All Chapters of 私のおさげをほどかないで!: Chapter 41 - Chapter 50

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10.私、どうしようもなく奏芽さんが③

「っちゅーことでさ、凜子《りんこ》が家に寄りたいってんなら、俺、雨宮《あまみや》にはちゃんと一報入れるぜ?」 スマホに視線を投げながらそう言ってくれる奏芽《かなめ》さんに、私は「貴方のそう言うところが大好きなんです」ともう1度、心の中でつぶやく。 だって、まだ声に出しては言えない。  のぶちゃんにちゃんと話をしてからでないと――。 私、今感じているような素直な気持ち、一刻も早く、奏芽さんにちゃんと胸を張って言えるようになりたい。 そのためにも、のぶちゃんに自分から連絡をしないと。  そう、思ったの。 *** 「なぁ凜子、聞いてる?」 奏芽さんに目の前でひらひらと手を振られて、ハッとする。 考え事に夢中になってしまって、彼の問いかけへの答えをちゃんと出来ていなかった。「あ、あの……えっと……」  ソワソワと視線を泳がせたら、「別の事考えてただろ」って正鵠《せいこく》を射られてしまった。 また、「俺と一緒にいるのに他の男のこと?」って叱られるかと身構えた私に、「急かす様なこと言っちまったけど……焦って結論出す必要はないんだからな?」って予想に反した言葉が続く。「え?」  思わず頓狂な声を出して奏芽さんを見つめたら、「生真面目な凜子のことだ。きっと俺への返事絡みであれこれ考えてんだろ?」って私をじっと見つめてくるの。 本当、この人には敵わない――。「……奏芽《かなめ》さんは……やっぱりエスパーか何かみたいです。――私、いま、のぶちゃんと……。えっと、幼なじみの彼と……ちゃんと話してからでないと、奏芽さんとのことにも向き合えないなって……そんなことを思ってました」 今までは、ただ漠然と「また連絡するね」と言ってくれたのぶちゃんからのコンタクトを待てばいいと思っていたのだけれど、自分のことなのにそんな受け身でいいのかな?って……。自分から動かないとダメなんじゃないかな?と思ってしまった。 ただ単に、自分の中で結論が出てしまったから、のぶちゃんに少しでも早くそれを伝えたくて堪らないだけなのかも知れない。  のぶちゃん側の気持ちの整理なんてお構いなしに、自分本位に動こうとしているに過ぎないんだと言うのも分かってるつもり。 でも、私がノブちゃんに伝えたい言葉は、それが遅くても早くても、きっと彼を傷つけるから。 だったら、いっそ早
last updateLast Updated : 2025-08-16
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10.私、どうしようもなく奏芽さんが④

「えっ」 思わずびくっと肩を跳ねさせたら、「俺に家知られるの、嫌?」って真剣な顔で聞かれてしまう。 嫌なわけでは……ない――。 ただ……何となく。  そう、何となく、自分の中の倫理観と照らし合わせたら、そこもすべてが解決してから、のラインの向こう側に位置していただけで。  じゃあその境界線はどういう基準で引いているの?って考えたら結構曖昧で上手く説明できない――。「なぁ凜子《りんこ》、言い方変えていい?」 奏芽《かなめ》さんが私の迷いを悟ったみたいに、言い募ってくる。 彼の言葉に戸惑いながらも首肯したら、「幼なじみの〝のぶちゃん〟とやらは……凜子の家、知ってるのか?」って、痛いところを突かれてしまった。 私はグッと言葉に詰まる。「――こっち見ろよ、凜子」 私が後ろめたさで奏芽さんの方を向けないのを分かっていて、彼はそんな意地悪を言って私を追い詰める。 彼のほうを見られなくてじっと動けないでいたら、頬に手をかけられて奏芽さんのほうを向かされてしまった。「ね、答えて?」 本当に奏芽さんはずるい――。 いつもなら何でもないみたいに「答えろ」って言うはずなのに、本心から聞きたいことは、私にゆだねるみたいな聞き方をしてくるの。 そして私は、奏芽さんにそんな風に聞かれたら……逆に素直にならざるを得なくなってしまう。「……知って、います……」 何だか居たたまれなくて思わず視線だけ奏芽さんから逸らすと、それでもポツン……とこぼすように何とかそうつぶやいた。 のぶちゃんは幼なじみのお兄ちゃんです。  母からの人望も厚くて……私にとっては家族みたいな存在だから……。  だからお引越しを手伝ってもらったんです。  そういうのがなかったら、きっと彼にも住まいは知られていないと思います。 そう言い訳めいた言葉が頭の中をぐるぐる回るのに、何故か何ひとつ声にすることが出来なくて――。「だったら……」  ややして、奏芽さんが溜め息を落
last updateLast Updated : 2025-08-17
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10.私、どうしようもなく奏芽さんが⑤

