誘拐され流産しても放置なのに、離婚だけで泣くの? のすべてのチャプター: チャプター 211 - チャプター 220

476 チャプター

第211話

もちろん、正邦が後悔しているのは自分がちゃんと夕星を育てれなかったことではなく、美鈴と前もって良好な関係を築けなかったことだ。あと、梅代ともだ。このことを考えると、正邦は雲和を恨む気持ちでいっぱいになった。母さんがどれほど大事なのかを知っているのに、雲和はわざと彼女に嫌がらせをする。まさか、本当に自分が一生懸命築き上げてきた会社が破綻するのを目の当たりにしたいのか?美鈴は冷酷な恩知らずだ。……二日後、美鈴はいつも通り病室で目を覚まし、安輝のお見舞いに行った。安輝の状態は良く、わざわざ一階まで美鈴を迎えに来た。「安輝」美鈴は手を振り、急いで歩み寄った。安輝も駆け寄ってきたが、何かを踏んでしまったのか、階段から転げ落ちた。「安輝!」美鈴は叫びながら駆け寄り、小さな体を抱き上げた。安輝の顔は青白く、目は固く閉じられていた。医師がすぐに到着し、安輝を救急室に運んだ。美鈴の目は赤く腫れ、全身が震えていた。「美鈴」凌が駆けつけ、彼女を抱きしめた。「凌、安輝が転んで、全身血だらけなの」美鈴は彼の服を掴み、命綱のように握りしめた。「凌、彼を助けてあげて」彼女は泣きじゃくっていた。梅代おばあちゃんが亡くなったばかりなのに、安輝まで失うわけにはいかない。凌は美鈴の不安な気持ちを落ち着かせながら言った。「まだ出てきてないのは、幹細胞の移植が順調だからだよ。手術中だから、心配しなくていい」美鈴の目は涙で曇っていた。「手術?」美鈴は自責の念と悲しみに浸りすぎて、安輝が移植手術を受けていることを知らなかった。「うん」それを聞いても、美鈴はまだ不安だ。むしろ、さらに心配事が増えた。凌の体がぐらつき、彼は急いで壁に手をついて体を支えた。秀太は慌てて言った。「榊社長、どうか少し体を休めてください。幹細胞を採取するための注射は長時間にわたりますし、薬にもアレルギー反応があります。今休まなければ、体が持ちません」美鈴は我に返り、すぐに凌の体を支えて座らせた。彼女は凌の明らかに青ざめた顔色を見て、心に疚しさを覚えた。凌が安輝を救おうとしてくれたこと自体、もう十分にありがたいのに。自分は凌にそこまで酷くあたるべきではなかった。そんなふうに考えると、気持ちが少しほぐれた。美鈴は、凌が
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第212話

美鈴が病院で安輝に付き添おうとしたが、凌と律はどちらも同意しなかった。「妊娠しているから、夜更かしはだめだ」と凌が説得しようとした。律も言った。「あなたは帰って休んでて。ここは私に任せてくれ。何かあれば電話するから」そう話していると、廊下に突然足音が響いた。白髪の年寄りが歩み寄ってきた。律は急いで迎えに行った。「おばあちゃん」温井初江(ぬくい はつえ)はすでに80歳を超えているが、足腰は丈夫で、体も元気なのに加え、目もしっかり見えている。初江は律が差し出した手を振り払い、美鈴の前に立った。舐め回すように美鈴の全身を眺めた。「あなたが本郷美鈴なのね?」美鈴もすでに相手の身分を察して、恭しい態度で言った。「初江さん」初江は、美鈴の師匠を務めていた雪子の母親だ。美鈴は当然、礼をもって初江と接した。初江は頷いた。「私と少し話せる時間はあるかしら?」「もちろんです」美鈴は快諾した。律と凌は自らその場を離れた。美鈴は初江を座らせてから、自分もそばに座り、膝に手を置いて、とても従順な様子だった。初江はゆっくりと口を開いた。「律が写真を見せてくれたのよ」「美鈴、彼女のことについて話してくれるの?」言葉には懐かしさが込められていた。美鈴は雪子に出会ってからのことを詳細に語り、夕星と律の間の出来事にも触れた。美鈴は、当時何が起こったのかを知りたかった。律が夕星を裏切ったのかどうかを、美鈴は知りたかった。しかし、初江は律と夕星の話には触れなかった。「雪子は冷酷な女だったわ。家出してから、まる20年も連絡がなかったのよ」「美鈴、夕星のそばにいてくれて、ありがとうね」やはり自分の娘のことを思い出すと、初江は心を痛めた。「雪子さんは最期の時、初江さんのことを思い出していました。ただ、その時彼女は意識が朦朧としていたので、私たちも彼女の住まいがどこか分かりませんでした」美鈴は優しく語った。「師匠は……恐らく故郷を想っていたのだと思います」初江は涙を流し、深く悲しんだ。少し落ち着いてから、初江が言った。「安輝の件だけど、温井家で育てることにしようと思っているの」美鈴は数秒黙り込んでしまった。温井家が安輝を家族として認めないということは、夕星をこれまでずっと家族として認めてこなかっ
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第213話

