All Chapters of ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文): Chapter 201 - Chapter 210

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2-64.トラギク(1/3)

 冬凪とあたしが参道の階段を登り切ると、志野婦神社の境内は別世界へと絶賛ズレ込み中だった。社殿の階の上に小柄な老人がいて冬凪とあたしのことを見下ろしている。見回せば暗がりの中に沢山の蓑笠連中が蠢いていて、また闘わなければいけないと思うとうんざりした。さっき強制瀉血で発現したばかりだから。てか、鬼子のおかわりなんてできないよね? と不安になったけれど、なんだか様子が変だ。蓑笠連中からあのブツブツ声が聞こえてこない。なんだっけ?「とりがら」じゃない、「ぬけがら」でもない。すると冬凪が、「ともがらがわざをまもらん、だよ」「それな」(死語構文) いつも一緒の生首くんたちも遠慮してるのか蓑の中で黄色い目をギラギラさせてこちらを見ているばかりだ。「話し合いをしたいのです。お二人と闘うつもりはありませんよ」 笑みを浮かべて言うのも気味悪かったけれど、それより声に親しみを含ませようとしているのが怖かった。あたしのことをジトっとした目で見て、「夏波殿には始めて会った気がしません」 あたしの名前を知ってた。始めて会ったのに向こうはこっちのことを知り尽くしている恐怖。ストーカーなの? 会ったことがないって言うけれど、あたしとどこかで接点があるような。改めて見直してみる。背はあたしの半分くらいで時代劇に出てくる茶人のような渋めの格好をしている。顔に見覚えはない。おじいさんかおばあさんか分からないけど、ポニーテールにした白髪や顔の皺の多さから、相当なお年寄りなことはわかった。「あなた誰?」 冬凪が聞いたのにそちらは見ずにあたしのことを見つめたまま、「六道殿の命により、この地に技をなしに参った者です。名は」 そこで少し間を置いて、「トラギクと申し上げておきましょうか」 なんで「トラギクです」って言わないの? ハンドルネームってこと? ハンネで粘着する老人ってばキモ過ぎ。「技って人柱を埋めること?」 冬凪がド直球な質問をする。「はて、人柱とはなんのことですかな?」 すごいシラの切り方。さらに冬凪が、「調由香里さんや、千福ミワさんを光の球に閉じ込めたじゃない」
last updateLast Updated : 2025-09-10
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2-64.トラギク(2/3)

 トラギクは、「果たせるかな辻沢の神を捕らえることが叶いました。あなたがたの神、志野婦は新しき世界の種子となるのです」  そう言うとおにぎりを握るようにした手を前に差し出した。すると包んだ掌の中が光り出し指の隙間から射してきた。掌を開くとそれは白い光の点で、ゆっくりとこちらに近づいてくる。あたしはその光の美しさに目を奪われてじっと見つめていたけれど、冬凪が、「爆発するよ!」 と言ったので参道の階段に向ってできる限り逃げた。やはりそれは爆発した。でも轟音や地響きはなかった。ただ強い光だけが明け方の太陽を圧して志野婦神社を覆った。さらに光は神社の杜を越えて辻沢の街を照らし尽くした後も、郊外の田園地帯を嘗め、西山地区の山並みまで届いて消えた。「驚かせてすみませんでした」 振り返るとトラギクが冬凪とあたしのすぐ後ろに立っていた。「ご覧なさい。あなたがたが居着く前の美しい景色を」 あたしは参道の階段の上から辻沢を眺めた。そこから見えたのは、どこまでも広がる草原。緑の波を立てて風が渡っていく。東の宮木野の杜に社殿はなく、麓に数軒の家並みだけがあった。そこから南に草原の小道が延びていて、その先に平屋建ての大きなお屋敷があった。ちょうど六道辻のあたりだ。「この地は辻の荘と言われていました。そのご領主様こそ、六道殿です」 六道殿は権力争いに敗れて都落ちした貴族だったけれど、消沈することなくこの地を都のごとく美麗な土地にしようしていた。その念願を叶えるため六道殿に都で懇ろにしてもらった技芸者が多く辻の荘に集まった。歳月を費やしあと少しで完成を見るところまで来たのだったが、六道殿が病に倒れ薨去してしまう。主を失った辻の荘からは人々が去り屋敷はこぼたれ、やがて美しい景色も失われて行った。残されたのは、トラギクたち数人の技芸者と六道殿の庭園、六道園だけだった。「我々六道衆の目的はこの辻の荘に再び六道様をお迎えすること。それには新しき世界が必要なのです。その邪魔をする物は何人たりとも容赦は……」 その時、あの聞き慣れた音がしなかったら冬凪もあたしもあのまま光の中に閉じ込められていただろう。 プ
last updateLast Updated : 2025-09-10
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2-64.トラギク(3/3)

