All Chapters of 娘が死んだ後、クズ社長と元カノが結ばれた: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

蒼空は、瑛司が自分の側に立つことを期待していたわけではなかった。けれど、彼が一瞬の迷いもなく優奈の側に立つのを見た瞬間、胸の奥が冷え切る感覚を覚えた。瑛司はわずかに眉を動かし、細く長い黒い瞳で蒼空を無表情に見つめていた。蒼空が「彼は絶対に了承しない」と思い始めた、そのとき。「監視映像を確認しよう」瑛司の目が細まり、低い声が校長室に響いた。「ダメ!」優奈の声が裏返る。蒼空は鼻で笑った。「どうしてですか?何をそんなに焦ってるんです?」「......焦ってない」優奈の顔が真っ青になり、唇を噛む。瑛司の黒い瞳が優奈に一度だけ向けられ、その瞬間、優奈はぴたりと口を閉ざした。彼はそれ以上何も言わず、校長に視線だけを送り、ソファに腰を下ろした。長い脚を組み、両手の指を組んで膝の上に置く。瑠々が歩み寄り、瑛司の隣に立つ。伏せた横顔から白い首筋が覗き、目には柔らかな情が宿る。「座れ」低く艶のある声が落ちる。瑠々は唇を結び、穏やかに笑みを浮かべて、彼の隣に腰を下ろした。肩が触れ合うほど近く、親密さを隠そうともしない距離。やがて監視映像が再生される。そこには、優奈が取り巻きを連れて蒼空の机へ押しかけ、騒ぎ立てる様子がはっきりと映っていた。真実が明らかになり、校長室の内外は水を打ったように静まり返った。優奈の顔はみるみる強張り、唇を噛みしめ、蒼空を睨みつける。蒼空はゆっくりと瑛司に視線を移した。「それで、私に謝る必要がありました?」瑛司は言葉を発しない。黒い瞳に重く冷ややかな光を宿しながら、優奈を見据える。「優奈。謝れ」「いや!」優奈が歯ぎしりする。その瞬間、蒼空もはっきりと言い放った。「いりません。そんな謝罪」瑛司の視線が蒼空の顔に落ち、眉がわずかに動いた。蒼空は誰の顔も見ず、そのまま踵を返した。文香は場に取り残され、気まずそうに瑛司に一礼し、慌てて後を追う。蒼空は群衆を抜け、平然とした顔のまま歩き出す。後ろから文香が追いつき、腕を掴んだ。「蒼空、優奈も松木家のお嬢様なのよ。そんな態度は失礼だわ」蒼空は静かに彼女を見つめた。脳裏に、瑛司の言葉が蘇る。「謝らないなら、もう松木家に帰る必要はない」低く冷たい声。前世と寸
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第12話

これは瑛司からの誘いではなかった。前世の蒼空が、松木家の別荘が学校から遠いという理由を盾に、図々しく彼のもとに転がり込んだだけだ。二度と、同じ轍は踏まない。「結構です。松木家に戻ります」蒼空は即座に拒んだ。アシスタントの目に驚きが走り、わずかに逡巡しながら後部座席の男を見やる。「......松木社長」蒼空も一瞬だけ驚いた。まさか、瑛司が迎えに来ているのか。次の瞬間、車のドアが開き、彼が姿を現した。仕立ての良いスーツに身を包んだ長身の男は、群衆の中でひときわ目立ち、まるで鶴が群れの中に立つようだった。「無理やり連れて行くか、自分の足で来るか――選べ」相変わらずの強引さ。相変わらずの支配者ぶり。拒絶したところで、従わざるを得ない。瑛司は、彼女の拒否など許さない人間だから。後部座席に座った蒼空は、朝の出来事を繰り返さぬよう、鞄を胸に抱きしめたまま動かなかった。ロールスロイスが街道に出る。最初、車内には沈黙だけが流れた。だが――蒼空は気づく。この道は松木家に向かっていない。「行かない。松木家に帰る」眉間に皺を寄せ、蒼空は低く告げた。パタン。瑛司が手にしていた資料を閉じる音が響く。指の節立った手で眼鏡を外し、低く掠れた声が落ちた。「何の癇癪だ」「降ろして。自分で帰るから」蒼空は視線を逸らしたまま言う。「見せてやれ」前席のアシスタントが振り返り、資料を差し出す。「関水さん、調査の結果が出ました。お目通しください」蒼空は瑛司を一瞥し、警戒しながらそれを受け取る。車内には、紙をめくる音だけが静かに響いた。