All Chapters of ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文): Chapter 141 - Chapter 150

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2-45.響先生(1/3)

 響先生の車が停まったのは、来る時に見た小爆心地の屋敷跡の前だった。「行ってみよう」 冬凪が早足でダラダラ坂を降りてゆくのであたしもその後について行く。「ねえ、響先生の車ってあんなだった?」 学校に乗ってくるのは紫色した正直だっさい軽自動車で、エンジンからしてボボボボと重低音のするあんなスポーツカーではなかった。「ちょ、隠れて」 って言われてもこんな高い垣根の間の一本道でそれは無理。それで冬凪と道の端にしゃがんで思いっきり体を縮めた。そうしてから道の先を見てみると、響先生の車が屋敷跡の前で切り返しをしていた。「戻って来る?」「わかんない」 冬凪とあたしは、そのままじっとしていたのだけれど、もし戻ってきたらこの格好をなんて説明すればいいか考えてたら笑けて来て、「あたしたちシマエナガに見えるかなw」(死語構文)「どうした? 夏波」「なんでもない」 結局、響先生の車はこっちに戻って来ることはなく、小爆心地の屋敷の駐車場に入ったようだった。「夏波、ついて来て」 冬凪が態勢を低くして石垣に沿いに小走りする姿がスパイ映画みたいだったから、「がんばるますw」(死語構文) 冬凪は動きを止めて振り返ると、「それ、そろそろやめない?」「ごめん」 怒られた。「緊張しすぎると笑いが止まらなくなるって言うじゃない?」「言うけども、夏波のは自分から笑いに行ってるから。死語構文とか使って」 確かにそうだ。あたしはわざと可笑しがっていた。十六夜を見舞ってヤオマン御殿を出て来たら普段とは違う高級車に乗った響先生と鉢合わせした。それだけでも変なのに、まるでついておいでと言うかのように小爆心地の屋敷跡で停まり中に入って行った。この、仕組まれたかのようなシチュエーション。ホワイトラビットがあたしを引きずり回すシステム。どうもあたしのことをどこかに連れて行きたい人たちがいるらしい。それが誰かは知らないけど、その人たちが期待するキャラに成り切って最後までお付き合いして正体を突き止めてやりたくなったのだ。ここはめっちゃ緊張する場面。だ
last updateLast Updated : 2025-08-21
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2-45.響先生(2/3)

 グラグラする扉は気味の悪い音を立てて開いた。中に足を踏み入れようとすると、足下の地面がいきなり敷地の中央に向って斜面になっていた。爆心地と呼ぶにふさわしいすり鉢状の地形がそこに広がっていて、その真ん中に屋敷があった名残のコンクリ土台がむき出しになっていた。響先生の姿を目を凝らして探したが見当たらない。「降りる?」「行ってみよう」 滑らないように膝を曲げ手を斜面に添えながらゆっくりと降りて行く。なんとかコンクリ土台にたどりついて這い上り、響先生を探したけれどやはりダメだった。間取りに仕切られたブロックの中に大量の枯れ葉が溜まっていたので、もしかしたら枯れ葉の中に隠れているかもと思ったけど、まさかね。「響先生、敷地を通り抜けただけだったんじゃ?」 とは言ったものの、入って来た門扉の方向以外は高い壁に囲まれていて抜け道などなさそう。「駐車場に車を置きに来ただけでどっかに行ったのかも」 どこに消えたかは不問に付すとして。「そんなはずないよ。響先生にはここに来る理由があるからね」「どんな?」「それは先生が」 と冬凪が顎に指を充てるいつものポーズをしようとしたら、「失踪したココロの親友だから」 背後から響先生の声が聞こえてきた。「そして今日がココロが戻ってきた日だから」 振り向くと手に懐中電灯を持った人が立っていた。そこさっきあたしたちがいたところなんだけどな。失礼ですけど、どっから湧いて出たんですか? 響先生は間取りの枠を跨いであたしたちがいるブロックに入って来た。先生は懐中電灯とは反対の手に花束を持っていた。あたしがその花束を見ているのに気がついた響先生は敷地の奥を懐中電灯の明かりで照らして、「あそこの隅にココロが飼ってたネコたちのお墓があってね。今日はこの花を手向けに来た」 敷地の角に枝を思いっきり伸ばした山椒の木があって、その下枝の奥に3つの木札が立っているのが分かった。「あたしたちもお参りします。ね、夏波」 反対する理由はなかった。 ネコのお墓は、山椒の下枝が邪魔でしゃがまないとそばまで行けないことが分かった。そ
last updateLast Updated : 2025-08-21
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2-45.響先生(3/3)