 鞠野フスキはバモスくんを辻沢女子高校に向って走らせていた。鞠野フスキも住む場所が出来て、今は主がいなくなった宿直室で冬凪とあたしが休みを取るためだった。辻女近くの角のパン屋さんを曲がったとき、登山用のリュックのスマフォが鳴った。あたしが出ると、「「昼までに戻っていらっしゃいませ」」 まゆまゆさんだった。「帰って来いって」 冬凪は、「ミッション完了ってことかも」「でも、まだ予定一日残ってるよ」「そっか」 冬凪のこんなに残念そうな顔を見たのは初めてだった。「じゃあ、血を造るためにヤオマンB・P・C行っとこうか」「それな」(死語構文) それを聞いていた鞠野フスキが、「そこは僕のおごりと言うことで」「「ありがとうございます」」 鞠野フスキは機嫌良さそうに片手を空に突き上げながらバモスくんをバイパスへ向けて、「全そく(略)」 調子乗りすぎ。まず辻女に寄ってシャワーを浴びさせて貰ってからです。 ヤオマンB・P・Cで一番食べたのは、やっぱり冬凪で尋常でない量を食べるものだから、途中から鞠野フスキが財布の心配をし出したのが分かった。それでお会計の時、少しだけだけど払わせてもらった。「「ごちそうさまでした」」 今食べたからってすぐに造血されるわけじゃないのは分かってるけど、お腹いっぱいになったことで惑星スイングバイの不安をちょっとだけ忘れることが出来た。それでいよいよ千福家、もとい爆心地へ向った。 改めて見る真新しい爆心地は、どこかの星に不時着してしまったかのような異世界感で圧倒された。そう言えば、トラギクはここにあった庭園のことを六道園
last updateLast Updated : 2025-09-10
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2-65.命を賭けた誓い(1/3)

 鞠野フスキがバモスくんで去った後、白漆喰の土蔵の扉の前に立つと背筋がゾクッと寒くなった。後ろの冬凪があたしの肩に手を置いて、「夏波。あそこ」 振り向くと爆心地の中心あたりに白い浴衣姿の黒髪の女性が立っていた。気づくとあたりが別世界にズレ込み見始めていた。どんどん音が遠のき色が褪せて来ていた。「どうする?」 黒髪の女性は、そこにじっとしてこちらには来る様子はない。またトラギクや蓑笠連中が現れたら今度はどうなるか分からない。でもあの人がミワさんだとしたら放っておく訳にはいかなかった。「行こう」 あたしは近くに落ちている折れたシャベルの匙のほうを拾った。いざという時これで腕を切って瀉血するためだ。冬凪とあたしはあたりを警戒しながら爆心地の斜面を降りて、黒髪の女性のいる所まで来た。黒髪の女性は爆風で白漆喰が崩れかけた土蔵をじっと見つめていたけれど、そちらから冬凪とあたしが近づいてきたことに気づいていない様子だった。目の前に立ってようやく、「どうすればまゆまゆに会えますか?」 と呟いた。それに、「あの土蔵に行けば会えます」 と白漆喰の土蔵を指して言ったけれど、再び、「どうすればまゆまゆに会えますか?」 と呟いてくる。冬凪とあたしは顔を見合わせてどう答えればいいか考えた。けれど、あたしには思いつかない。すると冬凪が小声で、「ミワさんがいる場所とまゆまゆさんがいる場所とではきっと次元が違うんだよ」 ミワさんが違う次元にいるのはこの状況で分かる。けれどまゆまゆさんたちも次元の歪みの中にいて、あたしたちの次元に存在しているか怪しかった。そうなると、あたしたちが母子を会わせるとしたら、いくつもの次元を繋げて会わせなければならない。「次元を結ぶってこと? それってどうやるの?」「今はわからないけど、きっと突き止める」 冬凪がそう言うならきっとできる。だからあたしは黒髪の女性に、「次元を結びます」 と伝えた。すると黒髪の女性は肯いたのではなく頭を下げて、「節に願います」 と初めて反応してくれた。そして煙のようにかき消えると、あたりは再
last updateLast Updated : 2025-09-11
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2-65.命を賭けた誓い(2/3)