一通り目を通し、蒼空はふっと笑った。アシスタントが後ろの鏡越しに瑛司を窺い、意を決して口を開く。「関水さん。薬の件ですが、調査の結果、犯人は別荘の使用人であり、久米川さんではありませんでした。誤解なさらないでください」蒼空は資料を閉じ、冷笑を浮かべた。前世と、寸分違わない。瑛司の「調査」によって、真犯人の瑠々は今回も完全に免責され、罪は別の誰かに押し付けられる。前世も、そうやって騙された。そして最後、瑠々が「同情するふり」をして真相を告げに来たのだ。「瑛司」蒼空は皮肉に目を細める。「構わないわ。あなたが庇いた
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第13話

蒼空は、瑛司と薬の件で言い争う気などなかった。何度やり取りしたところで、結末は変わらない。瑛司は、瑠々にとって最強の、そして最高の庇護者なのだから。彼女は窓の外に視線を向けたまま、淡々と言う。「あなたのところには行かない。降ろすか、松木家へ送るか、どちらかにして」短い沈黙の後、瑛司がふっと含み笑いを漏らした。「腕を上げたな」蒼空は彼に視線を戻し、平然と問う。「で、どうする?」黒い瞳が、闇に潜む獣のように冷たく光る。やがて、唇の端がわずかに持ち上がった。「昔は泣いて騒いで俺の所に住みたいと懇願したくせに、今度は帰りたいと喚くのか。蒼空、物事はお前の思い通りにはならない。俺の前で、お前に選択肢はない」蒼空は奥歯を噛み締め、睨み返した。結局、彼女はそのままマンションへ連れて行かれた。ドアの前に立つ蒼空の体には、あからさまな拒絶の色が宿っていた。ここは、彼女がはっきりと覚えている場所だ。瑛司が瑠々と恋人同士だった頃に買った新居。二人の仲睦まじさの証。前世、彼女と咲紀はここに閉じ込められ、外へ出ることを許されなかった。瑛司は瑠々や二人の息子と出かけた時の動画や写真を、彼女に何度も見せつけ、現実を突き付けた。瑠々が訪れると、蒼空と咲紀は光のない狭い部屋に閉じ込められ、娯楽も何もなく、ただ静寂の中で、外から聞こえる楽しげな笑い声に耳を澄ますしかなかった。咲紀が腕の中で泣き叫び、声が枯れていく姿は今でも脳裏に焼き付いて離れない。後に、この新居は瑠々のために捨てられた。瑛司は新たに大きな別荘を購入し、「彼女にはもっとふさわしい新居が必要だ。ここでは足りない」そう言って、ここを切り捨てたのだ。そして、この部屋は牢獄へと変わり、蒼空を閉じ込めるために使われた。玄関から一歩足を踏み入れた瞬間、奥の小部屋が視界に入る。そこは、彼女が最も思い出したくない時間を過ごした場所だった。背後に立つ瑛司が、肩に手を置く。拒絶を許さない声音で告げる。「入れ」蒼空は硬直したまま足を動かし、鞄を抱えたまま玄関の隅に身を縮めた。警戒した視線を瑛司に向けながら。彼が靴を履き替えると、蒼空の前に立ち、ピンク色のスリッパを投げ出した。「履け」息が詰まる。この部屋に
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第14話

ちょうどその時、瑛司がキッチンから麺を運んできた。しかし食卓にはすでに一碗置かれており、麺は二人分だけ。瑠々は手慣れた様子で靴箱からスリッパを取り出し、履き替えてから瑛司の前に歩み寄る。柔らかな声で、彼のエプロンを外してあげ、彼の手から麺の碗を受け取り、食卓に置いた。「私の好きな麺だわ。やっぱり瑛司の料理の腕前はすごい」蒼空は思った。そういうことか。彼が「作る」と言った時、別に自分のためだとは一言も言っていなかった。ほら、主役が来た。自意識過剰だっただけ。瑠々は一口スープをすくい、ゆっくりと口に含んで笑みを浮かべた。「おいしい~」瑛司が何か言う前に、瑠々は口元を押さえ、わざとらしく声を上げた。「やだ、忘れてた。関水さん、もしかしてまだ夕飯食べてない?」彼女は二碗の麺を見比べ、困ったように言う。「ここにあるのは、私と瑛司の分だけ。関水さんは、どうするの?」蒼空が冷ややかに見つめ、口を開こうとした瞬間、瑛司が遮った。