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【34】何方様

Author: 猫宮乾
last update Last Updated: 2025-07-28 19:40:35

 次に俺が目を覚ましたのは、時島が入ってきた時の事だった。

 全身が気怠かったが、無理に肩を抱かれて起こされたのだ。瞬きをする度に蛇の姿が映った気がする。気分は、とても爽快とは言えなかった。

「蛇の夢を見たのか?」

「え、ああ……」

 俺が頷くと、時島が舌打ちした。そんな時島を見るのは初めてだった。時島が、乱暴に俺の着物の胸元に手を添え、バッと押し開く。俺は何とはなしに下を見て、そして漸く覚醒した。まるで蛇に締め付けられたような、鱗の跡がそこにあったからだ。

 奥歯を噛んでいる様子の時島は、それから部屋の四方の蝋燭に、無言で火を点け直した。

 俺はそれをぼんやりと見守る。

「良いか左鳥。火は、昨夜一度も消えなかった。蛇の夢など見なかった――そうだな?」

 言動が一致していない時島を眺めつつも、昨晩言われた事を思いだし、俺は小さく頷いた。嘘をつくのがあまり俺は得意ではないが、頑張ろう。

「ああ、何も見ていないよ。俺は何も見てない」

 頷いた俺を見て、時島が急に抱きしめてきた。何事だろうかと思いつつも、やはりその温もりは優しい。おずおずとその背に手を回した時、障子が音も無く開いた。

 見られてしまった。

 いくら友人でも、男同士で抱きしめ合っている所なんて見られるのは恥ずかしい。そう考えていると、時島が息を呑んだ。硬直したのが、腕越しに伝わってきた気がする。やはり時島も見られて気まずいのだろう。

「昴。火を点け直したのね」

「――いいや」

「お父様の部屋の蝋燭が全て消えたわ。他の者には、『お渡り』が無かったんだもの。隠しても無駄よ」

「風で消えたんだろう」

「そんな事があるはずがないでしょう? では霧生君の体を改めても構わないよね」

「その必要は無い。俺が確認した」

「――霧生君、正直に話して?」

 姉弟喧嘩には、何故なのか見えなかった。だが、時島の声が、厳しいものだと言う事はよく分かる。

 しかし、『体を改められる』なんて美人のお姉さんに言われるのは、なんだか羞恥が

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  • 本当にあった怖い話。   【49】待つ

     ――この日を契機に、俺は時島とほぼ毎日体を重ねる事になる。「あ、ああっ、時島ッ」「左鳥、もう少しだから」「ひぅッ」 時島の雁首までが、俺の内部へと入った時、俺は必死で時島の肩を掴んでいた。今日は俺が上に乗っている。目を伏せ、何度か荒く吐息した。ゆっくりとゆっくりと、腰を沈めていく。しかし入ってくる感覚に、俺は仰け反った。「ア、ぁ……う」 ほぼ毎日しているというのに、未だに挿入の瞬間には慣れない。息を詰めると体が震えた。しかし内部が酷く熱いのだ。クラクラしてくる。その時時島が俺の腰を支え、一気に激しく突き上げた。「ウあ、あ、深ッ――ま、待って、ああ!!」「もう俺の方が限界だ。悪い」「ンあ――――!! ッ、っ――――!!」 そのままは勢いよく動かされ、俺もまた果てた。 そんな日々が、毎日続いているのだ。何故なのか、何度行為をしようとも、夜には体が熱くなる。もう出ないと思う日が次第に増えていく。なのに、どうしようもなくて、結局毎日、俺の前からは透明になった液がだらだらと緩慢に垂れるのだ。また、空イキを覚えきった俺の体は、中だけでも絶頂に到達するようになってしまった。その度に涙が零れるのが、気持ち良いからなのか、心が苦しいからなのか、俺にはもう分からない。ただ俺はいつも快楽に震えていた。 ――そんなある夜、時島が外出すると言ってきた。「どうしても外せない用事だ」と言っていたから、どんな用事なのかは聞かなかったし、教えてもらわなかった。 ただ俺は、この慣れきってしまった体をどうすれば良いのか分からなくて、一人毛布にくるまっていた。燻ってこみ上げてくる熱に、困り果てる。熱に浮かされたように、俺は冷や汗がこみ上げてくるのを感じていた。今夜は時島が帰らないという。どうしよう。どうしたら良いんだろう。もう俺の体は、毎日体を重ねなければ、駄目になっているようだった。必死で堪えながら、俺は気を紛らわそうと携帯を弄る。連絡相手は紫野だ。何か怖い話でもしようと思ったのだ。久しぶりに、サークル仲間にも連絡を取る。皆、元気そうだった。

