Share

2-64.トラギク(2/3)

last update Last Updated: 2025-09-10 11:00:32

 トラギクは、

「果たせるかな辻沢の神を捕らえることが叶いました。あなたがたの神、志野婦は新しき世界の種子となるのです」

 そう言うとおにぎりを握るようにした手を前に差し出した。すると包んだ掌の中が光り出し指の隙間から射してきた。掌を開くとそれは白い光の点で、ゆっくりとこちらに近づいてくる。あたしはその光の美しさに目を奪われてじっと見つめていたけれど、冬凪が、

「爆発するよ!」

 と言ったので参道の階段に向ってできる限り逃げた。やはりそれは爆発した。でも轟音や地響きはなかった。ただ強い光だけが明け方の太陽を圧して志野婦神社を覆った。さらに光は神社の杜を越えて辻沢の街を照らし尽くした後も、郊外の田園地帯を嘗め、西山地区の山並みまで届いて消えた。

「驚かせてすみませんでした」

 振り返るとトラギクが冬凪とあたしのすぐ後ろに立っていた。

「ご覧なさい。あなたがたが居着く前の美しい景色を」

 あたしは参道の階段の上から辻沢を眺めた。そこから見えたのは、どこまでも広がる草原。緑の波を立てて風が渡っていく。東の宮木野の杜に社殿はなく、麓に数軒の家並みだけがあった。そこから南に草原の小道が延びていて、その先に平屋建ての大きなお屋敷があった。ちょうど六道辻のあたりだ。

「この地は辻の荘と言われていました。そのご領主様こそ、六道殿です」

 六道殿は権力争いに敗れて都落ちした貴族だったけれど、消沈することなくこの地を都のごとく美麗な土地にしようしていた。その念願を叶えるため六道殿に都で懇ろにしてもらった技芸者が多く辻の荘に集まった。歳月を費やしあと少しで完成を見るところまで来たのだったが、六道殿が病に倒れ薨去してしまう。主を失った辻の荘からは人々が去り屋敷はこぼたれ、やがて美しい景色も失われて行った。残されたのは、トラギクたち数人の技芸者と六道殿の庭園、六道園だけだった。

「我々六道衆の目的はこの辻の荘に再び六道様をお迎えすること。それには新しき世界が必要なのです。その邪魔をする物は何人なんぴとたりとも容赦は……」

 その時、あの聞き慣れた音がしなかったら冬凪もあたしもあのまま光の中に閉じ込められていただろう。

 プ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-67.コミヤミユウ(3/3)

     クロエちゃんの決断力と行動力にはいつもびっくりする。ちょっと行ってくると言って出かけ、電話してきたと思ったら「今、なんでかパリにいるんだけど」って言ったりする。でもそれがクロエちゃんの今の成功を支えているとミユキ母さんが言っていた。〈♪ゴリゴリーン〉「お迎え来た。はーい。ちょっと待っててすぐ支度するから」 冬凪とあたしは急いで着替えて玄関を出た。するとそこに血のように真っ赤なポルシェが止まっていた。そしてその運転席からこちらを見ているのは、「ブクロ親方」 いつもは作業着姿なのに今はスーツに蝶ネクタイとおめかしして、しかもそれがとっても似合っていた。それを見て冬凪がびっくりするかと思ったけれど当たり前のように、「こんばんは」と言ったので、豆蔵くんと定吉くんの件といい、あたしの知らないエニシが方々に張り巡らされてると改めて思った。 クロエちゃんが助手席に、冬凪とあたしが後部座席に座った。ボボボボボと重低音のエンジンが掛かって出発。ポルシェの後部座席は狭かったけれど、鞠野フスキのバモスくんよりはなんぼか快適だった。なにより風が吹きすさんで寒いとかない。涼しいのはクーラーが効いているからだ。バイパスを走るポルシェの車窓から見えるのは、田んぼと畑と田んぼと畑と田んぼと畑と田んぼ。たまに竹林。飛ぶように風景が流れてゆく。これが全速力というものだよ。鞠野フスキくん。バイパスを降りてそのまま西山地区へ向う。山並みが近づきワインディングロードを軽快に走る。山が深くなり、沿道の木々が高くなってきた。もうすぐ峠を越えるというところまで来た時、ブクロ親方はポルシェを道脇にある駐車スペースに停めた。クロエちゃんと冬凪とあたしは、そこで降りた。ブクロ親方は、「着きました。ここからは歩いて行ってください。明日の夕方、四ツ辻に迎えに上がります」 砂利の音をさせてポルシェをUターンさせると、峠の方には行かずにワインディングロードを下っていった。もう山は暗くなりかけていた。まるで置いてきぼりを食らったような気分だ。「クロエちゃん。何処へ行くつもり?」 クロエちゃんは一人で暗闇が迫った森の中に入っていく。冬凪もその後をついて行くの