「じや、用事も終わったし、帰ろうか?」  響先生がすり鉢の縁を門扉に向かって歩き出した。あたしもそれについて行こうとしたのだけれど、冬凪が立ち止まったままだったので、 「どうした?」 「うん、まだ先生に確かめたいことがあって、それがはっきりするまで帰りたくない」  それを聞いた響先生が足を止めて振り返り、 「なんだろ? 言ってみ」 「ココロさんは戻って来たんですよね。なら、今どこにいるんですか?」  ライフハックの授業では、辻女バスケ部員連続失踪事件でいなくなったのは、辻川ひまわり、シオネという人、それとココロさんっだた。そのうち戻って来たのは「帰ってきた」辻川町長だけだったと教わった。でも響先生はついさっき、ココロさんは戻って来たと言っていた。それは確かめなくちゃいけない。 「冬凪は知ってたんじゃないの?」 「いいえ。先生がココロさんと親しかったことは知ってましたけど」 「じゃあ、今日あたしがここに来た理由は知らなかった?」 「はい」 「まずったな。知ってるものとばかり思って、つい口を滑らせてしまったよ」  響先生は腕組みをして冬凪をじっと見ながら、 「知りたい?」 「「知りたいです」」  あたしの方が前のめりだった。20年前の辻川ひまわりに会った時、失踪事件の真相について教えて貰うつもりだったけれど何も聞けていなかった。もしココロさんに会って何か聞けたら、辻川ひまわりが人柱をぶっこぬきたがってる理由も、それがどうして十六夜を助けることになるのかもが分かるかもしれない。 「ココロさんに会わせてください」 「そんなに会いたい?」 「「はい」」 「じゃあ、教えてあげる」  響先生はそう言うと、 「あこにいるよ」  とコンクリ土台を指さしたのだった。
last updateLast Updated : 2025-08-21
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2-46.ココロ(1/3)

 響先生はコンクリ土台に戻ると、間取りの中でも比較的広めのブロックに入ってそこに積もった枯れ葉をどけ始めた。「ここはもとはココロんちのキッチンだったんだよ」 冬凪とあたしも響先生に倣って足を使いながら湿った枯れ葉を脇に寄せていった。するとちょうどブロックの中央辺りに座布団くらいの四角い枠が現れた。枠は赤くさびて、中央に埋め込み式の取っ手が二か所付いていた。「地下室の入り口。これ持ってて」 響先生は懐中電灯をあたしに手渡すと、枠を跨いで腰を落とし取っ手を掴んで、「うおりゃーー!」 力いっぱい引きあげた。枠は少しだけ上がったけれども、すぐに重たい音を立てて塞がってしまった。「やっぱ、だめか。あたしの力じゃ簡単に上がらなくてね。夏波、そこにほうきが落ちてるから取って来て」 響先生が指さしたのはブロックの隅で、そこに庭掃き帚が落ちていた。「どうするんですか?」「少し上がったところに柄を差し込んでこじ開ける」 あたしが庭掃き帚を取ってくると冬凪が、「あたしが持ち上げるのやります。先生どいててください」 響先生と同じように枠を跨いで両手で取っ手をつかんだ。そして気合を入れて、「それ!」 一気に引っ張ると冬凪の手元で破断音がした。 枠があったところに穴が開き、そこを跨いで立ち上がった冬凪は、両手を上に差し上げた格好になっていた。「とれちゃった」 と言ったあとすぐ、すり鉢のどこかで重いものが落ちる音がした。冬凪はコンクリの入り口をもぎ取って放り捨ててしまったのだった「冬凪、お前、何してくれてんだよ」「すみません。力入れ過ぎました。あとで取って来ます」「力入れ過ぎたってレベルじゃないだろ」 響先生は呆れたように言うと冬凪の明けた穴に頭を入れて中を覗いた。その時小声で、「すごいな。鬼子の力は」 つぶやくのが聞こえた。そういえば響先生って、あたしが十六夜の部屋で寝てた時、前園日香里と鬼子のエニシのことを話していた。やっぱり用心したほうがいい人なんだ。「中に入るけど一つ約束してほしいのは、
last updateLast Updated : 2025-08-22
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2-46.ココロ(2/3)

