All Chapters of 捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!: Chapter 81 - Chapter 90

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 紙の端が小さくふるえた。視線がにじむ前に、私はまばたきを一度。顔を上げると、真白さんは扇子の骨で静かに卓をたたいた。「ねえ、ひかりさん。“金1,000万円を支払う”――ここ、どういう意味かしら?」 にっこり笑って尋ねられた。喉の奥がきゅっとなって言葉にできない。  契約婚だって――みんなにバレちゃったんだ!  でも、どうして?  なぜこんなものが真白さんの手元にあるの…。 頭が真っ白になる。どうやって切り返していいのかわからない。でも、私の不安を見透かしたように蓮司が強い口調で反論した。「説明する必要はない」 彼が淡々と言った。「それはあくまで俺が提案したものだ。家の圧力からひかりを守るための盾として、俺が法務に起案させた。だが提出も締結もしていない。最初はそういう提案だったけれども、話し合ってそれは無効にした。俺たちは契約ではなく、結婚を選んだ。もう入籍もしてあるし、なんら問題はない」 落ち着いた低い声が落ちる。真白さんは鼻で笑った。「そんなこと、信じられるわけがないでしょう!」 無表情だったお母さまがゆっくりとこちらを剥いた。真白さんを制し、やわらかくて強い声で私に聞いた。「ひかりさん。あなたはこの提案を、知っていたの?」 逃げないって決めた。私は正面から息を整え、うなずく。「はい。最初に蓮司さんに提案されました。夫に裏切られ、辛い中で再婚するには、一旦このくらいで考えたらどうだ、と言われただけです。新しく一歩を踏み出すには、勇気が要りましたから。これは、蓮司さんが私のことを考えて提案してくださっただけです。別にやましいことはありません」 室内の空気が一瞬、重くなる。お母さまは目を伏せ、ほんのわずかに息を吐いた。「そう。正直に言ってくれてありがとう」 そのときだけ、真白さんが扇子をぱちりと閉じる音が鋭く響いた。「正直、とおっしゃるけれど――わたくしは蓮司さんと結婚できるものだとばかり考えておりましたから、納得できませんわ! ひかりさんとグルになってわたくしとの結婚を反故にしようとしただけとしか考えれらませんもの」 その通りです。こんな書類手に入れたら、誰でもそう思うよね。  でも、その魂胆がバレるわけにはいかない。  圧倒的不利な状況だけれども、この結婚が契
last updateLast Updated : 2025-10-19
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 ぱしん、と卓に投げた扇子が跳ねて止まる。真白さんの声がその場を裂いた。「こんなことをして、ただで済むと思わないでちょうだい! 九条家の名誉にかけて、あなたたちを訴えます」 訴える――。その一語で、背中に冷たい汗が走った。足の裏の畳の感触だけが現実で、他はふわふわ浮いていく。「おやめなさい、真白さん」お母さまが静かに制す。「家の恥を外に晒す覚悟があるのなら、止めはしません。ただし、そのときはその書類が『どこから』『誰の手を経て』九条家へ渡ったか、すべてを法廷で明らかにしていただくことになるわ」 真白さんの表情が凍りついた。  しん、と静寂が再び訪れる。  こんな時なのに私はなにも言えない。  心から蓮司を好きになったと告げようと思っていたのに、契約のことがみなさんに知れてしまった。  今さらなにを言っても、誰の耳にも届かない。  ほんとうの気持ちを伝えることができないなんて。  これが私と蓮司が交わした契約の末路なんて、あまりに悲しすぎる。  契約を通じてかもしれないけれど、偽装でも、幸せな結婚生活だった。  短い期間でも、職場でずっと蓮司のことを見てきた。彼は球児と違ってとても誠実で、嘘をつかない。その彼に、私は嘘をつかせてしまった。  しかも、最も嘘を嫌うお母さまの前で。「補足する」蓮司が低く続けた。「そのドラフトの右下にある版管理コードが見えるか。社外秘。出力者、端末、日時が特定できる。社内からの流出なら、社内で処分する。もし社外からの不正取得なら、そちらは不法行為の疑いだ。訴えるなら正面から受けて立つ
last updateLast Updated : 2025-10-20
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  受付からの内線を切って、私は素早く段取りを決めた。暴れられたら困る。総務に連絡、ビル警備にも共有。面談はロビー奥のガラス張りの打ち合わせブース、ドアは開放、私の背後に警備員が見える位置。——これでいい。  ガラス越しに見えた顔。球児。隣には、可憐な女性が立っている。私とは違う愛らしく男性ウケしそうな女性——薄いニットワンピで、なぜか妊婦なのにミニサイズ。大丈夫か、とおせっかいな気持ちになってしまう。  だめだめ。この人は私の幸せを奪っていった女性。同情できないよっ。  彼女はわざとらしくお腹を押さえ、俯いている。 「ひかり……急にごめん。ほんの5分だけ時間をくれ」 「手短にお願いします。今後の話は弁護士を通してください、とお伝えしましたが。会社に来るほどの要件なのですか?」  球児は苦笑して、手にした封筒を掲げる。「弁護士なんて大袈裟だな。それに、これはなんだよ」  封筒は球児を訴えるという内容で、妻、御門ひかりが精神的苦痛を受けたことによる蓮司からの訴訟だった。浮気して離婚させられた挙句、財産分与もなしどころか、借金押し付けられて独身時代の貯金を溶かされ、会社で暴れられた上に名誉棄損…。派手な訴え項目ですね。  蓮司った