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-67.コミヤミユウ(2/3)

    話があっちの方向にずれたクロエちゃんは、「何だっけ?」「コミヤミユウには生きていたことを忘れない、つまり普通じゃない家族がいるって」冬凪が話のアシストをする。「そうそう。それあたしたちのこと」は? サラッと言ったけど。「フジミユと双子の姉妹」「随分前に亡くなったお姉さんって?」庭でマリーゴールドが風に撫でられて気分良さそうに揺れていた。「あ、それはマリって子だけどあたしはよく知らない。ミヤミユは小さい時にフジミユと生き別れてユウと一緒に育った。苗字もコミヤ」そんな人がいたならなんであたしに教えてくれなかったんだろう。そう思ったのが顔に出てたんだと思う。クロエちゃんが、「ごめんね。夏波にこのこと話すには、鬼子って教えなきゃだったから」と申し訳なさそうに言ってくれた。「で、ここからが本題なんだけど」 とクロエちゃんは改まった様子で言ってから「鬼子が忘れられるのって前に生きた人生の影響を受けないためって言われてるんだよね」 前に生きた人生? それじゃあ、次の人生があるみたい。人生は一回切り。だから面白いって配信ドラマか何かで言ってなかったっけ?「前世ってこと?」「まあ、簡単に言うと、そう。鬼子って何度も生き直すっぽい。知らんけど」(死語構文) 真剣な話の時は使っちゃいけないんだよ。死語構文まじむずい。クロエちゃんはそんなことお構いなしに話を続ける。「で、夏波の前世はコミヤミユウなんだよね」 って言われてもピンとこない。だって知らない人だもの。単刀直入すぎて感情も置いてきぼりだし。「あんまり感動ないみたい」 しばらくあたしの表情を見ていたけれど急にソファーに座ってジタバタし出した。「ほら言ったじゃん。そんなこと夏波の人生に何の関係もないって」 きっとミユキ母さんに言いたいんだと思うけども。 しばらく落ち込んだ風だったクロエちゃんは、時計を見ると、「時間だ。出かけるよ」 と言って立ち上がった。夕方の5時を回ったところだった。「ど

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-67.コミヤミユウ(1/3)

