All Chapters of 誘拐され流産しても放置なのに、離婚だけで泣くの?: Chapter 201 - Chapter 210

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第201話

30秒ほどした後、凌の電話する声は遠ざかっていった。その後、もう部屋には戻らなかった。そしてすぐに眠りについた。どれくらい経っただろうか、美鈴はドアのノック音で目を覚ました。「入ってきていいよ」彼女は起き上がった。お手伝いさんがドアのところで夕星を呼んだ。「奥さん、旦那様がお呼びです」焦りからか、お手伝いさんは慣れ親しんだ呼び方をしてしまった。美鈴は眉をひそめ、口がまだ開かないうちに、お手伝いさんがまた言った。「小金井さんが一階でお待ちです」美鈴の心が少し沈んだ。秀太まで来たのか?彼女は時計を見た。まだ朝の7時だった。「すぐ行く」彼女は着替えて一階へ降りた。秀太はリビングに座っており、表情は焦りに満ちていた。美鈴を見るなり、秀太はすぐに立ち上がった。「奥様、榊社長が事故に遭われました。すぐに様子を見に行ってください」美鈴は何も言わず、ただ冷たい目で彼を見つめた。秀太は急いで言い直した。「失礼しました、本郷さん。すぐに行きましょう」美鈴は眉をひそめた。「何があったの?」秀太は一瞬考えたが、詳細は語らずに、ただ明日香に関わることだとだけだと伝えた。今から明日香の元へ向かう必要があると言った。美鈴は行きたくなかった。明日香は凌のことをとても溺愛している。何かあるはずがない。しかし、今の美鈴が凌に頼らざるを得ないことを考えると、彼女は行かざるを得なかった。「いくわ」車中にて。秀太はルームミラーで美鈴を見ながら、思わず小声で言った。「榊社長の本郷さんへの気持ちはずっと変わっておりません。ただ社長にも多くのやむを得ない事情があるのです」彼は凌の側にいて、それらの事情を誰よりもよく知っていた。美鈴は窓の外を見た。朝の風には既に少し冷たさが混じり、秋がひそかに訪れていた。秀太は続けた。「本郷さん、榊社長のことをもっと気遣ってあげてください」「榊社長が雲和さんをご自身の義理の妹として迎え入れたのは、榊家と穂谷家の縁談を進めるためで、決して雲和さんが好きだからではありません」「それに、本郷さんが事故に遭われた時、榊社長は仕事を片付けてから本郷さんを迎えに行くつもりでした。香水の名前に雲和さんの名前をつけたのも、榊社長が雲和さんと話し合い、秦家が本郷さんを訴えないようにするため
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第202話

珠希は薄手で色っぽいパジャマを着ていて、ほとんど裸に見えるくらいの格好をしていて、美しいボディーラインを露わにしている。ただ今は、惨めにソファにうつ伏せになっている。明日香の言葉を聞き、珠希は恥ずかしさをこらえて起き上がり、ソファの縁に手をついた凌に向かって歩いていった。珠希は唇を噛みしめ、顔を赤らめ、声は柔らかくて今にも涙が落ちそうだった。瞳の奥には深い愛情が溢れていた。「凌、あなたは子供が好きなんでしょ?なら私が産んであげるわ、本当に産んであげたいの」彼女は凌の手を触れようとし、恥じらいに染まった頬に涙を浮かべ、それは格別に魅惑的だった。「私たちの子供はきっと美しくて賢い子になるわ。凌、私の願いを叶えてちょうだい。ただあなたとの子供が欲しいだけなの」彼女は懇願した。しかし、凌は彼女の手が伸びてきた瞬間、きっぱりと払いのけた。彼はソファに手をつき、本革のソファに穴が開きそうなほど力いっぱい手で押さえつけていた。仕方ない、今の凌は体が熱くうずいていた。性の欲望が血液の中で奔り回っている。だが、凌は妥協しない男だ。彼はどんな女でもいいわけではない。珠希は再び拒絶され、歯を食いしばり、思い切って凌に飛びかかった。彼女は凌のその逞しい体に抱きつき、体を震わせながら、羞恥心が薄れ、抑えきれない興奮に包まれていた。自分から抱きついたのだから、凌が我慢できるはずがないと思った。しかし、再び凌に押しのけられた。凌は怒りに任せて、彼女を床に叩きつけた。明日香は怒った。「凌、まだ我慢するつもりなの?ここにいるのは珠希だけよ。彼女だけがあなたを救えるのよ」凌は怒りに燃える目で明日香を見つめていた。血が沸き立っていたが、心の中は氷のように冷たかった。母さんは体調不良を口実に、自分をここへおびき寄せ、薬を盛り、珠希と関係を持つよう強要したのだ。実に卑劣だ。「たとえここで死ぬとなっても、珠希と関係を持つことだけは絶対にしない」珠希はそんな冷酷な言葉を聞いて、よろめき、涙を浮かべた。凌は薬を飲んでも自分のことを触れようとしない。これが侮辱でなかったら他に何があるんだろう。珠希のすべての尊厳は、ここで砕かれた。珠希のようにプライドが高い人でさえ、この時は大きな打撃を受けた。明日香は
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第203話

