All Chapters of 神ゲーマーふたりは今日もオンライン: Chapter 21 - Chapter 30

35 Chapters

20.グランドファイナル

8月31日、渋谷。2,000人が入る大きなホールは観客で賑わっていて、会場には司会進行役のタレントやゲストの配信者など、有名な人もたくさん集まっているようだった。午前中からバトルソウルの試合が行われ、野田と笹原部長が現在進行形で頑張っている。俺たちは応援もそこそこに、5人で集まって最後のミーティングを開いていた。「さ、さすがに緊張するよね~……。会場も雰囲気あるし、人もいっぱいいるし」珍しく、律先輩が真っ青な顔をしていた。玲先輩が、お兄ちゃんらしく隣で背中をさすってあげている。「落ち着いてくださいよ、律先輩。……いつも通りにやればいいんですから」「えっ、いおりんは逆になんで落ち着いてんの??」「えっ??」「神谷はメンタル強そうだもんなぁ~。俺も正直、手が震えてるよ」萩原先輩も珍しく弱音を吐きながら、苦笑していた。玲先輩が背中をさすりながら補足してくれる。「……この中で全国の決勝まで進んだことがあるのは、小神野だけだからな。俺たちは前回、違うチームだったから」「そうだったんですね。……じゃあ、小神野先輩も」「あー……俺もこういうのは平気。注目される状況は、むしろアガる」「うわぁ……メンタルお化けだぁ……」そう言いながら、「うっ」と吐き気に口元を押さえる律先輩。俺にも何かできることはないかと探していると、ふと、萩原先輩と目が合った。「……そうだ! じゃあ、神頼みでもするか」にっと笑って言った萩原先輩が俺と小神野先輩を並んで立たせ、手を合わせる。「あー、そういうこと……」玲先輩が納得したように言って、同じように頭を下げ、手を合わせた。(どういうこと?)律先輩も「そういうことね」って顔で笑うなり、俺たちを拝んでいる。
last updateLast Updated : 2025-08-18
Read more

21.長い夏の終わり

会場の熱気。試合に勝った高揚感。お祝いムードからのみんなでの打ち上げ――。ふわふわした気分のままカラオケのパーティールームに移動して、顧問の谷内先生も入れてみんなではしゃいでいると、何人かのスマホが同時にピロンと鳴った。その音に、俺もスマホを触ってSNSをチェックする。「……あっ……小神野先輩のニュースが出てる」俺のつぶやきに、みんながいっせいに自分のスマホに目を落とした。『話題のオンラインゲーム、ゼロ・グラウンド。現役高校生がeスポーツチームとプロ契約』。そんな見出しのニュースの記事を追っていくと、小神野先輩が史上最年少でプロチームと契約したと書いてある。俺はてっきり、元パートナー・大山智玄がいるカシラゲームズに入るんだと思っていたのだけれど……。「小神野! お前っ、チームアリゲーターに入んのっ!!?」「sigmaのいるとこじゃん!!」「世界大会の試合、すごかったよなー」「すげー! サインもらってきて」「あっ、俺も欲しい」仲間や先輩方がテンションも高く騒いでいる。(チームアリゲーターのsigma……好きな選手って聞いたときに、最初に名前が挙がっていた人だ)記事を読んでいくと、スカウトではなくトライアウト――プロチームが定期的に行う試験に合格したと書いてあった。先輩のインタビュー動画もあり、コメント欄はすでに女性だろうファンからのメッセージであふれている。いいニュースだとは思うけれど、内心は複雑だ。先輩が遠くへ行ってしまうような気がして焦るし、嫉妬もする。恥ずかしいんだろう、仲間に囲まれながら頬を掻いている先輩と目が合った。『あとで話す』。スマホのアプリにそんなメッセージが送られてくる。俺はみぞおちのあたりがそわそわするのを感じながら、しばらくのあいだ、その短いメッセージを眺めていた。◇◆◇◆◇◆◇夏の夜空に、ようやく月が輝き始めた頃。俺たちは解散して、それぞれの帰路についた。先輩の部屋に向かいながらも、俺たちは静かだった。濃密で、楽しかった大会までの期間は終わってしまった。俺も、明日になったら先輩の部屋を出る……。先輩は部活に顔を出さなくなり、こんな風に一緒にいられる時間も少なくなるはずだった。「さっき、『あとで話す』って言っただろ」「えっ? ああ……はい」駅から家までの道のりを歩きながら、先輩がつぶやくように言
last updateLast Updated : 2025-08-19
Read more