    「ピーナッツが出てきたときあったよ」 フリッツ・ハッセンのラウンドテーブルの足はそれぞれ4本の金属の細い棒が合わさってできている。それらが一緒になる下の方はポケット状になっていて、ちょうど赤ちゃんが座った目の高さだ。この家に来たばかりの幼い冬凪とあたしは競うようにそこに色んなものを詰め込んでいたとクロエちゃんが懐かしそうに話してくれた。冬凪とあたしが何を突っ込もうと、決して叱ったりしないで、次は何を隠すか、変なものとか面白いものを見つけたらミユキ母さんとクロエちゃんは報告しあって楽しんでたんだそうだ。あたしも何を入れたかまでは忘れてしまっていたけれどその時の二人の笑顔は何となく覚えていた。あー、手乗りカレー★パンマン挟んでたな、そう言えば。  冬凪もあたしも本当の子供ではないのにクロエちゃんとミユキ母さんの愛情を目一杯受けて育ったんだ。それが鬼子のエニシだとしても幸せなことに変わりはないと思った。  鬼子のエニシ。さっきクロエちゃんがぽろっと言った、「ミヤミユがそうだったから夏波も鬼子使い」っていうのがそのエニシに関わることのような気がした。鞠野フスキが勝手に付けた偽名というだけではない関係。それをクロエちゃんは知っている。 「あたしとコミヤミユウの関係って?」  クロエちゃんはソファーから立ち上がって窓際まで歩いて行き、 「玄関脇の奥に山椒の木が何本か植えてあるでしょ」  窓にへばりついて見えもしない山椒の木を確認しようとした。玄関の脇の裏庭に通じるスペースにあたしの身長より高い山椒の木が並んでいる。暗がりであれが目に入ったらドキッとするし、夏になるとアゲハの幼虫がわんさかついてキモいから、あたしはなるべくその存在を忘れて生きている。だから、そういえばあったなと思ったくらいの山椒の木だ。それが何だと言うのだろう? 冬凪が何か知ってるかもと顔を見たけれど首を横に振っただけだった。 「あれ、コミヤミユウがこの世にいた証なんだよ」 鬼子は死ぬと人から忘れ去られてしまう。それは普通の人の記憶から消えるばかりではなく、この世にその人がいた記録までが抹消されてしまう。そうなると、その人が関わったものを残すことくらいでしか証がたてられないんだよと言った。 「鞠野フスキはコミ

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-66.クロエちゃん(3/3)

     遠くの方でクロエちゃんと冬凪の話し声が聞こえていた。リビングのソファーでクロエちゃんの土産話を聞いているうちに寝てしまったらしい。すごくいい気持ちで寝ていたから目を開けるのも億劫で、そのまま二人の話を聞くともなしに聞いていた。「潮時でないのになっちゃったんだ」「そうなの。それから十六夜かっていうようなこと言ったりして」「十六夜ちゃんみたいに強かったの?」「それはわかんない」そこで冬凪もクロエちゃんも考え事してるようで声がしなくなった。あたしは二人の会話を盗み聞きしたみたいでバツが悪くて、もう起きていたのに目が開けられなかった。すると誰かの指があたしの前髪を優しく掻き分けた。それはクロエちゃんがいつもあたしにすることだった。「この子は鬼子より鬼子使いの方なんだけどな」「どうして?」「ミヤミユがそうだったから」「それってユウさんの鬼子使いだったコミヤミユウさんのことでしょ。それがなんで夏波と関係あるの?」そう、それもめっちゃ気になるけど、それより「ユウさんの鬼子使い」ってのが興味ある。てことはユウさんは鬼子? するといきなり頭を抱き寄せられた。クロエちゃんだった。「おい、夏波。寝たふりするな。瞼がピクピクしてるんだって」バレてた。今回、クロエちゃんがわざわざ帰ってきた一番の理由は、あたしが鬼子になったと聞いたからだという。「何でか知らされないんだよね。本人は。あたしも被害者の一人」大学のフィールドワーク演習で辻沢に調査に入ってユウさんに出会って初めて知ったのだそう。その時、ユウさんはすでに自分が鬼子であることを知っていて、さらに潮時の自失状態を克服しようとしていた。「あたしも今は潮時を克服して鬼子使いのフジミユには迷惑かけないで済むけども」 ミユキ母さんが何ですと? 冬凪も十六夜の鬼子使いで、クロエちゃんが鬼子で、あたしも鬼子でって、つまりうちは鬼子の巣窟ってことですか?「そういうこと。まあ、あんま気にしなくていいよ」 気にしますがな。 しばらくリビングを行ったり来たりして気持ちを整理した。そういえば、ミユキ母さん

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-66.クロエちゃん(2/3)