last updateLast Updated : 2025-10-25
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 わざとらしいとは思う、でも——お腹を押さえている以上、無視はできない。おなかの子供に罪は無いし、私にはできなかったことを、彼女は実現したのだ。球児と私の間には、体の関係はあったけれども子供はできなかったから――「救護室、お願いします」私は受付へ手を上げ、すぐ後ろの警備にも合図する。「車椅子も——」「いらないって。俺が支えるから!」球児が慌てて彼女の肩へ腕を回し、もう片方の手で私の手首を掴んだ。「つかまって、ひかり!」  反射で差し出した私の左手。ぐいと引かれて姿勢が崩れる。その瞬間、彼女が高く喚く。「いたい、いたい……! おなかが……っ!」 周りの視線が一斉に集まり、他の社員も集まってくる。警備員が素早く駆け付けてくれて、私と2人を囲むように立った。「こちらで救護室へご案内します。落ち着いてください」「すみません、すみません……」女性は涙声で繰り返し、椅子に置いたスマホはカメラがこっち向きのまま赤い点を点滅させている。まだ撮ってるの——。「録画はお控えください」警備が冷静に注意する。球児は「すぐ止めます」と言いながら、スマホを取った。いったいなんなの…。 私は愛人(結婚しているのかどうかもわからないので、とあえずそう呼ぶことにした。名前知らないから)の呼吸を確認しなが
last updateLast Updated : 2025-10-26
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  胸がざわつくのを、ぐっと呑み込む。 「まずは落とし物として届いていないか、確認しよ。できることは全部やる」  亜由美が即スイッチを入れてくれる。早速受付に走った。「落とし物の確認をお願いします。特徴は細いゴールドのチェーンに小さな鍵のチャーム”です」 受付の担当女性が頷き、台帳を開く。拾得物として届けられてはいなかった。私は再び先ほどのブースに戻り、テーブル、床、椅子の脚に引っかかっていないか、目を皿のようにして注意深く確かめる。……ない。  なら、可能性はひとつしかない。  球児が私の腕を掴んだ時に――盗んだ。  あの男は手癖が悪い。きっとお金に困って私から盗ったんだ…。でも証拠がない。  小さなものだから隠されたらわからない。パンツの中に隠されていたら、見つけようがないし「濡れ衣を着せた」と却ってこちらが不利になる。  どこまでも私を苦しめる男ね。  いったい私に、なんの恨みがあるって言うのよ!!  逃がすものかと受付で仁王立ちして待っていると、球児と愛人が足早にやってきた。黙って帰るつもりね。そうはいくものですか!  蓮司がくれたブレスレット、返してもらわなきゃ!!  一歩前に出て、できるだけ穏やかに声をかける。 「先ほどこの周辺で、私のブレスレットが外れて落としてしまったようです。もし見かけていれば教えてください」  愛人はお腹を押さえたまま、胸元にスマホ。インカメがこちらを向き、赤い点がま
last updateLast Updated : 2025-10-27
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  「疑うなんてひどい…」  ぽろぽろと泣く愛人。いつもは強気で腹立たしい球児もしおらしいから、余計に腹が立つ。 「ご納得いただけず、手荷物検査を拒否されるということでしたら、そのように記録させていただきますね。今後、弊社の監視カメラ映像などでも確認いたしますので、お帰りいただいて結構です。ご協力、ありがとうございました」「盗ったりしていません!!」愛人が噛みついた。「誰も盗ったとは言っておりません。あくまでも確認させていただきたというお願いでございます」「だから、盗ってないって!!」「先日、ご主人は私の会社にやってきて暴れられたところでございます。謝罪に伺ったとおっしゃっておりますが、話し合い間もなくして奥様が体調不良を訴え、お帰りになられるわけですよね。実は、なくなったブレスレットというのが、私が主人からもらった大切なものです。あなたたちが来るまではきちんとありました。落としたのはこちらの責任ですが、もし、見かけられたら教えていただけますか?」「しつこいな! 俺たちは知らないって言っているのに、どうしてそんなこと言うんだよ」 「別にしつこく言ってはおりませんし、あくまでも任意の手荷物検査をお願いしているだけです。ご同意いただけないなら構いません。どうぞ、お引き取りを」  わかってる。手荷物検査なんかしても、なにも出てきやしないだろう。  球児はたぶん、うまく隠して持ち帰ろうとしているんだ。  蓮司がくれたものだもん。ちゃんと確認しなかったけれど、球児が私から盗ったということは、相当な価値があるはずだ。1、2万円程度のアクセサリーではない。ゴールドだったし、恐らく純金。シンプルなものは人気が高いから、高く売れると思ったのだろう。 「そんなに言うならいいぜ。荷物、見せるよ」  ほらきた。 「もう結構です。荷物検査ができないご事情があると判断しましたので」「なんだよそれ! 見せろって言ったりもういいって言ったり、無
last updateLast Updated : 2025-10-28
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