「美鈴」凌は美鈴の髪に顔を擦りつけ、しわがれた声で、幾分か悔しそうに言った。「俺と珠希は何もやっていない」灼けるような息が髪や顔に触れ、心をざわつかせる要素で満ちていた。美鈴は眉をひそめ、顔を背けて逃れようとしたが、逃れることはできなかった。珠希はソファの後ろに縮こまり、全てを目に焼き付けていた。自分が美鈴のどこに劣っているのか、理解できなかった。凌は我慢してまで自分に触れようとせず、美鈴が来ると自ら近寄っていく。明日香の表情は険しくなっていた。美鈴がきたことで、自分の計画を乱した。このクソ女が。盗むことも、横取りするのも上手い。美鈴は憎悪と軽蔑の視線を無視し、凌の抱きつきから逃れようとしていた。彼の熱い吐息が美鈴の肌に触れ、足が震えるほどだった。美鈴はそばでじっとしている秀太を睨みつけ、「早く凌を病院に連れて行きなさい。何かあったらあなたは責任を取れるの?」秀太は気まずそうに頭を下げた。凌のべたつく様子を見て、今は邪魔すべきでないと判断したのだ。しかし、美鈴は妊娠中で、凌は彼女を見てることしかできないから、これもこれで彼は苦しいはずだ。秀太が近づいてきた。「榊社長、病院に行きましょう」凌は美鈴を抱いている手を少し緩め、落ち着いた様子で返事した。「かかりつけ医を呼べ」彼は美鈴に尻拭いをさせることはできなかった。だから、その強靭な意志でグッと耐えていた。しかしすぐに、彼は気づいた――意志というものは、好きな女性の前ではまったく笑い話にすぎないのだと。心の底に潜んでいる衝動がさらに激しく湧き上がる。汗が滴り落ちる。彼は美鈴の手を握りしめ、掌は汗でびっしょりだった。眉間の皺はますます深くなっていった。突然、凌は立ち上がった。美鈴はぐいと引っ張られ、よろめきながら前に出た。そして、抱き上げられた。「凌、下ろして」美鈴は低く驚きの声を上げた。美鈴は凌の意志が崩れつつあることを知っていた。そして次に何が起こるかも知っていた。凌はまるで鉄の枷のような腕で彼女をしっかりと抱きしめ、部屋へ連れて行った。珠希の顔が徐々に青ざめていった。その部屋は明日香が珠希と凌のために用意したものだからだ。中にはバラの花が敷き詰められていた。明日香は罵声を浴びせながら二人に近
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第204話

