給湯室のライトが彼のスーツの肩で冷たく光る。「本部長、僕は――」「勤務中に私的な詮索はやめろ、坂下。ここは会社だ。業務に関係のない“質問”は不要だ」 ぐっと一歩、近い。私と坂下くんの間に割って入るみたいに立って、真正面から射抜く。「それに――」視線が一瞬だけ私に落ちて、すぐ戻る。「彼女は俺の妻だ。話があるなら、上司であり配偶者である俺を通して欲しい。この件に関して文句や異議申し立てがあるなら、俺がすべて受けると皆には伝えてある」 はっきり言った。給湯室の奥にいた総務の先輩が、そっとカップを持って退散していく音まで聞こえる。やめて…。この場に走る緊張感がすごい。「……失礼しました。本部長。中原さん――じゃなかった、御門先輩に、ご結婚の件を確認しただけで」「確認は済んだ。以上だ」 言い切ってから、私の背に軽く手を添えた。その触れ方が独占っぽくて、心臓が跳ねる。やば、ここ会社だって。「あの、本部長…」「……悪い。語気が強かったな」 すぐ、坂下くんへ向き直る。「誤解させるつもりはない。彼女はチームの一員で、そして俺の妻だ。その事実は変わりない」「承知しました。個人的に引き留めて申しわけございません」 彼は深く頭を下げて、出ていった。残った熱だけが、給湯室に漂う。私は小さく息を吐いて、蓮司の袖口をちょん、とつまんだ。「あんなに言わなくてもいいじゃないですか」「……いや、ひかりが責められているのかと思ったら、つい」 間髪入れず。目を逸らさないの、ずるい。「業務上、不適切だ。分かっている。だが、男として、配偶者に向けられたあいつの好意的な目線は無視できなかった」 直球がきた。「お気持ちは嬉しいです。ありがとうございます」「わかってくれたらいい」 即答して、低い声をほんの少し落とす。「社外でこんなことがあったら、今みたいに遠慮はしないからな」「っ……承知しました」 顔、近い。熱い。やめて、ここは会社。「戻るか」「はい」 ふたりで部に戻ると、なんか慌ただしくなっていた。「本部長! 大変です!」 若手社員のひとりが蓮司に駆け寄った。「ニシトモさんの関西支店でトラブルが発生したようです。責任者をすぐ連れて来いと相手様がお怒りで…」 ニシトモというのは大きなスーパーで、最近うちの会社のシステムをレジ回りに導入してくださった企業に
Last Updated : 2025-09-30 Read more