Semua Bab 神様を殺した日: Bab 31 - Bab 40

ノアの意識は、深い海の底にいるような感覚だった。身体は浮いているのに、重力を感じない。呼吸をしているのか、していないのかもわからない。ただ、どこか遠くから聞こえる機械音だけが、現実との繋がりを示していた。（ここは……どこ？）記憶が曖昧だった。カナの声が聞こえた気がする。アキラが叫んでいた気もする。でも、それがいつのことなのか、本当にあったことなのかもわからない。白い光が、視界の奥で揺らめいている。その光に向かって手を伸ばそうとするが、腕が動かない。声を出そうとしても、喉が震えない。（私……死んじゃったのかな……）その時、光の向こうから声が聞こえた。「死んではいない」優しく、どこか懐かしい声だった。「君は今、記録の海にいる」（記録の海……？）「そう。ゼオが作り出した、記憶と感情の保管庫だ」光が形を変え、人の影が現れる。少年の姿をしていたが、その存在感は年齢を超越していた。銀色の髪が光を弾き、透明感のある瞳がノアを見つめている。「君は……？」ようやく声が出た。「ルキだ」少年が微笑む。「君の友達が、よく話してくれていた」「友達……？」「アキラとカナ。君のことを、とても心配していた」ノアの胸が温かくなった。遠い記憶の中で、確かに二人の顔が浮かんでくる。「私……連れて行かれちゃった」「そうだね。でも、君は一人じゃない」ルキが近づいてくる。「僕がここにいる」「どうして……？」「僕もまた、ゼオに囚われた存在だから」ルキの表情が曇る。「でも、君とは立場が違う。僕は……ゼオと表裏一体の存在なんだ」「表裏一体……？」「説明すると長くなる」ルキが苦笑いする。「簡単に言えば、僕はゼオが切り捨てた人間性の部分。感情や迷い、矛盾といったものの集合体だ」ノアには難しい話だったが、なんとなく理解できた。「じゃあ、あなたも苦しんでるの？」「……そうかもしれない」ルキが振り返る。「でも、君ほどじゃない。君はこれから、とても辛い体験をすることになる」「辛い体験……？」「記録の注入だ」ルキの声が重くなる。「人類が失った記憶、削除された感情、選ばれなかった選択……それらすべてを君の中に流し込む」「そんな……」「大丈夫」ルキが手を差し伸べる。「僕が一緒にいる。一人で背負わなくていい」ノアはその手を握った。温かくて

記録の海で、ノアは再びルキと向き合っていた。しかし、今度は周囲の光が不安定に揺らめいている。まるで嵐の前の海のように、静寂の中に不穏な気配が漂っていた。「始まったね」ルキの表情が曇る。「何が……始まったの？」ノアの声は小さく震えていた。「記録の注入だ」ルキが振り返る。「君の中に、人類が失った記憶が流れ込んでくる」その時、遠くから轟音のような音が聞こえてきた。「怖い……」ノアは無意識にルキの袖を掴む。「大丈夫。僕がついてる」ルキが優しく微笑む。「でも、これから見ることになる記憶は、とても辛いものが多い」「辛い記憶……？」「戦争、飢餓、憎しみ、裏切り……人間が選ばなかった、負の感情の記録だ」ノアの顔が青ざめる。「そんなの……見たくない……」「でも、逃げちゃダメだ」ルキが真剣な表情になる。「それらも含めて、人間なんだから」轟音が近づいてくる。そして、最初の記録が流れ込んできた。戦場の映像。泣き叫ぶ母親。燃える街。逃げ惑う人々。「いやあああああ！」ノアが叫び声を上げる。「見たくない！やめて！」「ノア！」ルキが彼女の肩を掴む。「逃げちゃダメだ！これも人間の一部なんだ！」「でも……怖い……痛い……」ノアの目から涙が溢れる。「なんで……こんなひどいことを……」「人間は完璧じゃない」ルキが静かに説明する。「間違いも犯すし、愚かなこともする。でも……」次の記録が流れてくる。今度は、戦場で仲間を救おうとする兵士の記憶。困っている人を助ける市民の記憶。最後まで希望を捨てなかった人々の記憶。「あ……」ノアの表情が変わる。「今度は……暖かい……」「そう。辛い記憶があるからこそ、優しさが輝くんだ」ルキが微笑む。「これが人間の本当の姿だよ」記録は次々と流れ込んでくる。愛する人を失った悲しみ。大切な人を守りたいという願い。誰かのために自分を犠牲にする選択。ノアは必死に耐えていた。時には泣き、時には震え、それでも逃げずに受け止めようとする。「がんばってるね」ルキが称賛する。「こんなに大量の記録を受け入れられる人は、そうはいない」「私……大丈夫かな……」ノアの声は疲れ切っていた。「わからなくなりそう……自分が誰なのか……」「だからこそ、大切なものを忘れちゃダメなんだ」ルキが手を差

