崩れかけた玉座の上で、ファルネアは微かに瞼を震わせた。割れた大理石の床には、赤黒い血が広がっている。体の芯から力が抜けていく。「……ああ……負けた、のね……」掠れた吐息が唇を震わせる。かつて悦楽と力で満たされていたその眼差しは、今や虚ろに濁っていた。胸元には、焼け焦げた“契印”の痕──リリスに奪われた核の痕跡が残っている。その傷跡を指でなぞりながら、ファルネアはふっと、かすれた笑みを零した。「それでも……美しかったわ……あなたは……最後まで……」涙が一筋、血の中を滑って落ちる。崩れた廊柱の隙間から、冷たい風が吹き抜け、彼女の銀髪をかすかに揺らした。そのとき──足音が響く。複数の影が、ゆっくりと玉座の間へ踏み入ってきた。「核は奪われたが……まだ“残響”は消えていない」「解析対象としては上等だ」仮面をつけた人物が、ファルネアの前に立つ。漆黒のローブを纏い、その表情は一切読み取れない。彼の背後には、装束を揃えた魔術兵たちが数名、静かに立っていた。「──連れていけ」その一言で、ファルネアの体は浮かび上がり、黒い繭のような結界に包まれる。彼女はもはや、抵抗すらできなかった。「リリス……」崩れかけた声が、空虚に響いた。名を呼んだその刹那、彼女の意識は闇の奥深くへと沈んでいった。──終わりではなかった。ただ、別の“契約”の序章が始まったにすぎない。パチ……パチ……焚き火の音だけが、静かに夜を刻んでいた。燃える薪のオレンジが、魔女の頬を揺らす。カインは濡れたリリスの髪をそっと拭き、マントを掛けてやる。彼女は言葉もなく、その仕草を見つめていた。「……なんだよ、おまえ。黙り込んで」カインがわざと軽く笑うと、リリスは細く目を伏せた。「優しすぎるのよ、あなた。……そんなこと、されると……困るの」「は? 困るって言われても、今さらだろ」カインは火を見つめながら肩をすくめた。「契約とか関係なく、俺は……おまえを放っておけない。なんか……離しちゃいけない気がしたんだ」リリスはしばらく沈黙したまま、その言葉を咀嚼するように目を閉じた。やがて、かすかに笑みを浮かべる。「ほんとに……愚かな騎士様。でも……」リリスはカインの肩に、そっと頭を預けた。その柔らかな重みと熱に、カインの喉がごくりと鳴る。「私はね、カイン。人間に触
Terakhir Diperbarui : 2025-07-29 Baca selengkapnya