LOGIN胸がざわつくのを、ぐっと呑み込む。
「まずは落とし物として届いていないか、確認しよ。できることは全部やる」
亜由美が即スイッチを入れてくれる。早速受付に走った。「落とし物の確認をお願いします。特徴は細いゴールドのチェーンに小さな鍵のチャーム”です」
受付の担当女性が頷き、台帳を開く。拾得物として届けられてはいなかった。私は再び先ほどのブースに戻り、テーブル、床、椅子の脚に引っかかっていないか、目を皿のようにして注意深く確かめる。……ない。
なら、可能性はひとつしかない。
球児が私の腕を掴んだ時に――盗んだ。 あの男は手癖が悪い。きっとお金に困って私から盗ったんだ…。でも証拠がない。 小さなものだから隠されたらわからない。パンツの中に隠されていたら、見つけようがないし「濡れ衣を着せた」と却ってこちらが不利になる。どこまでも私を苦しめる男ね。
いったい私に、なんの恨みがあるって言うのよ!! 逃がすものかと受付で仁王立ちして待っていると、球児と愛人が足早にやってきた。黙って帰るつもりね。そうはいくものですか! 蓮司がくれたブレスレット、返してもらわなきゃ!! 一歩前に出て、できるだけ穏やかに声をかける。「先ほどこの周辺で、私のブレスレットが外れて落としてしまったようです。もし見かけていれば教えてください」
愛人はお腹を押さえたまま、胸元にスマホ。インカメがこちらを向き、赤い点がま
心の中でゴッと炎が燃え上がる。現実が追いかけてきた。(……でも、私、茶道ぜんっぜんやってこなかったからなぁ…) 茶碗に茶筅(ちゃせん)くらいはわかる。 この前お点前をお母さまに教えていただいて、なんとなくはわかる。 でも、着物着て披露するなんて…しかも1か月もないのにできるのかな…いやいや弱気になっちゃだめ! ゴゴっと燃え上がったまま、勢いでなんでもやりこなす勢いでやろう! ヨーチュブーにアップされている動画でも見ながら練習しようと思っていた時、亜由美から連絡があった。《今日のざまぁ、最高だったね。おつかれさま》(亜由美)(……そうだ!) 私は早速亜由美に連絡を取った。「ねえ亜由美、お母さまって確か茶道——」『ああうん。茶道の師範。言っとくけど超厳格だよ。私がグレた原因の八割があの人のせい』 超厳格…! しかも亜由美がグレた原因って…。 でもそれくらいじゃないと、間に合わない
「亜由美、今日はありがとね」 「どういたしまして~。あいつらの顔、最高にすっとしたね!」 「うん。亜由美のおかげだよ。ありがとう」 「そんなことない。ひかりが勇気を出して頑張ったからだよ。私はちょっと手伝っただけ」 亜由美の言葉にじんとくる。 「ううん。ひとりじゃ取り返せなかったかもしれないし、亜由美がいてくれて心強かった。ありがとう!」 「よーし、じゃあ夕飯おごれ♡」 「もちろん! おごりますとも!」 私たちは笑いあって歩いた。 カツカツと地面を鳴るヒールの音がやけに誇らしく聴こえた。 亜由美と居酒屋で食事をした。別れて家に帰ると、スマートフォンが震えた。新着通知——“@ena_baby 投稿がありました”。《だぁりんにもらった腕輪なくなっちゃったよ~》 《ぴえん(泣)》 ぴえんってなに(怒) こっちがぴえんって言いたいわ! 《そんでぇ~赤ちゃんがお空に帰ってしまいました泣泣》 いやいや、はなからあなたの元には赤ちゃん来てなかったよ? しかもノリ軽すぎない? どれだけ世の中に不妊で苦しんで、辛い思いをしている人がいると思ってんのよ! 冗談でもこんな投稿しちゃだめでしょーがっ!! 私だって…子供欲しかったのに…、辛い記憶
沈黙のあと、私が淡々と告げる。「演出はもう結構。返して。——今ここで。私が旦那に初めてもらったプレゼントなの!」 球児が舌打ち。「だから知らねぇって言ってんだろ!」「言い訳は不要。『返却する/しない』の二択だけよ」 亜由美が、卓上に小型レコーダーを置いた。「録音・録画、継続中です。虚偽の妊娠で“業務妨害”を重ねた件も併せて整理します」 愛人の顔色がさっと悪くなる。「……返せばいいんでしょ」 彼女はふてくされたように立ち上がり、部屋の奥へ。失くしたと思っていたブレスレットがその手に握られていた。 私は手袋をはめ、直接触れずに薄紙へそっと置く。丸カンの脇、“457”。——間違いない。「返還、確認」 胸の奥で、固く縛っていた紐がふっとほどけた。「……これで満足?」愛人が挑むように言う。「まだよ。念書にサインして」 敬語を使うのもばからしくなったので、命令口調で言った。私は短文の紙をテーブルに滑らせる。 以後、御門ひかりへの接触不可、勤務先への来社不可、SNSでの言及等を行わない。違反時は法的措置に異議なく応じる――まあ、