 響先生が先に立って、コンクリの階段を降りてゆく。懐中電灯を点けようとしたら明かりが点いたのでやめにした。地下室の中は湿気た匂いがしていたけれどいやな匂いは感じなかった。階段の途中から下を見ると、一般家庭のリビング&ダイニングほどの広さがあった。そこで目を引くのは何と言っても、部屋の三分の一を占める、真っ黒くてぶっとい鉄格子で囲われたライオンを閉じ込めておくような檻。ぱっと見、何もいなさそうでいて奥の暗がりが気になったので目を凝らしたけれど、やっぱり檻の中は空だった。コンクリ製の階段を降り打ちっぱなしの床に立つと、下からひんやりとした感覚が足に伝わって来た。檻の他には丸椅子が一つ、それから隅のほうに古ぼけたロッカータンスが一つ。 響先生は檻の鉄柵に手を添えて、「これは子ネコのパパとママが最愛の娘を閉じ込めておくために作った檻」「ぶっとい鉄格子ですね」 とあたしが見たままのことを言うと、「かわいい一人娘でも、屍人になればやっぱり怖かったんだよ」 変わり果てた娘と対面したお母さんの気持ちを考えると胸が痛くなった。「どの子ネコも食欲旺盛なのは知られてると思うけど、ここの子ネコもママにミルクをおねだりしてた。ママは玉の緒を絞ってミルクを与えてた」 冬凪がこそっと、「ミルクは血のこと。屍人は血を求めてさ迷ってる」 と教えてくれた。響先生は続けて、「けれど、ついに耐えられなくなってこの屋敷の子ネコの部屋で首を吊って亡くなった。その後、それまでこの地下室に近寄ろうとしなかったパパが授乳を継いだ。でも数週間もたたないうちにミルクを調達に行ったまま二度と帰らなかった。逃げたんだ」 響先生は檻を離れ丸椅子の所まで歩いて座った。「子ネコさんは今はどうしているんでしょう?」 冬凪が地下室を見渡しながら聞いた。よくあるホラー映画だとコンクリ壁に埋められていたりするけれども響先生がそんなことはするとは思えないし。響先生は冬凪とあたしの顔を見比べて丸椅子から立ち上がると正面の古ぼけたロッカータンスに近づいて行って、「ここにいるよ」 と扉を開いたのだった。
last updateLast Updated : 2025-08-22
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2-46.ココロ(3/3)

 冬凪とあたしはロッカーダンスに近づいて中を覗いた。中には辻女の制服を着た少女がまるで本当の子ネコのようにバスケのユニフォームの上に丸まって目を閉じていた。最初変な匂いがしたら嫌だなと思って息を止めていたけれど、子ネコの平和そうな寝姿を見てつい息をしてしまった。死臭が鼻を突くと思ったけれど、そうではなかった。いつか嗅いだことのある匂い。その匂いを嗅ぐとほっこりするあれ。「なんの匂いだっけ? いい匂い」 と言うと冬凪が、「うん。これ日向の匂いだ。お洗濯ものを取り込んだときの」 そう、それ。たしかにそう。「きっと子ネコが飼ってたネコたちが日向ぼっこしてた時の匂いだろうね。この子もそうだけど子ネコってそれぞれに匂いがあって、亡くなる前に愛着があったものの匂いを発するようになるみたい。因みにシオネは体育館の匂いがするよ。あ!」「シオネってもう一人の失踪者のシオネさんのことですか? もしかして?」 冬凪が指摘すると、「セイラが面倒見てるけど、知らなかった?」「遊佐先生とシオネさんが親しかったことは知ってましたけども」 冬凪がすこし呆れた風に言うと、「またやっちゃったか。てへぺろ」(死語構文)  と響先生は自分で頭をコツンと叩いたのだった。「やっぱりセイラさんも」「そう。屍人になって戻って来た。でもセイラは活発でね。この子ネコのようにひと所に留まってない。今でも辻女のユニフォーム着てあちこちうろつきまわってるよ。見たことないかい? コンビニでエアバスケしてる子。あれシオネ」 それを聞いて、なんだかどっかでそんな人を見たことあるような気がして来た。どこのコンビニだったか? あー!「それって昔からずっとですか?」「うん。戻って来たっても失踪直後からそれやってるから」「冬凪ほら、町役場の前の、ギャラクシー方言のコンビニ!」「あ、いたいた。辻女のユニフォーム着てエアバスケしてた子」 それを聞いて響先生が思い出す様子で、「そうね。役場前のコンビニと青墓近くのコンビニはシオネのお気に入りの場所だね。駐車場広いから」 響先生と
last updateLast Updated : 2025-08-22
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2-47.爆殺の報酬?(1/3)

