All Chapters of 私のおさげをほどかないで!: Chapter 11 - Chapter 20

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2.第一印象は最悪で④

私とは真逆にいるような外見の彼女。 ボディラインがくっきり分かるようなタイトなワンピースに、派手目のお化粧。 肩下まであるウェーブが掛かった髪を、留めたりしないで下ろし髪にしていて、髪色も私みたいに地毛そのものの色ではない、いかにもカラーリングしていますっていう感じの明るめのシルバーアッシュ。 私の地毛は色素が薄くて栗毛色に見えるだけで、別に染めたわけではないけれど、彼女のはわざわざそういう色にしてあるんだろうなぁという印象で。 自分をどう見せたら可愛く見てもらえるか計算づくなんだろうなぁという雰囲気の女性だった。 そして……そんな彼女は見た目同様とても負けん気が強くて激しい印象そのままに、私をやたら敵視しているのが分かる。 そ、そりゃ、私、まだバイト歴1週間にも満たないひよっこです! でも、だからってそんな言い方しなくてもいいじゃない。 そもそも……新人であることを差し引いてもあなたの彼氏?の持ってきたカゴの中身が多かったんだから仕方ないところもあるんですよ? そう言いたいのをグッとこらえて、「申し訳ありません」と謝る私に、長身男が盛大な溜め息をついた。 あー、私、この人からも嫌味言われちゃうんだ。 流れから察して、そう覚悟した。 でも。 「あのさぁ、相川《あいかわ》さん、俺、そういうの好きじゃないって言わなかった?」 意外なことに彼の矛先が向いたのは私ではなく、シルバーアッシュの彼女――相川さん?――の方で。 相川さんが自分に絡めた腕をスッとほどくと、冷ややかに彼女を見つめる。 「俺、たくさんカゴに入れてるじゃん? この子は一生懸命それを処理してくれてるわけ。別に彼女がトロイとかそういうんじゃねぇの、見たら分かんだろ」 言われた相川さんは、真っ赤になって震えていて、 (あー、これ、まずいかも) そう思った時には遅かった。 振り上げられた手が見えて、彼、頬を張られちゃうんだ! そう思って思わずギュッと目をつぶった私は、けれど待てど暮らせど予期したような音はしてこない。 恐る恐る目を開けると、彼に振り上げた手を握られて立ち尽くす彼女の姿があった。 「俺が悪いことした時はいくらでも叩かせてやるよ。けどさ、今回は違うから。――悪いな」
last updateLast Updated : 2025-08-05
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2.第一印象は最悪で⑤

「向井さん、何かありましたか?」 さすがにガヤガヤし過ぎてしまったらしい。 ドリンクの冷蔵庫裏《ウォークイン》でドリンク類の補充をしていた店長が出てきてしまった。 真っ直ぐカウンターに入ってくるなり、私の背後に立って小声でそう問いかけてきた。 ど、どうしようっ。 別に何もありません、というのも何か違う気がして……でも何かあったか、と聞かれたらそれも違うし。 今現在、鳥飼《とりかい》さんの買い物は依然として会計途中で、彼はのほほんとした様子で私の前にいる。 でも、こんな人でも一応お客様。 彼の前でワタワタしてしまうのは店員として失格な気がする。 どうしたらいいんだろうって思案していたら、 「あのー、店長さん。彼女は何も悪くないです。俺が会計時に連れとトラブって、騒がせちゃってね。彼女はたまたま俺の前にいてとばっちり食っただけです。本当、すんません」 って。 え、うそ……、助け舟、出して……くれたの? 谷本くんはチラチラとこちらを気にしつつも他のお客さんの接客に追われていて何も言えない中で、鳥飼さんのその言葉は私にとってある意味渡りに船だった。 まぁ、もちろん彼自身が言う通り、おおむね……それこそ十中八九 鳥飼《とりかい》さんのせいなんだけど……それでも知らん顔をすることもできただろうに。 そう思ったら、少しだけ眼前のチャラ男のことを見直したい気分になった。 「あ。そうなんですね。うちの店員がご迷惑をお掛けしたんじゃなくて安心しました。……向井さん、とりあえずレジも詰まってるし、頑張ってこなしてね。――鳥飼先生、いつも贔屓《ひいき》にしていただいて有難うございます」 店長は鳥飼さんの説明に得心したようにすぐに引き下がってくれた。 っていうか店長、彼の名前知ってた。 やっぱりこの人、結構な常連さんってこと? 思いながらも、せっせとカゴから商品を取り出してはレジを通していく。 本当、少しでも早く終わらせないと。 *** 結局、一番大きいサイズの袋に3袋分の買い物を済ませると、彼はそれを電子決済でさらりと支払って、「じゃあね、向井ちゃん、また来るね」と手を振って去って行ってしまった。 鳥飼さんの買い物、案外袋詰めしてみると嵩《かさ》自体は
last updateLast Updated : 2025-08-05
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3.本当に来るんだ

