8月31日、渋谷。2,000人が入る大きなホールは観客で賑わっていて、会場には司会進行役のタレントやゲストの配信者など、有名な人もたくさん集まっているようだった。午前中からバトルソウルの試合が行われ、野田と笹原部長が現在進行形で頑張っている。
俺たちは応援もそこそこに、5人で集まって最後のミーティングを開いていた。
「さ、さすがに緊張するよね~……。会場も雰囲気あるし、人もいっぱいいるし」
珍しく、律先輩が真っ青な顔をしていた。玲先輩が、お兄ちゃんらしく隣で背中をさすってあげている。
「落ち着いてくださいよ、律先輩。……いつも通りにやればいいんですから」
「えっ、いおりんは逆になんで落ち着いてんの??」
「えっ??」
「神谷はメンタル強そうだもんなぁ~。俺も正直、手が震えてるよ」
萩原先輩も珍しく弱音を吐きながら、苦笑していた。玲先輩が背中をさすりながら補足してくれる。
「……この中で全国の決勝まで進んだことがあるのは、小神野だけだからな。俺たちは前回、違うチームだったから」
「そうだったんですね。……じゃあ、小神野先輩も」
「あー……俺もこういうのは平気。注目される状況は、むしろアガる」
「うわぁ……メンタルお化けだぁ……」
そう言いながら、「うっ」と吐き気に口元を押さえる律先輩。俺にも何かできることはないかと探していると、ふと、萩原先輩と目が合った。
「……そうだ! じゃあ、神頼みでもするか」
にっと笑って言った萩原先輩が俺と小神野先輩を並んで立たせ、手を合わせる。
「あー、そういうこと……」
玲先輩が納得したように言って、同じように頭を下げ、手を合わせた。
(どういうこと?)
律先輩も「そういうことね」って顔で笑うなり、俺たちを拝んでいる。
「ゼログラ攻撃チームの神様っ! 神業と神プレーに期待してますっ!!」
「いや、ほら……お前らどっちも『神』だからさ」
萩原先輩に言われて、ようやく気づいた。そういえば。
「神谷と小神野……。本当ですね、神繋がり」
「今、気づいたのかよ」
「いおりん、遅いねー」
「元気になったんですか、律先輩……」
呆れて言うと、先輩はけろっとした顔で「ちょっと元気出た」と笑っていた。
会場からいちだんと大きな歓声が響いてくる。「今年は新葉が3位だってよ!」と誰かの声が聞こえてきた。ステージが見られるモニターに、笑顔で喜び合う部長と野田の姿が映っていた。
「やったな、あいつら」
「バトルソウルで全国3位は、新葉史上初だよね」
「気合い入るなー」
いい空気感だった。何だかいい試合ができそうな、そんな気がしてくる。
「じゃ、円陣でも組むか」
小神野先輩の言葉に、5人が集まって円になる。かけ声は萩原先輩にお願いした。
「いくぞっ! 新葉~ファイッ」
「「「おーーー!!!」」」
こういうのは体育会系の部活っぽくてあんまり慣れない、けど。
「……行くぞ」
真剣な顔の小神野先輩に声をかけられ、背中を押されるのは悪くないかも、とそう思った。
◇◆◇◆◇◆◇
舞台の上は暑く、数々の照明がまぶしかった。
チームの紹介をしてもらっているあいだに、セッティングと動作確認を済ませる。イヤホンとヘッドセットをつけてしまえば、あとはいつもと同じだった。部室と同じように、隣には小神野先輩がいる。
全国大会を勝ち上がった高校4チームでの、最後の試合が始まった。
試合の展開と勝敗の行方を決めるのは――はじめの本拠地ガチャ。
「って、こんなときに工業団地かよっ!」
「いちばん守りにくいところが来たな……」
「みんな落ち着けよー。プランBで行くぞ」
もし、龍鳳高校が守りの固い基地を引いた場合……犬桜高校と白雲高校、どちらもまず新葉を攻めてくる可能性があるというのが俺たちの読みだった。新葉を攻めつつ、ついでに新葉の基地に攻めてくる龍鳳の攻撃チームを撃破する。
その読みは当たっていて、俺たちの守る工業団地はあっという間に戦場になった。フラッグを守る防衛戦。ここで小神野先輩をひとり離脱させるのが、俺たちの作戦だった。
「今だっ、オカピ先輩! ここは俺たちで頑張るから、行って!」
「わかった」
「あとで合流します!」
しばらくすると、犬桜高校の本拠地にたどり着いた小神野先輩があっという間に3人をキル。新たな拠点ができたところで、オトリにしていた本拠地を捨て、先輩と合流した。