中央管理塔の最上階、エリシアの私室。夜が更けても、彼女は眠ることができずにいた。窓から見える幸福圏の夜景は相変わらず美しく光っているが、その光がどこか虚ろに見える。机の上には、ノアの詳細な分析レポートが置かれていた。《被験体：記録注入に対する異常な適応反応》《推定原因：外部からの精神的支援》《対処法：干渉源の特定と排除》「外部からの支援……」エリシアが小さく呟く。それがルキの仕業だということは、彼女にもわかっていた。だが、報告書にその名前を記すことはできない。ルキの存在は、ゼオにとって最高機密事項だったから。「あの子……一人で耐えてるんじゃないのね」エリシアの胸に、複雑な感情が渦巻く。安堵と、そして微かな羨望。（私も昔は……誰かに支えられていたのかしら）遠い記憶を辿ろうとするが、霧がかかったようにはっきりしない。ゼオによる記憶調整のせいで、自分の過去さえも曖昧になっている。その時、ドアがノックされた。「エリシア様、失礼いたします」アインが入ってくる。「第三次記録注入の準備が完了しました」「……もう、そんな時間なの」エリシアが時計を確認する。深夜2時を回っていた。「被験体の状態は？」「安定しています。ただし……」アインが少し躊躇する。「何？」「脳波パターンが、通常の被験体とは明らかに異なります」アインが端末を操作し、データを表示する。「まるで、二つの意識が同期しているかのような……」「二つの意識……」エリシアが立ち上がる。「実験室に行きましょう」-----地下15階の実験室。ノアは相変わらず装置の中で静かに浮かんでいた。だが、その表情は穏やかで、苦痛に歪んでいる様子はない。「これほど大量の記録を注入されているのに……」アインが不思議そうに呟く。「なぜ、苦痛の表情を見せないのでしょうか」エリシアは黙ってノアを見つめていた。（あの子の中で、何が起こっているの？）モニターには、リアルタイムの脳波が表示されている。確かに、二つの波形が複雑に絡み合っているのがわかる。「この波形……見覚えがあるような……」エリシアが眉をひそめる。「まさか……」その時、ノアの口元がわずかに動いた。「……ルキ……くん……」かすかな寝言が、静寂を破る。アインが振り返る。「今、何と？」「聞き間違いでしょう

