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【30】蠱毒が起源

Auteur: 猫宮乾
last update Dernière mise à jour: 2025-07-25 10:20:03

 さて、その数日後――ふと俺は思い出した。前に紫野が、時島に『実家の話をしたのか』と言っていた事を。何故思い出したのかは分からない――わけでもない。多分だが、電話がかかってきたからだ。

『もしもし、左鳥?』

 電話の主は弟の右京で、俺は布団に横になりながら電話に出た。時島は今日も図書館に出かけている。だが時島は、滅多に本を借りては来ない。重いからだろうか?

「どうした?」

『いやさぁ、久しぶりに漫画集めちゃって。村の話だったから、椚原の事を思い出してさ。左鳥と話したくなったんだ。タイトルは――』

「あー、その作品知ってる。俺は小説の方で最後までもう読んだ。面白いよな」

 今年受験のくせに余裕そうだなと苦笑しつつ、暫しの間俺は弟とホラー小説の話に興じた。母までハマってしまったそうで、父にも勧める計画だと聞いた。

 このように、自分の実家について思い出したから、時島の実家の事もまた、頭に浮かんできたのだろう。

『今度東京に行ったら、またお昼ご飯おごって』

「ああ。じゃあ、また」

 一応俺には、ライター業のバイト代があるので、弟には基本的におごる。

 俺の弟はすごく甘え上手で可愛い。弟のカノジョもすごく可愛い。正直羨ましい。俺にもカノジョが出来ないかなと思っていたら……何故なのか時島や紫野の顔が過ぎった。だから、慌てて打ち消す。別に俺は同性愛者ではない。紫野も多分元々は違う。では、時島はどうなのだろう?

 そんな事を考えていた時、本人が帰ってきた。俺は自分の考えに気まずくなって、思わず俺は別の事を聞いた。最初に考えていた、実家について、だ。

「なぁ、時島の実家ってどんな所?」

 すると時島が動きを止めた。

 そしてじっと俺を見据える。力強い瞳だった。僅かに目が細くなった気がする。

「時島?」

 俺が声をかけると、時島が息を呑んだ。そこで彼は、我に返ったようだった。それから持っていた買い物袋を、コタツの上に置く。それはいつも通りだった。だが俺は、己が『実家』と口にした時に、時島が気まずい沈黙を挟んだ事が気になって仕方が無い。

「紫野から、何か聞いたのか?」

「いや、全然」

「そうか」

 時島は安堵するように吐息すると、改めて俺を見た。

「A県」

 ポツリとそれだけ言うと、再び立ち上がり、時島がキッチンへと向かっていく。それを見守りながら首を捻った。どこが言いづらかったのだろうか。まぁ……言いたくないのなら、無理に聞いては悪い。無理強いするような事では無い。あるいは家族仲が悪いのかもしれない。一緒に暮らしていて思うのだが、時島からは、実家や家族といったモノの気配がしないのだ。

 そう事を考えていた時だった。

「――お前、憑き物筋ってどう思う?」

「へ?」

 パスタの封を切りながら、時島が不意に言った。

 憑き物筋――狐憑きや犬神憑きくらいならば、俺も聞いた事があった。特に狐憑きは、精神的な問題の可能性があって、それを日本という国が和やかに受け入れていた証なのでは無いかと言う研究もあるそうだ。昔の日本は、梅毒などの不治の病になっても明るく受け入れる風潮だったらしいし。ただし村八分――葬儀と災害の二分以外は、孤立していたと言う暗い話だってある。

「まぁ迷信じゃないのか?」

 結局俺は、そう言う答えに達した。すると時島が、振り返り俺を見た。時島は、お湯を入れた鍋をガス台に置きながら、スっと目を細めた。

「迷信じゃないとしたら?」

「病院行くとか……? いや、その……え、それって? 時島の家が何かに憑かれてるのか?」

 さすがに察して俺が問うと、時島が火をつけながら俯いた。

 横に赤唐辛子があるから、本日はペペロンチーノなのだろう。

「蛇神憑き」

 静かに時島の唇が動く。生憎俺は、蛇神という存在は聞いた事が無かった。

 狐憑きならば、ぴょんぴょんと跳ねる印象があるし、椚原で怖い話を聞いた事もある。祖父の友人が、狐に耳を噛みきられた話だ。いつか書こう。

 犬神憑きなら、四つ辻に犬を埋めるのだったか。

「蛇神って、どんなの?」

「他の蛇神は知らない。ただ俺の家の場合は――……蠱毒が起源だと言われている」

 蠱毒は俺も知っていた。壺に虫やら害獣やらを入れて、喰い争わせる呪術だ。

「蛇を喰い合わせたって事か?」

「いいや」

「じゃあ、どういう事?」

「――蛇に選ばれた人間を殺し合わせるんだ」

 それでは殺人だ。確かに……他者にはあまり言いたくないだろうなと考える。だが俺は、少しだけ好奇心がわいてしまった。また、その時何故なのか、聞かずにはいられない心境でもあった。知りたいという衝動があったのだ。