彼は小声で言った。「美鈴はとても良い人だ。大切にしたほうがいいよ」律は美鈴が幸せに暮らすことを願っていた。凌は鼻で笑った。「そんなこと、言われなくてもわかってるよ」律は初江の方へ歩いて行った。初江は、安輝の氏名変更の件を律に話、律もそれに同意した。以前、美鈴がこの件に触れたことがあり、律も実はずっと考えていた。彼が同意した理由は、やはり温井家があまりにも冷酷で無情だと感じたからだ。安輝はいずれ病気が治り、立派な大人に成長し、道理をわきまえるようになる。律は安輝をそんな環境で生活させることはできない。安輝は、夕星が愛情を注いで育てた子供だ。今後も愛情を持った人のそばで成長すべきだ。美鈴は安堵の息をつき、初江と律に感謝した。律は心の中が悲しみでいっぱいだった。「数日の間は、私が安輝に付き添うよ」美鈴は彼と争わなかった。彼女は進んで凌を支え起こし、小声で言った。「帰りましょう」「うん」二人が病院を出たばかりの時、慌ただしくやってきた蘭と雲和に出会した。蘭は焦って尋ねた。「安輝は大丈夫なの?」このシーンだけ見れば、蘭がどれほど慈悲深い祖母かと勘違いするだろう。美鈴は淡々と彼女らを見た。「あなたたちには関係ないわ」彼女らが今来たのは、間違いなく良からぬ考えがあるからだ。蘭は目を赤くしていた。「どうであれ、安輝は夕星の息子よ。私が心配するのは当然じゃないの」雲和は凌を見た。彼女にとって、凌の反応が何よりも重要だった。「お兄ちゃん」彼女は軽く唇を噛み、目に涙を浮かべ、数えきれないほどの無実を訴えようとしているかのようだった。美鈴は凌の腕から手を離した。「車で待ってるわ」美鈴が遠くへ行った後。凌は唇を結び、表情は冷淡とは言えないが、決して良いものでもなかった。「雲和、何事も無理強いするのは良くないぞ」雲和は心の中、凌の言わんとする意味はわかっていた。でも彼女は諦められなかった。「お兄ちゃん、深也はわざとじゃないの、私のためにやっただけなの」雲和は懇願した。「今回も国外追放で許してくれない?ねえお兄ちゃん、お願い」刑務所行きに比べれば、国外追放の方がずっとマシだ。凌は雲和を見つめたが、今回は彼女の涙を見ても、心を動かされなかった。「雲和、お前の顔を立てて、俺は秦
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第214話

