その頃――藍里がオーディションの場で緊張に耐えていることなど露ほども知らない清太郎は、母方の叔母・路子と姉の清香に連れられて名古屋の地下街で買い物をしていた。 もう、歩き疲れて足が棒のようになっている。広大な地下街はまるで迷路のようで、数時間歩き回っただけで体力は底を尽きかけていた。 近くにあったベンチに倒れ込むように腰を下ろし、手にしたスマートフォンの画面をぼんやりと眺める。 藍里からのメッセージは当然のように届いていない。そもそも彼女は普段から滅多にメールやLINEをしない。そういう性格だとわかっているのに、「今どうしてるかな」とつい気になってしまう。 ――大学展には無事着いたんだろうか。時雨と二人、何も問題が起きていなければいいけど。 自分でもおかしいとわかるほどの心配性だが、それだけ藍里のことを気にかけている証拠でもあった。「ふぅ……」 ふと隣に誰かが座り込む気配。見れば、清香が疲れ切った顔でヒールを脱ぎ、ふくらはぎを揉んでいた。「姉ちゃんは名古屋なめとんのか」「なめてた。……こんなに歩くと思わなかった。足がもう……」 清香は顔をしかめて苦笑する。足首から踵にかけてのラインは真っ赤に擦れていて、薄いストッキングの上からでも痛みが伝わってくるようだった。「お前、それじゃ歩けんやろ。靴、買ったほうがええぞ」「やだよ、せっかくワンピに合わせてきたのに。スニーカーなんて似合わない」 口ではそう言っても、視線は自分の踵に釘付けだ。そこにはくっきりとした靴擦れができており、見るからに痛々しい。 清太郎は呆れたように肩をすくめると、清香の腕を軽く引いた。「ほら、文句言ってんと早く行くぞ。時間もったいない」「……ほんとあんた優しいよね」 清香がぼそりと呟く。 清太郎は言葉を飲み込んだ。本当は『あんたらが女には優しくしろって叩き込んだからやろ』と返したかったが、それは心の中にしまった。 二人で靴屋へ入り、清香の服に合うようなシンプルなスニーカーと靴下を選んでやる。清太郎がレジで支払いを済ませて渡すと、清香は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。 その後、「お礼ね」と言って、清香はすぐそばのカフェでアイスコーヒーを買ってくれた。清太郎はコーヒーが特別好きでもなかったが、姉の気遣いを無駄にしたくなくて素直に受け取り、一口飲む。 再びベンチに戻る
Terakhir Diperbarui : 2025-08-30 Baca selengkapnya