「榊社長、かかりつけ医が来ました」秀太がドアをノックした。ドアが開くと、美鈴が出てきた。彼女の頬は赤く、目にはまだ涙の光があり、唇は赤く腫れ、指は手のひらでぎゅっと握られ、長い髪はわずかに乱れていた。秀太は慌てて目線を下に向け、これ以上見ようとしなかった。その後から出てきた凌は、表情がずっと穏やかになっていて、美鈴を引き寄せてソファに半ば強制的に座らせた。明日香と珠希はほとんど火を噴きそうなぐらい怒っていた。30分の間、部屋からは何の音も聞こえなかったが、何が起こったのか、彼女たちは当然わかっていた。そして、美鈴の様子が彼女たちの推測を裏付けた。珠希の怒りはさらに増していった。美鈴は妊娠しているのに、まだ凌を誘惑している。なんて厚かましい女なのよ。かかりつけ医は凌に注射をし、薬を残して、急いで片付けをして去っていった。美鈴が立ち上がって去ろうとすると、また凌に引き戻された。珠希の怒りは爆発しそうになった。ちょうどその時、秀太が小声で言った。「穂谷社長と霖之助さんが来られました」ハンサムで堂々とした男と杖をついた老人が入ってきて、二人は同時に周りを見回し、どちらも無表情だ。珠希はすぐに涙を浮かべて訴えた。「兄さん」彼女は今日本当に大恥をかいた。彰は眉をひそめ、上着を脱ぐと彼女の肩にかけ、はだけた姿を隠した。珠希はようやくソファの後ろから立ち上がり、美鈴を指さして言った。「兄さん、彼女が私に嫌がらせをしたの」「もういい、黙れ」彰は珠希を厳しく睨んだ。「まだ騒ぎ足りないのか?」ここで起こったことは彰にはもうわかっていた。そして頭を悩ませていた。珠希はもともと屈辱と理不尽さを感じていたのに、ようやく彰が来てくれたというのに、少しも面目を立ててもらえず、「もういい、黙れ」と言われてしまった。珠希はもうこの屈辱には耐えられなかった。「彰、あなたは私を責めるの?」彰は彼女の手を掴み、「俺と一緒に帰ろう」と言った。凌は冷たい目で珠希を睨みつけた、「彰の顔に免じて今回は見逃してやる。もし次やったら、誰がどう頼んでも許さないからな」「そんなの嫌よ」珠希は美鈴を心の底から憎んでいた。美鈴を睨みつけて、「美鈴、あなたに何の資格があって凌の側にいられるの?あなたなんかふさわしくない
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第205話

「私はただ……」「珠希」彰は警告するように彼女を睨んだ。珠希は憤慨しながら口を閉ざした。彰は美鈴に謝罪した。「美鈴、珠希の無礼な発言について、俺が代わりに謝る。だから今回だけは大目に見てくれ」美鈴の指は震え、言葉が出てこなかった。ここ何年かは、夕星が自ら選んだ道とはいえ、美鈴はやはり後悔の念に駆られていた。悪夢にうなされ、夜中に目を覚ますことも多かった。凌は美鈴の冷たい手を握りしめ、冷ややかに笑った。「一言の謝罪で過ちが帳消しになるとでも思っているのか?」彰は数秒沈黙し、それから提案した。「両社で立ち上げたプロジェクトに関して、売り上げのうちの2%を君の会社に譲歩をするつもりだ」この2%は、珠希の無礼な発言に対する代償だ。凌は淡々と言った。「10年間、総売上のうちの2%を美鈴に支払え」補償があってこその謝罪だ。「なんでよ?」珠希は納得していなかった。「わかった」彰は同意した。彼は珠希の手を引いて、その場を離れた。外に出ると、珠希は手を振り払い、怒りに震えながら詰め寄った。「彰、どうして勝手に決めるのよ?美鈴に2%も譲る価値なんてないでしょ」彰の我慢も限界に達していた。彼は冷たく言い放った。「凌はお前を好きじゃないんだ。だからこれ以上執着するな。明日一緒に俺と帰れ」珠希は目を赤くし、携帯を取り出した。「父さんに言いつけるわ。兄さんが他人の味方して私をいじめたって」彰は完全に忍耐を失い、車のドアを開けて乗り込んだ。「勝手にしろ」別荘では、明日香は不安そうにしていた。珠希と凌は同世代だから、二人の間で起きたことは凌がなんとかできるが、明日香の場合は、霖之助の出番が必要だ。霖之助は明日香に面目を立てず、彼女を叱りつけた。「頭がどうかしているのか、自分の息子に薬を盛るなんてことをするとは!」明日香は言い張った。「私だって彼のためを思ってやっただけよ!だってあんな女を好きになったんだよ?」明日香は美鈴の名前すら呼ぼうとしなかった。それぐらい彼女を嫌っていた。自分は夕星も嫌っていたが、少なくとも彼女はピュアだった。だけど美鈴は孤児院から出てきた孤児で、両親もいなく、しかも他人の身分を偽っていた。そんな女が凌の妻になるなんて。榊家が笑い物になるわ。霖之助は険しい表情で、「
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第206話

