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【52】占い

作者: 猫宮乾
last update 最終更新日: 2025-08-14 19:40:14

 ――さてこの日、俺は久しぶりに大学へと向かった。ライターのバイトのネタ探しとして、民俗学の本を読む事にしたのである。図書館へ向かおうと階段を下りていると、不意に腕の袖を引かれた。振り返ると、そこには遠藤梓が立っていた。

「ちょっと占わせてくれないかな」

「う、うん? 今?」

「そう、この場でいいから」

 事故は大丈夫だったのか、いつ退院したのかと聞こうとして、俺は止めた。

 あまり立ち入った事を聞いては悪いだろうと判断したのだ。

「――何か黒い影、いや白いのかな、丸い物に体を包み込まれているように見える。苦しいとか最近無い? なんだろう、息苦しいとかかな。とにかく苦しんでいるはずだね」

 体の事だとすれば……体の熱が辛い事だとすれば、遠藤の占いは当たっている。包み込まれているのかは、ちょっと分からないが。

「その苦しみから解放されたいような、解放されたくないような、答えは一つのはずなのに、何故なのか迷っていない?」

 勿論体の熱からは解放されたい。答えは一つだ。

 だがもうすっかり俺の体はおかしかったから、今更快楽を忘れられるのかという不安は確かにある。今は痛みよりも快感が恐ろしい。けれどこちらは、気が狂うほどの悦楽をもたらしてくれるのだ。甘くて、思い出すだけでも体が熱くなる。

「だけど結果的に無事に解放されるよ。近い内に、庵を結んでいる賢者と会うのが視える。その人が鍵になってくれる。なんだか事故に遭ってから、霊感占いも出来るようになっちゃって、近い未来の場面がたまに視えるんだよね。じゃあ、また」

 遠藤はそう言うと歩き出した。俺は何も言わないままでそれを聞き、彼の後ろ姿を見た時になってやっと、「また」と返した。

 その日の午後、弟が東京に出てきた。高校が休みだったらしい。俺と弟は違う高校なので、何故平日なのに休みなのかは知らない。

 泊めて欲しいとの事だったので、時島の了解を得た。薬作りが落ち着き、再び時島の家に頻繁に訪れるようになっていた紫野も、会うのが楽しみだと言っていた。結果、駅前のファミレスで合流した

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  • 本当にあった怖い話。   【52】占い

     ――さてこの日、俺は久しぶりに大学へと向かった。ライターのバイトのネタ探しとして、民俗学の本を読む事にしたのである。図書館へ向かおうと階段を下りていると、不意に腕の袖を引かれた。振り返ると、そこには遠藤梓が立っていた。「ちょっと占わせてくれないかな」「う、うん? 今?」「そう、この場でいいから」 事故は大丈夫だったのか、いつ退院したのかと聞こうとして、俺は止めた。 あまり立ち入った事を聞いては悪いだろうと判断したのだ。「――何か黒い影、いや白いのかな、丸い物に体を包み込まれているように見える。苦しいとか最近無い? なんだろう、息苦しいとかかな。とにかく苦しんでいるはずだね」 体の事だとすれば……体の熱が辛い事だとすれば、遠藤の占いは当たっている。包み込まれているのかは、ちょっと分からないが。「その苦しみから解放されたいような、解放されたくないような、答えは一つのはずなのに、何故なのか迷っていない?」 勿論体の熱からは解放されたい。答えは一つだ。 だがもうすっかり俺の体はおかしかったから、今更快楽を忘れられるのかという不安は確かにある。今は痛みよりも快感が恐ろしい。けれどこちらは、気が狂うほどの悦楽をもたらしてくれるのだ。甘くて、思い出すだけでも体が熱くなる。「だけど結果的に無事に解放されるよ。近い内に、庵を結んでいる賢者と会うのが視える。その人が鍵になってくれる。なんだか事故に遭ってから、霊感占いも出来るようになっちゃって、近い未来の場面がたまに視えるんだよね。じゃあ、また」 遠藤はそう言うと歩き出した。俺は何も言わないままでそれを聞き、彼の後ろ姿を見た時になってやっと、「また」と返した。 その日の午後、弟が東京に出てきた。高校が休みだったらしい。俺と弟は違う高校なので、何故平日なのに休みなのかは知らない。 泊めて欲しいとの事だったので、時島の了解を得た。薬作りが落ち着き、再び時島の家に頻繁に訪れるようになっていた紫野も、会うのが楽しみだと言っていた。結果、駅前のファミレスで合流した