22.別れと約束

明け方くらいまで何度も行為を繰り返した後……お互いに疲れ果てて、眠りについた。今日は平日だから学校か……と思っていると、先輩が「今日は創立記念日」と言ったので、昼になるまでだらだらとベッドの上で過ごす。先輩の色んなところにキスして跡を残したり、それに飽きるとお互いの身体にあるほくろを探して数えたり。シャワーを浴びている先輩を邪魔しに行って、ふたりで一緒にお風呂に入ったりもした。何となく離れがたくて……昼ご飯を作って食べた後も、だらだらと先輩の家に居座っていた。俺が荷物をまとめて帰ることになったのは、その日の夜だ。部屋の前で別れると思っていたけれど、先輩は外へ出て途中まで見送りに来てくれた。前にふたりで来た公園の近くで、先輩は足を止める。「……じゃあな」「お世話になりました。……また、学校で」「うん。たまには、部室にも顔出すから」会えば身体も求めるし、気持ちだってお互いの方を向いている。それでも、俺たちは恋人じゃないし、つき合う約束すらしていなかった。これからも、たまに連絡を取ることはあるだろうけど、今みたいにいつも一緒にいられる日々はもう来ないと思う。先輩がそういうタイプじゃないのはよくわかってるし、プロのチームに入れば忙しくなって、俺のこともきっと少しずつ忘れていくはずだった。俺たちの出会いは、その確率から考えると奇跡みたいなものだ。別れるからといって……湿っぽくなんてなりたくない。「……もう泣かねぇの? 昨日みたいに」先輩がからかうように言って笑う。「泣きませんよ」「……つまんねーの」先輩は指で髪をくるくると巻くようにして遊んでいたかと思ったら――ポケットの中に入れた手をこっちに差し出してきた。手のひらを上に向けて、それを受け取る。「これって……」「合鍵」状況が上手く呑みこめなくて……。俺は手のひらの上で光る真鍮の鍵をまじまじと見た。「……だからっ……俺が暇なときくらいは、遊んでやってもいいかなって……思って」照れ隠しみたいに、あさっての方を向きながら言う先輩。だが、俺は――「いりません」と即答するなり、手元にある鍵を突き返した。「いらないって……はぁ!? お前、何言って……」「必要ないですよ。俺はすぐプロの世界に行きますし、チームに所属したら大会で優勝して、先輩より多くの賞金稼いで……先輩を俺の家に住まわせるの
last updateLast Updated : 2025-08-20
Read more

23.エピローグ

俺の予想は、残念ながら当たっていて――先輩はあれから急に忙しくなり、顔を見ることもなくなった。仕事だから当然だが、練習の時間が格段に増えたみたいで、先輩の情報は個別の連絡よりも公式SNSで見ることの方が多くなった。たまにある配信では珍しい先輩の敬語が聞けて(そもそも、使えたんだって思った)、毒舌も台パンもない先輩は借りてきた猫みたいに大人しかった。それでも、勝ったときに控えめに喜ぶ先輩の姿は変わらなかったし、俺はその様子を急に増えた女の子のファンと一緒に楽しんでいた。先輩のokaPというアカウントは元はといえば彼の父親が使っていたものらしく、プロゲーマーとして活動するための名前は本名からyumaにしたらしい。久しぶりに連絡が来たときに「もっとカッコいい名前をつけなくていいんですか」と聞いたら、「どの名前でも、オカピよりはマシ」とのことだった。先輩の加入によって超攻撃型になったチームアリゲーターは先輩とsigmaとの連携が注目されていて、若い選手の加入によってチームの周りは盛り上がっているように見えた。「おっ! 気合い入ってんなー、神谷。やっぱ、夏の大会優勝したから?」いつものように部活に向かう途中。スマホで試合を見ていた俺に、野田がそう声をかけてきた。「まぁ、そんなとこ。……そっちこそ、次は優勝目指すんだろ?」「当然よっ! 部長も次が最後の大会だし、最後はでっかいトロフィー持たせてやりたいからなっ!」一方で、俺のやるべきことは変わらない。教室で授業を受け、部活の練習に出て、家に帰ってからさらに練習をする。(絶対に、追いついてやる……)俺も先輩との練習やあの大会で、自分の持つ新たな可能性に気がついていた。元から視野が広く、相手の動きを先読みして上手く立ち回れるのが長所だったけれど、時には実力でごり押しするようなプレーも有効なことを知った。この半年、先輩とプレーすることで身に着けた技だ。ゼログラ一色の日々はあっという間に過ぎていって……秋の大会を終え、冬が来て、また春になる。
last updateLast Updated : 2025-08-21
Read more

【社会人編】1.何度目の再会?