     あたしは自分の分を食べながら、カフェラテに口をつけようとしているクロエちゃんに、「何で冬凪とあたしが大変だって分かったんだろ?」大変だったのは今回の連続惑星スイングバイだから、ミユキ母さんがクロエちゃんに戻ってくるように頼むなんてどう考えても無理だった。一瞬、前回のうちに冬凪が報告したかと思ったけれど、冬凪はそう簡単に助けを求める子ではない。「フジミユが冬凪はともかく夏波は今回初めてだからって」タイムリープなんて普通はそう何度も経験しないけども。「土掘り」「って、そっち?」「そっちとはよ」クロエちゃんが怪訝そうな顔をするので、「あ、遺跡調査ね。大丈夫。結構やれてる。クロエちゃん、それで帰ってきてくれたの?」クロエちゃんはテーブルに置いたカフェラテのコップを両手で包み込むと、「それだけじゃないんだけどね」クロエちゃんには珍しく暗い感じで言った。「何なの?」「フジミユから夏波には言うなって口止めされてるから」ってもう言っちゃってるし。「あたしは大丈夫だから」「実はユウが…」やっぱ聞かなければよかった。ユウさんのことは年に一回のイベントのときだけ考えようと決めてたから油断した。今こそまゆまゆさんの「「お戻りください」」の二重音声が恋しかった。 クロエちゃんの話を聞いて最悪の事態でないことが知れてホッとした。でも緊急であることに変わりはなかった。「ユウさんが行方不明?」「て言うか音信不通。生存確認できない」クロエちゃんはわざとオーバーな言い方をして、あたしを怖がらせないように気遣っているようだった。「心当たりとかは?」「ないことはないけど」歯切れが悪い。「言ったら夏波、探しに行くでしょ」それゃあそうだ。だからミユキ母さんはあたしに内緒するように言ったんだろう。「うん」クロエちゃんの口ぶりから案外近場な感じがした。「じゃあ、言わない」「言わないんかい!」(死語構文)

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-66.クロエちゃん(1/3)

     藤野家のダイニングにはミユキ母さんお気に入りのフリッツ・ハッセンの白いスーパーラウンドテーブルがデンとあって、そこに皆の色違いのセブンチェアが置いてある。ミユキ母さんはブルーで、冬凪がクリームライトグリーン、あたしがスカイブルーだ。もちろんクロエちゃんもピンクのがあるけれど、めったに帰ってこないので普段は納戸に仕舞ってある。それで今はミユキ母さんのブルーのチェアに座ってリング端末のホロ動画を表示させ推しのゲームプレイに熱い声援を送っているのだった。それはクロエちゃんが所有しているeゲームチームのクラン、アワノナルトの最強女子イザエモンだ。今まさにファンタスティックなムーブで対戦相手を殲滅した。「マヒってば、最高すぎ!」 さっきからイザエモンのことをマヒ、マヒって連呼してるけど、ひょっとして中の人の名前なのかな。 あたしはキッチンで冷蔵庫の中身を確認しながら、「クロエちゃん、何食べたい?」「異端のタコライス」 正統派沖縄風タコライスにワインビネガー加えるだけなんだけど、クロエちゃんは他と全然違うって食べてくれる。 まずフライパンに包丁の腹でたたいたニンニクをスライスしてオリーブオイルで炒める。タマネギのみじん切りをレンジでチンしたのと合挽き肉を加えて赤いところがなくなるまで炒める。チリパウダー、カレー粉、ガラムマサラを加え、ウスターソースとケチャップとワインビネガーで味を調整しながら適量かけて混ぜたら肉あんの完成。お皿に熱々のライスを盛ってピザ用とろけるチーズをトッピングしたら肉あんをかけ、その上からレタスとトマトをぶつ切りしたものを乗せて完成。大きいスプーンを添えて、「はい。どうぞ」「いただきまーす」 クロエちゃんは、なんでも美味しそうに食べてくれるから作りがいある。冬凪はお風呂から上がってクロエちゃんとちょっと話したら、「寝る」と二階に上がってしまったから、肉あんとトッピングを分けて冷蔵庫に入れておいてあげよう。 ものすごい勢いで食べ終わってしまったクロエちゃんに、ミユキ母さんのエスプレッソマシンでアイス・カフェラテを作ってあげる。コップに氷を入れて注ぎ入れ終わると、「シナモンで!」

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status