  • 本当にあった怖い話。   【51】打ち合わせ

     そうして――夏本番が始まろうとしていた頃。 俺は久方ぶりに、ライター業の打ち合わせの為に、新宿へと出た。 くだんの怖い話の仕事についてで、待ち合わせ相手は高階さんだった。 静かな喫茶店へと入り、暫く二人で、過去の恐怖話はどうだろうかと話し合っていた。過去というのは、江戸時代やその前の時代だ。大正時代も考えたが、その時代の話は既存の本にも多いのではないかという結論に達した。何故なのか明治は話題に挙がらなかった。打ち合わせが一通り終わった時、不意に高階さんが言った。「……変な事、聞いてええ?」「なんですか?」「霧生君て、ゲイだったりする?」「え……な、なんでですか、いきなり」「すごく色っぽい。こっちを見る目が。なんて俺、なに言ってんやろな」「仮に……そうだとしたら、なんですか? 気持ち悪いとかそう言う?」 確かに現在の俺は、もうゲイネタを気楽に話す事など出来ないし、ゲイなのかも知れない。恋をしているわけではないが。少なくとも俺の体は男に夢中だ……。「いや、そうならホテル誘おうかと思って」「え?」「俺バイやから、て、こっちが気持ち悪いか」 高階さんが明るい声で笑った。本気なのか冗談なのか俺は困惑していた。 今日も体は変わらず熱い。 その上、本日は、時島も紫野もいないのだ。我慢しようと思っていた日だった。「いいえ。そんな事は無いです、その俺……」「じゃあ行こうか」 気づくと俺は頷いていた。その言葉だけで、俺の体はこれから訪れるだろう快楽を想像し、歓喜に震えていたのだ。最悪だ。「……俺結構ハードな事するよ。基本男には、つっこまんけど」「そうなんですか」 しかもより最悪な事に、俺はそのハードな事という言葉に、多分期待すらしていたのだった。 繁華街のホテルへと連れて行かれた

  • 本当にあった怖い話。   【50】紫野の薬の完成

     ――紫野の薬が完成した。その知らせを聞き、俺は紫野の家へと直行した。予定よりは完成が少し遅れた。しかし文句を言う気にはならない。ただ激しい動悸がしていただけだ。鎮まるのだろうか――そうしたら、俺の体はどうなるのだろう? 現在では、時島には触られるだけで、それだけで体が蕩ける。その上、一日でもいないと相変わらず辛い。なのに今日で、不在は三日目だ。もう体の抑えが効かず、昼間だというのに歩くのが辛かった。 しかし紫野にそんな事を悟られるのは嫌だったので、すぐに扉を開けて家に入れてもらってから、俺は早速切り出した。「それで、薬は?」「これ――とりあえず、一ヶ月分は作れた」 すると小さな和紙にくるまれた粉薬を手渡された。同様の物がいくつも入った袋を紫野は持っていた。「すぐに飲むか?」「うん、頼む」 俺の声に、紫野がコップに水を入れて持ってきてくれた。安堵しながら受け取ろうとした時――紫野の手に俺の指先が触れた。その瞬間に快楽が俺の背筋を駆け抜けたから、俺はコップを取り落とした。 フローリングの床の上で、コップが割れる音が響く。 後退りながら、這い上がった快楽に怖くなった時には、俺の体は最早蕩けだし、力が抜けて倒れかけた。慌てたように紫野が、腕で俺を抱き留める。 ――その温もりが、辛すぎた。「ヒっ、うああっ」 俺の口からは、これまで堪えに堪えていた嬌声が漏れた。「……左鳥?」 呆然としたように呟いた紫野を見て、俺は泣き出しそうになった。紫野にはこんな姿を見られたくなかった。俺の陰茎は勃ちあがっていて、下衣の中で反応しているのが紫野に伝わってしまっている。紫野の視線がそちらを向いているからだ。「あ、あ、紫野ッ……俺に触らないで……俺……」「薬が効くまでに、一時間はかかる」「ッ、うン、わ、分かった……はァ」「――それまで我慢できるか?」

  • 本当にあった怖い話。   【49】待つ

     ――この日を契機に、俺は時島とほぼ毎日体を重ねる事になる。「あ、ああっ、時島ッ」「左鳥、もう少しだから」「ひぅッ」 時島の雁首までが、俺の内部へと入った時、俺は必死で時島の肩を掴んでいた。今日は俺が上に乗っている。目を伏せ、何度か荒く吐息した。ゆっくりとゆっくりと、腰を沈めていく。しかし入ってくる感覚に、俺は仰け反った。「ア、ぁ……う」 ほぼ毎日しているというのに、未だに挿入の瞬間には慣れない。息を詰めると体が震えた。しかし内部が酷く熱いのだ。クラクラしてくる。その時時島が俺の腰を支え、一気に激しく突き上げた。「ウあ、あ、深ッ――ま、待って、ああ!!」「もう俺の方が限界だ。悪い」「ンあ――――!! ッ、っ――――!!」 そのままは勢いよく動かされ、俺もまた果てた。 そんな日々が、毎日続いているのだ。何故なのか、何度行為をしようとも、夜には体が熱くなる。もう出ないと思う日が次第に増えていく。なのに、どうしようもなくて、結局毎日、俺の前からは透明になった液がだらだらと緩慢に垂れるのだ。また、空イキを覚えきった俺の体は、中だけでも絶頂に到達するようになってしまった。その度に涙が零れるのが、気持ち良いからなのか、心が苦しいからなのか、俺にはもう分からない。ただ俺はいつも快楽に震えていた。 ――そんなある夜、時島が外出すると言ってきた。「どうしても外せない用事だ」と言っていたから、どんな用事なのかは聞かなかったし、教えてもらわなかった。 ただ俺は、この慣れきってしまった体をどうすれば良いのか分からなくて、一人毛布にくるまっていた。燻ってこみ上げてくる熱に、困り果てる。熱に浮かされたように、俺は冷や汗がこみ上げてくるのを感じていた。今夜は時島が帰らないという。どうしよう。どうしたら良いんだろう。もう俺の体は、毎日体を重ねなければ、駄目になっているようだった。必死で堪えながら、俺は気を紛らわそうと携帯を弄る。連絡相手は紫野だ。何か怖い話でもしようと思ったのだ。久しぶりに、サークル仲間にも連絡を取る。皆、元気そうだった。