  • 本当にあった怖い話。   【48】だって、

     そして、夜が来た。朝、あんなにも果てたのに、もう何も出ないだろうに……体は熱くなったのだ。嘘だと思いたかった。「左鳥、今夜は俺が外へ行くから……我慢できるか? 少し休んだ方が良い」 確かに一緒にいたら、俺はまた何かしてしまう気がした。 だが、玄関の扉に時島が手をかけた瞬間、俺はその袖を掴んでいた。「あ、時島、その……」「……」 時島が、何も言わずに俺を見る。その強い眼差しが、熱を孕んでいるように、俺には見えた。勿論それは錯覚かもしれない。それ以上に、引き留めた自分自身に羞恥が募る。だが……呟いていた。「抱いて欲しいんだ」 その場で時島に抱きしめられた。腕のその感触に、俺の体は既に悶え始めていた。中が、体内が、尋常ではなく熱くなっていく。朝の出来事が頭を過ぎり、それだけで俺の前は、立ち上がりかけた。「本当は、我慢出来ないのは俺の方なんだ」「時島……ンっ」「愛してる。だから本当は心が欲しい。だけど今は、最低な事に正直体だけでも良いと思ってる」 ギュッと腕に力がこもり、片手で服の上から陰茎を撫でられる。 そのまま壁際に追いつめられて、俺は時島を見上げた。「本当に時島は、俺の事が好きなの?」「まだ伝わらないのか」 俺には自分の気持ちがよく分からない。恋心はこれでも知っているつもりなのだ。けれど体の熱が先行して、何も考えられないと思ってしまうのは――ただの、言い訳なのだろうか。俺は、時島の気持ちに答える言葉を、少なくともその時持ち合わせてはいなかったのだ。 それからその場で――俺は座り込んだ。 服を乱され、下着を脱がされる。そして前にはそれ以降触れる事は無く、時島は二本の指を口へと含んだ。ぼんやりと俺はそれを眺めていた。「ひッ」 その指先が、朝の行為でまだ解れきっていた俺の中へと入ってきた。

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  • 本当にあった怖い話。   【45】温泉

     その日の午後、再び俺と紫野は、くだんの霊穴だという温泉へと向かった。 ぼんやりと蝋燭のことを回想しながらお湯に浸かる。そして俺は、体を洗っている紫野を眺めた。その時、不意に、小さな音がしたから視線を向ける。すると窓に、何かがへばりついている事に気がついた。最初は虫が飛んできて、激突して死んでしまったのかと思った。何気なく視界に入った異物を、今度はまじまじと見る。そのまま息を飲んだ。「紫野、紫野!」「なんだ?」「こ、これ!」 俺は、窓に張り付いている小さな藁人形を見てしまった。シャワーで体を流しながら、紫野が目を眇める。「それ、実際に『見える』な……実物だ。本物。誰かが作った藁人形だな」「だけど今、急に――」「どこかから引き寄せられたんだろ」 俺の隣に入ってきた紫野が、窓をじっくりと見る。 藁人形の中からは、黒い髪の毛がはみ出している。何らかの紙もはみ出していた。今でも、藁人形による呪いなど、存在するのだろうか。「この温泉に入ってる限りは、安全だから」「あ、ああ」 紫野の言葉を信じつつも、俺は温泉の中で震えてしまった。 入浴を終えてから、藁人形の事をフロントで報告すると、「ああ、またですか」と言われた。そうして謝られた。俺はもうこの温泉に来るのは嫌だなと思った。ただし結局その後も、疲労が一気にとれる気がしたので、何度も紫野と共にこの温泉には来る事となるのだが。 さて――その日は、俺は紫野の家に泊めてもらう事になっていた。 いよいよ俺は、体が熱くなる事を、紫野に相談しようと決意していた。「紫野、実はさ……時島の実家に行ってから、俺の体がおかしいんだ」「――選ばれたのか? 選ばれたんだろうな……」「紫野は何があったのか、知ってるのか?」「詳細は知らない。ただし、その儀式の件で、昔から草壁家と時島家は、薬の取引があるんだよ。それで俺は最初から、時島の名前だけは知ってた」 俺

  • 本当にあった怖い話。   【44】「東京へ行け」

     ――俺は、弟の所に遊びに行く事にした。泰雅が「東京へ行け」と言ったからだ。泰雅の家には、あれ以来顔を出してはいない。何度か連絡があったが、俺は返事をしていない。 全てを投げ出したくなる気分――と言ってしまったら、皆には悪いと思う。ただ、重い頭痛の支配する意識で、誰かと話す事は苦痛だった。溜息をつきながら俺は、特急電車に乗っている。弟の右京だけは、俺の中で特別なのだ。一泊二日の予定で、「遊びに来ないか」と言われたら、肩にのし掛かっている重みが少しだけ消えた気がした。 窓の外を眺めながら思う。手元にはタブレットがある。 ――俺のこの記録は、いつか誰かが読むのだろうか? その時俺は、果たして生きているのだろうか? 何とはなしに考えていたら、結局昔……紫野に聞こうとして出来なかった事を思い出した。死を売っているならば、生もまた売れるのかという疑問だ。仮に同じ色の蝋燭が複数存在したならば、他の者の粉を飲めば命を取り留められるのではないのかだなんて、想像した覚えがある。 弟と合流したのはT区のI駅東口だった。それから二人で、適当に中華の店へと入る。中は暑くて混雑していた。やはり東京の方が、実家よりも暑い。実家もそれなりに暑いとは思うのだが、質が違うのだ。東京の熱の方が、乾いている。 辛い麻婆豆腐を食べながら、弟が笑った。俺はチャーハンを口に運びながら、時島達とも食べたなと思い出しながら、それを見ていた。「そうそう。同僚から聞いたんだけどね」 弟が不意に真顔になり、唇を尖らせた。この顔は、怖い話をする時の顔だ。「昔さ、その同僚とそのカノジョと、他に友人三人とNハイランドパークに行ったんだって。その帰りに、みんな気分がノってたから、どっちが早くファミレスまで着くか競争することにしたんだってさ。危ないよね」「競争?」「一人だけバイクで、他が四人乗りの車だったんだって。車が少なくてスピードだし放題だったらしいよ。危険運転だけどさ」「なるほどな」「そのカノジョ、真由子さんていう名前だったんだって。友達は、貴史さん」 だった……過去形か。

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