Share

2-65.命を賭けた誓い(1/3)

last update Last Updated: 2025-09-11 06:00:08

 鞠野フスキがバモスくんで去った後、白漆喰の土蔵の扉の前に立つと背筋がゾクッと寒くなった。後ろの冬凪があたしの肩に手を置いて、

「夏波。あそこ」

 振り向くと爆心地の中心あたりに白い浴衣姿の黒髪の女性が立っていた。気づくとあたりが別世界にズレ込み見始めていた。どんどん音が遠のき色が褪せて来ていた。

「どうする?」

 黒髪の女性は、そこにじっとしてこちらには来る様子はない。またトラギクや蓑笠連中が現れたら今度はどうなるか分からない。でもあの人がミワさんだとしたら放っておく訳にはいかなかった。

「行こう」

 あたしは近くに落ちている折れたシャベルの匙のほうを拾った。いざという時これで腕を切って瀉血するためだ。冬凪とあたしはあたりを警戒しながら爆心地の斜面を降りて、黒髪の女性のいる所まで来た。黒髪の女性は爆風で白漆喰が崩れかけた土蔵をじっと見つめていたけれど、そちらから冬凪とあたしが近づいてきたことに気づいていない様子だった。目の前に立ってようやく、

「どうすればまゆまゆに会えますか?」

 と呟いた。それに、

「あの土蔵に行けば会えます」

 と白漆喰の土蔵を指して言ったけれど、再び、

「どうすればまゆまゆに会えますか?」

 と呟いてくる。冬凪とあたしは顔を見合わせてどう答えればいいか考えた。けれど、あたしには思いつかない。すると冬凪が小声で、

「ミワさんがいる場所とまゆまゆさんがいる場所とではきっと次元が違うんだよ」

 ミワさんが違う次元にいるのはこの状況で分かる。けれどまゆまゆさんたちも次元の歪みの中にいて、あたしたちの次元に存在しているか怪しかった。そうなると、あたしたちが母子を会わせるとしたら、いくつもの次元を繋げて会わせなければならない。

「次元を結ぶってこと? それってどうやるの?」

「今はわからないけど、きっと突き止める」

 冬凪がそう言うならきっとできる。だからあたしは黒髪の女性に、

「次元を結びます」

 と伝えた。すると黒髪の女性は肯いたのではなく頭を下げて、

「節に願います」

 と初めて反応してくれた。そして煙のようにかき消えると、あたりは再
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   第110話 十六夜、だよね?(3/3)

     ただその十六夜は、何といえばいいのか分からないのだけれど、あたしが螺旋の中心に見た人ではなかった。 言えば、螺旋の中で見た十六夜は世界樹に磔にされて悲惨な様子をしていたけれど、あの十六夜はあたしと園芸部で10円アイスを食べたJKだった。でも今目の前に見えている十六夜は、同じように世界樹にまとわりつかれているけれど、あの十六夜とは違っていた。何が違うのか。よくは分からないけど聖母に見えたり、巨大すぎたりということとは関係ないような気がした。「「なんか違う」」 冬凪と同時だった。冬凪にもあたしと同じ違和感があったみたいだった。「十六夜、だよね?」 思わず口をついていた。 その違和感の正体が何なのか分からなかったけれど、ビジョンに異変が起こったのは分かった。つまり、あたしが螺旋の中に見た時と何かが変わったために、その中心である十六夜に違いができてしまったのだ。「産まれてしまったのかも」 志野婦がだ。そうだとするとここにいる十六夜は何者なんだろう。「鈴風には分かるの? 産まれたかどうか」 最後尾の鈴風がおずおずと答える。「本当ならわかります。私がかけた術ですので。でもこれまでとは感じが違う気がします」 十六夜に志野婦を植え付けたのはクチナシ衆だというのは宮木野線で聞いていた。でもそれが鈴風のしたことだということはここで初めて知った。いや、そうではない。エニシの切り替えの時、そして石舟のアクティベートの時、あたしは鈴風の全てを知った。だから鈴風がしたことが当たり前すぎて、取り沙汰しなかっただけだ。そんなこと気にする必要はないと思っていただけだった。トリマ、鬼子のエニシに聞けばわかることだけど、鈴風に言って欲しかった。「どういうこと?」 語気がつよくなってしまった。「ごめん。説明してくれる?」 鈴風の説明はこうだった。この幻術は志野婦が宿主と入れ替わることで劣化した体を再生するためのものだ。志野婦が身中にいる間は、母体から十分な養分を吸い取れるように赤子に擬態する。そして機が熟すと、つまり出産になると志野婦は再生された元の姿で出てくる。「母体は?」 語気なんて気にしていられなかった。十六夜の体はどうなる?「身体の中心線で二つに割れて、中から志野婦が出て来た後は、着物を脱いだように皮一枚になってしまい

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   第110話 十六夜、だよね?(2/3)

