結婚式の開始まで、あと三十分というときだった。控室に置いていた私のウェディングドレスが、何者かによって無惨に破られていた。スカートの裾はズタズタに裂かれ、ビジューはすべて剥がされていた。さらに、ドレス全体に赤いペンキと汚水がぶちまけられていた。ドレスが届いてから控え室に入ったのは、メイク係として来ていた義妹――綾瀬美夜(あやせ みよ)だけ。我慢の限界を超えた私は、思わず彼女に平手打ちを食らわせた。だが、婚約者と両親は私を責め、汚れたドレスを着て美夜に土下座で謝れと強要してきた。「たかがドレス一枚じゃないか。式はまたやればいい。人を殴るなんて、まるでヒステリックな女じゃないか。さっさと謝れ。さもないと婚約は破棄だ!」婚約者の黒江奏真(くろえ そうま)が大事そうに妹をなだめる姿を見て、私は涙をこらえながら静かにその場を後にした。そして、ずっと保存してあった連絡先に電話をかけた。「すみません、無人島の居住権と、恋人・家族カスタムサービスを購入したいのですが」電話の向こうからは、耳に心地よい女性の声が返ってきた。「ご購入ありがとうございます。10日後のご入島をお待ちしております」……「美夜に謝れって言ってるのが聞こえないのか?」奏真が私を呼び止めた。その声には、うんざりとした嫌悪が滲んでいた。私が出口へ向かおうとすると、両親が腕を掴み、無理やり美夜の前に引き戻した。手首はすぐに紫色に腫れ上がる。母は私を壁際に押しやり、泣きそうな顔で叱責してきた。「どうしてそんな性格になっちゃったの?悪いことをしたら、美夜に謝るのが当然でしょ。私たち、何か間違ったこと言った?それで怒って出ていくなんて――」額から流れ出た血が目に入って、視界が赤く染まる。鏡に映った自分の姿は惨めで、私は声もなく笑ってしまった。この結婚式は最初から最後まで、美夜の好みで作られていた。顔のメイクも「プロのメイクアップアーティストだから」と親に任され、美夜に施された。なのに仕上がった顔は、見れば見るほどひどい有様で、人間とも言えないほどだ。唯一、自分の意思で選んだ大切なウェディングドレスまで、彼女によって台無しにされた。私はゆっくりと周囲を見渡した。そこにいる誰もが、敵意に満ちた目で私を見下し、美夜の後ろに立って彼女を庇っていた。
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