ゼログラのオフラインイベントで初めて札幌に行ったとき、俺は久しぶりに小神野先輩と再会した。高2の冬。カシラゲームズに入って半年以上が経った頃だった。正直、プロチームへの所属についてはわからないことだらけだったから、契約については小神野先輩に相談した。ただ、メッセージがほとんどで通話はあまりしなかったし、合鍵を断ってしまったこともあって部屋には顔を出せていなかった。チームに入ってからは、大山智玄ことハルさんに色んなことを教えてもらった。新葉高校の先輩が同じチームにいるのはすごく心強くて……最近では俺も、彼の真似をしてアカウントを作り、SNSやゼログラの配信を始めている。プロゲーマーの生活は夜型になることも多く、俺も多分に漏れず日付が変わるまで練習する日々を送っていた。チームでの練習、個人練習、大会への出場、配信、また練習――。俺がそんな生活をしているということは、先にプロの世界に入った小神野先輩も同じような生活をしているということで……。札幌で会った日から1年後、俺の卒業式の日のことだった。『おめでとう』と短いメッセージをくれた小神野先輩に思い切って連絡を取ってみたら、返事はすぐに返ってきた。『今、どこにいるんですか』『家』『仕事ですか?』『べつに』大会期間中は週6で練習があるけれど、土曜は基本的に休みだと前に聞いたことがある。『今、行ってもいいですか?』そう送ると、少し時間が経ってから返信があった。『……いいけど』俺は制服のブレザーに淡いピンク色の胸花をつけたまま――部活の仲間へのあいさつもそこそこに、走り出していた。はやる気持ちを抑えて、インターホンを押す。先輩は、ドアを開けて迎えてくれた。「……遅っ」開口一番に言った先輩は、まだパジャマ代わりのスウェットを着ていて、起きたばかりみたいだった。「走って来ましたよ」「知ってる」息を切らしている俺に、先輩は「入れば?」と言って小さく笑った。◇◆◇◆◇◆◇久しぶりに入った先輩の部屋はチームカラーであるライムグリーンの小物がすごく増えていて、前に生活していたときよりもずっと明るく生活感があるように見えた。キッチンはあいかわらず綺麗で、自炊はあまりしていないんだろう。「メッセージありがとうございました」「何が?」「『おめでとう』って」「ああ……べつに。卒業できてな
last updateLast Updated : 2025-08-27
Read more

【社会人編】2.旅行の約束

久しぶりに肌を合わせるのは興奮したし、何より気持ちがよかった。まだ明るい時間だったのも良くて、いつもは電気を消したがる先輩のことを隅々までながめることができた。一緒にいるだけで満たされる感じがして――夕焼けの空が赤と金に染まっても、俺たちは何をするでもなく、まだベッドの上で過ごしていた。うとうとする先輩の頬に触れて、名前を呼ぶ。「……眠くなった?」先輩はまだ慣れない名前呼びに笑って、俺の髪を弄ぶ手を止める。「少し」胸に頭を埋めてくる先輩を、そっと抱きしめた。先輩がプロチームに入ってからはずっとその背中を追う日々だったし、隣に並ぶまではこの部屋にも来ないつもりでいた。(無事に高校を卒業できて、プロのチームにも入れて、よかったな……)改めて感慨深く思っていると、胸元で静かにしていた先輩がゆっくりと目を開け、俺の腰に手を回してきた。「……もう1回する?」俺の言葉に、熱の籠った声が返ってくる。「伊織」俺は先輩のことをぎゅっと抱きしめ、ふたたび自分の下に組み敷いて――。もういちど名前を呼び、少し笑って――深くキスをした。◇◆◇◆◇◆◇薄いカーテンのすき間から、射し込む陽が眩しい。目を覚ますと、先輩は珍しくまだ寝息を立てていて――。俺はその寝顔をじっくりと堪能した後、音を立てないようそっとベッドを抜け出した。「……ん、いおり……?」「あ、起こしちゃいましたか」まだ眠そうに目をこする先輩。当然だ。昨日は夜遅くまで肌を合わせて、いつ眠りについたかもわからない。目を覚ました先輩が「こっち」と言って隣を指したので、俺はおとなしくベッドの方へと戻った。(何か……先輩って、前よりずいぶん甘えてくるよな……?)それが悪いってわけじゃないけど、何だか不思議。そう思いながら先輩の髪を撫でていると、ふとあることに気がついた。(もしかして先輩も、俺に会えなくて寂しかった……?)じっと顔を見つめていると、先輩は照れたように「何?」と口をとがらせている。「……べつに、何も」「言えよ」「俺に会えなくて、寂しかった?」いつもだったら殴られそうなところだけれど、先輩は「そんなことない」と赤くした顔をそむけるばかりで……。その仕草があまりにかわいかったので、つい反応してしまった。「……ごめん、また抱きたくなっちゃったかも」「はっ!? もうし
last updateLast Updated : 2025-08-28
Read more