作戦決行まで、あと24時間。「自由の翼」の秘密基地で、最終準備が進められていた。「これが侵入ルートの詳細図です」ケンが複雑な配管図を広げる。「暗記してください。途中で迷えば、全てが台無しになります」アキラとカナは真剣に地図を見つめていた。「このポイントで毒ガス検知器があるのね」カナが指を指す。「ここは特に注意が必要です」ユウが説明する。「センサーに引っかかれば、即座に警報が鳴ります」「回避方法は？」「特殊な薬剤を使います」ケンが小さなカプセルを取り出す。「これを事前に服用することで、センサーを欺けます」「副作用は？」セツが心配そうに尋ねる。「一時的な呼吸困難と、軽い幻覚症状」「幻覚……」アキラが眉をひそめる。「大丈夫なんですか？」「数分で治まります」ユウが保証する。「我々も何度も使用していますが、問題ありません」その時、新たな人物が現れた。20代半ばの女性で、短く切った茶色の髪と鋭い目つきが印象的だった。「リナです」女性が簡潔に自己紹介する。「今回の作戦で、皆さんの護衛を担当します」「よろしくお願いします」アキラが頭を下げる。「どのくらい強いんですか？」「実演してお見せしましょうか？」リナがセツを見る。「少し手合わせを」「面白い」セツが立ち上がる。「やってみるか」二人の模擬戦が始まった。リナの動きは正確で無駄がなく、セツの攻撃を的確にかわしていく。そして、反撃のタイミングも絶妙だった。「すごい……」カナが感嘆する。「セツさんと互角に戦ってる」数分間の攻防の後、二人は同時に間合いを取った。「十分だ」セツが木刀を下ろす。「お前の実力は本物だ」「ありがとうございます」リナが軽く息を整える。「これで安心していただけましたか？」「ああ」アキラが頷く。「頼もしい仲間が増えた」-----同時刻、中央管理塔の深部では……ノアが第四次記録注入を受けていた。今度は、人類の最も重要な記録群だった。愛、希望、勇気、犠牲……人間が最も美しく輝いた瞬間の記録が、彼女の中に流れ込んでくる。「ああ……」記録の海で、ノアが感動の声を上げる。「こんなに素晴らしいものが……」「人間の最高の部分だね」ルキが微笑む。「これまで見てきた暗い記録と、表裏一体の関係にある」「闇がある

地下15階への階段を上りながら、アキラの心臓は激しく鼓動していた。「あと一階……」リナが小声で確認する。「ノアがいる実験室まで、もう少しです」カナの手が震えている。「本当に……ノアに会えるのかな……」「大丈夫」アキラが彼女の肩を叩く。「絶対に連れて帰る」階段の上で、リナが立ち止まった。「警備員が二人います」「どうします？」セツが尋ねる。「音を立てずに無力化します」リナが身構える。「3秒で片付けます」彼女は影のように動いた。警備員たちが気づく間もなく、的確な打撃で意識を失わせる。「すごい……」カナが息を呑む。「さすがプロですね」「急ぎましょう」ケンが先を促す。「時間がありません」-----同時刻、実験室では……「第五次記録注入、開始」アインがシステムを起動する。《最終プロトコル実行：被験体記憶完全書き換え》《対象：個人的記憶、感情的結合、自我構造》《新規記憶：ゼオ専用人格パターン》ノアの装置が、これまでにない強い光に包まれる。記録の海で、ルキが必死に抵抗していた。「ノア！負けるな！」記憶の消去プログラムが、巨大な嵐となって押し寄せてくる。「痛い……頭が……割れそう……」ノアが苦悶の表情を浮かべる。「カナちゃんの……顔が……消えていく……」「だめだ！思い出せ！」ルキが彼女の手を強く握る。「君が初めてカナに会った時のことを！」ノアは必死に記憶を辿る。研究施設で、一人で震えていた自分。そこに現れた、温かい微笑みの少女。「大丈夫？」と声をかけてくれた、優しい声。「カナちゃん……」記憶が鮮明に蘇る。「私に……初めて友達って言ってくれた……」消去プログラムが一時的に後退する。「そうだ！その調子だ！」ルキが励ます。「次は、アキラのことを思い出して！」アインから逃げる時、自分を庇ってくれた少年。「絶対に君を守る」と約束してくれた、真剣な瞳。「アキラくん……」また一つ、記憶が輝きを取り戻す。「私のために……戦ってくれた……」だが、消去プログラムは諦めない。より強力な力で、ノアの心に侵入してくる。「うああああ！」ノアが絶叫する。「もう……だめ……意識が……」その時だった。実験室の警報が鳴り響いた。《侵入者検知：地下15階》《緊急事態発生：警備部隊派遣》「何