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1-18.千福まゆまゆ(3/3)

last update Last Updated: 2025-07-24 18:00:00

 午後も引き続き雑草の山の片付けだった。獅子奮迅の働きをするユンボブラザーズは別して、他のみなさんは灼熱の太陽にエネルギーのほとんどを吸い尽くされた感じで、赤い顔で作業をしていた。そんな中、冬凪はと言うと、ユンボくんたちが抱えやすいよう雑草の束を渡してあげたり、ビニル袋を広げてあげたりと、ユンボブラザーズのサポート役をしっかりこなしていた。

「小休止です」

 赤さんの号令が掛かる。みんながハウスに戻るのについて行く。用意したクーラーボックスのスポドリと麦茶をがぶ飲みしてようやく、頭が痛み出したのを抑えることが出来た。十五分経って、

「始めまーす」

 と集合が掛かる。作業している雑草の山に向かうと、雑草から湯気が立っているかと思ったら陽炎だった。

「今日中に終わるのかな」

 暑さのせいなのか、午前中より明らかに作業スピードが落ちている気がした。

「終わらなくても大丈夫だよ。今日は赤さん、みんなの働きぶりを見てるだけだから」

 そうか、まだ試用期間扱いなのか。

 その後、二時半の三十分休憩、三時半時の小休止を経て四時十五分になって、

「道具片付けて終わりにしましょう」

 となった。あたし至上一番長い日だった。女子用更衣室になるハウスで着替えをする。びしょびしょになったTシャツやヘルメットの下に巻いたタオルを用意したビニル袋につめながら、こんなに人って汗をかくものなのかと驚いた。下着も替えた。着替えを終えてスポドリを飲んでいたら冬凪に聞かれた。

「感想は?」

「生き延びたって感じ」

 本気でそう思った。最高気温35度、炎天下の作業。現場の気温は40度を超えていた。言葉にするとそれだけだ。けれど、どんなに苦しくても学校の授業のようにフケられない中、頭痛い、汗が異常なほど出てくる、息苦しい、動悸が変だ等、バグり始めた自分の体と、「まだ大丈夫?」「もうダメかも知れない?」「まだいける?」と対話しながら「休憩です」と声が掛かるまで作業を続けなければならない。ティリ姉さん、もとい江本さんは、

「ナミちゃん、いつでも木陰で休んでいいのよ」

 と言ってくれたけど、あたしよりお年を召した人たちが黙々と働いていたらそんなこと出
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