風が吹き抜ける屋上。まだ朝靄が残る中、アキラとカナは並んで立っていた。 ふたりとも無言でストレッチをしているが、明らかに緊張の色が濃い。 「……で、肝心の人は?」 「うん……まだ寝てる」 少し離れた鉄骨の上で、セツは大の字で寝転んでいた。 シャツはくしゃくしゃ、口は半開き。まるでこの世界の緊張感から置き去りにされた存在のようだ。 「……本当に、この人が訓練担当なんだよね?」 「ルキの信頼はあるっぽいけど……ちょっと、不安だな……」 ふたりが小声で話していると、セツが欠伸混じりに起き上がった。 「ん〜、よく寝た。あー、今日から訓練だっけ」 まるで散歩にでも行くような調子で立ち上がり、ポケットからタブレットを取り出して噛み砕く。 「さ、やるか。最初にちょっとだけ説明な」 「記録者の力ってのは、見るもんじゃない。感じさせるもんだ」 「感じさせる……?」 「過去の記憶を、人に体験させる力。 何が起きたかじゃなく、その時、どう思ったかを継がせるんだよ。記録は、未来を動かすんだ」 アキラは真っ直ぐに頷いた。 「……それで、俺は何をすればいいんですか?」 セツは肩をすくめて笑う。 「うーん……とりあえず、力が出るまで追い込んでみるか」 「不安しかない……」 そして、始まった。 最初の一撃で、アキラの身体は吹き飛ぶ。 風を切る音。肩に掠っただけで視界が揺れる。 立ち上がるたびに、次の痛みが叩きつけられる。 「どうした、“市ノ瀬”アキラ。選ばれたんだろ?」 息が乱れ、意識が遠のく。 けれど──拳は、まだ地を掴んでいた。 「もういいか?」 セツの声が静かに降る。 「やめるか? 選んでいいぞ。やめるのも選択だ」 その言葉を聞いた瞬間、カナが思わず前に出そうになる。 「もうやめてよ……!」 堪えきれず絞り出すように声を上げる。 アキラの背中はまだ、倒れたまま。 それでも、彼女にはわかった。 彼は、諦めてなんかいない。 「アキラ……っ」 その声が届いたのかはわからない。 けれど── アキラは顔を上げ、喉を震わせた。 「……やめるか」 その瞬間──世界が軋んだ。 空間が割れ、目に見えない圧が炸裂する。 風が跳ね、鉄が軋むような音が響いた。 セツが目を細め、数歩後退する。 「……出たな」 中心にいたアキ
Last Updated : 2025-07-12 Read more