 小爆心地の駐車場にあるエクサスLFAのところまで来ると、キュピっという音とともにハザードランプが点滅した。響先生が運転席側に回りながら、「送るよ」 と言ってくれたので助手席側のドアを開けると、シートの後ろがすぐ壁になっていて後部座席がなかった。「これって、あたしたち乗ったら定員オーバーですよね」「ツーシーターだからね。ま、気にすんな。バス停までだから」 教師とは思えない発言をした。いいのかなと戸惑いながら、あたしから先に真っ赤なシートに座った。座席が深いせいで沈み込んだ姿勢の上に冬凪が乗ったものだから、あたしは全く前方が見えない状態になった。だらだら坂を戻ってヤオマン御殿を過ぎたら数百メートルで大通りの三宅商店の角に出る。そのすぐ近くがバス停だから車でならすぐだ。我慢しよう。 エンジンが掛かると、ボボボボという重低音が振動と一緒に背中から響いてきた。冬凪が、「この車、初めて見ました」 普段は紫キャベツみたいな軽自動車だ。「特別な日にしか乗らないからね。いつもは家のガレージでシート掛けてある」「この車って先生の持ち物なんですか?」 直球の質問。フィールドワークで培った冬凪のインタビュースキル発動だ。「そうだけど。教師の給料じゃ買えないって?」「はい。高い車みたいだから」 車は駐車場を出て坂を上り始めたよう。「買ったんじゃないよ。あたしがヤオマンHDに勤務してた頃に貰ったんだ。この車はヤオマンHDが辻川元町長に買い与えたものだったんだけど、町長が死んでヤオマンに車だけ戻された時に、社長があたしにくれたんだ。今の会長がね」「2億円の車をですか?」「今はそんくらいするか。貰った20年前は3千万だったけどね」 にしても家一軒が買える値段だ。貰えるものとは思えないけど、お金持ちにとってはそういうこともありなんだろうか。「どうして先生が貰えたんです? 会社で重要な任務を果たしたとか? 例えば、邪魔者を消すとか」 サイドウインドウを見上げると、ヤオマン御殿の柵の鋭く尖った忍び返しが見えていた。「ハハハ。冬凪は物騒なことを言うな
last updateLast Updated : 2025-08-23
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2-47.爆殺の報酬?(2/3)

 車が停車して響先生が、「着いたよ。流石に大通りは乗せらんないから」 と言った。冬凪が降りてあたしがシートに埋まっているのを手を引っ張って外に出してくれた。「「ありがとうござしました」」 純白のエクサスLFAはあっという間にあたしたちの目の前からいなくなった。走り去ってもしばらくの間、辻沢の街中に甲高いエンジン音が響き渡っていた。 元廓三丁目のバス停で、「爆殺の見返りかと思った」 冬凪がぼそっと言った。「響先生が実行して、前園日香里から高級国産スポーツカーを脅し取った的な?」「そう。響先生って車大好きだし」「でも違ったね。響先生、嘘ついてなさげだった」「夏波が言うんなら、きっとそうだね」 しばらくして辻バスがやってきた。「辻沢駅まで」〈♪ゴリゴリーン〉 バイパスを経由してきたバスはガラガラではなかった。ポツポツと席が空いてはいたので冬凪とあたしは離れた席に座った。ここから駅までは15分くらいだろう。すぐに着くと思っていたら、昼間のバイトの疲れがここに来て出たようで寝落ちしてしまった。「夏波、大事ないかい?」 顔を上げると、つり革に掴まったユウさんがあたしを見下ろしていた。ブレイズ髪が格好いい。「元気です。ユウさんは何処にいるんですか?」「遠くだよ。会いに行けないけど心配するな」 あたしは、何か聞きたいことがあったはずなのに、それが何だったか思い出せなかった。そんなあたしが歯がゆくなって涙が出てきてしまった。「寂しいのか?」 そう言われて初めて、あたしは自分が本当は寂しかったことに気がついた。「どうしてあたしは一人ぼっちなんですか?」 するとユウさんは優しい笑顔をあたしに向けて、「みんながいるだろ。ミユキもクロエも冬凪も。夏波は一人じゃないよ」「違うの。あたしにはエニシがないの。食い千切ってしまったの」「あれは夏波のせいじゃない。ああするしかなかったんだ」 そしてユウさんは、あたしの左手を取ると、「今は見えなくても、いつかきっと夏波
last updateLast Updated : 2025-08-23
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2-47.爆殺の報酬?(3/3)

