大丈夫)肯いてみせたつもりだったが、あの子
last updateLast Updated : 2025-08-08
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2-33.エンピマン(1/3)

 次の朝、ホテルは9時前にチェックアウトした。駅前ロータリーで辻バスの時刻表を見ると、雄蛇ヶ池へ行くバイパス線が来るまで30分近くあったので、朝食をしようとロータリー脇のヤオマン・カフェに入った。コンテナハウスの店内はサラリーマン風の男の人が出口近くに二人いるだけだったので席を取る前に注文しても余裕だった。冬凪は生ハムサンドとカフェラテ、シナモンで! あたしはスクランブルエッグ&トーストとカフェラテ、シナモンで! この店は20年後にもあって、カフェラテにデフォで山椒粉をぶっかるのは知っているので、しっかりと念押ししておく。シナモンで! 冬凪とあたしが一番奥のカウンター席に荷物を置きに行っている間に注文した物が出来たようでバーカウンターに取りに行って、出てきたカップの中をしっかり確認して席に戻る。 「確かバイパスって雄蛇ヶ池の上を通ってなかった?」  バイバスは辻沢駅の西に位置する宮木野神社近くから南下して、大曲大橋で東に向きを変えN市に抜ける道だ。その大曲大橋が雄蛇ヶ池に架かっているのだった。 「バイパスからどうやって池まで下りるの?」 「橋が終わる所に砂利道があってそこから池端まで下りられたかと」  知らなかった。冬凪はそんなところまで調査してるんだろうか? 「詳しいね。あたしなんか辻沢に通ってるけど、あっちに行ったことないから」 「夏波はミユキ母さんに禁止されてたからね」  そうなのだった。小学生の時、お友達とチャリで行く予定を話したら、 「雄蛇ヶ池だけはダメ」  と秒で反対された。理由を聞くと、 「泳げないでしょ」  と言われてその時は納得したけれど、プールは行ってよかったのはどうしてなのかと今になって思う。 「ん? 夏波『は』禁止されてた? じゃあ、冬凪は行ってよかったの?」 「いいって言うか禁止されてなかった。夏波には内緒で何度か友だちと遊びに行ったりした」  冬凪は申し訳なさそうに白状した。冬凪とあたしとを同じに育ててくれたミユキ母さんのことを疑いはしないし、冬凪を羨ましがったり怒ったりはしないけど、とりあえず、その生ハム一枚ちょうだい。 「はい。どうぞ」
last updateLast Updated : 2025-08-09
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2-33.エンピマン(2/3)

 N市行きの辻バスが駅前ロータリーに入ってきた。発車まで3分だつたのでヤオマン・カフェを急いで出る。この時間はバイパス経由でN市へ行く人は少ないのかバス停に並んでいるのは中年の女性が4人だけだった。みなさんお仲間らしくずっと喋っている。 「ゴリゴリカード渡しとくね。3000円入ってるから乗る時使って」  冬凪がくれたのは、辻川町長が自分の趣味で作ったプリペイドカードで、宮木野線沿線の8女子高の夏冬制服を着た女子高生がプリントしてあるシリーズ。あたしのは桃李女子高の冬服バージョンだった。それを見てたら「♪桃李もの言わざれど下自ずから蹊を成す」と何故か他校の校歌が口をついて出た。冬凪が不思議そうに見ているのに気づいて、 「あ、あとで払うね」 「それ、役場のエリさんが来庁記念にくれたやつだから」  じゃ、遠慮なく。 「大曲大橋まで」〈♪ゴリゴリーン〉  一番後ろの席はやめて、出口近くの二人席に並んで座った。あたしたちの前にいた女性たちは、前のほうに座って会話の続きをしている。バスが発車する時間まであたしたちより後に乗って来る人はいなくて女性たちの声だけが車内に響いていた。  バスはロータリーを出ると右折して、一旦宮木野神社に向かう。宮木野神社前のバス停から市街地を抜け前方に田んぼが広がる交差点で左折すると、そこからがバイパス通りだ。交通量が増えてバスのスピードも上がった。開け放たれた窓から稲くさい風が入ってきた。それでも前の座席の女性たちの話声はかき消されることなく聞くともなく聞こえてくる。 「また出たって」  こちら側に座る小柄な女性が話題を変えた。 「何が出たっての?」  応えたのは隣でずっと笑顔の女性だった。続けて大柄で赤い髪の女性が、 「あれでしょ。シャベル男」  一番遠くの席の派手な見た目の女性が、 「あたしも聞いた。先月いなくなった清州女学館の子が西山に埋められてて、見つかるようにわざわざ赤い取っ手のシャベルが刺してあったんだって」  ずっと笑顔の女性が、 「いやーね。いつになったら捕まるのかしら」  小柄な女性が、 「ここの警察
last updateLast Updated : 2025-08-09
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2-33.エンピマン(3/3)

