LOGINぱしん、と卓に投げた扇子が跳ねて止まる。真白さんの声がその場を裂いた。
「こんなことをして、ただで済むと思わないでちょうだい! 九条家の名誉にかけて、あなたたちを訴えます」
訴える――。その一語で、背中に冷たい汗が走った。足の裏の畳の感触だけが現実で、他はふわふわ浮いていく。
「おやめなさい、真白さん」お母さまが静かに制す。「家の恥を外に晒す覚悟があるのなら、止めはしません。ただし、そのときはその書類が『どこから』『誰の手を経て』九条家へ渡ったか、すべてを法廷で明らかにしていただくことになるわ」
真白さんの表情が凍りついた。
しん、と静寂が再び訪れる。 こんな時なのに私はなにも言えない。 心から蓮司を好きになったと告げようと思っていたのに、契約のことがみなさんに知れてしまった。 今さらなにを言っても、誰の耳にも届かない。 ほんとうの気持ちを伝えることができないなんて。 これが私と蓮司が交わした契約の末路なんて、あまりに悲しすぎる。 契約を通じてかもしれないけれど、偽装でも、幸せな結婚生活だった。 短い期間でも、職場でずっと蓮司のことを見てきた。彼は球児と違ってとても誠実で、嘘をつかない。その彼に、私は嘘をつかせてしまった。 しかも、最も嘘を嫌うお母さまの前で。「補足する」蓮司が低く続けた。「そのドラフトの右下にある版管理コードが見えるか。社外秘。出力者、端末、日時が特定できる。社内からの流出なら、社内で処分する。もし社外からの不正取得なら、そちらは不法行為の疑いだ。訴えるなら正面から受けて立つ
白のタキシードが驚くほど似合っていた。 背筋を伸ばし、凛とした男らしさを纏いながらも、その瞳だけは私へ向けるときだけ見せる甘さを帯びている。 歩み寄るほど、蓮司の視線が私をすべて受け止めるように優しく細まり—— ついには、息を呑むような小さな声音で囁いた。「……ひかり。綺麗すぎる」「蓮司こそ……格好良すぎ」 伸ばされた手に、自分の手をそっと重ねる。 触れた瞬間、ひんやりとした指輪が指先を撫で、半年間の出来事が胸の奥で光に変わった。「式を始めます」 司祭の声がしんと響く。 参列席には、私たちの人生で出会ったすべての人の笑顔。 だけど
半年後。 柔らかな日差しが降り注ぐチャペルのステンドグラスが、虹色の光を床に散らしていた。 季節が変わる間に、私と蓮司の関係も、ぐっと深く濃く変わった。 新居での生活にもすっかり慣れ、毎日の朝食や夕食を一緒に食べるのはもう当たり前になった。 そして今日—— 偽装婚として始まった関係は、本物として永遠の形になる。 「準備はよろしいですか?」 ドレススタッフの声に振り向く。 鏡の中には、少し照れたように微笑む花嫁が映っていた。純白のドレスは身体にぴたりと馴染み、胸元のレースが静かに揺れている。 その姿を見たお母さまが、目元を指先でそっと押さえた。私のお母さんとも打ち明け、2人は仲良くなってしまった。そして師匠も駆けつけてくれた。私には3人もお母さんがいる。最高に幸せだ。「……ひかりさん。とても綺麗よ」 「ほんと……」 「素敵な人と再婚できてよかったわねぇ……」 母は口々に歓びの言葉を口にする。ありがたい。心配してくれていたもんね。「ひかりさん。あなたのおかげで蓮司は変わったわ。それに御門家も。古風で凝り固ま
「おろすぞ。ゆっくりな」 蓮司がキッチンの椅子に私をそっと降ろす。 まるで壊れ物でも扱うみたいに優しい動作で、胸がじんと温かくなる。「蓮司……そんなに気を遣わなくていいのに」「無理だ。今のお前をひとりで歩かせる方が不安だ」「……昨夜の原因の半分は蓮司だからね?」「半分じゃない。九割九分九厘俺だよ」「自覚あるんだ……!」「あるとも。だから今日は俺が全部やる」 そう宣言すると、蓮司はトースターの前に立った。 寝癖が少し残っている後ろ姿なのに、妙に格好良くてずるい。「はい、本日の朝食は——俺特製の押すだけトーストです」「名前ひどすぎない? せめて『御門家のモーニング』とか言ってよ」
感情溢れた蓮司に抱きしめられ、ぐっと奥まで入ってこられた。 肉を打つ音が寝室に卑猥に響き、甘い声が抑えられない。 互いの名を呼び合い、愛を交わし、蕩けていく。「蓮司」 「ひかり」 大好きな旦那様の剛直に貫かれる。 肌を重ねることが、こんなに愛しくて切なくて幸せだと感じたことがなった。 夫の名を呼び、ぎゅっと手を握りしめてふたりで果てる。 なんども絡み合い、ふたりで乱れ、蕩ける夜を過ごした。 翌朝。朝の光がやわらかく差し込み、枕元の空気を金色に照らしていた。 昨夜の余韻がまだ身体の奥に静かに残っていて、動くたびにじんわりと温かさが広がる。 隣を見ると蓮司が薄く笑っていた。 寝起きの癖に、妙に余裕のある顔をしている。「おはよう、ひかり」「ん……おはよう。なんでそんな見てるの?」「いや。可愛いなと思って」「朝からハードル高い言葉やめてよ」 冷徹男だとばかり思っていたのに、激甘男の間違いだった。「事実だから仕方ない」 さらっと言って、私の頬に指を沿わせる。 その優しい触れ方だけで、胸がぎ
「ンっ……」 甘い声が鼻から抜けていく。蓮司に優しく体に触れられ、息が乱れていく。 期待を込めて顔を上げると、彼の瞳には、私がしっかりと映っている。 私も同じ。蓮司が映っている。「これから先、どこへ帰ってもいいけど──」 頬に指を沿わせ、蓮司は優しく囁く。「最後に帰る場所は、必ず俺の隣にしてくれ」 胸がぎゅっと締めつけられ、涙が零れそうになる。「うん。約束する」「じゃあ──今日も新婚の夜を楽しもうか」「お手柔らかにお願いします」 腕を絡めてキスを交わす。唾液が絡まり、2人の舌がもつれる。 大きな腕が包み込み、鼓動が耳元で一定のリズムを刻む。 優しくて、温かくて──もう、離れたくなかった。「ひかり」
実家でのドタバタ楽しい食事タイムを終え、お母さまとシリウスに惜しまれつつもマンションに戻った。泊っていけばいいのに、としきりにい言われたけれども、蓮司がひとこと。『俺たち新婚なんだから邪魔しないでくれよ』なんて言っちゃったものだから!! お母さまに生温かい目で見られた挙句、うふふ、と微笑まれてしまったのよぉぉっ!! なんてことッ!! 恥ずかしすぎるっ!!!! 鍵を開けると、静かな部屋が迎えてくれる。 見慣れたはずのリビング。もうここが私の家なんだ。信じられない気持ちがまだあるけれど、でも、ここにいてもいいんだ……。胸が熱くなった。「さ。邪魔者はいなくなったし、2人でイチャイチャしますか」蓮司が私を抱きしめる。 「さっきのアレ、お母さまに変な目で見られたじゃない。蓮司があんなこと言うから……」「好きな女性と暮らしていたのに、手を出さなかった俺を褒めて欲しいくらいだ」 「もう……」 キスが降ってくる。「待って、お風呂……入らなきゃ……」「どうせ汚れる」 言い方っ!!