「安輝が転倒したのは、深也の仕業だからだ」凌は困ったように眉間を揉んだ。凌は美鈴に隠さず、事の経緯を話した。美鈴は携帯を置き、「深也がわざとガラス玉を撒いたっていうの?」と聞いた。凌は眉間を揉みながら、ひどく疲れた様子で「もう警察に通報した」と返した。美鈴は黙り込んだ。凌が警察を呼んだことに驚きを覚えた。美鈴の記憶の中で、凌は雲和が泣きさえすれば、どんな困難があろうと、あらゆる手段を使って雲和を助けようとする男だ。それなのに、今は雲和を拒否できるようになったのかしら?「惜しくないの?」美鈴は聞いた。凌は椅子に寄りかかり、甘い言葉が自然と口をついた。「お前のためなら、何だって惜しくないさ」美鈴は淡々と言った。「でも雲和のためなら、私と子供さえも惜しくないんでしょ」一瞬にして温かい雰囲気が凍りついた。美鈴は窓の外を見つめた。彼女は凌が安輝を救ったことに感謝していたが、それは単なる感謝に過ぎなかった。結局のところ、取引であることに変わりはないのだ。お腹の子を思い、美鈴は無意識に手で腹部を撫でた。そこには、一つの命が宿っている。この子を待っているのは物質的に不自由のない未来だが、ただ愛だけはない。この子は果たして……美鈴はしばらく考え込んでいた。そばにいる凌が自分の表情をすべて見逃さずに見ていたことに、彼女は気づかなかった。元々深みのある瞳には冷たさが含まれていた。凌は美鈴を理解していた。最初の三年間、彼女が夕星の身分を借りて弱々しい役を演じていたとしても、本質的には反骨精神を持っていた。妊娠がわかった当初、美鈴はその子を堕ろすつもりだったが、安輝のために子供を産むことに同意した。今では安輝は初江に守られている。美鈴は……約束を破ろうとしているのか?事態はだんだん凌の手に負えなくなってきているようだ。凌は突然、美鈴の柔らかな手のひらに触れた。「何考えているんだ?」美鈴は我に返り、手を引っ込めると、「安輝のことを考えてたの」と小声で言った。彼女は嘘をついていた。凌に、まだ子供を産まない選択肢を考えていることを知られたくなかった。凌は胸が少し苦しくなった。彼女が嘘をついているとわかっていたが、突き止めようとはしなかった。もうすぐ北上市の別荘に着く頃に、
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第215話

侮辱以外の何物でもない。絶対に謝るもんか。美鈴はすでに席を見つけて座っていた。凌は美鈴のそばに歩み寄り、彼女の肩に手を回し、味方だという意思を強く示した。明日香は気を失いそうになるほど怒った。食卓で、霖之助はみんなの前で、自分が持つ5%の株式を美鈴のお腹の子に譲ると発表した。「これは凌にとっての初子で、榊家の長男の子供だ」霖之助は慈愛に満ちた目で美鈴を見た。株式については、本当は梅代に譲るつもりだったが、彼女が突然亡くなったので、贈り物として美鈴とその子供に贈ることに決めた。明日香が最初に反対した。「だめよ」美鈴のどこがいいのか、彼女には理解できなかった。凌が手放さないのはともかく、霖之助までが美鈴をかばったり株式を譲ったりするなんて。今の自分でさえ2%の株式しか持っていないというのに。彼らは、美鈴を自分よりも上に立たせようとしてるわけ?霖之助はただ淡々と明日香を一瞥した。「君に反対する資格はない」美鈴は最初断ろうと思ったが、明日香の様子を見て、急に断りたくなくなった。明日香はお箸を握りしめた。「美鈴はもう凌と離婚したんだから、株式をもらう資格なんてないわ」霖之助は眉をひそめた。「じゃあ復縁すればいい」明日香は息をのんだ。「あの時父さんはどうしても彼らを離婚させたがったのに」霖之助はそう言われて、言葉に詰まった。こんな状況になるなら、二人を離婚させたりしなかったのに。明日香は目を赤くした。「あなたたちが美鈴を私よりも上に立たせようとするのは無駄よ」「美鈴のお腹には凌の子供がいるんだ。それだけで彼女はこの株式を得る権利がある」霖之助は明日香の嫉妬深い様子を見てられなかった。明日香はさらに怒った。「美鈴のお腹の子が誰の子か分かったものじゃないわ。それに、凌が望めば子供なんていくらでもできるのに、美鈴だけが特別扱いされるのって、変じゃない?」「母さん」凌の表情は険しかった。明日香は口が悪くて何でも言ってしまう。明日香は座り直し、怒りで胸を波打たせていた。美鈴はお箸を置き、特に喜ばず静かに言った。「株式はいりません」自分は株式を受け取らない。お腹の子供については、まだ産むかどうかを考えている。たとえ産むとしても、榊家とは関係ない。凌の目が暗くなる。美鈴が線
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第216話