 のぶちゃんへのアレは……男性に向けた恋慕というよりお兄ちゃんへ向けた思慕に近かったのかな?  奏芽《かなめ》さんのことはいちいち異性として意識してしまうけれど、のぶちゃんに対してもそうだったか?と考えてみると違和感があった。 って……今はそんなことを考えている場合じゃなくっ! サッとシャワーを浴びる時間ぐらいはあるかな。髪の毛は濡らさないようにするとしなくちゃ。 暑い中、うろうろした身体は、それなりにベタベタとして、気持ち悪い。 (奏芽さん、お待たせしてるのにごめんなさいっ!)  そんなことを思いながらササッと裸になって、三つ編みをバレッタでアップにしてシャワーを浴びた。    タオルドライ後の身体に、ネイビーのノースリーブワンピースをまとう。  ハイウェストになっていて、襟元はVネックのロングスカート。  二の腕が剥き出しなので、薄手の七部袖のベージュカーディガンを合わせて、露出を抑え目に。 姿見の前に立って、少しは奏芽さんの横に立つに相応しい、大人っぽい女性に見えるかな?とドキドキする。(んー、何だかイマイチ……) ふとそんなことを思ってから、私はすごく迷って髪を一旦ほどくと、右サイドに寄せてひとつ結びのゆるふわ編みのおさげに結い直した。  考えてみたら、ふたつ分け以外の髪型を奏芽さんに見せるのは初めてかもしれない。  ふたつ分けにしているよりはひとつにまとめたほうが大人っぽく見える気がする。するけれど、急に髪型を変えたりしたら、変に背伸びしてるみたいで滑稽じゃないかな。 そこでふと時計に目をやった私は、帰宅後10分以上が経過しているのに気が付いてヒヤリとする。 10分くらいで支度しますって約束したのに!  15分越えたら嘘になっちゃうっ! 慌ててオフホワイトのマクラメ編みのショルダーバッグにお財布とハンカチ、ポケットティッシュ、それからスマホを移すと、ベージュのパンプスを履いて家を飛び出した。 階段を転がるように駆け降りて、奏芽さんの待つ車まで走ったら、中から身を乗り出すようにして助手席のドアを押し開けてくれながら、奏芽さんが笑う。「そんな急いでこなくても良かったんだぞ? 階段から落ちやしないかと冷や冷やしちまったじゃねぇか」 言って、うつむきがちに「凜子《りんこ》、反則……」と小声で付け足してくる。 一瞬何を
last updateLast Updated : 2025-08-18
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11.あまみや①