車に乗ると、凌は疲れたように眉間を揉んだ。美鈴は隣に静かに座り、余計な質問は一切しなかった。全て榊家の問題であって、自分とは関係ない。「美鈴……美鈴……」凌が突然、少し甘く柔らかい響きで彼女の名前を呼んだ。「梅代お祖母様はずっとお前のことを夕星と呼んでたけど、それも全部芝居だったってこと?」彼は過去の思い出で美鈴との距離を縮めようとした。美鈴は淡々と「うん」とだけ返した。彼女は彼と話したくなかった。凌は突然手を伸ばし、彼女を引き寄せると、腕に力を込めて自分の胸に押し付けた。鍛えられた胸から熱い体温が伝わってくる。「美鈴」彼の声には幾分脆さが滲み、うつむいて美鈴の首筋に顔を埋めた。美鈴は車の天井を見つめ、冷たい眼差しで彼の腕を振り払おうとした。すると突然、体が硬直した。温かい液体が美鈴の首筋に落ちた。凌の……涙?彼が泣いた?明日香と喧嘩したから?それとも他の事情で?美鈴は目を閉じ、諦めたように抵抗をやめ、彼に抱かれたままにした。しばらく経つと、温かい唇と舌が次々に美鈴の頬に触れた。美鈴は皮肉っぽく言った。「満足?」そこでキスは止まった。だが、凌は相変わらず彼女を離さず、低く優しい声で囁いた。「美鈴、やっぱり離婚を取り消したい」美鈴は彼の服の襟元を握りしめ、無表情で答えた。「嫌よ」やっと離婚できたのに、戻るなんて正気の沙汰じゃないわ。彼女はためらうことなく答えた。凌の心に何かが引っかかったが、それでも、「盛大な結婚式を一緒に挙げ……」となだめるように言った。「凌」美鈴は彼の言葉を遮り、冷たい目をして「私たちが離婚したのは、結婚式を挙げなかったからなの?」違う。そんなつまらない儀式のせいではない。離婚したのは雲和のせいなのに。彼は永遠に知らないふりをする。凌は彼女の長い髪を優しく撫でた。最近のトラブルが多すぎたせいか、なめらかだった髪が少し絡まっていた。まるで凌と美鈴の関係のように、絡まって解けそうにない。たとえ解けたとしても、元通りにはならない。「美鈴、お前と結婚式をあげたいんだ」凌は頑なに主張した。美鈴は滑稽に思った。自分が結婚式を挙げたがっているように見えるのかしら?美鈴は凌の腕の中で背筋を伸ばした。離婚してから初め
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第207話

彼は美鈴にそれらのことを話し、自分と雲和が本当にただの友達であることを理解してほしかった。それに、彰と雲和の結婚は凌のアイデアだった。もし本当に雲和が好きなら、凌はそんなことができるはずがない。美鈴は目を閉じ、もう話したくなさそうな様子だ。結婚だからって何よ。ただ雲和が願いを叶えて、凌が幼なじみの幸せのために譲歩しただけだじゃないの。「凌、雲和が結婚したら、あなたは彼女とはもう関わらない?」美鈴が最後に尋ねた。凌は黙り込んでしまった。美鈴は目を閉じ、これ以上何も言う気がなかった。北上市の別荘に戻った。美鈴は凌に優しく抱きかかえられて家の中に入った。誰が見ても、彼の気遣いに感嘆するだろう。ただ美鈴だけが、偽善だとわかっていた。美鈴は寝たふりをしていた。美鈴は穏やかな日々の生活にまた戻った。彼女の唯一の関心は、病院で安輝に会うことにあった。安輝の化学療法による治療はしばらく続いていたが、彼の状態は依然と悪く、元気がなかった。美鈴はよく一日中病院にいた。幸い、凌はすでに幹細胞の採取を開始していた。会社の業務に追われ、尚且つ幹細胞の採取も重なり、彼の精神状態は悪く、顔色も良くなかった。そしてついに、とある日の会議中で倒れ、彼は病院に運ばれた。秀太がこの知らせを美鈴に伝えたとき、凌はすでに入院していた。彼女は急いで病院へ向かった。入り口で、同じように急いで来た秀太に出会した。汗だくの秀太が言った。「私は榊社長の用事で外出していて、その帰り道でこのことを知りました。奥様……いえ、本郷さん、心配しないでください。医者に聞きましたが、大した問題ではないそうです」美鈴は少し安心した。「わかってるわ」そう言いながら、美鈴は病室のドアを開け、ドアノブを握った手が急に力を込めた。病室の中では、雲和が凌に水を飲ませていた。彼女は腰をかがめ、凌はベッドにもたれかかっており、二人の距離は非常に近かった。秀太はこんな光景を見ることになるとは思わず、反射的に美鈴の方を見た。しかし目に入ったのは、美鈴の嘲るような眉目とますます冷め切った顔色だけだ。「榊社長」秀太が突然声を上げた。病室の二人が同時に振り返り、秀太とそのそばに立つ美鈴の姿に気づいた。雲和は腰を伸ばし、平然とした様
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第208話