 家に帰り着いて、洗濯、お風呂、お夕飯、洗濯物干しをして、冬凪と二人でリビングのソファーにぶっ倒れた。「疲れたぁ」 今日は色々ありすぎた。これでまた明日もあの炎天下でバイトは死ぬ。「明日、雨降んないかな」 冬凪が言った。「少しは働き易いかな」 すると冬凪が不思議そうな顔をして、「休みだから。雨の日は」「そうなの?」「基本は休みだよ。瓦とかの遺物が出てたら泥落としとかあるけど、まだ掘り出したばっかりで何にもないから」  雨乞いの祈祷を始める準備をしなければ。雨が降ることを期待して、一応準備だけはして早めにベッドに潜り込んだ。 次の朝。見事なくらいのピーカンだった。 現場に着いて作業服に着替えヘルメットと軍手をして空冷服のスイッチを入れて準備体操後の朝礼。「今日もご安全に」「「「「「「「「ご安全に」」」」」」」」 昨日途中で帰された江本さんとおじさんも出てきていて、離れた場所で可哀想なくらい神妙な面持ちで作業をしていた。 あたしは工事現場に変な先入観(血の気の多い人が沢山いていつも喧嘩ばっかりしている)があったから、こういうことはよくあることなのだろうと思ったけれど、「喧嘩なんて、そうそうないから」人としてきちんと挨拶を交わし、名前を呼び合ってコミュニケーションを取り、お互いに注意喚起しながら危険を回避し、仲良くやることが一番仕事がはかどると理解しているオトナばかりだから、めったなことでぶつかり合うことはない、昨日は特別だったと冬凪に言われて思い直した。 作業中は神妙だった江本さんもお昼休みのころには復活していた。今日のお話は飼ってるネコのことで、先日のこと、何か変な物を拾い食いしてしまったらしく、吐いて吐いて大変で、お世話するこっちの服はゲロだらけ、床も絨毯もゲロだらけ、家中がゲロだらけで参ったんですよーと食事中なのに大声で言うものだから、冬凪もあたしもおにぎりが食べられなくなってしまった。それで、もう二度と江本さんの側で食事はしないと冬凪と誓い合ったのだった。
last updateLast Updated : 2025-08-23
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2-48.六道園の違和感(1/3)

「夏波先輩? 夏波先輩。寝てるんですか?」 鈴風に起こされてしばらく自分がどこにいるか分からなかった。見回すと、ここは六道園プロジェクトの石橋の上。そこで立ったまま寝てしまっていたのだ。金曜の夜。何とか一週間のバイトを乗り切って(しかも予定の一日多く)、明日は休みだからと久しぶりに家からロックインしたのだけれど、ベッドに寝そべってVRギアを付けてなんて、考えたらそれって寝落ちの態勢だった。「もう少しで、しばらくロックインできなくなるところでしたよ」「ありがとう。もう目が覚めたから大丈夫」 鈴風がタイミングよくロックインしてくれててよかった。と言うのも、ゴリゴリバースではロックインした人が一定期間反応がない場合、強制的に追い出される仕様になっている。そうなると心身異常の疑いありとされてもう一度ロックインするには医療用VRギアまたはブースでチェックを行い認可を得た後、3日以上のクールダウン期間をおかなければならないからだった。つまりかなりめんどいことになるのだ。「どう? 進捗は?」「順調です。ゼンアミさんたちも問題ない、石が立たない以外はって言ってます」 石が立たないのは相変わらずなんだ。手の打ちようがないのなら、これはもうゴリゴリバースの仕様ってことでいいんじゃないかと乱暴なのことを考えてしまう。「匠の御方。こんばんは」 ゼンアミさんが小さな体を丸くして挨拶してくれた。「こんばんは。外で色々あって長く留守にしてしまいました。ごめんなさい」「前にここにいらしたのは4日前。それほど長くはございませんが」 そうか、4日ならロックイン制限で部活に参加できなかった頃と変わらないか。随分経ったように感じたのは20年前へ行っていた3日間のせい?「外ですか」 ゼンアミさんはその言葉に感慨深げに反応した。「もう長らく行っておりません。ともがらは健やかでしょうか」「ともがら?」「外におりましたころの仲間のことでございます」 一瞬、雄蛇ヶ池であたしたちを襲った蓑笠連中のことを思い出した。簔から伸びてきた生首が「ともがらがなんちゃら」と気味悪く呟いていたから。けれどゼンアミ
last updateLast Updated : 2025-08-24
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