結局あの初対面の日からほぼ毎回、バイトに入っている限り鳥飼《とりかい》奏芽《かなめ》という男を見ない日はない。 この感じだと私がお休みの日やいない時間帯にもちょくちょく顔出ししてるんだろうな。 この人、本当このお店にとって、常連中の常連だったんだ。 満面の笑顔で私の前にカゴを置く彼を見て、私は溜め息を必死に堪えた。 たまには別のレジに並べばいいのに、絶対に私の側に並ぶ徹底ぶりに心底嫌気がさしていたりする。 一緒にシフトに入っていることが多い谷本くんも、最初のうちこそ「次でお待ちのお客様どうぞ〜」と彼に声を掛けてくれていたけれど、鳥飼さんが必ず自分より後ろの人がいればその人に、居なければ「あ、俺こっち〝が〟いいんで」と断るのを学習して、鳥飼さんの後ろに人がいない限り声を掛けないのが暗黙の了解みたいになってしまった。 何なの、本当! 私の何をそんなに気に入ってくれたのか分からないけれど、やはり私は基本的にやたら馴れ馴れしい彼のことがあまり得意ではなくて、むしろ関わりたくないとさえ思っているの。 なのに――。「682円になります」 結局、あの初日以降、この人があんな爆買いをするのは見ないけれど、それにしたって毎日のように通って、――日によっては複数回、数百円単位でお金を落としていたのでは相当な出費になっているはずだ。 先生って呼ばれていたからしがない学生バイトの私よりは沢山稼いでいるんだろうけど……それでも、と思ってしまう。 「ね、向井ちゃん、そろそろさぁ、下の名前教えてくれてもいいんじゃね?」 顔を合わせた回数がトータルで10回目を越えた頃くらいから、しきりに鳥飼さんのフルネーム教えろ攻撃が始まった。 前一緒に来ていた彼女さん?のことは苗字で呼んでたじゃない。私もそれで構いませんことよ? っていうかもっと言うと「店員さん」で構わないとすら思っているの。「エディでのお支払いでよろしいですか?」 いつものようにスマホをレジにかざす鳥飼さんに、事務的対応のみで返す。「おーい、向井ちゃん、無視?」 シャラーンという決済完了の音声を確認してから、商品を手渡す。 無視?と言う鳥飼さんの言葉さえもスルーしてペコッと頭を下げると、「有難うございました。またお越しくださいませ」と定型句を告げて、心のシャッターを下ろす。 よ
last updateLast Updated : 2025-08-05
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4.あいつって誰?①