この時点で犬桜高校は拠点を失って敗退、白雲高校は残り3人、龍鳳高校は拠点こそひとつ増えたものの、残りは4人になっていた。計画通りだ。
小神野先輩と白雲高校の本拠地に攻め込み、残った3人を撃破する。
「部長さんっ、すみません!」
先輩の連絡先を聞いた部長は俺が撃った。
……個人的な恨みがあったわけじゃないけど。べつに。
「ふたりともっ! ヤバいっ、玲がやられた!」
イヤホンから律先輩の声が響く。その奥から、玲先輩の悔しそうな「クソっ!!!」という声が聞こえてきた。
「メディックがいなくなるのは痛いよ……。龍鳳がふたりこっちに来てて、俺ももうやられそう!」
「わかりましたっ! じゃあ、俺が……」
「俺が行く」
俺のセリフをさえぎったのは、他でもない小神野先輩で――。
俺は耳を疑った。
(こういうサポートをするのは、いつも俺の役割だったはずだ)
先輩は誰かのサポートよりも、自ら敵陣に切り込んでいくことを好む。いつか理由を聞いたら、「だって、その方がカッコいいだろ」って笑っていたのに……。
「神谷は敵の本拠地に」
「で、でもっ……!」
俺はこの数か月、先輩と一緒にプレーしたおかげでFPSのスキルが格段に上がった。
できなくはない、と思うけど……。
画面の外にある横顔を一瞬だけ見ると、目が合った。
『お前なら、もうできるよな』。
言葉なんてひと言も発していないのに、たしかにそう言っているような気がして――。
「……了解っ」
「萩原っ! そこの拠点はもう捨てていいから、神谷の援護!」
「オーケー、すぐ行くっ!」
イヤホンから、萩原先輩の頼もしい声が聞こえてきた。
後に知った話だが、小神野先輩が超攻撃型のプレーヤーだということは去年の試合の様子からも明らかだったらしく……生配信で入った解説の人も、俺たちの動きがいつもと違うことに気がついていたらしい。
小神野先輩が先にたどり着き、姿を消せる律先輩のキャラ『ファントム』の回復をしながら2人の敵を撃破する。
俺も先輩の指示通り、萩原先輩と一緒に龍鳳高校が本拠地としている要塞基地に駆けつけ、残り2人をキルしてフラッグを取ることに成功した。
VICTORY。画面にはそう表示され、ファンファーレが流れた。俺たちの使っているキャラクターが肩を組み、誇らしげに国旗を掲げている。
俺はイヤホンとヘッドセットを外すと、小神野先輩と初めてハイタッチをした。先輩に抱き着く俺に、覆いかぶさってくる他の先輩方……。
この年、新葉高校はeスポーツのゼロ・グラウンド部門で、初めて全国大会優勝の成績をおさめた。
8月31日、渋谷。2,000人が入る大きなホールは観客で賑わっていて、会場には司会進行役のタレントやゲストの配信者など、有名な人もたくさん集まっているようだった。午前中からバトルソウルの試合が行われ、野田と笹原部長が現在進行形で頑張っている。俺たちは応援もそこそこに、5人で集まって最後のミーティングを開いていた。「さ、さすがに緊張するよね~……。会場も雰囲気あるし、人もいっぱいいるし」珍しく、律先輩が真っ青な顔をしていた。玲先輩が、お兄ちゃんらしく隣で背中をさすってあげている。「落ち着いてくださいよ、律先輩。……いつも通りにやればいいんですから」「えっ、いおりんは逆になんで落ち着いてんの??」「えっ??」「神谷はメンタル強そうだもんなぁ~。俺も正直、手が震えてるよ」萩原先輩も珍しく弱音を吐きながら、苦笑していた。玲先輩が背中をさすりながら補足してくれる。「……この中で全国の決勝まで進んだことがあるのは、小神野だけだからな。俺たちは前回、違うチームだったから」「そうだったんですね。……じゃあ、小神野先輩も」「あー……俺もこういうのは平気。注目される状況は、むしろアガる」「うわぁ……メンタルお化けだぁ……」そう言いながら、「うっ」と吐き気に口元を押さえる律先輩。俺にも何かできることはないかと探していると、ふと、萩原先輩と目が合った。「……そうだ! じゃあ、神頼みでもするか」にっと笑って言った萩原先輩が俺と小神野先輩を並んで立たせ、手を合わせる。「あー、そういうこと……」玲先輩が納得したように言って、同じように頭を下げ、手を合わせた。(どういうこと?)律先輩も「そういうことね」って顔で笑うなり、俺たちを拝んでいる。
