沙夜は真衣を見つめる目に、ほんの少し痛ましさを滲ませた。真衣は高瀬家で何年も過ごすうちに、権力の恐ろしさも、人の本質もとうに見抜いていた。けれどただひとつ、礼央が自分を愛していないという事実だけは、ずっと見ようとせず、どこかで期待を捨てきれずにいた。何しろ、二人の間には、千咲という素直で可愛らしい娘がいる。そして真衣は、礼央の親友に託された翔太のことも、大切に育ててきた。いつかその誠意が礼央の心を動かすはずだと、そう信じていたのだ。けれど今では、真衣のすべての真心は、礼央の冷たい無関心の前にあまりにも空しく、滑稽でさえあるように思える。幾年にもわたる結婚生活は、終わってみればただの茶番だった。愛していない男に、どれほどの真心を尽くしたところで――その男は、一度たりともまっすぐに見てくれることはないのだ。――真衣が退勤間際になると、警備課から一本の電話がかかってきた。「寺原さん、正門にお迎えが来ています。ご主人様だと名乗っていますが……」眉をひそめかけた真衣は、思わず「夫なんていない」と言いかけて、ふと何かに気づいたように言葉を飲み込んだ。電話を切ると、そのまま足早に階下へ向かった。会社の正面玄関に着くと、礼央のマイバッハが木陰に静かに停まっているのが目に入った。真衣は唇を引き結び、ためらいながらも車に近づき、窓を軽くノックした。すぐに後部座席の窓が下り、無表情な男の顔が現れる。礼央は淡々と彼女を見つめながら言った。「乗って話そう」「何の用?」礼央は膝の上に手を添え、整えるようにスーツの襞を軽く撫でながら、落ち着いた口調で答えた。「お前が欲しがっていたものだ」礼央の言葉は簡潔で、余計なやりとりをする気はなさそうだった。真衣は一瞬だけ迷ったが、最終的にドアを開けて車に乗り込んだ。わざわざ車で迎えに来たということは、きっと本当にあれを持ってきたのだろう。でなければ、こんな無駄なことはしないはずだ。真衣が乗り込むと、前列の運転手は気を利かせて無言で車を降り、二人きりになるようにしてくれた。狭い車内に、残されたのはただ二人。静まり返った空間には、お互いの呼吸音さえ微かに響く。一席挟んでいるにもかかわらず、真衣は礼央の体からほのかに漂う香りを感じ取った。昔は、この香りが大好きだっ
Read more