  • 本当にあった怖い話。   【48】だって、

     そして、夜が来た。朝、あんなにも果てたのに、もう何も出ないだろうに……体は熱くなったのだ。嘘だと思いたかった。「左鳥、今夜は俺が外へ行くから……我慢できるか? 少し休んだ方が良い」 確かに一緒にいたら、俺はまた何かしてしまう気がした。 だが、玄関の扉に時島が手をかけた瞬間、俺はその袖を掴んでいた。「あ、時島、その……」「……」 時島が、何も言わずに俺を見る。その強い眼差しが、熱を孕んでいるように、俺には見えた。勿論それは錯覚かもしれない。それ以上に、引き留めた自分自身に羞恥が募る。だが……呟いていた。「抱いて欲しいんだ」 その場で時島に抱きしめられた。腕のその感触に、俺の体は既に悶え始めていた。中が、体内が、尋常ではなく熱くなっていく。朝の出来事が頭を過ぎり、それだけで俺の前は、立ち上がりかけた。「本当は、我慢出来ないのは俺の方なんだ」「時島……ンっ」「愛してる。だから本当は心が欲しい。だけど今は、最低な事に正直体だけでも良いと思ってる」 ギュッと腕に力がこもり、片手で服の上から陰茎を撫でられる。 そのまま壁際に追いつめられて、俺は時島を見上げた。「本当に時島は、俺の事が好きなの?」「まだ伝わらないのか」 俺には自分の気持ちがよく分からない。恋心はこれでも知っているつもりなのだ。けれど体の熱が先行して、何も考えられないと思ってしまうのは――ただの、言い訳なのだろうか。俺は、時島の気持ちに答える言葉を、少なくともその時持ち合わせてはいなかったのだ。 それからその場で――俺は座り込んだ。 服を乱され、下着を脱がされる。そして前にはそれ以降触れる事は無く、時島は二本の指を口へと含んだ。ぼんやりと俺はそれを眺めていた。「ひッ」 その指先が、朝の行為でまだ解れきっていた俺の中へと入ってきた。

  • 本当にあった怖い話。   【47】もっと、

    「――って、言う話しが印象に残ってる」「そうか」 時島は、塩の瓶を片手で弄びながら、小さく笑った。 しかし俺の話に興味があるのか無いのか、反応は薄い。その後、こちらへと向き直った。 この時、時島は、真剣な顔をしていた。塩を机の上に置くと、俺の真横から腕を伸ばしてきた。「もう抱きしめても良いか」「ッ」 そう言った瞬間には、抱きしめられていた。 先ほどヌいたばかりだというのに……なのに、なのに俺の鼓動は騒ぎ始め、ドクンドクンと警鐘を鳴らし始める。体が再び熱くなり始めた。まずい。そのまま、顎に手を添えられ、上を向かせられる。「ん」 そうして唇が降ってきた。時島とキスをする事には慣れてしまった。そう思ったが、する事には慣れても、感じ方が弱くなるわけではない。寧ろ次第に、俺の体は、キスをするだけで感じるようになっていく気がする。舌を絡め取られ吸われる内に、じんじんと熱が這い上がってきた。やはり内部が熱くなってきたのだ。こんなのはおかしいはずなのに。時島家での出来事が甦る――強い悦楽を想起し、俺の体は震えた。 漸く唇が離れた時、俺は自分の瞳が滲んでいる事に気がついた。「時島……その……」「嫌だったか?」 ――その時の俺の体はもう限界だったのだと思う。 俺は自分から時島に抱きついていた。「もっと……して欲しいんだ……なんて、ハハハ」 空笑いしてみたが、虚しくて、時島の胸に顔を預けて俺は自分の表情を隠す。時島の反応が怖かった。その表情を見たくなかった。「良いのか?」「……あ、その……」 何か言おうとした時、その場で押し倒された。軽く頭を座布団にぶつける。「そんな事を言われたら、止められない」 時島はそう言ってから、俺の首筋を撫で上げる。

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