ぱっと見、日本家屋の民家と見まごうような建物横の小道を、奏芽《かなめ》さんの後について歩く。 車は、この近くのコインパーキングに停めてある。 車から降りてこっち、手を繋ぐでも腕を組むでもなく、だからと言ってそんなに距離を空けるわけでもなく、奏芽さんの半歩後ろを陣取らせて頂いていている。 (恋人になれたなら、あの大きな手を握ってもいいのかな?) ひとりそんなことを考えてソワソワした。 「凜子《りんこ》、俺、歩くの、早い?」 私が彼の横に並ばなかったからかな? 奏芽さんが不意に立ち止まって、気遣わしげにこちらを見つめてきた。 「――手、繋ぐ?って聞いても首、横に振るんだろうな」 困ったように笑う奏芽さんに、私はどうしたらいいのか分からなくて戸惑う。 「ご、ごめんなさい……」 ややして消え入りそうな声音でそう謝罪したら、「いや、そういうところも含めて凜子らしくて好ましいと思うし、正直今まで味わったことのねぇ新鮮な反応で、俺も色々勉強になってるよ」 こっちこそ、年上のくせに上手くエスコート出来なくて悪いなと付け加える奏芽さんが、何だかすごく初々しく見えてときめかされる。 チャラ男だと思っていたのに、案外彼は繊細なところがあるみたいで。 今なんかも、何も言わずに手を握られても彼らしいと思っただろうに、実際には私の意思を尊重してくれた。 人は見た目で判断したらダメなんだ、と改めて痛感させられる。 *** 白くきらめく玉砂利のなかを、ゆるゆると道順を示すみたいに奥へと伸びていく、木曽石――花崗岩《かこうがん》――の丸っこい飛び石。 足元をほのかに照らす小さな灯籠型ガーデンライトに導かれるように奏芽さんについて飛び石を渡って行くと、縦格子の引き戸に、シンプルな生成《きな》りの半のれんが掛かっていた。 暖簾には墨でさらりと書き流したような流麗な文字で、「あまみや」とだけ書かれていて――。 ぱっと見では何のお店なのかも分からない。 奏芽さんは少しも逡巡することなくその暖簾をくぐって引き戸を開けると、何とも言えないおごそかな雰囲気に気圧《けお》されて二の足を踏んでしまった私の手を、躊躇いがちにそっと取って中へ引き入れてくれる。 黒々とした御影石のタイルが床に敷き詰められた店内には、カウンター席が5席。
last updateLast Updated : 2025-08-19
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11.あまみや②

「よ、雨宮《あまみや》。――予告通り来たぞ」 私たちが入店した気配に、板場の中からチラッとこちらに視線を流してきた男性に、奏芽《かなめ》さんが気やすげに声を掛けた。 店内には私たちの他にはお客さんの姿は見えなくて、本当に入っても良かったのかな?とドキドキしてしまう。「何だ、本当に連れがいるのか」 私の方を見て眉間に皺を寄せる男性に、何となく咎められた気がして、思わず奏芽さんの背後に隠れる。「おい、そんな無愛想な顔で見てくるなよ。彼女が怖がってんだろ」 奏芽さんの言葉に、店主さんはバツが悪そうにふっと視線を落とすと、「申し訳ない」と素直に謝って下さった。  その生真面目さに、自分と近しい気配を感じた私は、少しだけ緊張の糸が緩む。「鳥飼《とりかい》がここに誰かを連れてきたことなんて、俺がここを開店して以来初めてだったもので……ついまじまじと見てしまった。――すまない」 朴訥《ぼくとつ》、という言葉がしっくりくる人だな、と思った。 長めの金髪がキラキラと目に眩しくて、飄々とした雰囲気の奏芽さんとは対照的に、雨宮さんは黒髪・短髪に、キリッとした少し濃いめの眉毛。  髪の毛も、板前然とした白の和帽子から出ているところは綺麗に刈り上げられていて、とてもお堅そうに見える。  七分袖の真っ白な法被《はっぴ》姿も、如何にもキチッとしていて、謹厳そのものに見えた。 奏芽さんが軟派なら、目の前の彼――雨宮さんは硬派代表のようで。「だから。電話でも何度も言っただろ。今日は連れが一緒だからって」 奏芽さんが溜め息混じりに雨宮さんに言えば、「何度言われたって実際 目《ま》の当たりにしないと信じ難かったんだから仕方ないだろう」 吐息を落としながら、「本当に個室じゃなくてカウンターでいいのか? 今なら嫁もいるし――」と心配そうに私をちらりと見遣った。「ああ、カウンターでいい。――まだ俺、彼女から付き合ってもいいってOKもらってないからな。個室に2人きりはまずいだろ」 奏芽さんのセリフに、今度こそ雨宮さんが瞳を見開いたのが分かっ
last updateLast Updated : 2025-08-19
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11.あまみや③