 白漆喰の土蔵に入り白まゆまゆさんに会った。「「無事のご帰着なによりです。母と志野婦のことを聞かせてください」」 あたしたちは、今回起こったことを話した。どちらもあたしたちからすれば人柱にしか見えなかったけれど、トラギクという術士にミワさんは依り代にされ、志野婦は六道殿という貴顕を迎えるために新たな世界の種子にされたこと。それを聞いて白まゆまゆさんは、「「わかりました」」 とだけ言って、「「今回はどちらが先に?」」 と聞いてきた。「今度は帰してもらえるんでしょうか?」 とあたしが聞くと、「「私どもではお答えできません」」 と悲しそうな顔をした。それで冬凪とどちらが先に行くか話し合った。冬凪はずいぶん回復したけれど、まだ瀉血できるほどではなさそうだった。あたしのほうは、それで鬼子になったらという不安が残ったけれど、そうなったらなったで向こうで考えることにして、「冬凪を先に」 白市松人形の中に入った冬凪は心配そうな顔をしてあたしを見ていた。だから、「大丈夫。鬼子になっても冬凪のこと食べたりしないから」「ヒッ!」 という悲鳴を残して中割れ扉は閉まり排気音がした。そしてあたしの番。瀉血用の鉄管を嵌めると、上腕から首筋、こめかみが涼しくなった。鬼子に発現した時の全身を駆け巡る愉悦は感じなかった。結構コントロールされてる? と考えている内に宇宙空間に射出され、光の筋を滑って止まり、暗転して中割れ扉が開いた。扉にかぶりつくように冬凪がいてなぜか涙ぐんでいた。「お帰り。夏波」 手を取って黒市松人形から引き出してくれた。「今、なんと?」「お帰りって」 つまり?「20年後のあたしたちの時代に戻れたんだよ」 すると黒まゆまゆさんが、「「無事のご帰還、おめでとうございます」」 ミッションがようやく完了したのだった。一日残ってはずだけど、それはまあ、いいと言うことで。 黒まゆまゆさんに頼んでバッキバッキのスマフォを借りようと思ったけれど、よく考えたらリング端末が生きている今ならスマフォのデー
last updateLast Updated : 2025-09-11
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2-65.命を賭けた誓い(3/3)

 外はまだ、日は高くなっていなかったけれど、日中のうだるような暑さを予感させるに充分な夏の太陽が照っていた。竹林を抜けると遺跡調査の白い防護シートの中に爆心地が見えた。それは「さっき」通ったばかりだったけれど、20年前から帰った今は、これまでと全く違って見えた。時間と空間とが織物のように幾重にも重なった場所。それが爆心地なのだった。バス停に向う竹垣の道を日陰を選びながら歩いた。それだけでも背負った登山用のリュックのせいで背中が汗ばんでいるのが分かった。「まず家に帰ってお風呂入ろう」「出たら冷蔵庫のアイス食べる」「クーラーガンガンに利かせてね」 冬凪もあたしも、とにかくこの暑さから逃げ出したかったのだった。 家の前から見たら、リビングの窓が全開になっていた。戸締まりはしたからミユキ母さんかと思って玄関に入ると見慣れないハイヒールが脱いであった。「おかえり! 冬凪、夏波。久しぶりだねー。元気だった?」 リビングのドアを開けて出て来るなりまくし立ててきたのは、短髪ストレートを金髪にして、顔はあたしが幼いって思うくらいの童顔でユウさんそっくり。ミユキ母さんのMIYUKIロゴ入りTシャツを着て、下もミユキ母さんのグレイのスエットズボンを履いた女性。ミユキ母さんのパートナーのクロエちゃんだ。「フジミユから夏波と冬凪が大変だから居てあげてって連絡があって」 フジミユというのはミユキ母さんのこと。藤野ミユキ。略してフジミユ。クロエちゃんは学生の頃からずっとミユキ母さんのことをそう呼んで来たらしい。「急遽、アムステルダムの大事なイベントキャンセルして飛行機に飛び乗ったの」 クロエちゃんにとっては命にも代えがたい推しのEゲーム観戦を中止して帰ってきてくれたのだ。「お風呂沸いてるよ。あたしが先にいただいちゃったけども。テヘペロ」(死語構文) クロエちゃんから、ミユキ母さんが使っているシャンプーの香りがした。 冬凪もあたしもクロエちゃんには一言も喋らせてもらえない現象に遭う。だから、「ただいま。クロエちゃん、おかえり」 とようやく言えたのは、お風呂を上がってお昼ご飯の支度を始めた時だ
last updateLast Updated : 2025-09-11
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2-66.クロエちゃん(1/3)