「彼女は俺が送らせる」前世と同じ。瑛司は迷わず瑠々を選んだ。瑠々の口元がかすかに上がり、さらに心配するふりをして言う。「こんな時間に?夜は危ないよ?」瑛司の声には、一切の迷いもない。「大丈夫だ」瑠々はついに笑みを隠さず、穏やかに言った。「それなら助かるわ。今夜は私が泊まるから、送ってあげられない。許して」そう言いながら、瑛司が蒼空に視線を向ける。蒼空の表情は平静だった。拒絶も悲しみもなく、ただ淡々と二人の段取りを受け入れていた。瑛司はわずかに眉を寄せ、すぐに緩めた。蒼空と瑠々、どちらを選ぶか。彼には答えがわかっている。蒼空も、とっくに悟っていた。前世でも今生でも、瑛司にとってそれは「二択」ではない。埋めるべき答えはひとつ、瑠々。他の名前は、最初から存在しない。ちょうどよかった。彼女も、もうここに居たくなかった。ただ、早く立ち去りたいだけ。蒼空はさっと靴を履き替えた。「自分で下りるわ。送らなくていい」そう言い残し、ドアを閉めて出ていった。しばらくして、瑛司は突然歩み寄り、玄関の鍵をつかんだ。「俺が送る。君は先に食べてろ」瑠々の目に驚きが宿る。「......瑛司?」瑛司はドアノ
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第15話

文香の声は、瞬間的に抑えられなくなった。「引っ越す?どういうこと?」敬一郎は興味深そうに眉を上げた。「瑛司のところで住んでたんじゃないのか。なんで急に出ていくなんて言い出す?」蒼空は指先を軽く縮めた。「あそこは学校から少し遠いですし、瑛司さんは久米川さんと一緒です。私がいたら邪魔になるので、学校の近くに部屋を借りようと思って......いいですか、おじいさま?」蒼空は、敬一郎が自分の願いを聞き入れてくれる確率は五割だと踏んでいた。彼女と瑠々の間で、常に瑠々を選ぶのは瑛司だけではなく、敬一郎も同じだったからだ。もしそうでなければ、敬一郎は瑠々をこの家に住まわせたりしなかった。最初から、敬一郎は瑠々という孫嫁に満足していた。前世でも、彼女に忠告したことがある。娘がいるからといって、松木家に嫁ごうなんて思うな、と。果たして、敬一郎は一言だけ言った。「お前がそうしたいなら」蒼空はようやくほっと息をついた。食後、文香が勢いよく彼女のもとへ来た。「引っ越しをさせないから!」蒼空は俯いて鞄をまとめながら言った。「瑛司に直接追い出されようとしてるのに、居座れるわけないでしょ?それに、優奈が退院したら、私たちがこの家で穏やかに過ごせると思う?」文香は眉をひそめた。「だったら、優奈とちゃんと話して、瑛司にもきちんと謝りなさいよ」「謝る?」蒼空は問い返し、冷たく笑った。「だから私がここにいられないのよ。誰がどう見ても優奈の非なのに、あなたたちは皆、私に謝れって言うんだもの」言葉を切ると同時に、彼女の視線が止まった。鞄の中を探りながら――確かに玉の欠片を包んで入れていたはずなのに、ない。文香は蒼空の態度が気に入らず、肩をぐいっと引き寄せた。「話を聞きなさい!きちんと説明すればいいだけなのに、どうしてそんなに突っぱねるの!引っ越しなんて許さないわ!」「引っ越す?」突然響いた瑛司の声に、蒼空は思わず数歩後ずさり、警戒した目を向けた。視線がぶつかる。瑛司の瞳は深く沈み、抑え込まれた圧に蒼空は目をそらさざるを得なかった。文香は慌てて前に出て、取り繕うように笑った。「なんでもないわ、ちょっとした冗談よ」「私は冗談なんか言ってない」蒼空の声は揺るが
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第16話