【社会人編】3.ジレンマ

高1の大会以降、距離が離れてしまった先輩と久々に再会することができて、5月の連休はふたりで2泊3日の温泉旅行に行く――。そう決まってからの俺は、浮かれに浮かれていたわけだけど……。ゼログラのワールドチャンピオンシリーズ、通称ZGWSのプロリーグ予選が春に始まり、俺は絶望に打ちひしがれていた。「……っ!! ダメだっ……勝てないっ……!!!」俺はイヤホンとヘッドセットを取り、ついで弱音を吐き捨てた。試合後の反省会。画面の向こうにいるハルさんが苦笑いを浮かべている。「強くなったよなぁ……小神野悠馬の入った『チームアリゲーター』」去年から何度か試合をしているけれど、先輩のいるチームにはまだ一度も勝てたことがなかった。先輩の憧れの選手・sigmaとの連携も息がぴったりだし、サポート役の選手も優秀だ。今のところ、どこにも隙がないって感じ。「どの本拠地が割り当てられているかと、彼らが操作してるキャラクターによって、ある程度のパターンは見えてくるんだけどな……」「こっちの動きを読んで、想像の斜め上から攻撃してくるのがいちばん厄介って感じがします」「リーダーはsigmaだけど、小神野は今や参謀感もあるからなぁ……」ハル先輩は天井を見上げ、「こんな選手になるなんて、思ってもみなかった」と呟いた。プロの選手になって、先輩は変わった。あの夏の大会くらいからそのきざしはあったけど、俺のプレースタイルでも取り込んだの?ってくらい視野が広くなり、先を読みながら立ち回るのが圧倒的に上手くなった。単純な歳の差や、プロチームに所属してからの練習や時間の差……。隣に並んだと思っても、先輩はいつの間にか俺の前を走っているような気がする。すぐそこに見えていた背中が、今は遠い。「……悔しいです。ハル先輩」俺の言葉に、ハル先輩は「そうだな」とうなずいた。「予選自体の成績は俺たちも悪くないんだ。……本戦で勝負できるよう、相手チームの分析もしながら練習していこう」「はいっ!」俺は威勢よく返事をす
last updateLast Updated : 2025-08-29
Read more

【社会人編】4.温泉デート

2時間に及ぶドライブは、まるでアトラクションにでも乗っている気分だった。運転自体に大きな問題があったわけじゃないけれど、先輩はやっぱり短気なんだということがよくわかった。レースには向いていても、長距離ドライブにはまったく向いてない。「こんなに酔うんだったら、電車で来た方がよかったかな」旅館に着いてすぐ、先輩は自販機で水を買ってくれた。俺は近くのベンチでうなだれながら、それを受け取る。「ありがとうございます……。ちょっと休んだら、たぶん大丈夫なんで」「……本当に?」サングラスをTシャツの襟に引っかけた先輩が、ぐっと顔を寄せてきた。(うっ……。改めて見ると、先輩ってやっぱりビジュがいい……)シルバーアッシュの髪に、グレーがかった不思議な色の瞳。長くて繊細なまつ毛。学校や部屋以外の場所で見るとその魅力はいちだんと光っていて、周りにいるお客さんたちもこちらをちらちらと気にし始めているようだった。「行きましょうか。……部屋、取ってくれてるんでしょう?」「え? あ……うん」俺は先輩の手を取って引き、受付のカウンターへと向かう。先輩が取ってくれたという客室はとても豪華で、テレビを観ながらのんびりとくつろげそうな和室のほかに、キングサイズのベッドがある寝室や広いシャワールームがあった。客室露天風呂のそばには小さなサウナもついていて、設備も広さも申し分ない。「すごい……先輩の部屋より広い」ついそんな感想を漏らせば、先輩に後頭部を叩かれた。「いてっ」「俺はインドア派だから観光とかそんなに興味ないし……2泊もするなら、部屋でゆっくりできればって思ったんだよ。どうせ、伊織だってそうだろ?」「あっ、そういう決めつけって良くないと思います! ゲームが好きだからインドア派とか」
last updateLast Updated : 2025-08-30
Read more