「偶然よ!」と愛人は言い張る。 「じゃあどう偶然なのか、合理的に説明していただけますか?」と私。 静かに、でも逃げ道は塞ぐ。 その時、亜由美がかけていた電話をスピーカーにした。「BSDコンシェルジュですね。そちらの新商品のブレスレットについてお伺いしたいのですが」『はい、どうぞ』「シリアルナンバーから購入者の照会もできるのですか?」『はい、もちろんでございます。但しご本人様と確認できるものが必要でございます』「実はそちらで購入したブレスレットが盗難に遭ってしまったのです…転売されたらすぐわかるようになっているのですか?」 受話口から落ち着いた声がする。『もちろんでございます。シリアルキーやチャームのロット番号をお伝えいただければ手配いたします』 もう覚えた。Serial:LG-K01457とロット番号:457。鍵のチャーム。 蓮司が私にくれた、大事なブレスレットだもん。 一点ものだということがこれで明確になっただろう。いよいよまずいと思った
「お話を伺えない場合、この足で警察署に向かいます。どうされます? 話し合いに応じていただけますか?」 亜由美が有無を言わせぬ圧力をかける。球児は昔から亜由美が苦手だったことを思い出す。 だから彼女はわざわざついてきてくれたんだ。ありがたい。 無事にブレスレット取り返したら、なんかおごる!!「5分だけだ」「結構です。5分で済めばいいですね、お互い」 意味深な言葉で更に球児をざらつかせる亜由美。さすがだわ~。 私も当時からこれくらいできていれば、この男にナメられずに済んだのに。 ドアチェーンが外される。私たちを迎え入れると、愛人はソファの肘に腰かけ、スマホを伏せていた。腹はさっきよりも出ている演出が笑える。たった1時間ほどで大きくなるお腹ってどんな妊婦よ。 アホすぎて笑えてしまう。「もう帰っていいって言うから帰ったのに~。まだなんか文句あるの~?」「はい。大アリです」 私は靴を揃え、亜由美と共に家に上がり込んだ。彼らがくつろいでいた狭いリビングのテーブルに証拠を一枚ずつ置く。落ち着いた声でブレスレットがなくなった経緯を説明し、順番に確認を促す。「まず、これは来客ログです。あなたたちが入館した時刻です」 紙に赤線を引く。「次に、ここ。あなたが私の左手首を引いた瞬間の静止画」 球児の顔がぴくりと動く。「あなたが私に触れた後、ブレスレットがなぜかなくなっているのです。落ちてもいないし、どこにもない。さて、これはどういことでしょうか」「知らねえよそん
総務の防犯担当に「緊急で静止画だけでいいから証拠映像が欲しい」と頼み、来客ブースと廊下の様子をそれぞれ書き出してもらった。来客ブースでの時刻、フレーム番号、私の左手首を球児がぐいと引っぱった瞬間——輪がきしむあのコマまで、全部映っている。それをデータでもらった。 よし。これで球児に触れられるまでは私の手にブレスレットが映っていたという証拠ゲット。 その旨亜由美に伝えると、電話が届く。「殴り込みに行こうか。ついてくよ」 「ありがとう。ぜひ、お願い」 「アンタあの旦那にはなんか弱いもんね」 「はは…」 「旦那、どこ住んでんの?」 「昔私たちが住んでたとこ」 「マジか…とんでもない男だね。ヤキ入れてやろう」 亜由美は若干元ヤン気質な所がある。徐々に口調が荒くなってくる。 相当お怒りの模様とみた。 私は早速もらったデータをプリントアウトして、証拠一式(来客ログ、監視静止画、保証書のコピー、私の着用写真、愛人のSNSスクショ)をクリアファイルに差し込み、ICレコーダーをオン。封筒には簡易な念書フォームを用意した。 球児にはブレスレットの返還、今後御門ひかりへの一切の接触禁止のひな形。破ったら即警察に行く、と。これで十分でしょう。 私と亜由美は球児の集合住宅の前に立つ。ここを見た瞬間、胸がざわつく。結婚前、一緒に探して、借りた場所。家賃安いし治安も若干悪いけど、住んでみたらそんなことはなくて、ちょっとボロのところも良かったし、なにせよ幸せだった。 「どした? 感傷に浸ってんの?」 「まさか。あんな男とはとっくに終わってるし。いっときは幸せな時期もあったのに、どこをどうしてこうなったんだろ、って思ってただけ」 「だよね。ヨリ戻すためにどうしようとか考えて