 エンピマン。ライフハックの防衛術の授業で何回も耳にした名前。女子高生ばかりを狙うシリアルキラー。殺し、解体、穴埋め、全てをエンピ一本でやってのけるからその名が付けられたという。てか、シャベルで解体ってどういうこと? 「清州女学館の子って」 「多分、バラバラ」   背筋が寒くなった。  女性4人は途中のバス停で全員下りて、代わりにサラリーマン風の男の人が何人か乗ってきて車内の雰囲気が一変した。バスが出発してしばらく、近くに座ったおじさんが冬凪とあたしの事をジロジロ見てるのに気がついた。 「何、あのおじさん。エンピマンじゃないよね」(小声)  と冬凪に言うと、 「違うと思うよ。あたしたち夏服着てるし、こっちでは今授業の時間だし」(小声)  そうだった。てっきり夏休みの気分だった。異分子はあたしたちの方だった。 〈♪ゴリゴリーン 次は大曲大橋です。雄蛇ヶ池に降りてもスケキヨにならないよう、お気を付け下さい〉  またスケキヨ。このアナウンスって鞠野フスキの発案なの?  バス停から橋のたもとまで歩いてバイパスを渡った。欄干が切れたところから池端に下りることができる坂道になっていた。  冬凪の後についてあたしもその砂利道に足を踏み入れる。池が近いというのにここは乾燥しているのか道ばたの雑草が白い埃を被っていた。敷かれた砂利の粒が大きいせいで足を取られて足首を挫きそうになる。でも、ここからの雄蛇ヶ池の眺めは素晴らしかった。エメラルドグリーンの水面にゆったりとした時間が流れていた。周囲を深い広葉樹林に囲まれていて風もなく静かそう。ただ、何かを探そうとすれば結構な広さがあって苦労しそう。  突然、前にここに来たことがあると思った。あたしはここに一度来たことがある。そんな気がしてきたのだった。デジャヴュだ。これまでも何度か経験はあるけれど、それは大概、夢で見たことを思い出したんだろうで済む程度だった。今回のは強烈だった。体が震えだした。右の薬指に激痛が走った。あたしは震える薬指を目に近づけてみた。  赤い糸が、それまで見えなかった赤い糸が薬指の根元にがっちりと結びつけてあって、そこから虚空に伸びて消えていた。いや
last updateLast Updated : 2025-08-09
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2-34.大曲大橋の攻防(1/3)

「今日の探索はやめにしてホテル帰って休もう」 冬凪があたしの頬の涙をハンドタオルでふきながら心配そうに言った。あたしは、突然放心状態になった場所から少し離れた木陰にしゃがんで心の整理を始めたばかりで何が起こったかすら気が回っていなかった。「大丈夫。ちょっと目眩がしただけだから」「全然ちょっとじゃなさげだったけども」「人柱、早く探し当てないと大変なことになりそうだから」 と言うと、冬凪は少しだけあたしの意見に耳を傾ける風に見えた。それでも冬凪は一度口にしたことは絶対に曲げない子だから、このままホテルに帰る事になるのは目に見えていた。「夏波は昨日こっちに来たばかりで、まだ体が慣れてなかったのかも。ごめんね。気をつけてあげなくて。あたしだって初めて来た時、ふわふわ感がなかなか抜けなかったもの。ま、明日もあるし、今日はゆっくり休も」 あれはふわふわ感とは違ったけれど、体がおかしくなる点で冬凪も同じだったよう。 さてと、帰ろうと立ち上がったらその場でなよって膝から崩れてしまった。「立てん」「あーね」 冬凪にすがってようやく立ち上がれたものの、これでは数歩進むのでさえ何分もかかりそうだった。「背負って帰れない事はないけど」 と冬凪は独りごとを言ったあと、ちょと考えて、「鞠野フスキにバモスくんで迎えに来てもらおう」 バッキバキのスマフォを取り出して電話を掛けた。「20分で来ていただけるんですね。大曲大橋のバス停にですか? 分かりました。よろしくお願いします」 冬凪は耳からスマフォを離すとぶすっとした表情で、「ここまで入ってきてくれればいいのに。鞠野フスキってば、あの砂利道はげんが悪いからバイパスまで出てきてってさ。なんなのかね。あの人時々ヘタレなこと言うんだよね」 冬凪に肩を貸してもらってもと来た砂利道をバス停に向かったけれど着くまでにさっきの倍以上かかった。バス停に着くと冬凪はあたしをベンチに座らせてくれて隣に座った。人心地ついてバイパス道を見ると、この時間帯は空いているせいかどの車もスピードを出して行き来していた。 冬凪がスマフォを取
last updateLast Updated : 2025-08-10
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2-34.大曲大橋の攻防(2/3)

