冬凪は右手にある白漆喰壁の土蔵の扉の前に歩み寄った。そして先週と同じく鏝絵が描かれた漆喰扉に手を掛ける。あたしもそれを手伝いながら、「あっちは開かないの?」 と聞いてみた。すると冬凪はそちらにチラリと目を向けた後、「黒い方は外から開かないから」 と言ったのだった。ならどうやって入るの? 格子扉を開けて中に入ると前と同じくヒヤッとした。現場からここまでで掻いた汗がスッと引いた。相変わらず古くさい物たちの匂いと微かな甘い香りがしている。土間で靴を脱いで上がり、床板が滑るので気をつけて進む。冬凪について土蔵の奥へと進んで行くと、前と同じ所に白地に五弁の花が金彩された市松人形が置いてあった。その前まで来て冬凪は正座した。あたしもそれに倣(なら)って正座する。板床に手を突くと、とても冷たくて心地よかった。横になって火照ったほっぺを付けたら気持ちよさそう。「藤野冬凪と藤野夏波がまいりました。ご機嫌麗しう」 と冬凪が挨拶すると、最初は無言だった市松人形から声がした。「「藤野冬凪さん、藤野夏波さん。こんにちは」」 と安定の二重音声だ。そして前回のように排気音がして市松人形が縦に二つに割れた。「「狭いので出ますね」」 と言って市松人形とまったく同じ柄の和服を着た、小学少女の千福まゆまゆさんが出てきて市松人形の開きの横に正座した。そして冬凪に向かって笑顔を作ると、「「今回の滞在のご予定は?」」 とまるでホテルのフロント係のようなことを言った。冬凪は冬凪で、「3日です」 とこれまた宿泊客のような返事をしたのだった。どういうこと? その大荷物は宿泊用ってこと? 今週はここに泊まってバイトするの? あたしは冬凪の袖をつまんで状況説明を求めたけれど無視。そんな冬凪は背負ったリュックを開けて中から紙袋を取り出してまゆまゆさんの前に置いた。「これは気持ちの品です」 やっぱり賂の品だったんだ。「「ありがとうございます。こちら先にお渡ししておきますね」」 とまゆまゆさんが袖の中から取りだしたのは画面がバッキバキに割れたスマフォだった。まだ年配の先生とか使ってる人いるけど
Terakhir Diperbarui : 2025-08-01 Baca selengkapnya