暑さも本格的になってきた7月。新葉高校は予選を無事に勝ち抜け、2位で関東ブロックの代表に選ばれた。全国大会になると、レベルがいちだんと高くなる。初戦の中部ブロックとの試合に何とか勝利した俺たちは、ついにグランドファイナルと呼ばれる決勝戦へとコマを進めた。ゼロ・グラウンドは4つの国が争うゲームということもあり、今年から決勝は4チームで行われるらしい。参加する高校は去年とほぼ同じ。京都の犬桜高校、仙台の白雲高校、東京の新葉高校、そして前回大会で優勝した強豪・横浜の龍鳳高校。関東ブロックの代表を決める決勝戦でも、俺たちは龍鳳高校に負けた。だが、まったく届かない実力差でもなかった。全員で力を合わせれば何とかなりそうな――そんな手応えを感じていた。「あとは、作戦だよなぁ~……」部室のミーティングスペース。萩原先輩が宙を仰ぎながら言った。「初動が大事になってくるよな。他の3チームはどう動いてくると思う?」玲先輩が全員を見回して聞いたので、俺は控えめに手を挙げる。「龍鳳高校は間違いなく、新葉を最初に狙ってきます」「ほう。いおりん、その心は?」「小神野先輩がいるからです」龍鳳高校は5人が全員、俺みたいなタイプのプレーヤーだ。戦略ストラテジーには強いが、逆に小神野先輩ほどFPSの上手いプレーヤーはいない。おそらく、撃ち合いになったときに不利になるプレーヤーを早めに潰しに来るはずだった。「犬桜高校と白雲高校はどう出るかな?」「わかりませんが……仮に龍鳳と一緒になって俺たちを潰したところで、あの2校だけで龍鳳と互角にやり合えるかどうかは、微妙なところだと思います。それなら、俺たちと協力して先に龍鳳高校を落とした方がまだ勝ち目がある……」「俺たちとしても、まず龍鳳高校を倒さないと、後がキツイもんな……」「ですね」「色んなパターンを想定して、どう対応するか考えておく必要がありそうだな」「俺、覚えられるかなぁ……」律先輩が不安げな声をあげる。萩原先輩が肩を叩いて、励ましていた。「みんなで少
週明けの部活。俺たちは部室にそろって顔を出し、前回の試合の反省を活かしながら、練習を繰り返していた。奥の席に小神野先輩。その手前に俺。週末は色々あって恋人モードだった先輩も、部活が始まればいつものokaPに戻るわけで……。イヤホンからは俺を呼ぶ「神谷っ!」という怒声が聞こえていた。「お前っ、今なんで先に壁出さなかったんだよっ! ルーク使ってんだろっ!?」「いや、そもそも出すつもりなかったですよっ! 敵のモブ兵士が来たから、分断するために使っただけです。……先輩こそ、なんで俺が壁出す前提で動いてんですかっ!!」「こういうとき、いっつも出すだろうがっ!!」「出しませんよっ! もうちょっと、俺の動きよく見て覚えてくださいっ!!」いつにも増して言い争っている俺たちの隣で、玲先輩がヘッドセットを外しているのが見えた。「あ〝ぁ~~~、耳が痛すぎて、もう無理! ミュートにするか」「ねーねー、何かあったの? あのふたり。何か聞いてる~? 玲」「知らねぇ!」「先週、玲に言われたのもあって、色々話し合ったらしいぞー」萩原先輩があいだに入って、小神野先輩から聞いたことを説明していた。「へぇ~、そうなんだ。まぁ、プレー自体はあのふたりらしくなってきたからいいと思うんだけど……。それにしても、うるさいよね」「ああ。前の3割増しでうるさい」「本音で話し合った結果、意思疎通は図れるようになったけど……その分、言い合うことも増えたんだって」「まじか」「嘘でしょー……」「耳いてー」マイクが音を拾っていて、彼らの会話は俺たちにもばっちり聞こえていた。「聞こえてんぞ、お前らー」小神野先輩が小言をこぼすと、防衛隊3人は「さぁー仕事だ、仕事」とわざとらしく言って、それぞれの持ち場に戻る。この試合は俺たちの言い合いこそ多
