冬凪が草陰の怪しげな姿を指して、「あの人知ってる」言った。向こうもそれに気づいて大きな木の後ろに隠れたけれど、あたしにもその顔がハッキリと分かるくらい緩慢な動作だった。まるで見られても平気と言っているよう。「誰なの?」そっちをじっと見つめる冬凪に聞いた。「知り合い。以前は鬼子だった人。あの人はずいぶん前にヒダルに取り憑かれてしまった」クロエちゃんがさらに付けてして、「きっと宿主の体がそろそろ死ぬから次の体を探しているんだよ」クロエちゃんは山道を歩きながら鬼子とヒダルの関係を話してくれた。行旅死亡人の残留思念と言われるヒダルは、他人の魂を吸い取って体を乗っ取り、その人に成り代わる人外だ。それに対し鬼子の魂は、舟にのる人のように体から体を乗り変えて前世、現世、来世と生まれ変わってゆく。それは鬼子の体が魂の入れ物を意味するけど、ヒダルにしてみれば乗っ取りやすい存在となって鬼子に群がるらしい。これまで多くの鬼子がヒダルに体を乗っ取られてきたため、鬼子の最後はヒダルと諦めてしまっている人までいるそう。「そんなことないのに」クロエちゃんは寂しそうに言った。四ツ辻に着いたのは8時を回ったところだった。「ここも結界になっててね」あたしもそれはなんとなく感じた。集落に入った途端に木の芽の香りを感じたからだった。それは山椒農家の集落だからというだけではない気がした。冬凪があたしの手を引いて、「こっちだよ」と案内をしてくれる。いつになく楽しそうだ。ここは冬凪が夏休み前に山椒摘みのボランティアで来た場所で、前から仲良くしてもらっている紫子さんがいる。その紫子さんの家に向っているからだろう。 坂の上の大きな茅葺き屋根の家の玄関先で冬凪が、「紫子さーん。夏波連れて来たよー!」 めっちゃ大きな声で叫んだ。すると奥から出てきたのは藤色の和服姿の女性で、びっくりするくらい綺麗な、というかこの人……。あたしが声が出なくて黙っていると、冬凪が、「分かった? そうだよ。この人が」 まで言ったのを、その和装の女性
Last Updated : 2025-09-16 Read more