【社会人編】5.ライバルでいる限り

その日は部屋についている露天風呂に一緒に入ってから夕食を取り、和室に置いてあったレトロゲームで夜中まで遊んだ。次の日は昼すぎに起きて、温泉街を見て回る。部屋に戻ってまたゲームで遊んでいたら、すぐ夕食の時間になって――。「2泊、あっという間だったな」「ですね。次は、もうちょっとゆっくりしてもいいかも」部屋の露天風呂からは外の自然豊かな景色が見えて、川のせせらぎが聞こえてくる。ぽつぽつと灯り始めるあかりをふたりで眺めながら、「明日からまた練習だな」とそんな話になった。「どっちも楽しいですけどね。ゼログラが思う存分できる、今の環境はすごく恵まれてるから」「それは俺も同感」でも、とためらいがちな声の後、先輩の動く気配がした。頬に手を添えられ、先輩の方を向かされる。「景色よりも、俺を見てよ」とでも言いたげな仕草がかわいかった。目を閉じれば、そっと口づけられる。「こうして一緒にいられるのは久しぶりだったから……俺は、ちょっと嬉しかったな」髪を、梳くようにして撫でられる。こめかみをぬるいお湯が伝うのを感じながら、俺は小さくうなずいた。「俺もですよ。高校1年の……あの生活に戻ったみたいだなって思いましたから」自分から言ったくせに、興味がなさそうに「ふぅん」とつぶやく先輩。(……本当は嬉しいくせに)俺はそんな先輩の頬を両手で挟み、その瞳を真っ直ぐに見据えて言った。「だけど……俺はもう、しばらく先輩には会いません」「……なんで」「ちゃんと勝ちたいから……です」言葉は、心の底から出た本音だった。俺は先輩の背中を追いたいわけじゃなく、隣に並んでいたい。対等にライバルとして……。「じゃ、俺になんて一生会えないじゃん」
last updateLast Updated : 2025-08-31
Read more

【社会人編】6.世界の舞台に向けて

楽しかった休みも終わり、ワールドチャンピオンシリーズの本戦が本格的に始まった。この段階ではまだオンラインの試合だけど、プレーオフになれば世界のどこか広い会場での試合になる。(去年は出場できなかったけれど、今年こそは……!)そう思っているのはチームのメンバーも同じらしく、ハルさんもサブリーダーとして仕事に気合いが入っているようだった。「次に対戦する韓国チームの情報、送っておくから各自見といてー」チームのオンラインミーティング中、ハルさんが独自に集めた情報を全員に共有してくれた。「ありがとうございます、ハルさん」「今年は韓国が強いもんな。現時点でうちが12位、チームアリゲーターは5位か……」そう呟いたのは、防衛のチームの要であるxenofireことゼノさん。ハルさんと同い年で、最年少の俺にも丁寧に教えてくれるいい人だ。彼の言葉に皮肉っぽい笑みを浮かべたのは、今年チームに入ったばかりのNovaさん。「見るなら、上を見ようぜ。ゼログラで日本最強のイグニスは2位だよ」「どの道、上位8位までに入らなきゃ、プレーオフには出られないからな……。練習時間、少し増やそうか」最年長のリーダーであり、カシラゲームズ歴の長いKaiことカイさんがそう話す。攻撃チームがハルさん、カイさんと俺の3人で、防衛チームがノヴァさんとゼノさんの2人。この5人がカシラゲームズの今のメンバーだ。プロのチームは色んな理由があって入れ替わりが激しかったりするけれど、去年からはずっとこのメンバーで頑張っている。「練習時間増やすの、賛成です。次の試合も勝ちたいし」俺が言うと、ゼノさんがにやけた顔で笑った。「おっ。最年少がやる気だ~」「からかわないでくださいよ。……本戦プレーオフの舞台なんて、みんな出たいに決まってるんですから」「今年はアメリカのロサンゼルス開催らしいからな」「あっ! 俺、カジノ行きたいか
last updateLast Updated : 2025-09-01
Read more
PREV
1234
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status