霖之助は雲和の話になると、どんなに平静を装っていても感情が抑えきれなくなる。美鈴は初めて、雲和が榊家でこれほど疎まれていることを知った。しかし考えてみれば、凌がいる限り、他人の意見はもはや重要ではない。明日香は冷ややかに美鈴を一瞥し、「雲和は正式に食事会で父さんの孫として養子に入ったけど、美鈴はもう凌と離婚したのよ。たとえお腹に子を宿していても、それは私生児よ」明日香は、決して美鈴のお腹の子を家族として認めないつもりだった。「いい加減にしろ」霖之助は不機嫌な顔をした。「この5%の株式は私が個人で美鈴に贈与するものだ。君には関係ない」明日香は食器を床に投げつけると、席を立ってダイニングから離れた。食事は憂鬱なものとなった。結局、美鈴は株式を受け取らなかった。帰り道、美鈴と凌はそれぞれ車の座席の両側に座り、お互い口をきかなかった。途中、彼女の携帯が二度鳴った。美鈴はどちらにも出なかった。そして最後には、携帯をサイレントモードに切り替えた。北上市の別荘に戻ると、凌はシャワーを浴びにいき、一方の美鈴は携帯を持ってバルコニーに出た。彼女は折り返し電話をかけた。相手は電話で彼女に尋ねた。「中絶手術の予約を確認しました。来週月曜日に検査にお越しいただけますか?」美鈴は目を閉じ、小声で答えた。「はい」電話を切り、彼女は手のひらをお腹に当てた。「ごめんなさい」彼女の目には涙が浮かび、万感の思いがあった。しかし、彼女には他の選択肢がなかった。かつては子供が欲しいと思ったことも、母親になりたいと思ったこともあった。でも今はそれができない。自分に弱点はあってはならない。もう凌の側に縛られてはいけない。二十四節気の香水――それは夕星と師匠の遺志でもある。自分はそれを取り戻さなければならない。梅代おばあちゃんの死について、自分は必ずや雲和に償わせるつもりでいる。初秋の夜は涼気を帯びていた。凌がやって来た時、彼女は全身が冷えきっていた。凌は美鈴の手を握り、疲れた目をしながら、「どうしてこんなに長く外にいたんだ?」と尋ねた。美鈴は全ての思いを胸に収め、部屋へと戻った。「早く寝な」「美鈴」凌は彼女の痩せた背中を見つめ、重々しい声で呼んだ。美鈴は横を向いて彼を見た。凌
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第217話

美鈴の心はまだ葛藤していたが、最終的に自分自身を納得させた。ただの検査で、すぐに手術をするわけではない。検査を終えて。医者は美鈴を説得しようとした。「本郷さん、私は手術をお勧めしません。この子を失えば、永遠に母親になる機会を失うかもしれませんので」彼女の体は以前にもすでにダメージを受けており、薬による治療で再び妊娠できたものの、特に注意する必要がある。ましてや手術となれば。妊娠期間はまだ短いが、流産は母体へのダメージが特に大きい。これが美鈴が病院に来た理由だった。彼女はやはり将来母親になれる可能性を残したいと望んでいたのだ。美鈴は苦笑した。「他に方法はないですか?」医者は首を振った。「残念ながらありません」美鈴はお腹を撫で、結局決心がつかなかった。「もう少し考えさせてください」やはり諦めきれなかった。彼女は検査報告書を受け取って帰った。廊下に出た途端、聞き覚えのある声がした。少し離れたところで、明日香が一人の女性を引きずり、強烈な平手打ちを喰らわしていた。「このクソ女が、男ばっかり誘惑して」女性のそばには中年の男が立っており、明日香を強く押しのけながら怒鳴った。「お前は気が狂ったのか?」明日香は床に倒れ込んだ。普段は自分の面目を最も重んじる人が、この時はすぐに起き上がらず、苦しそうにその男を見つめていた。「倫太郎、私はあなたの妻よ」彼女は思い切り叫んだ。それは夫への絶望の叫びだった。榊倫太郎(さかき りんたろう)は明日香をひどく嫌っていた。「お前が引き延ばさなければ、とっくに離婚していたのに」「あなた……」「明日香、何度も言っただろ。離婚してお互いに自由になるべきだって。お前はいつまでもその榊夫人座にしがみついている」明日香は号泣してしまった。彼女は立ち上がろうとしたが、転んだ際に足首を捻挫してしまっていた。だから、立ち上がることができなかった。彼女のプライドと自尊心は、ここで粉々に打ち砕かれた。この結婚生活を、彼女は必死に繋ぎ止めてきた。でも得たものは、夫の裏切りだった。そして今、みんなが見ている中で夫に罵られている。「明日香さんはなんでまだ床に転がってるの?まさか倫太郎にたかろうとしてるんじゃないよね?」倫太郎のそばにいる若い女性は口元を手で押
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第218話