和人の顔色が一瞬で暗くなった。「どういう意味だ」蒼空はこれ以上関わりたくなくて、背を向けた。「もう休むから、出て行って」彼女は文香を一緒に外へ押し出し、ドアを閉めた瞬間、和人の声が聞こえた。「兄さん、瑠々姉がずっと待ってるよ。戻って一緒にいてあげて。蒼空には邪魔させない」瑛司は短く応じた。「わかった」蒼空はベッドにうずくまり、スマホを開いて銀行口座の残高を確認した。それは父親の遺産と、これまで松木家から少しずつ渡されていた生活費だった。多くはないが、残りの学業を終えるには十分で、外に部屋を借りるにも足りる金額だった。蒼空は行動力がある。すぐに賃貸情報を調べ、その夜のうちに翌日の放課後に内見の予約を済ませた。新学期二日目。蒼空の日常は穏やかだった。おそらく優奈がまだ入院中で、その取り巻きたちも挑発してこなかったからだ。だが放課後、突然取り巻きの一人が肩をぶつけてきた。低く陰湿な声が響く。「関水、調子に乗るなよ」蒼空は無視した。今夜はまだ二件、物件を見に行く予定がある。校門を出た頃には、もう辺りは真っ暗だった。彼女は軽い足取りで歩いていた。途中までは何事もなかったが、小道に入った瞬間、後ろから急な足音が追いかけてきた。まずい。蒼空は即座に走り出した。背後から怒号が響く。「追え!」地面に押し倒された瞬間、頭の中が真っ白になり、呼吸が荒くなる。「このクソ女、けっこう走れるじゃねぇか」バシッ!頬に重い平手打ちが飛んだ。耳の奥でキーンという音が響く。彼女の両手は必死に襟元を掴み、複数の手が服の隙間を探るのを感じた。「この女、まだ男知らずだろ?」「今日はたっぷり楽しませてやるよ」蒼空の全身から血の気が引いた。必死に鞄をつかむと、渾身の力で男の頭に叩きつけた。誰に当たったのかもわからない。だが悲鳴が上がり、次の瞬間にはさらに多くの拳が彼女の体に降り注いだ。蒼空は必死に叫ぶ。「やめて!」「はぁ?白々しい!欲しいんだろ?松木社長のベッドはどうだった?柔らかかったか?気持ちよかったか?」「アイツのほうが金持ちだから、気持ちよかったんだろ?クソ女が!」蒼空は荒い息のまま叫ぶ。「私が松木家の人間だってわかってて
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第17話

背後の男たちのざわめきが、突然ぴたりと止んだ。蒼空が顔を上げると、本来なら病院にいるはずの優奈が、満面の笑みを浮かべてそこに立っていた。彼女は手にしたスマホを振りながら言う。「お兄ちゃんに助けを求めたの?残念だけど、お兄ちゃんは今あなたを相手にする暇なんてないわ。瑠々姉と一緒に花火を見てるんだもの」スマホの画面には動画が映っていた。そこには瑛司と瑠々の後ろ姿。瑛司は瑠々の細い肩を抱き、夜空には大輪の花火が咲いていた。その瞬間、蒼空の頭上の夜空にも、ほぼ同じタイミングで花火が広がった。花火が散る音と同時に、スマホから声が響いた。「瑛司、ありがとう。すごく嬉しいよ」蒼空の知らない、柔らかい声色の瑛司の返事が続く。「嬉しいなら、それでいい」「瑛司、キスしてもいい?」次の瞬間、電話の向こうは騒がしくなった。それでも、彼が「ああ」と答える声ははっきり聞こえた。蒼空は荒い息をつきながら、胸の奥が裂けるような痛みに襲われた。「つまり、この件、瑛司も知ってるってこと?」優奈は眉を上げる。「そうじゃなきゃ、電話がつながっても無言なわけないでしょ?お兄ちゃんの目的はね――現実を思い知らせることよ」現実を、思い知らせる。蒼空は目を閉じ、苦く、皮肉な笑みを浮かべた。そういうことだったんだ。現実を突きつけられる前に、まだ瑛司に期待していたなんて。本当に、吐き気がする。優奈は数歩後ずさり、目を輝かせて言った。「みんな、しっかり可愛がってあげて。これは松木社長の指示よ。ちゃんとやれば、いいことあるから」男たちがいやらしい笑みを浮かべ、手を擦り合わせながら近づいてくる。そして彼女の両脚を掴んだ。だがその時、思いがけない変化が起こった。蒼空と同じ制服を着た少年が、電撃棒を手に突っ込んできたのだ。息を荒げ、震える腕でそれを必死に振り回しながら叫ぶ。「離れろ!彼女に触るな!」バチッと音を立てて電流が走り、男たちは後ずさりする。その隙に蒼空は這い上がり、少年に腕を引かれて走り出した。どれだけ走ったのか分からない。耳に残るのは、二人の荒い息遣いだけだった。ようやく立ち止まった少年は、来た道を確認するように振り返り、電撃棒を放り投げた。「もう大丈夫......