「蛇はどうやって人を選ぶんだ?」

「……蛇は代々当主に憑く。要するに当主が選んだ人間が殺し合う事になる」

 なお、選ぶ基準の話には、ならなかった。また、一人しか選ばない場合について、俺は聞きたいと漠然とだが考えたのに、何故なのか上手く言葉にならなかった。

 その後俺達は、ペペロンチーノを食べたのだった。

 紫野に、温泉に誘われたのは、梅雨になる直前の事だった。

 時島の家からほど近い場所にあるのだが、スーパー銭湯といった趣でもない。日中だけ安く入る事が出来る、旅館の温泉だ。

 最近は非常に暑い。俺は二つ返事で了承した。汗を流したかったのだ。二人でタオルを持って、旅館に向かう。

 ……そこは本当に旅館なのかも怪しいくらい寂れていた。同時に、街から少し外れたただけの場所に、こんなにも緑が深い場所があったのかと俺は驚いたりもした。

 H市の郊外にあるその旅館に入った瞬間から、俺は不思議と気分が爽快になっていた。

 服を脱ぎ、二人で中へと入る。

 客は俺達二人だけだった。穴場なのだろう。

「なんか此処、良いなー!」

 思わず叫ぶように言って、俺は足を伸ばした。それから両手の指を組み、お湯を閉じ込めて、紫野に水鉄砲をぶつける。

「止めろって」

「ごめんごめんごめん」

「あー、でも左鳥と来て良かった。目の保養」

「確かに窓から見える木が神々しく思えるな」

「いやお前の体」

「ちょっ、馬鹿か、お前」

 冗談だと判断して、俺は胸から下をタオルで隠した。女性はきっとこんな感じで隠すのだろう。ゲイネタに乗っかったのだ。

 そんな事よりも、本当に、大きな窓から見える新緑が、キラキラ輝いている。

 お湯は茶色く濁っているから、タオルはその色に染まっていく。

「なんだか気分まで洗われる気がするって言うのは、こういう事を言うんだろうな」

 俺がそう口にすると、紫野が唇の片端を持ち上げた。

「最近お前つかれてたから、尚更気分良いだろ」

 今度こそ、『憑かれて』という意味では無いだろうと判断し、俺は苦笑した。

「活動は何にもしてないんだけどなぁ。強いて言うなら、パソコン疲れ?」

「ほどほどにしておけよ。だけど、それだけじゃないと思うな」

「だって他に何も無いし」

 俺が何気なく答えると、こちらを見た紫野が、神妙な顔をした。

「気力が吸われてるだろ、確実に」

「――え?」

「視えるっていうのは、それだけ『力』を使うだろ」

 そう言うと、紫野はタオルで首筋を拭う。

「力ねぇ……」

 未だに俺には、そんなものが本当に存在するのか分からない。全然、実感が無い。

「だけど此処に入っていれば、気も休まるだろ? 体も」

「ああ。救われるよな、温泉って」

「違う。此処は霊穴だから、お前の力も補充されてるんだよ」

「え?」

「最近疲れてるみたいだったから、心配してたんだ」

 紫野はそう言って微笑んだ。俺は紫野のこういう顔が好きかもしれない。

 そして確かに、霊穴なのかはともかく、俺の体は驚くほど軽くなった。

 風呂上がりには、紫野が特性ドリンクの瓶を渡してくれた。持参したらしい。

 ついつい紫野が先に飲むのを確認してから、俺は蓋を開けた。

 さすがに俺でも、紫野の持つ薬物は、オカルト的な意味でとても怪しいと、既によく分かっている。

 茶色い瓶に入っていたそれは、緑色の液体で、味は甘くすっきりしていた。市販の栄養ドリンクに似た味だった。心地の良い炭酸が、喉を潤していく。

 それから二人でベンチに座り、雑談をした。そこで俺は、紫野は知っているようだったからと、少し考えた末に言う事にした。

「そう言えばさ、時島の実家の話、ちょっと聞いた」

「――話したのか、アイツ……絶対に止めろよ」

「え? 何を?」

「……」

 紫野が沈黙した。俺はただ首を傾げるしかない。俺は一体何を止めれば良いと言うのだろうか。

 その時紫野が無言のまま、俺の手を握った。お風呂上がりだからなのか、紫野の手は、とても温かい。元々、俺よりも体温が高いのかもしれない。

「ずっと俺が側にいてやるから――違うか、いさせて欲しいから、だから、何て言えばいいんだ、その……とにかく一緒にいよう」

 紫野はそう言うと俺の頭に手を回し、己の肩の方に引き寄せた。

 紫野の温度に、俺は安心したような気がして、さらに肩の力が抜けていく。

 また紫野と一緒に、温泉に来たいと感じた。

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