 藤野家のダイニングにはミユキ母さんお気に入りのフリッツ・ハッセンの白いスーパーラウンドテーブルがデンとあって、そこに皆の色違いのセブンチェアが置いてある。ミユキ母さんはブルーで、冬凪がクリームライトグリーン、あたしがスカイブルーだ。もちろんクロエちゃんもピンクのがあるけれど、めったに帰ってこないので普段は納戸に仕舞ってある。それで今はミユキ母さんのブルーのチェアに座ってリング端末のホロ動画を表示させ推しのゲームプレイに熱い声援を送っているのだった。それはクロエちゃんが所有しているeゲームチームのクラン、アワノナルトの最強女子イザエモンだ。今まさにファンタスティックなムーブで対戦相手を殲滅した。「マヒってば、最高すぎ!」 さっきからイザエモンのことをマヒ、マヒって連呼してるけど、ひょっとして中の人の名前なのかな。 あたしはキッチンで冷蔵庫の中身を確認しながら、「クロエちゃん、何食べたい?」「異端のタコライス」 正統派沖縄風タコライスにワインビネガー加えるだけなんだけど、クロエちゃんは他と全然違うって食べてくれる。 まずフライパンに包丁の腹でたたいたニンニクをスライスしてオリーブオイルで炒める。タマネギのみじん切りをレンジでチンしたのと合挽き肉を加えて赤いところがなくなるまで炒める。チリパウダー、カレー粉、ガラムマサラを加え、ウスターソースとケチャップとワインビネガーで味を調整しながら適量かけて混ぜたら肉あんの完成。お皿に熱々のライスを盛ってピザ用とろけるチーズをトッピングしたら肉あんをかけ、その上からレタスとトマトをぶつ切りしたものを乗せて完成。大きいスプーンを添えて、「はい。どうぞ」「いただきまーす」 クロエちゃんは、なんでも美味しそうに食べてくれるから作りがいある。冬凪はお風呂から上がってクロエちゃんとちょっと話したら、「寝る」と二階に上がってしまったから、肉あんとトッピングを分けて冷蔵庫に入れておいてあげよう。 ものすごい勢いで食べ終わってしまったクロエちゃんに、ミユキ母さんのエスプレッソマシンでアイス・カフェラテを作ってあげる。コップに氷を入れて注ぎ入れ終わると、「シナモンで!」
last updateLast Updated : 2025-09-12
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2-66.クロエちゃん(2/3)

 あたしは自分の分を食べながら、カフェラテに口をつけようとしているクロエちゃんに、「何で冬凪とあたしが大変だって分かったんだろ?」大変だったのは今回の連続惑星スイングバイだから、ミユキ母さんがクロエちゃんに戻ってくるように頼むなんてどう考えても無理だった。一瞬、前回のうちに冬凪が報告したかと思ったけれど、冬凪はそう簡単に助けを求める子ではない。「フジミユが冬凪はともかく夏波は今回初めてだからって」タイムリープなんて普通はそう何度も経験しないけども。「土掘り」「って、そっち?」「そっちとはよ」クロエちゃんが怪訝そうな顔をするので、「あ、遺跡調査ね。大丈夫。結構やれてる。クロエちゃん、それで帰ってきてくれたの?」クロエちゃんはテーブルに置いたカフェラテのコップを両手で包み込むと、「それだけじゃないんだけどね」クロエちゃんには珍しく暗い感じで言った。「何なの?」「フジミユから夏波には言うなって口止めされてるから」ってもう言っちゃってるし。「あたしは大丈夫だから」「実はユウが…」やっぱ聞かなければよかった。ユウさんのことは年に一回のイベントのときだけ考えようと決めてたから油断した。今こそまゆまゆさんの「「お戻りください」」の二重音声が恋しかった。 クロエちゃんの話を聞いて最悪の事態でないことが知れてホッとした。でも緊急であることに変わりはなかった。「ユウさんが行方不明?」「て言うか音信不通。生存確認できない」クロエちゃんはわざとオーバーな言い方をして、あたしを怖がらせないように気遣っているようだった。「心当たりとかは?」「ないことはないけど」歯切れが悪い。「言ったら夏波、探しに行くでしょ」それゃあそうだ。だからミユキ母さんはあたしに内緒するように言ったんだろう。「うん」クロエちゃんの口ぶりから案外近場な感じがした。「じゃあ、言わない」「言わないんかい!」(死語構文)
last updateLast Updated : 2025-09-12
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2-66.クロエちゃん(3/3)

