最初は穏やかな舟旅だった。池を渡る風が心地よく、手を伸ばして水面に触れれば優雅な気分になった。それも池の中程に来るまでのことだった。遅れて池に漕ぎ出した豆蔵くんがあたしたちのスワンボートを追い越して定吉くんに火が付いてからが酷かった。定吉くんがパワー全開で漕ぐものだから、スワンボートは上下に揺れるわ、水しぶきは凄いわで、冬凪もあたしもびしょびしょになりながら振り落とされないように必死に手すりにしがみついてなければいけなかった。そもそも何処に向かうかも言ってないうちからのボートレース。豆蔵くんと定吉くんの膨大なエネルギーが切れるまで競い続けるかと思うと生きた心地がしない。「二人とも、やめ―!」 冬凪の大音声が雄蛇ヶ池に響き渡った。その声に、目前の定吉くんはもとより池水の向こうの豆蔵くんまで、ビクッと体を硬直させてボートレースは即時中止した。「目的が違うでしょーが」 さすがの冬凪も語気が荒くなっていた。 それから日が暮れるまで、池の北端を中心に光る物体を探して回った。と言っても、水中を覗けるわけでもないので、雄蛇ヶ池を遊覧して時間を潰しただけだったのだけれど。桟橋に戻ったときには日が陰り風も冷たくなってきていた。スワンボートから下りて桟橋を歩きだすと、小屋の影に辻女の制服を着た女性が立っていた。今日は初っぱなから辻川ひまわりで登場? 冬凪がそれに気がついて、「誰?」「辻川ひまわりだよ」 すると冬凪は辻川ひまわりに近づいて行って、「初めてお目に掛かります。あたしサノクミといいます」 手を差し出した。冬凪は広報兼町長室秘書のエリさんには何回も会ってるはず。なのに、あたしには制服に着替えただけに見える辻川ひまわりを初めて会う人だと思っている。やはり冬凪には辻川ひまわりとエリさんとが別人に見えるようなのだった。辻川ひまわりは冬凪に握手で答えて、「ああ、サノクミさんね。よろしく(笑」 冬凪の方は本名もバレバレなのだった。「今晩は」 あたしが声を掛けると、「目星は?」 辻川ひまわりには何を探すかさえ伝えていなかったので、高倉さんに聞いた光る物体の話とそれが調由香
Last Updated : 2025-08-14 Read more