今日は珍しく土曜の昼間――13時から18時までシフトに組み入れてもらっていた。 だから平日の夕方から夜間《いつもの時間帯》なら大抵一緒に入っている谷本くんは今日は一緒ではない。「初めまして、向井です。よろしくお願いします」 今日のメンバーは、顔を合わさせるの自体、初めてのふたりだった。「緒方《おがた》です。よろしくお願いします」 「河野《こうの》っていいます。かわのとよく混同されちゃうんだけど、面倒くさいんでもうどっちでもいいやって思ってます」 緒方さんは近くの高校の2年生、河野さんは谷本くんと同じ大学の2年生《同期生》とのことだった。ただ、谷本くんとは学部が違って接点はないみたい。 肩口で切りそろえたサラサラの黒髪に、クリクリお目目の緒方さんは、いかにも模範的な女子高生といった感じの、可愛らしい女の子。 年齢こそ私の2つ下だけど、ここのバイト歴はもうじき1年になるそうで、そういう意味では先輩だし、女の子としてのレベルも私なんかより随分高い。 指先をふと見て気がついたんだけど、マニュキュアが塗られているわけじゃないのに綺麗に手入れされた爪は艶々と光っていて、私は思わず目を奪われた。 ほんわかした空気感がいかにも癒し系って感じの女の子で、きっとモテるんだろうなって思う。 一方河野さんは長い髪をポニーテールに結《ゆわ》えた、割とサバサバした感じの女性で、年齢的にもバイト歴的にも私より先輩。 ただ、サバサバしていると言っても女性らしさがないと言うわけではなくて、私なんかよりよっぽど色気のある魅力的な女性だと思う。 現にラブラブな恋人がいらっしゃることが、バイト中に彼氏が河野さんの顔を見にお買い物に来たことで発覚したし、彼女が動くと甘くて美味しそうなフルーツ系の香りがほんのり漂うの。 「向井さんは彼氏とかいないの?」 少しお客さんの切れ目があって、仕事にゆとりができた時、世間話でもするように河野《こうの》さんに問いかけられた。「あっ、えっと……ご覧の通りの干物女ですので」 自嘲気味にえへへって笑ったら、「分かってないなぁ」ってつぶやかれた。「え?」 意味が分からなくてキョトンとしたら、「ねー? 緒方さん、貴女もそう思うよね?」って、……ん? どういう意味?「向井さん、お化粧っ気も飾りっ気もちっともな
last updateLast Updated : 2025-08-05
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4.あいつって誰?②

「いつも一緒にシフトに入ってる谷本くんとか……絶対何とも思ってないと思いますし……私からしたらお2人の方がよっぽど女子力高くて一緒にいてドキドキします」 初めましてをしてから2人に対して抱いたイメージを伝えたら、はぁーって2人して盛大な溜め息をつくの。「自覚のない美人って罪よ?」 向井さん、女友達も男友達も殆どできたことないでしょ?って河野《こうの》さんにビシッと指差されて、私は言葉につまった。 だってその通りだったから。「自分より綺麗で勝ち目ない女子には同性としてあまり近づきたくないもの。今は向井さん無自覚だから飾りっ気なくてその程度で済んでるけど……貴女に本気とか出されたら一緒にいる子、みんな引き立て役にされそうで嫌だなって思うもん。女ってそういうの、本能的に察知するものよ? で、男の子たちのほうはあれね。恐れ多くて声かけられないのよ、きっと。なんか向井さんって近付き難いオーラ出ちゃってるし。ねー? 緒方さん」「はい、そう思います!」 2人に「絶対そう!」って決めつけられて、私はタジタジだ。「そんな貴女に臆することなく話しかけられる男がいたとしたら、私、逆に尊敬しちゃう!」 河野《こうの》さんが言って、緒方さんが「分かるっ!」ってうなずいた。 え、何それ何それ、ちょっと待って?「あの、でも……」 そんなことはないのだ、私、ここ最近ある男性からしつこいくらいからかわれてて……と言い募ろうとしたら、お客さんが入店なさって、話は有耶無耶なままに終了。 自動ドアが開くと同時に流れた軽やかな入店音に、 「いらっしゃいませ、こんにちはぁ〜」 2人の先輩が入り口に向かってにこやかにそう声掛けをしたので、私も気持ちを切り替えて2人にならう。 でも入ってきた人物を見て、私は思わず「ゲッ」って言いそうになってしまった。 鳥飼《とりかい》奏芽《かなめ》! 常連なんだから日頃と違う時間帯にバイトに入っても出会う可能性は十分あったのに、私ってば何故か今日は会わないだろうってたかをくくっていたの。「向井ちゃん、珍しいね、この時間帯に入ってるの」 見つかる前にクルッと後ろを向いたつもりだったんだけど、間に合わなかったみたい。 緒方さんと河野《こうの》さんの前でも通常運転らしい鳥飼さんの様子に、ゾクッとする。 私に話しかけたら2人に変な尊
last updateLast Updated : 2025-08-05
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4.あいつって誰?③