美鈴は最近確かに凌のことをあまり気にしていなかった。彼が帰ってくる時には彼女はもう寝ており、彼が出かける時には彼女はまだ起きていなかった。二人はほとんど顔を合わせることもなかった。だがそれがどうしたというのか。二人の間柄は、最初から利害に基づく関係にすぎなかった。「雲和、もういい」凌は再び声を低くした。雲和は涙声で、「お兄ちゃんが彼女に隠す気持ちはわかるけど、そばであなたの世話をする人が必要でしょ?私がただグラスを渡しただけで、美鈴はこんなにも怒って……美鈴はあなたに尽くす価値なんてないわ」「雲和」凌の声は厳しかった。「いい加減にしろ、出て行け」雲和は悔しそうに足を踏み鳴らし、走り去った。秀太も後を追い、ドアを閉めた。美鈴は考えた末、病床の前に歩み寄って聞いた。「他にどこか具合が悪いところは?」凌の穏やかな表情が次第に陰り、明暗が入り混じった。「大丈夫だ」彼は説明した。「雲和は心配して病院まで付いて来たんだ。言い方はきつかったが、気にしないでくれ」美鈴は俯き、「別に説明は要らないわ。問題がなければ、私は先に失礼するね」美鈴はそう言って、背を向けてその場から立ち去ろうとした。「美鈴」凌は胸が苦しくなり、思わず聞いた。「慌てて駆けつけたのは、俺を心配してなのか、それとも安輝の治療を遅らせたくないからか、どっちだ?」美鈴も自分が彼をどれほど心配しているかわからなかった。彼女は静かに彼を見つめた。青白い顔には確かに疲労がにじんでいた。「違いはあるかしら?」凌は大きな打撃を受けたように、目から光が消えた。美鈴は滑稽に思えた。「あなたは何かあると隠して『心配かけたくないから』って言うくせに、私に対してはあなたのことを心配しろって要求するのね」彼女は少し間を置き、皮肉を込めて言った。「雲和まで私を責めて、私があなたを構っていないって思わせるし。凌、矛盾してるって気づかない?」凌は言葉に詰まった。自分は美鈴が妊娠しているから心配させたくないと思っていたが、いざ知られると、美鈴に心配して欲しくなった。自分がわがままであることもわかっている。でも抑えきれないのだ。美鈴がドアの脇に立ち、淡々とした表情で言った。「凌、あなたには私の心配など最初から必要なかったでしょ」そう言って、
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第209話

