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1-28.旧町役場(2/3)

last update Last Updated: 2025-08-03 11:00:59

 バモスくんは道を横切りそのまま町役場の正面を通って奥の駐車場へ入った。その先に見える木々の影に見覚えがあった。六道園だ。あたしはバモスくんが停まるのも待ちきれずに飛び降りると六道園の遊歩道へと走った。

「夏波どこへ?」

 背後で冬凪の声が聞こえたけれど、返事をするのも忘れて中に入った。そこにあったのは、十六夜とあたしが苦労して作ったゴリゴリバース内のものとそっくりそのままの六道園だった。風に松の枝が揺れている。水面に小波が立っている。違和感があるとしたら、いつもかいがいしく働いているゼンアミさんたち庭師AIがいないことくらいだった。

「そうか。六道園プロジェクトの」

 冬凪が垣根の外からあたしに声を掛けてきた。

「うん。実物が見られるなんて思ってなかった。急ぐよね、一周だけしてもいい?」

「いいよ。先生に言ってくるから。ゆっくり見て」

 そう言うと冬凪は垣根から姿を消した。

 ぱっと見ただけだけど、足りない所や間違っているところはなさそうだった。あと少し。あと少しで完成するんだ。そう思ったら足が止まってしまった。胸が締め付けられて涙がこぼれてきた。改めてあたしは、六道園が完成するその時、その現場に、十六夜と一緒にいたいと思ったのだった。

 六道園から出ようとしたとき、何かが気になって足が止まった。けれどそれが何かが分からない。もう一度じっくりと六道園を歩いて調べたかったが、鞠野教頭先生たちがあたしを待っているから諦めることにした。それでリング端末でスキャン映像を撮っておこうとしたら機能しなかった。撮った映像が保存出来ないというエラーが出たのだ。そうか、20年前はリング端末の帯域もなかったんだ。

 町役場の正面に回ると、頭の上に覆い被さるように銀色の大円盤が見えた。

「あれって?」

 と冬凪に聞いたつもりだったけれど鞠野教頭先生が答えてくれた。

「議事堂だよ。あそこで町会議員たちが会議をするんだ」

 それに続けて冬凪が言った。

「というのは建前で、深夜にヴァンパイアたちが集まって六辻会議が開催されるんだよ」

 鞠野教頭先生はそれを聞いていたのかいないのか、さっさと玄関ロビーの中に入って行ってしまった。冬
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