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断崖への道と契約核の気配

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-29 17:17:08

肌を撫でる風が、徐々に冷たさを増していた。

断崖地帯──そこは、かつて帝国の追放者たちが最後に息絶えたという、忌まわしい土地だった。

瓦礫と岩肌、黒く焦げた樹々の残骸が、眼下に広がる。

「……ここ、嫌な気配がするわね」

リリスが立ち止まり、手で空をなぞるように魔力を撫でる。

その所作は、まるで見えぬ糸を艶めかしく指先で弄ぶ仕草のようだった。

「魔力が……熱っぽい?」

カインが険しい顔で周囲を見渡す。

彼の背には剣──それはもう“リリスの眷属”である証の黒い魔印に、少しずつ染められていた。

「契約核の影響。おそらく“目覚め”かけているわ」

リリスは深く吸い込み、吐息を吐いた。

甘やかに濡れたその吐息が、霧となってカインの首筋にかかり、彼の鼓動がわずかに跳ねる。

「おまえ……わざとやってるだろ」

「ふふ。こんな殺風景な場所でも、貴方を昂らせるのは、女の義務でしょう?」

そう言ってリリスは腰をくねらせ、裾の深いスリットから太ももをのぞかせる。

砂利の地を踏み出すたび、柔らかな脚がちらつき、契約者であるカインの理性を試すような動きだった。

「……真面目に警戒しろよ」

「してるわよ。魔力の濁りは濃くなってる。ここから先は、“自我を持つ瘴気”が出る可能性もあるわ」

その言葉の直後──

「ぐうぅぅっ……!!」

小動物のような魔物が飛び出してきた。だが、その姿は明らかに異常だった。

皮膚は裂け、血に似た黒い液体を垂らし、全身が膨れ上がっていた。

「魔力で“変質”してる……! 契約核の波動が、動植物の生態を狂わせてるんだ」

リリスが冷静に手をかざす。

その指先には、うっすらと紫の契約紋様が浮かび上がる。

「少し“悦び”を教えてあげるわ。快楽に溺れたら、攻撃する気もなくなるでしょう?」

──その瞬間、地に這うような紫の光が魔物を絡め取る。

蠢くような紋が皮膚に浮かび、魔物がよろめく。

だがそのとき、さらに異様な殺気が断崖の奥から飛来する。

「来たわね……“黒影”」

リリスの声が、一瞬で妖艶から戦士のものへと変わった。

カインは剣を抜く。

風が止まり、空気が張り詰める。

「さあ──本番よ」

断崖の奥。黒い岩肌の裂け目から、ゆらりと“それ”は現れた。

漆黒の外套。

仮面のような面布。

そして、全身から漏れ出す濁った魔力。

「貴様が……“黒契王”の名を継ごうとする者か」

その声は低く、感情
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