明日香も霖之助に実家に呼び出されて、雲和が凌が倒れて病院に運ばれたことを明日香に電話で伝えても、明日香は病院に来ることが許されなかった。雲和は、自分が美鈴を甘く見ていたと悟った。それ以上に、美鈴が凌に与える影響力を甘く見ていたのだ。「美鈴、あまり調子に乗らない方がいいわよ。たとえ今凌があなたのことを好きだとしても、榊夫人の座はあなたのものにはならないからね」美鈴は軽蔑的な笑みを浮かべた。「どうせその座はいらないから」美鈴はそのまま立ち去った。雲和の目が陰険に光った。美鈴が北城の別荘に戻ると、入り口でお手伝いさんがスーツケースを持ってきた。続いて、秀太と運転手も到着した。秀太は運転手にスーツケースを車に載せるよう指示し、そして美鈴に言った。「榊社長が病院で付き添ってほしいと言っております」美鈴は行くのを拒んだ。「私は妊婦だよ。休息が必要なの」雲和が付き添っているじゃないの。なんで私を巻き込むわけ?秀太は恭しく言った。「疲れることなく病院で過ごせるよう、すでに病院の方で環境を整えております」美鈴はもう行かざるを得ないんだと悟った。彼女は怒りを抱えたまま車に乗り込んだ。凌は自分を困らせることしか考えていない。1時間後、美鈴は再び凌のもとへ戻った。凌は相変わらずベッドの背もたれに寄りかかっており、手元には確認済みの書類が積まれていた。彼は涼しげに美鈴を見た。スーツケースを隅の方に置くと、秀太は素早く病室から退出した。美鈴は不満げに言った。「介護スタッフを手配してあげるわ」それに、凌はただ体が弱っているだけで、大したことない。自分の付き添いなんて必要ない。「手足は問題なく動かせれるから、必要ない」「じゃあなんで私をここに呼んだの?」美鈴はとても不機嫌だった。「マスコットがわりだ」凌は淡々と言い、顎でスーツケースを指した。「お手伝いさんに荷造りさせた。足りないものがあれば、届けさせる」美鈴は腕を組んだまま動かず、冷ややかに聞いた。「ここにどれくらい滞在するつもりなの?」「俺がいる限り、お前もここにいろ」「妊娠しているから、病院にいるのはやだわ」彼女はここに留まることを拒んだ。「俺はこの数日、幹細胞の採取をする。それでも本当に拒むのか?」凌は美鈴の弱みを正確についた。
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第210話

正邦は人付き合いだけは上手いけど、商売の腕は大したことない。一方、深也は幼い頃から甘やかされて育ち、正邦よりは実力があるが、大きな挫折を経験しておらず、いざと言うときに踏ん張れない。美鈴と夕星の騒動があれだけ大きくなって、悪い評判が会社を巻き込んでしまい、もうやっていけないほどだ。深也は、凌に助けを求め、彼が助け舟を出してくれることを望んだ。凌は憔悴した深也をじっと見つめ、「お前が帰国した時点でこのことは考えておくべきだった」と言った。深也は歯を食いしばり、「父さんは今頭が混乱している。放っておくわけには行かない」と言った。凌はただ一言、「決断を先延ばしにすれば、必ず混乱を招く」と返した。凌ははっきりと意思表示をした。深也を助けないということだ。深也は二人の間の友情がすでに消えつつあると知っていたが、凌があっさりと拒否するのを聞くと、やはり胸が痛んだ。深也は病室を見て、「美鈴のせいか?」と尋ねた。「彼女のせいではない」「ずっと気になっていたんだ。美鈴のような身元を持った人間を、どうして凌くんは気に入ったのかってね」深也には理解できなかった。榊家は誰もが知る名家で、美鈴の素性が明らかになった後、どれだけの人が榊夫人の座を狙っていたか。だが、凌の心には美鈴にしかなかった。凌は目を細めた。どうして気に入ったのか?自分もわからない。おそらく、最後まで責任を持ってやり遂げたいのだろう。凌は黙り込んで答えなかった。凌が病室に戻ると、美鈴はすでに身支度を終えていた。彼女は深也が来たことを知っていた。「彼はあなたに助けを求めてきたの?」凌は美鈴に近づき、身を乗り出してキスをした。「うん、でも断った」凌はそう言いながら、美鈴の目を見つめ、彼女が喜ぶかどうか確かめようとした。美鈴は特に感情を見せなかった。身支度を終え、二人は朝食をとった。美鈴は安輝のお見舞いに行った。すると、病室の外の廊下で正邦に会った。彼は背を丸めていて、かなり年を取った感じで、こめかみには白髪がちらほら混じっていた。「美鈴」彼は弱々しく呼びかけ、目にはもはや当初抱えていた恨みなどはもう消えていた。美鈴はその場に立ち尽くし、冷たく彼を見た。「そんな風に呼ばないで、吐き気がするから」この呼び方には、梅代おばあ
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