明らかに分別違いのごみ――可燃ゴミの中に空き缶――を見つけた私は、火バサミで取り除いてから正しい分別の袋に入れ直して各々のごみ袋の口を結ぶ。 ゴミ箱には新しいゴミ袋を掛けて、とりあえず店舗前での作業は完了。 あとは――。 封をし終えたごみを一袋ずつ、店舗裏のごみ保管用倉庫へ運ばないといけない。 暑さと重さでふらふらしながら、まるで酔っ払いの千鳥足みたいにえっちらおっちらゴミ袋を運ぶ。 ごみを溜めている保管倉庫の扉を開錠して扉を開けたら、案の定すごい臭気でヒエ!ってなった。 息を止めてひとつ目の袋を中に放り込んでから溜め息をついた。 さっさと済ませて店内に戻ろう。 きっとその頃にはあの男だって、買い物を終えて帰っているはずだ。 ゴミ袋は全部で4つ。 残り3つ。ペットボトルは軽いからプラごみと一緒に1回で運べるかな。 ひとつめの袋とサヨナラした私は、次!……って思って踵《きびす》を返して、存外すぐそばに鳥飼《とりかい》さんが立っていたのに気づいて驚いた。「ひゃっ」 至近距離過ぎてびっくりした私に、鳥飼さんは何でもない風に 「これ、ここでいいんだろ?」 って聞いてきた。 その声に彼の手元を見たら、両手にさっき私が封をしたばかりのゴミ袋が3つ。「え、あ、あのっ」 さすがにお客さんにこんなこと……。 そう思って慌てて手を出そうとしたら、「いいから」って言われて倉庫の手前まで運ばれてしまった。「あ、あのそこで……」 さすがにあの猛烈なにおいのする倉庫内部まで運んでいただくのは忍びないので、手前のアスファルト上を指定した。「別に倉庫の中まで運んでもよかったんだぜ?」 そう言ってくれたけど、「さすがにそれは困るので」ってお断りした。 *** 本当はいけないんだけど、いくら何でもそのままはまずいかな?って思って、店舗裏にある水道に鳥飼さんを誘って、そこでふたりで手を洗った。 何となくこうして一緒に手洗いなんてしていると、親密になったと勘違いされそうで困る。 お願いだからバカな勘違いしないでね? そんなことを思っていたら――。 「コンビニのごみって結構重いのな」 あっけらかんと言われた。 思わず「そんなこと……」ありません!って続けようとして、自分がごみの重みに負けて酔っ払いみた
last updateLast Updated : 2025-08-05
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4.あいつって誰?④

何、時間の無駄遣いした挙げ句、私にそんなこと言ってくるの? 何考えてるの。 そもそも仕事の時間、大丈夫なの!? そこまで考えて、今日は土曜日だったと思い出す。 土曜って病院はお休み? それとも診察は午前だけで午後からフリー? だから時間があって、こんな酔狂なことしちゃったの? 「時間が勿体無いです。バカみたいです」 私は学業とバイトの両立に日々苦労しているの。 要領がそんなによくないのがいけないのかもしれないけれど、無駄なことに使う時間は微塵もないとすら思ってる。 だから……彼みたいにわけの分からないことで時間を浪費する人を見るとイラッとしてしまうのよ。「わー、向井ちゃん、それ、本気で言ってる? だとしたらキミのほうこそおバカさんだね」 なのに鳥飼さんは私の言葉を愚の骨頂だとでも言いたげに一蹴するの。「俺さぁ、この店には最近もっぱら向井ちゃんに会いに来てるわけ。なのに何で他の娘《こ》にレジ頼まんとならんのよ? それこそ時間の無駄遣いだろ」 言って、私の手首をギュッと握ってくる。「はっ、離してっ……!」 いきなりの暴挙に慌てて手を引こうとしたら、グイッと強く引っ張られて距離を詰められる。 そのまま鼻先が触れ合いそうなくらいの至近距離で顔を見下ろされた。 な、何、これっ。……近いっ。 あまりに間近過ぎて、思わず息を止めたからか、何だか心臓《むね》のあたりが痛い……。 私、男性への耐性低いんだから無闇に抱き寄せたりしないでよ……。 心臓止まったら責任とってくれるの?「俺さ、キミが思ってるよりずっと……向井ちゃんのこと気に入ってると思うぜ? ほら。世の中にはさ、一目惚れってのがあんだろ。一目見た瞬間、あー、コイツ、自分のモンにしてぇなぁ、みたいなの。何か俺もよく分んねぇけど、あの日向井ちゃん見た瞬間、ビビッて来たんだよ。だからわざわざあん時――」 そこまで言って私を掴んだ手にほんの少し力を込めると、 「要りもしないあれこれカゴにてんこ盛りにしてキミと少しでも長く話せる機会設けたっちゅーのに。この鈍感娘、全然気付かねぇんだもん。そりゃ、連れとも険悪になんだろ」 そこで、何かを思い出したようにニヤリと笑うと、 「そういう鈍感なところも、この、すぐそばに立った時の身長差も。なんか〝あいつ
last updateLast Updated : 2025-08-05
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4.あいつって誰?⑤