「雄蛇ヶ池で体調が悪くなって、ホテルに戻ることにした」「分かった。敵に襲撃されたんじゃなきゃ、それでいいよ」 敵の襲撃? そんなのがいるなら最初から言ってくれればいいのに。あたしが言葉を返さなかったことで察したらしく、「人柱を埋めた輩が反抗してくるはずだから」「それってどんな」「人の形してるけど見ればすぐヤバさが分かる」 明日の予定を伝えて電話を切り冬凪にスマフォを返す。「中止でいいみたい」「エリさん何か言ってなかった?」「うん。敵に気をつけろって」「敵ね。それって、ああいうヤツのことかな」 冬凪が指さしたバイパスの向こう側の歩道に、ボサボサの簔(みの)を着て破れた編み笠(あみがさ)を被った小柄な人が3人立っていた。それぞれが編み笠の破れの間から黄色く濁った目でこっちをじっと見つめている。どんよりと重苦しい空気が漂っているのはその人たちの周りだけかと思ったけれどそうではなかった。あたしたちの周囲のもの全てが無表情で味気なく、聞こえる音もずっと遠のいて感じた。まるで別世界にずれてしまったようなこの感覚は、鈴風と乗った辻バスで一度体験したものだった。あの時はあたしだけ成工女のギャルたちが見えていたけれども。「冬凪にもあれが見えるんだね」「うん」 あの時よりずっと心強かった。 その人たちはバイパスを通る車のことなどいっさい無視して道を真っ直ぐに渡ってこちらに近づいてきた。車のほうもスピードを緩めないけれど、別世界の存在だからなのかまったく衝突しないのだった。そして中の一人が中央分離帯を越えたあたりで、あたしはこいつらが相当ヤバいことに気がついた。簔の藁の間からいくつもの生首が覗いていて、その一つ一つが「ともがらがわざをまもらん」 と同じ事を呟いていたからだった。「冬凪。逃げたほうがよくない?」「逃げるっても後ろないから」 そう言えばこのバス停は大曲大橋の真ん中、つまり雄蛇ヶ池の真上にあるのだった。水面までおそらく十数メートル。落ちて生きていられるかわからない。「どうしよう?」「闘うしかなさそうだよ」
last updateLast Updated : 2025-08-10
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2-34.大曲大橋の攻防(3/3)

 あたしが弱音を吐くと、「ダメって思わないの」 と冬凪がいつになく強い口調で言って、「もうちょっと我慢すれば助けが来るから」 そろそろ鞠野フスキが迎えに来ていいころだった。鞠野フスキって強いんだろうか? きっと強くないよな。バモスくんに轢いてもらえばなんとかなるかも。あー、この簔笠連中ってば、車と衝突しなかったんだった。ダメかー。そのうち首の一つがあたしの喉に巻き付いて来て絞め上げるものだから目の前が暗くなってきてしまった。あたし、このままあの世へ行くのかな。 その時だった。目の前で何かが煌めいたと同時に、あたしの体に食らいついていた生首のいくつかがボトボトと地面に落ちた。そしてその煌めきの残像のように薄汚れた別世界に亀裂が入って向こうの生き生きとした景色が目に飛び込んできた。そして次の一閃。今度は冬凪の体に纏わり付いた生首が落ちた。落ちた首が黒い煙となって消え、別世界が徐々に晴れ渡っていく。簔の中の生首の多くを失った簔笠たちは腹を空に四つん這いになって生首を潜望鏡のようにして逃げだした。そのまま直進してバイパスの向こうの欄干を越え雄蛇ヶ池に向かって次々にダイブしたのだった。 残されたのは髪はぐしゃぐしゃ制服は生首の涎と噛み跡でデロデロのボロボロな冬凪とあたし、それに二メートルは絶対に越える大男と小柄だけど筋肉でスポーツシャツがはち切れそうな武者髭の男だった。二人の手には銀色に光る細身の刃が握られている。「おそいよ。ユンボくんたち」 冬凪が文句を言うと、「うう」 大男のユンボくんが申し訳なさそうに唸った。そして冬凪に近づくと手を取って立たせた。それを見ていた武者髭の小ユンボくんがあたしに手を差し出して立たせてくれた。わけがわからないまま、「ありがとう」 お礼をする。どういうこと? 冬凪に説明を求めると、「二人にはずっとSP頼んでて」 と言ったのだった。ユンボくんたちも千福まゆまゆさんの導きでこっちに来ているのだというから頼もしすぎる。 そこにプップッピーピーという場違いな音が響いた。コアラ顔のバモスくんがこちらに向かって近づいてきていた。それからスローモーションの動画を見ているような
last updateLast Updated : 2025-08-10
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