     足元を見下ろすと、遥か下方に漆黒の空間が口を開いていた。そこを見ると目の焦点が合わせられない真の暗黒だった。見つめていると目が離せなくなって目玉から脳幹ごと吸い取られそうな感覚。深淵を覗けば深淵がとかいうセリフが生優しすぎることを知った。「これって、ブラックホールに吸い込まれてるんじゃ?」「ワンチャン、あるかも」(死語構文) この時ほど死語構文がクソだと思ったことはなかった。あたしたちがここで死んだら死語もクソもないからだ。 足元のブラックホールは巨大すぎる上に、暗黒の水晶玉が光をバグらせてそこに近づいているかどうかは分からなかった。けれどリング端末の赤いポイントはさらに点滅を激しくしカナメにますます近付いて来ているようだった。「あそこに何か見えます」 鈴風が下を指さして言った。足元のずっと下には光が溢れる銀河の中心に暗黒の巨大水晶玉が嵌っているのが見えた。そこに突き刺さった光の束がこちらに迫り上がってあたしの視野を埋め尽くし光の世界樹になっているのだった。その幹にあたる部分にそこだけ光が歪んでいる場所がある。光の流れが何かを迂回するように外側に出っ張っている。世界樹が大きすぎて実際の距離は分からなかったけれど、それは手を伸ばせば届きそうだった。リング端末を見ると赤い点は点滅を止めカナメにベッタリくっついてしまって役に立たないくなっていた。「これ、スワイプ出来るっぽい」 後ろから冬凪が差し出して来たリング端末のマップの背景は白一色でなく濃淡があった。あたしも自分のリング端末のマップを指でスワイプしてみた。すると平板な画面に濃淡が出来て来て何かを表示し始めた。さらにスワイプする。どんどんその形がはっきりしてくる。「いざよい?」 そこに現れたのは光に包まれた十六夜の顔だった。光の流れが十六夜の髪を洗っている。額は艶やかで美しく、目を優しく瞑り、鼻筋がスッと通って、少し開けた口から牙がのぞいている。頬はピーリング後にニベアしたくらいツルツルだった。その十六夜は、まさに光輝くフードを被った聖母だった。「見て!」 冬凪が小さく叫んだ。光の世界樹を見た。そこにはリング端末で見たままの十六夜が存在していた。全身を世界樹の光の中に包まれれ、顔だけ外部に突き出している。ただ縮尺がバグっていた。その顔は8千

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   第110話 十六夜、だよね?(1/3)

     冬凪、鈴風、あたしの乗る石舟は、銀河の中心から吹き出す広大にして高大な世界樹という名の宇宙ジェットを目の前にしていた。極彩色の光が流れてゆく方向を上だと判断して、かろうじて天地を把握しているような状況で、完全にあたしたちは座標を見失っていた。 希望があるとすればリング端末のホロ画面に表示された3Dマップだった。それは扇型をしていてカナメの部分が石舟の位置を表し、その中に点滅する赤いポイントこそ、前園十六夜のいる場所だとあたしの直感は教えてくれていた。「行かなきゃ」「どうやって? また想うの?」「それしか方法ないから」 冬凪が言いたいことはわかった。もうクロエちゃんの「想う」は2回も使ってしまった。いや、母宮木野の墓所で使ったのが最初だから3回だ。3という数字はキリがいいからリミットな感じするし、こんなチート技、ゲームなら何回も使えないものだ。「試してダメだったら、他の方法考えない?」「それはいけど」と冬凪は渋々だ。ここまで来ての冬凪の思い切りの悪さは普通ならイラっとするところだけど、あたしはそうはならなかった。閃き先行のあたしと違って冬凪はじっくり考えてから行動する子だ。きっとあたしには分からない問題が見えていて、後ろでいつものポーズして考えを巡らしてるに違いない。あたしは冬凪の解決策を待った。そしてようやく冬凪が重々しい口を開いて言った。「チート技は3回までって言うし。言わないかな?」 は? あたしとおんなじこと考えてた。むしろどうした冬凪、なんだけど。 そこに鈴風の注意喚起が入る。「夏波さん、冬凪さん。この石舟落ちてませんか?」 冬凪がそれを受けて、「それは世界樹の光が上へと移動してるから自分たちが下がって感じるだけかも」「でも光の速さが」 世界樹を見ると極彩色の光が最初見た時よりもずっと速度を増して上へと移動していた。石舟の体勢はずっと同じだったし重力があるわけでもないから、あたしたちは石舟の動きを体感できてなかったらしい。 各自リング端末のマップを見た。赤いポイントが激しく点滅しながらカナメの中心に近づいて来ていた。「「「あーね」」」

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-109.世界の果て?(3/3)