「……んっ……」鼻にかかった自分の声で、ふと目が覚めた。まだ寝息を立てている神谷が下着しか見に着けていないのを見て、昨日の夜に何があったかを思い出す。(~~~~~っ!!)急に、恥ずかしさが込みあげてきた。昨晩の出来事を簡単にまとめると、俺は神谷との勝負に……負けた、と言ってもいいと思う。あいつの宣言通り、昨日の夜はあいつがどれだけ俺を好きなのか『わからされた』。(……男は無理だと思ってたのにな)彼女がいたって話も聞いてたし、どこかでまだ、気の迷いなんじゃないかと疑ってた。でも、一晩かけて、本気だってことをしっかり証明されて……。(……恥ずかしい)隠れるようにタオルケットを頭から被ったところで、背中の方からかすれた声がした。「……先輩、起きたの? おはよ」まだ眠そうな声。振り向くと、寝ぼけたままの神谷に腰のあたりから抱き寄せられる。「身体、大丈夫そ?」改めて聞かれると、羞恥心が込みあげてきてくすぐったかった。心臓の鼓動がうるさい。このまま時間が止まればいいのに、なんて……お決まりのセリフが胸をよぎる。額にキスしてくる神谷の胸に頭を埋めると、神谷の匂いがした。パジャマではないけど、同居生活の夢がひとつ叶ったような気がして嬉しい。「あれ……今日って、学校……?」「まだ、寝ぼけてるみたいだな。今日は休み。月曜は明日」「そっか……」眠そうに目をこすって、へらっと笑う神谷は今日もカッコよくてかわいかった。「じゃ、先輩とずっとこうしててもいいんだ」じっと見つめられて、唇にキスされる。明るいところで見られるのが恥ずかしくて背中を
先輩の部屋に着くまで、俺たちはひと言も言葉を交わさなかった。部屋に入って、ローテーブルを囲んで座ったところまではよかったけれど……今日の試合の反省会なんて、ちっとも始まる気配がない。(……いや、始めるつもりがないのかもしれないな)俺たちの問題はそこじゃないと、お互いが何となくわかっているから。「……先輩、怒ってます?」そう切り出した俺に、先輩は不機嫌そうに聞いた。「なんで」「あの日の夜……俺が先輩を無理に、その……抱くみたいになったから」先輩はぴくりと肩を震わせ、そっけなく答えた。「……べつに。合意だったし」「じゃあ……今、何を考えてるんですか? 俺、先輩の考えてること、少しもわからないです」そう伝えてみたものの、先輩は下を向いて何か考えるばかりで……。俺は深く息を吐いて、先を続けた。「どうして、俺を部屋から追い出したんですか。……怒ってないなら、なんで」「……それは……これ以上、距離詰めんのは違う気がして」「は?」「だからっ、距離が近くなり過ぎるのはダメだと思ったんだよ」「なんで」そもそも、『意思疎通を図れるようになろう!』という目的で共同生活をしたんじゃなかったんだろうか?(本当に、何を考えてるのかよくわからん……)俺はいよいよ頭を抱えつつ、自分の気持ちを吐き出した。「……俺はわりと嬉しかったですけどね。先輩と一緒に過ごせて。前よりは先輩のことをよく知れたような気がしますし、一緒にご飯作ったり、終わった後でゲームしたりするのも楽しかった」「俺だって、あの
先輩はベッドの上で静かに寝息を立てていた。その身体にタオルケットをそっとかけ、俺は荷物をまとめて部屋を出る。明け方、まだ日が昇り切っていないくらいの時間だった。「クソっ……」つい、そんな言葉が口からもれる。昨日の自分は、衝動的だった。避けられているのが悔しくて……つい言葉で先輩のことを追いつめ、手を出してしまった。結局、最後まではしなかったけれど……俺の提案にうなずいた先輩が、いったいどんな気持ちだったのかまではわからない。(やったよな、これ……)今日も放課後には部活がある。間近に迫った、夏の大会の予選に向けての練習だ。(どんな顔して、会えばいいんだよ……)俺は顔を手のひらで覆いつつ、自宅までの道のりを、荷物を片手に歩き続けた。◇◆◇◆◇◆◇「ねぇねぇ、玲。……あのふたりさぁ、何かあったの?」「さぁ……?」「あ、それ……俺もさっきから気になってた」「萩っちも気づいてたかぁ~。昨日も変だったけど、今日はもっと変だよねぇ?」「そうだな。ゲームに影響がなきゃいいんだけど……」部活での俺たちは、簡単に言うと、超・腫れもの扱いだった。何かあったんだろうということはわかるが、聞けるような雰囲気でもない。実際、俺と先輩とは気まずい以外の何物でもなかった。考えないようにと気をつけていても、つい昨日のことを思い出してしまう。先輩は先輩で、平静を装っているように見えたけど、何やら考えごとをしている時間が増えた気がする。そして、試合中の連携は……何とか機能していたけれど、ヒヤリとする場面が多かった。「これは……」「フレンドリーファイア