「ま、そんなところに突っ立ってないで、とりあえず座れよ」 雨宮《あまみや》さんに促されて、奏芽《かなめ》さんが「ああ」と言って、私に「おいで」と声をかけてくれる。 奏芽さんの妹さんや幼なじみさんのお話、もう終わりなのかな? 私の知らない奏芽さんのことをもう少し知りたくて、誘われるままにカウンター席に座りながらも、催促するみたいにちらりと雨宮さんを見つめる。 雨宮さんはその視線を、私が手にしたままだった荷物の置き場に戸惑っていると受け取ったらしい。「カウンター下が棚になってる……」  ポツンとそれだけ言って、黙ってしまった。 う〜。残念。 私から水を向けるのも変な話だし……奏芽さんもあれ以上はさっきのことを話すつもりはないのか、ふっつりとその会話は途切れてしまったの。 *** 「凜子《りんこ》、苦手なものとか食えないものとか、ある?」  聞かれて、私はフルフルと首を横に振った。 幼い頃からアレルギーなどに悩まされることもなく、母からまんべんなく色んな物を食べさせてもらったからか、幸いにして私には嫌いな食べ物がない。  でも逆に、すごく好きなものもなくて面白味がないなって思っていたりもするのだけれど。「そっか。じゃあさ、雨宮にテキトーに見繕ってもらうんでいい?」 言いながらも、「あ、お品書き、見る?」って聞いて下さる奏芽さんは、やっぱり大人の男性だなって思ってしまった。 優柔不断で無知な私が困らないよう、さり気なくこれがいいかも?と提案して下さいつつも、それとは他に、何か欲しいものがあれば、という配慮も決して忘れたりしない。 さっき雨宮さんが奏芽さんのことを「遊び人の鳥飼《とりかい》」って揶揄《やゆ》していらしたけれど、そういう浮き名が通っていたのも分かる気がした。 こういう、趣《おもむ》きのあるお店が、どんなものを提供してくれて、一体ひとつひとつの料理がおいくらぐらいの金額設定になっているのかしら?とふと気になった私は、「見てもいいですか?」と奏芽さんに差し出されたお品書きを手に取った。 別に奏芽さんが言った通り、雨宮さんのお勧めで一向に構わないのだけれど……ちょっとした好奇心。 はらりと広げたお品書きは、店主さんの立ち居振る舞いそのままに、手でちぎったみたいな風合いの耳付き和紙。  厚手のそれを二つ折りにして、墨でさらりと
last updateLast Updated : 2025-08-20
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11.あまみや④

 そりゃ、お値段の見通しが立たない不安で、迷子の子猫ちゃんにもなりますよ。 だって……金額不明ですよ? 奏芽《かなめ》さん、分かってます? 常連さんなのだから、彼にはこのぐらい食べたら大体おいくら的な相場がインプットされているのかもしれない。 でも私にはないのです。 分かってますか?「……初めて見た時から思ってたんだけど――」 と、そこで今まで私たちのやりとりに口を挟まなかった雨宮《あまみや》さんが、堪えきれなくなったみたいに唐突に声をかけてきて、私たちは思わず雨宮さんの方を見た。「彼女、雰囲気がお前の妹に似てるよな?」 雨宮さんの言葉に私は眺めていたお品書きから顔を上げると、思わず右隣に座る奏芽さんの方を見つめてしまった。 前に、奏芽さんから、私を妹さんと重ねて気になった、と言われたことがあったのを思い出したから……。 そのあと、妹にキスしたいと思ったことはないから、その言葉は前言撤回だって言われたけれど……第三者からも同じように言われるってことは……と考えてしまってソワソワする。「前来てくれたとき、音芽《おとめ》ちゃんもだいぶ髪の毛伸びてて、彼女みたいにお下げにしてたんだよ」 言われて、私は思わず「えっ」と声を出してしまっていた。 奏芽さんが執拗に私の髪の毛を引っ張ったりしてくるのって……そういう?「あの……奏芽、さん……」 ソワソワと落ち着かない気持ちで奏芽さんの顔を見つめたら、「雨宮、ちょっと黙っててくれるか?」と、奏芽さんの低音が響いた。「凜子《りんこ》」 次いで、静かな声音で名前を呼ばれて顔を見つめられた私は、何だかいたたまれない気持ちになって、思わず視線をそらす。「――な、頼むからこっち見て?」 奏芽さんが「見ろ」じゃなく「見て
last updateLast Updated : 2025-08-20
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11.あまみや⑤