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第18話

少年の指がちょうど彼女の傷口に触れ、蒼空は痛みに息を呑んだ。「もう少し優しくしてください」少年の耳はさらに赤く染まり、慌てて手を離したが、今度は別の傷口に触れてしまう。蒼空は必死に声を押し殺して息を吸った。「もういい、私がやりましょう」彼女がそう言うと、少年は一瞬手を離したが、すぐにまた支えるように手を伸ばした。「ダメだよ、こんなの君一人に任せられるわけない」蒼空は観念して任せるしかなかった。彼女は慎重に外傷を処置し、少年は横で顔をしかめながら見守った。「薬、買いに行かなくていいの?」「大丈夫、明日自分で買いに行きますから」幸いなことに、全て軽い外傷で出血もなく、少し休めば良くなる程度だった。処置が終わる頃には、すでに一時間が経っていた。少年の耳はこれ以上赤くならないほど真っ赤で、そわそわしながら言った。「じゃあ、俺、もう行くよ。ちゃんと休むんだぞ」蒼空はベッドのヘッドボードに寄りかかりながら頷いた。「名前、教えてくれますか?明日、宿代を振り込むから」少年は耳を真っ赤にしたまま、今にも逃げ出したいような顔で言った。「千隼。坂宮千隼(さかみやちはや)だ。じゃあ、また。元気でな」少年が出て行ったあと、蒼空は眠気に襲われ、意識が遠のく寸前で、ふとあることを思い出した。電話、切ってなかったかも。瑛司にかけた電話は、きっと向こうが勝手に切っただろう。そう思いながらも念のためスマホを手に取り、画面を確認する。意外にも、通話はまだ続いていた。深く考える余裕もなく、彼女はそのまま通話を切り、眠りに落ちた。翌朝、蒼空は目を覚ますと、ベッド脇に座る瑛司の姿を見た。目に映った瞬間、蒼空の瞳孔がきゅっと縮まる。「......なんで?」瑛司は答えず、指先でスマホの画面をなぞっていた。蒼空はゆっくり身を起こそうとしたが、傷が痛んで思わず息を呑み、眉をひそめた。その光景を見た瑛司の瞳に、冷たい影が宿る。やがて彼は冷笑した。「度胸あるな。男の同級生とホテルに来るとは」蒼空は眉をひそめ、言い返す前にさらに言葉を重ねられた。「昨夜は......激しかったんだろ?」彼の視線は意味深に彼女の体の痣をなぞる。蒼空のこめかみが脈打った。「朝っぱらから来て、言う
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第19話

瑛司は彼女の両手を頭上に押さえつけ、その体を強引に拘束した。吐息が触れ合う距離で、彼のモミの香りが鼻腔を満たす。蒼空の言葉など意に介さず、瑛司は犬のように彼女の領域を嗅ぎ分けるように首筋に鼻先を寄せ、片手で衣服の裾をめくり、硬い掌を彼女の腰に滑らせた。蒼空の全身が小刻みに震える。「触らないで」男の性と愛は別物だとよく言う。蒼空は、昔はそれを信じていなかった。前世で、瑛司が彼女に際限なく欲をぶつけていた頃、彼女はそれを愛だと思い込んでいた。だが本当の愛は、瑠々の左手薬指の指輪であり、二人の盛大な結婚式であり、そして瑛司が瑠々だけに与えた特別扱いと偏愛だった。瑛司は耳を貸さず、代わりに首筋へ噛みついた。蒼空の瞳孔が縮む。「離して!触らないで!」瑛司はゆっくり顔を上げ、深い闇を宿した黒い瞳で彼女を見下ろす。薄い唇はきつく結ばれ、無情な冷たさだけが残っていた。「どうした?同級生とは簡単に寝るくせに、俺はダメなのか?」蒼空は大きく息を吸い、睨みつける。「そうだとして......それが何?あなたと瑠々はもうよりを戻すんでしょ。