明日香は激怒した。「誰が恥さらしだって?」倫太郎は、明日香がいつも大声で騒ぎ立てる様子に嫌悪感を抱いていた。優しさのかけらもない。「明日香、奈緒子が妊娠したから、離婚してくれ。正式に奈緒子に俺の妻になって欲しいんだ」石川奈緒子(いしかわ なおこ)と呼ばれる女は少し恥ずかしながら、「倫太郎、私はそんなこと気にしないわ」と言った。明日香は怒りのあまり、あと少しで自分の歯を噛み砕きそうになった。「今どき不倫女って立派な職業なんだね?」美鈴は冷たく奈緒子を見下ろした。「妊娠してるくせに、他人の妻を挑発しに来るなんて、榊家がお人好しだと思ってるの?」雲和のせいで、美鈴はぶりっ子したり作り物めいた女が大嫌いになった。奈緒子は、まさにそのタイプの女だ。奈緒子は、倫太郎の胸もとに隠れながら泣きついた。「倫太郎、お腹が痛いよ。きっと赤ちゃんが驚いているんだわ」倫太郎は心配そうに彼女を抱きしめた。「大丈夫だよ、俺が守るから」倫太郎は明日香を見た。「明日香、さっさと離婚しよう。まだ慰謝料ももらえるし、その方がお前も次の男を見つけやすいだろう。まあ、お前の性格じゃどの男もお前に耐えられないだろうけど」彼のその得意げで高飛車な口調は、非常に人を不愉快にさせた。奈緒子はあきれたように目をひっくり返して、「ほんとそう。年寄りくさい女なんて、誰も好きにならないでしょ」と言った。美鈴は冷笑し、直接前に出て奈緒子の髪を掴み、強く自分の方へ引き寄せた。倫太郎が支えていなければ、奈緒子は転んでいただろう。「何するのよ!」奈緒子は痛みに耐えきれず、大声で叫んだ。美鈴は手を緩めなかったので、倫太郎も美鈴を押し退けようとしたところ、彼女はきっぱりと言った。「私のお腹には凌の子供がいるわ。やってみる?」倫太郎はすぐに手を引っ込めた。彼の給料は、凌が払っているのだ。美鈴は奈緒子の顔を壁に押し付けた。「謝って」奈緒子は痛くて思わず悲鳴を上げた。「わかった、わかったから。謝るよ」彼女は泣きながら明日香に謝罪した。倫太郎は心配でたまらなかったが、かといって美鈴に対しては何もできなかった。彼は奈緒子と一緒に謝るしかなかった。「明日香、俺も謝るから、美鈴に奈緒子を許してくれるよう言ってくれ」明日香が口を開く前に、美鈴はすでに手を離
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第219話