「なぁ、ちょっと口挟んでいいか?」 と、今まで私たちのやり取りを静かに聞いているだけだった雨宮《あまみや》さんが、珍しく割り込むようにポツンと声をかけてきて、私は思わず雨宮さんの方を見た。「俺が要らんことを言ったせいで2人が喧嘩になったら嫌だから言わせてもらうんだけど――」 そこで、黙り込んでしまった奏芽さんをチラリと見ると、雨宮さんが続けた。「なぁ、お嬢さん。こいつの大事な妹に似てるってぇの、そんなに悪いことなのか?」 静かだけれど、有無を言わせぬ声音で告げられた言葉に、私は思わず息を呑む。「――おい、雨宮」 まるで私を責めるみたいな雨宮さんの口調に、奏芽《かなめ》さんが咎める様に口を挟んだけれど、彼は奏芽さんを無視して続けるの。「それがさ、アンタのことを鳥飼《とりかい》が気にかけるきっかけになったってんなら……逆に喜ばしいことなんじゃないのか? ――少なくとも……俺がアンタと同じ立場なら喜ぶけどな?」 言われて、私はハッとする。 確かにその通りなのかもしれない。 私の髪型が、奏芽さんの中で妹さんとダブって見えなかったら、もしかしたら奏芽さんは私のことなんて気にも留めてくれなかったかもしれないのだから。 そう思ったら、憑き物が落ちたみたいに「妹さんと髪型が似ている」と言われたことが、気にならなくなってしまった。「奏芽《かなめ》さん、……わけの分からないことを言って拗ねて……ごめんなさい」 だって今の、どう考えても過剰反応だもの。 私は一回り以上も歳の離れた、何もかもが大人な奏芽さんに、対等な大人の女性として扱われたくて――。 妹だなんて思われたくないし、ましてや歳の離れた乳臭い小娘《こども》だとは思われたくないの。 だから、奏芽さんの弁解《はなし》を聞こうともしなかった。 いや、怖くて聞けなかった。「……奏芽さんは……妹さんのこと、大事に思ってらっしゃるんです、よね?」 恐る恐る聞いたら、奏芽さんがどう答えたら良いのか逡巡しておられる風で。「あの、さ。今から言うこと、変に勘違いして欲しくねぇんだけど……」 ややして躊躇いがちにそう前置きをしてから、奏芽《かなめ》さんは 「妹が生まれた瞬間から……俺にとって音芽《あいつ》はずっと、特別な存在だったんだ」  とつぶやいた。「特、別……」  私が吐息を漏らすようにその
last updateLast Updated : 2025-08-21
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12.時間を作ってもらえますか?①

