「……ゼオ、なんか見てるよ。こっちに」その言葉を聞いた瞬間、誰もが動けなくなった。息を飲む音さえ、どこか遠くに感じるほどだった。ノアは、ただ笑っていた。無邪気に。穏やかに。怖さも、恥ずかしさも、なにもない顔で。「……お前、今……なんて言った?」セツの声が低く落ちる。だが、その声すら掠れていた。ノアは少し首をかしげて、笑ったまま答える。「なんとなく、そう思っただけ」それだけだった。誰もそれ以上、何も言えなかった。カナがノアを見つめるが、言葉が浮かばない。何を聞けばいいのか、どこから触れていいのか、なにもわからなかった。ミナはゆっくりとノアから視線を外す。腕を組んだまま、沈黙の中でただ立っている。アキラは、唇をかみしめていた。怒っていいのか、怯えるべきなのか、そのどちらも飲み込んで。ただ、どうしようもなく怖かった。目の前にいるはずの少女が、まるで別の世界からこっちを見ているような、そんな感覚だけが残っていた。セツがふっと息を吐く。腕を組んだまま、壁に背を預ける。「……本人に聞いても、何も出てこねぇだろうな」ノアはまだ、あの笑顔のままだった。何も知らないふうでもなく、かといって何かを隠しているようにも見えない。むしろ、何も区別していないように見えた。「わかってるのか、わかってねえのかも、もうこっちじゃ判断できねぇ。……だから、こっちで探るしかねぇな」セツが端末のほうを顎で示す。「ミナ。まだ何か残ってねえか、念のため見てくれ」ミナは無言で頷くと、壊れかけた記録装置に近づく。接続ポートに小型の解析端末を差し込み、静かに起動させた。カチ、カチ、と静かな操作音だけが響く。誰もそれに口を挟まない。少しして、ミナが顔をしかめる。「……記録は途中で切られてる。再生データも破損してるし、アクセスログも全消去」「消されたか?」「ええ。でも……乱雑じゃない。完全に誰かの手で整えられてる。綺麗に、確実に」「……後を残さねぇ消し方ってわけか」セツがぼそりと呟く。全員の表情が硬くなる。継承記録の内容だけ残して、他は何もない。まるで、見せたいものだけを見せたような、そんな空間。何かが仕組まれていたのだと、誰もが直感していた。けれど、それが何なのか、今の彼らには、まだ見えなかった。「……行こう」セツの声が、乾い
Last Updated : 2025-07-19 Read more