 遠くの方でクロエちゃんと冬凪の話し声が聞こえていた。リビングのソファーでクロエちゃんの土産話を聞いているうちに寝てしまったらしい。すごくいい気持ちで寝ていたから目を開けるのも億劫で、そのまま二人の話を聞くともなしに聞いていた。「潮時でないのになっちゃったんだ」「そうなの。それから十六夜かっていうようなこと言ったりして」「十六夜ちゃんみたいに強かったの?」「それはわかんない」そこで冬凪もクロエちゃんも考え事してるようで声がしなくなった。あたしは二人の会話を盗み聞きしたみたいでバツが悪くて、もう起きていたのに目が開けられなかった。すると誰かの指があたしの前髪を優しく掻き分けた。それはクロエちゃんがいつもあたしにすることだった。「この子は鬼子より鬼子使いの方なんだけどな」「どうして?」「ミヤミユがそうだったから」「それってユウさんの鬼子使いだったコミヤミユウさんのことでしょ。それがなんで夏波と関係あるの?」そう、それもめっちゃ気になるけど、それより「ユウさんの鬼子使い」ってのが興味ある。てことはユウさんは鬼子? するといきなり頭を抱き寄せられた。クロエちゃんだった。「おい、夏波。寝たふりするな。瞼がピクピクしてるんだって」バレてた。今回、クロエちゃんがわざわざ帰ってきた一番の理由は、あたしが鬼子になったと聞いたからだという。「何でか知らされないんだよね。本人は。あたしも被害者の一人」大学のフィールドワーク演習で辻沢に調査に入ってユウさんに出会って初めて知ったのだそう。その時、ユウさんはすでに自分が鬼子であることを知っていて、さらに潮時の自失状態を克服しようとしていた。「あたしも今は潮時を克服して鬼子使いのフジミユには迷惑かけないで済むけども」 ミユキ母さんが何ですと? 冬凪も十六夜の鬼子使いで、クロエちゃんが鬼子で、あたしも鬼子でって、つまりうちは鬼子の巣窟ってことですか?「そういうこと。まあ、あんま気にしなくていいよ」 気にしますがな。 しばらくリビングを行ったり来たりして気持ちを整理した。そういえば、ミユキ母さん
last updateLast Updated : 2025-09-12
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2-67.コミヤミユウ(1/3)

「ピーナッツが出てきたときあったよ」 フリッツ・ハッセンのラウンドテーブルの足はそれぞれ4本の金属の細い棒が合わさってできている。それらが一緒になる下の方はポケット状になっていて、ちょうど赤ちゃんが座った目の高さだ。この家に来たばかりの幼い冬凪とあたしは競うようにそこに色んなものを詰め込んでいたとクロエちゃんが懐かしそうに話してくれた。冬凪とあたしが何を突っ込もうと、決して叱ったりしないで、次は何を隠すか、変なものとか面白いものを見つけたらミユキ母さんとクロエちゃんは報告しあって楽しんでたんだそうだ。あたしも何を入れたかまでは忘れてしまっていたけれどその時の二人の笑顔は何となく覚えていた。あー、手乗りカレー★パンマン挟んでたな、そう言えば。  冬凪もあたしも本当の子供ではないのにクロエちゃんとミユキ母さんの愛情を目一杯受けて育ったんだ。それが鬼子のエニシだとしても幸せなことに変わりはないと思った。  鬼子のエニシ。さっきクロエちゃんがぽろっと言った、「ミヤミユがそうだったから夏波も鬼子使い」っていうのがそのエニシに関わることのような気がした。鞠野フスキが勝手に付けた偽名というだけではない関係。それをクロエちゃんは知っている。 「あたしとコミヤミユウの関係って?」  クロエちゃんはソファーから立ち上がって窓際まで歩いて行き、 「玄関脇の奥に山椒の木が何本か植えてあるでしょ」  窓にへばりついて見えもしない山椒の木を確認しようとした。玄関の脇の裏庭に通じるスペースにあたしの身長より高い山椒の木が並んでいる。暗がりであれが目に入ったらドキッとするし、夏になるとアゲハの幼虫がわんさかついてキモいから、あたしはなるべくその存在を忘れて生きている。だから、そういえばあったなと思ったくらいの山椒の木だ。それが何だと言うのだろう? 冬凪が何か知ってるかもと顔を見たけれど首を横に振っただけだった。 「あれ、コミヤミユウがこの世にいた証なんだよ」 鬼子は死ぬと人から忘れ去られてしまう。それは普通の人の記憶から消えるばかりではなく、この世にその人がいた記録までが抹消されてしまう。そうなると、その人が関わったものを残すことくらいでしか証がたてられないんだよと言った。 「鞠野フスキはコミ
last updateLast Updated : 2025-09-13
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