奏芽《かなめ》さんと「あまみや」で食べた料理は、今までの私は何を食べてきたんだろう?って思わず頭を抱えたくなるほどに美味しかった。 私は飲めないからよくわからないけれど、お酒に合う料理だったんじゃないのかな?とか思ったり。 奏芽さん自身、いつもならお酒を飲みながら食事を愉しまれるんだなっていうのが、雨宮《あまみや》さんが食前、彼にお酒を勧めていらしたことで何となく分かった。 奏芽さん、大学からここまで、私を送ってくださったから予定外に車で来てしまったんじゃ?と気づいた私は、にわかに申し訳ない気持ちになる。 私はまだ未成年なので、例え飲める環境だったとしても、奏芽さんと一緒にお酒をたしなむことは出来ない。でも……奏芽さんがほろほろとお酒を飲んでいらっしゃる横で、よく冷えたお茶を飲むのも素敵だったろうなって思ったの。 なのに、結局どちらの前にもよく冷えた烏龍茶のグラスが置かれていて――。「すみません……」 結露が出来つつあるグラスの表面を指でなぞりながら思わず謝ったら、「酒なしってのもたまには乙なもんだ。それにな、凜子《りんこ》。ここは酒が飲めない客もちゃんと楽しめるようになってる」 ご自身の言葉に、雨宮《あまみや》さんが静かにうなずくのを見て、「な?」と頭を撫でてくれてから、「――それより、俺の方こそ気ぃ、遣わせて悪かったな」って言ってくれて、「車、置いて来なかったのは俺の判断だろ? 凜子《りんこ》のせいじゃねぇかんな?」って私のおさげにそっと触れる。 さっきみたいに拒絶するのもおかしく感じられて、私はガチガチに固まったまま、奏芽《かなめ》さんが毛先をもてあそぶのを、うつむいたまま甘受していた。 ややして、私の髪の毛をそっと引いてうつむいたままの視線を上げさせると、 「逆にさ、飯食いに連れてった相手からそんな風に気遣ってもらったことなかったわ。――凜子《りんこ》、あんがとな」 ってお礼を言われてしまった。 ひゃー、奏芽さんっ。 何で貴方はそんな恥ずかしいセリフがさらりと言えちゃうんですかっ? 遊び人時代とやらの名残《なごり》ですかっ!? 思わず照れ隠しに奏芽さんをキッと睨み付けてしまって、苦笑される。「え? 何で俺、凜子褒めたのに怒られてんの?」 お、怒ってません! そう返したいのに返せない程度には、私、貴方に振り回され
last updateLast Updated : 2025-08-22
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12.時間を作ってもらえますか?②

コール数回で『もしもし』という優しい声が聞こえてきた。 小さい頃から聞き慣れているはずののぶちゃんの声なのに、何故かすごく緊張してしまって、言葉に詰まってしまう。「――っ、」 掛けたくせに何て話し始めたらいいのか迷ってしまって、なかなか言葉にならなくて、『――凜《りん》ちゃん? どうしたの?』 のぶちゃんに促されるように先を急かされて、私は手にしたスマホをギュッと握りしめた。「あ、あのね……。その、のぶちゃんが大丈夫な時で構わないんだけど……えっと、じ、時間を……少し取ってもらえたら嬉しいなぁって」 恥ずかしいぐらいしどろもどろになりながら何とかそう切り出したら、電話口で一瞬息を呑むような気配があった。『――ねぇ凜ちゃん。……2人きりで僕と会って、平気なの?』 ややして静かな声音で問いかけられた言葉に、私は戸惑ってしまった。『それとも、あの時の彼も……一緒?』 何でそんなこと言うんだろう。意地悪。「ち、違っ、奏芽《かなめ》さんは……いないよ?」 思わず奏芽さんの名を出して、彼は一緒じゃないと告げてしまってから、自分がかなり動揺しているのを感じた。 いつも「会いたい」って言ったら、「分かった」って何も言わずに返してくれていたのぶちゃんが、変な反応するから。 責任転嫁するみたいにそう考えてから、当たり前だ、と思う。 だってのぶちゃんは、私に「好きだ」って伝えてくれたんだもん。 今までと同じように接してくれるって思う方がおかしいんだ。 でも……電話やメールで一方的な言葉を投げつけるのは何か違う気がして――。 私の中の「生真面目」が、こんなところでも顔を出す。「……平気、も何も……直接会って話したい、んだけど……な? あ、けど……の、のぶちゃんがどうしてもイヤなら……諦める」 のぶちゃんは、もしかしたら私と奏芽《かなめ》さんが既に付き合い始めていると気を遣っているのかもしれない。 彼氏がいるならば、彼以外の男性と2人きりで会うのは確かによくないものね。 そう考えたら、のぶちゃんらしいなとも思えてしまう。「――あ、えっとね。私、まだ……その、誰ともお付き合いしてない、から」 それを言わないとのぶちゃんは会ってくれない気がして思わずそう付け加えたら、電話口から『まだ、ね』と吐息混じりの声がした。 その声に「あ……」って思っ
last updateLast Updated : 2025-08-23
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