バイトを終えて外に出る。 アパートまでそんなに距離はないので私は基本徒歩でセレストア《バイト先》まで通っている。 鳥飼《とりかい》さんとの一件以来、なんだかモヤモヤして気持ちが落ち着かないの。 何なの、これ。 本当気分悪い。 緒方さんや河野《こうの》さんも私のピリピリした雰囲気が伝わってしまったのか、結局あれっきり話の続きも出来ず終いで。 色々弁解しておきたいこと、あったんだけどなぁ。 日が落ちるのが遅くなってきて、夕刻でもまだまだ明るめな空を見上げて溜め息をつく。 18時、過ぎてる……んだよ、ねぇ。 少し前までは、同じ時刻でも辺りは薄闇に包まれ始めていた覚えがあるのに。 夏がどんどん近付いてきているのを嫌でも痛感させられる。 とは言え暑い夏の前に、雨に濡れると結構身体が冷えてしまう、徒歩には辛い梅雨が来るんだけど。 今年の梅雨は例年と比べてどうだろう。早いかな、遅いかな。雨量はどうだろう。 そこまで考えて、今まで住んでいた地元と同じ感覚でいていいのかな?とふと思う。 同じ梅雨でもやっぱり地域差ってあるんじゃないかしら。 改めて自分は親元を離れて遠方に一人ぼっちなんだと実感して、なんだか急に寂しくなった。 こちらに来れば、もう少し幼なじみののぶちゃんとあれこれあるかな?って期待したけれど、社会人と学生では忙しさが違うのか、案外顔を見ることも叶わないもので。 自分から連絡してみる勇気もないのだから当たり前なんだけど。 鳥飼さん《あの男》に振り回されすぎて、のぶちゃんのことを考える暇もなかったというのが正解かも知れない。 だってアイツ、毎日のように私をからかいに来るんだもん。 考えてみたら、あの人のせいでこんな風に地元を懐かしむ暇もなかった気がする。 でも、それ自体おかしいのよ。何あんなのに振り回されてたの、私! 他に気を取られていたら、大好きな幼なじみのことも考えられなくなっちゃうものなのかな。 今までこんなにのぶちゃんのことを思い出さなかったの、凄く不思議だ。 私、彼を追ってこんな遠くの大学を目指したっていうのに。 のぶちゃんは私のことを妹くらいにしか思ってないはずで……なのに私はそれ以上の感情を抱いていた。 少なからずそんな風に相手に対して好意を持っていたのは私。 そ
last updateLast Updated : 2025-08-05
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5.これってデートっていうのかな?①