     あたしが薬指の疼きと共に閃いたのが、「これって十六夜の居場所なんじゃ?」 ということだった。「そうだとすると、結構なご都合主義だけども」 ミユキ母さんの言葉を思い出いた。「ご都合主義は現実で使うと人を傷つける」 それは避けなければいけないことだ。でも、あたしが真球に向かってユウさんの薬指を差し上げた時、中の何かとシンクロして、ガチャ!と音をたてたことを忘れていない。だからこれは絶対に前園十六夜の居場所なんだ。「あたしを信じて」 鈴風がいつも以上に落ち着いた口調で、「六道園プロジェクトが始まってからいろんなことが起きました」 あたしはそれら一つ一つを思い描く。 クチナシの人の夢。瀉血にチブクロ騒動。遺跡調査。まゆまゆさんたちには20年前に飛ばしてもらった。千福みわさんや蘇芳ナナミさんに会った。鞠野フスキの案内で辻川ひまわりとともに四つの爆発事件に立ち会った。鬼子の発現も経験した。柱は全部ではないけどいくつかはぶっこ抜けた。豆蔵くんと定吉くんも一緒に闘ってくれた。蓑笠連中やエンピマン、そしてトラギクとの対決。さいごは十六夜の掠奪を許してしまった。そしてその時出来た真球に激突してなぜか宇宙へ。←今ココ(死語構文)。 鈴風が続ける。「それらは全て十六夜先輩に集約されている気がします。だから」 そう、あたしは自分の直感を信じたいと思ったのだった。「ワンチャン、ありくね?」(死語構文) 冬凪も賛成してくれた。 白地図にプロットされた赤い点滅で、計器はないけど石舟が動いていることが分かるはずだった。でも、赤いポイントの位置ってどれくらいの距離があるのだろう。地図をスワイプしたりタップしたりして設定を表示させようとしたけれどなにも起きなかった。せめて縮尺がわかれば。また何十万光

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-109.世界の果て?(2/3)

     冬凪、鈴風、あたしはできうる限り想いの芯に迫るため鬼子のエニシで心を一つにする。さっきみたいな失敗は許されない。今度間違えたらブラックホールに呑み込まれてしまうからだ。それだけは絶対に避けなければいけない。「「「世界樹へ」」十六夜の元へ」 宇宙がそれに応えたのか、それまで見えていた銀河の星々が一斉に眩い光を発散しだした。視野に光が満ちて目から入った光が後頭部に届き思考を真っ白にする。光の爆風があたしのことを石舟から引き剥がしにかかる。必死にしがみつくけど圧力で上体が仰け反ってしまう。石舟に掛かる指先も光の弄りで一本一本外されてゆく。ついにユウさんの薬指だけになった時、真っ白だった視界に変化が起きた。光の爆発は変わらず溢れていたけれど、白一色でなく、ところどころ濃淡が感じられ、ものの形が分かるぐらいの光度に落ち着いたようだった。「光の壁」 冬凪の声がした。冬凪は壁と言ったけど、あたしは目の前にあるものをそう言っていいか分からなかった。上はのけぞっても光で、下は見下ろし尽くしても光だった。左も果てしなく光で、右も永遠に光だった。あたしの前方全てが光だった。それは壁というより、「世界の果て?」「認識の境界ってこと?」 と冬凪。鈴風が落ち着いた声で、「これが宇宙ジェットなんでは?」 言われてみると前方に溢れる極彩色の光はゆっくりと上へ上へと移動していたのだった。「これからどうすれば」「そんなの分かんないよお」 もうヌルい返事しかしない冬凪だった。「この石舟動いてんのかな?」 前方の光があまりに広大なせいで、石舟が動いているかどうかも分からなかった。舳先からこちらの何もない平面を見る。「計器とかあればいいのに」 ふと思いつく。そうか、想ったらなんでも叶うんだった。

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   3-109.世界の果て?(1/3)

     螺旋のトンネルを猛烈な速度で飛行した石舟は、エニシの月、巨大真球の壁に激突して爆裂粉砕した。もちろんそこに乗っていた冬凪、鈴風、あたしも暴力的に速やかに暗黒世界に転移した。つまり死んだはずだった。ところが世界が暗転してしばらくしたらとんでもない場所に放り出されたことに気がついた。 そこは視界いっぱいに何兆何億の星々が輝いていた。上はどこまでも上で前は果てなく前だった。左右などまったく意味をなしていない。「宇宙、だよね」「それな」 真後ろの冬凪が死語構文を忘れて言った。「あそこに何かあります」 一番後ろの鈴風が足元を指差していた。 足元のさらに下方を見ると巨大過ぎて大きさが認識できないほどの銀河が渦状腕を広げる姿があった。そこも無数の星が密集していたけれど、それ以外に何かあるようには見えなかった。「どこ?」「真ん中です」 銀河の中心、星がより密集して光り輝くあたりを指差している。そちらに目をやると、中心から光の柱が立ち上がっているのが見えた。それは銀河の円盤に対し垂直に、その直径に比して高く高く聳え立っていた。その光の柱は上に行くほど枝葉を伸ばす樹木のように広がっていた。「あれって世界樹なんじゃね?」「あれは宇宙ジェット。ブラックホールから吹き出すやつ」 冬凪が説明してくれた。銀河の中心には太陽の質量の数百万倍の巨大ブラックホールがあって、周辺の物質を呑み込むと同時に光速の99.99パーセントの速さで吹き出してるんだそう。詳しいな。真後ろで見えないけど、きっとL字にした指を顎に当てるいつものポーズしてるんだろうな。 世界樹でなかった。でも気になる。十六夜があそこにいるような気がする。「ちょっと行ってみようか?」「え? 遠いよ」「どれくらい」「光の速さで50万年かかる」 ってどれくらいか分か

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status