倫太郎は机を叩き、「俺はもう50歳を過ぎている。子供がいたとしても、その子が大人になる頃には凌はとっくに俺の手が届かないところにいる」と言った。彼が家出をした時、霖之助が彼に求めた唯一の約束事が、他人との間に子供を作らないことだった。なぜなら霖之助自身が、私生児によって散々苦しめられてきたからだ。倫太郎は自身の自由を求めて、この条件を飲んだ。「倫太郎、あなた約束を破ったわね」明日香が訴えた。倫太郎も負けじと怒鳴り返した。「このクソ女が俺の子供を殺したんだ!絶対に償わせるからな!」「いい加減にして」凌は冷ややかに二人を見た。凌は倫太郎のことを特になんとも思っていなく、むしろ冷たい口調で言った。「秀太がすでに父さんの愛人と賠償の件について話をつけた」倫太郎は言葉に詰まった。凌は次に明日香を見たが、そこには諦めの感情があった。「もうこういうことはやめて、おとなしく家に帰ろう」明日香は倫太郎との結婚生活で散々苦しめられてきて、今のような性格が形成された。凌はそれを理解していたから、自ら後始末を引き受けた。しかし、明日香は聞き入れなかった。「賠償?あんな女に賠償?他人の夫を誘惑した女は死んだ方がましだわ」凌は聞こえないふりをした。書類に署名すると、美鈴の前に来て、「行こう」と言った。声は冷たかった。美鈴は黙って彼の後に続いた。車に戻ると。凌は急に美鈴のあごをつかみ、顔をぐっと近づけた。怒りが段々とあふれ出しているようだった。「美鈴、これが俺への恩返しなのか?」彼は以前から美鈴の異変に気付いていたが、心のどこかで楽観視していた。彼女がそこまで残酷ではないと。だが結局、彼女は冷酷な女だった。美鈴の顔は青ざめ、顎には砕けそうな痛みが走った。目に涙を浮かべ、彼の手首にすがりながら説明した。「ただ検査に行っただけよ」凌は調べられる。美鈴は手術の予約をしていなかった。「でもお前は最初から子供を欲しがっていなかったよな?」凌の目は赤く充血していた。自分は安輝を救った。しかし、美鈴は心変わりして子供を堕ろそうとした。美鈴はもがくのをやめ、凌の怒りをまんまと受けた。彼女の瞳には、次第に平静さが戻り出した。彼女は遠慮なく、はっきりと皮肉を言った。「子供が産まれたら、
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第220話

美鈴は窓の外を見つめ、目の中には激しい感情が渦巻いていた。凌は遠くを見つめていた。顔には何の感情も浮かばないが、その瞳の奥には怒りの色が潜んでいた。二人ともそっぽを向いていた。車が赤信号で止まると。美鈴が振り返り、かすれた声で凌に警告した。「凌、もし安輝に手を出すようなことがあれば、お腹の子は諦めて」彼女はもう、すべてを捨てる覚悟を決めていた。あの抑圧的な生活に、自分はもう戻りたくない。凌の目は氷のように冷たくなった。やはり美鈴の心には安輝しかいないのだ。だからこそ、お腹の子を盾にできるのだ。二人は、互いに相手の急所を握っていた。「美鈴、お前はお腹の子に本当に少しでも情もないのか?」凌の胸は激しく疼いた。美鈴がここまで冷たいとは知らなかった。夕星という仮面が剥がれ、美鈴は次第に本性を現していた。美鈴は手を握りしめ、異様に冷静な表情をしていた。「言ったでしょ、あなたの子は欲しくないって」母親にはなりたいが、父親は凌であってはならない。なぜなら彼にはその資格がないからだ。凌は目を伏せた。胸の奥では、暗い感情が激しく渦を巻いていた。そして、彼はゆっくりと口を開いた。「美鈴、俺は言ったはずだ。俺は人を困らせるのが好きだと。だからお前はおとなしく子供を産むがいい」美鈴は冷ややかに笑い、凌を鋭く睨み返した。「それなら、私から離れた方がいいよ。さもないと、自分でも何をしてしまうか分からないから」「もしお腹の子に何かあったら、安輝にも一緒に死んでもらえばいい」「いいわ」二人の怒りが頂点に達した。そして、車内の空気は一気に冷え込んだ。誰も言葉を発しなかった。美鈴を北上市の別荘に送り届けると、凌は降りることもなくそのまま去っていった。しばらくするとお手伝いさんがやってきて、美鈴に対して凌は今晩家で夕食を取らないことを告げると、美鈴に何が食べたいかを尋ねた。美鈴はひどい頭痛に悩まされていたため、パパッと食べれる簡単なものを作るよう頼んだ。食事を終えると、彼女は寝室に戻って休んだ。そこから一週間、凌は家に戻らなかったが、彼が美鈴の行動を制限することはなく、彼女が安輝のお見舞いで病院に行くことも許された。初江は既に専門の医療スタッフを派遣して、安輝の面倒を見させていた。
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