「――さっきからさ、百面相の練習でもしてんの?」 不意に声をかけられて、私はハッとして声のした方を見る。 コンビニの駐車場。 店舗より少し離れた区画――私のすぐ横に、白のSUV――スポーツタイプの車が停まっていた。 外車なのかな。ハンドルが左側にあって、ちょうど車の左横を通っていた私は、中の人物から運転席窓越しに声をかけられたらしい。 車といえば右ハンドルという既成概念が強くて、予期せぬ方から声をかけられた私はビクッとしてしまった。 そもそも車内に人がいること自体想定していなかったし、投げ掛けられた言葉の内容も恥ずかしくて、ブワッと顔が熱くなる。 なんで今このタイミングでこいつ! 一瞬車内の鳥飼《とりかい》さんと目が合ったけれど、私は慌てて視線をそらすと、聞こえなかったフリをした。 目が合った気がしたのも気のせいよ。 何より今は私、仕事中ではないし、お客さんでもない彼の相手をする義理はないんだもの。 私なんて構ってないで、「あいつ」のところに行けばいいのよ。 そう思って早足で車の横をすり抜けると、そのまま歩道に出る。「ちょっ、向井ちゃん、待てって!」 背後から慌てたような声がするけれど、無視無視。聞こえないっ! でも、後ろで車のドアの開閉音がして、追いかけてくる!って思った私は、鳥飼さんから逃げたい一心で思わず先ほど呼び出したままになっていたのぶちゃんにコールしてしまっていた。 呼び出し音数回で『もしもし凜《りん》ちゃん? 久しぶりだね』と、聞き慣れた穏やかで優しい幼なじみの声がして……。 あー、のぶちゃんの声、やっぱり癒される。どこかのチャラ男の低音ボイスとは大違いよ! あの声は、基本、私をソワソワさせるだけだもの。 私に追いついてきた鳥飼さんを無視して、私は電話に集中する。 歩みも止めない。「ごめんね、のぶちゃん、急に。――今、大丈夫?」 聞いたら、『小学校は土曜もお休みだからね。家でだらだらしてただけだし平気だよ』と柔らかな声音。 多分そうじゃなかったとしても、のぶちゃんは私を気遣ってそんな風に言ってくれる人だ。『何かあった?』 ずっと連絡しなかったのに急にかけたからかな。心配そうな声音で聞いてくれる。 何もなかったと言ったら嘘になるけれど、のぶちゃんにSOSを出さないといけないような何かがあったわけではない
last updateLast Updated : 2025-08-05
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5.これってデートっていうのかな?②

 わー。わー。どうしよう。 のぶちゃんとご飯。 っていうか、会えるのもお引っ越し以来だからホント、数ヶ月ぶり! 通話の切れたスマホを手にしたまま頬を押さえて照れていたら、すぐ背後からものすごく不機嫌そうな声が降ってきた。「今の電話、相手誰?」 わ、忘れてた。 鳥飼《とりかい》さん、ずっとついて来てたんだ。「そんなのあなたには関係ないです。いちいちプライベートなことに口出ししないでもらえます?」 それで、さっさと「あいつ」の所へ行っちゃえ! 仕事中ではないので、思いっきりアッカンベーをして、手であっち行けしっしっ!ってしてやった。 あー、バイト中にもこうしたいって思ったことがあるけど、やっと実行出来てちょっとスッキリ♪ すがすがしい気持ちでくるりと鳥飼さんに背を向けると、「さようなら」 一応捨て台詞のように別れの言葉を告げて歩き出す。 帰ったらサッとシャワーを浴びて、髪も遊びに行く用のゆるふわおさげに編み直そう。 服は何着て行こうかな? 久しぶりにのぶちゃんに会うんだもん。 ズボンはやめて、スカートにしなくちゃ。 帰ったらクローゼット引っ掻き回して白のジャンスカと小花柄のブラウスを探そう。 そんなことを思いながら歩いていたら、自然と足取りが軽やかになっていた。 さっきまで鳥飼さんのことでモヤモヤしていたのなんて、スッカリ忘れてしまっていた。 善は急げだ〜。 早く帰らないと。 ルンルン気分で駆け出そうとしたら、いきなり後ろからグイッと髪の毛を引っ張られて、ヒャッとなる。「痛いっ!」 し、危ないじゃない。 危うくバランスを崩して転んでしまうかと思った。 キッと髪の毛を掴んだ主――鳥飼《とりかい》奏芽《かなめ》を睨みつけたら、「気に入らねぇな」ってつぶやかれた。 いや、だから何が!「髪、離してくださいっ」  痛いです! グイッと握られたおさげの根本に手を添えて、痛みを緩和するように庇うと、私より二〇センチ以上背の高い鳥飼さんを睨みつけながら見上げる。 そうしながらギュッと髪の毛を自分の方に引っ張り返してみたけれど、びくともしない。 どれだけ力一杯握ってるのよ、このバカ男! 私、急いで家に帰って、のぶちゃんとお出かけする支度しなきゃいけないのに! 思うけれど正論が通じるようにも思えなくて、言葉に詰まる。
last updateLast Updated : 2025-08-05
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