もう私と関わらないで!まだわかってないの?私とあなたはもう――」言いかけた言葉を、瑛司は彼女の頬を掴むことで遮った。蒼空の白く柔らかな頬にはすぐ赤い痕が浮かび、潤んだ瞳と震える唇は壊れそうなほど脆く、美しかった。はだけた上衣から覗く痩せた肩、その白い肌に刻まれた痣は、妙に淫靡な色を帯びていた。瑛司の視線が痣に落ち、淡々と呟く。「反省の色もないな」蒼空は彼の手を振り払い、言い返そうとしたその時、瑛司のスマホが鳴り、瑠々の柔らかな声が響いた。「瑛司、今どこ?車が壊れちゃって......迎えに来てくれる?」瑛司の声は、さっきまでの冷たさを一瞬で失う。「外だ。位置を送れ。迎いに行かせる」「やだ......瑛司がほしいの。別にいいでしょ?」「わかった。俺が行く」「じゃあ待ってるから」通話を終えた瑛司は、衣服の襟を整えながら立ち上がり、冷たく言い放った。「送迎を手配する。学校まで送らせる」蒼空は警戒しながら枕を抱え、ベッドの端に座る。「いい、自分で行く」瑛司は一瞥だけして答えた。「好きにしろ」そのまま大股で部屋を出て行く。まる
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第20話

昨夜の少年、坂宮千隼。だが蒼空は、松木家の動きがこれほど早いとは思ってもみなかった。学校に駆けつけた彼女に告げられたのは――千隼は今日学校に来ておらず、すでに転校手続き中で、もう戻ることはないという事実だった。警察が千隼の家族の連絡先に電話をかけると、相手は口ごもりながらこう答えた。「別に、転校したいって言うから転校しただけです。特に聞くことなんてない。千隼は何も知らないから、もう探さないでください」そして電話は一方的に切られた。蒼空はその場で呆然と立ち尽くした。千隼も自分と同じ高校三年生生。受験を目前にしたこの時期、普通なら安定して勉強に集中するはずなのに、転校だなんてあり得ない。しかも突然の転校に加えて、家族の不自然な態度。優奈の件、動いたのは松木家しかありえない。蒼空はぎゅっと目を閉じ、顔色を失った。自分が松木家にとって取るに足らない存在なのは知っていたが、ここまで露骨に手を回してくるとは思わなかった。女警官がそっと彼女の手を取る。「関水さん、大丈夫ですか?そんなに震えて......」蒼空は茫然と首を振った。「人を探してきます。もう少し待っててください」警察署を出ると同時に、蒼空は瑛司に電話をかけた。これほど迅速に処理できるのは、彼しかいない。彼しか。長いコール音。苛立ちが募り、もう切ろうとした瞬間、電話が繋がった。だが出たのは瑛司本人ではなく、彼のアシスタントだった。「関水さん、松木社長はまだ会議中で、お電話に出られません。ご用件をお伝えいただければ、私からお伝えします」言葉が途切れると同時に、受話器越しに瑠々の声が聞こえた。「瑛司、入るね」蒼空は鼻で笑った。「これがあなたの言う『会議』?」アシスタントは一瞬黙り込んだあと、低く言った。「松木社長は邪魔をするなと仰せで......私にはどうにも......」「電話を代わって。話がある」しばらくの沈黙と、何かを覆うような衣擦れの音。やがて、低い声が聞こえた。「何の用だ」蒼空は問う。「坂宮を転校させたの、あなたでしょ?」瑛司の声はさらに冷たくなる。「心配か?」やっぱり、彼だったか。蒼空は拳を握りしめ、声を震わせた。「瑛司、あなた正気?彼はただの学生よ!
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