All Chapters of 花紋の少年と魔法図書館: Chapter 11 - Chapter 20

52 Chapters

読まれぬ頁、語られる頁

転移の光が収まった瞬間、冷えた空気が頬を撫でた。ユウリたちは、崩れかけた大広間の中央に立っていた。天井の高い空間には、かつての威容を誇ったであろう書架が幾列も並び、その多くが傾き、棚板からは砕けた木片や劣化した紙が散乱している。わずかに差し込む光は天井の割れ目から射し込み、空気中には砂塵と紙片がゆっくりと漂っていた。落ちてくるそれは雪にも似ているが、近づけばインクの痕跡がまだ残る古い詩の断片だった。「……まだ、生きてる本がある」セリアが視線を奥へ向ける。長机の上に、他の本とは違う淡い光を帯びた魔導書が数冊並んでいた。ユウリは足を踏み入れる前に呼吸を整え、机へと近づいた。指先で表紙に触れた瞬間、魔導書がわずかに震え、ページが一枚、勝手に開く。そこに現れた文字を見て、彼は思わず息を呑んだ。——見覚えのある筆跡。親友が使っていた、癖のある字形。その字で、短い詩が綴られていた。「……これ、なんで……」ユウリが呟くと、反対側にいたトアも別の本を手に取っていた。彼女の瞳に映るページには、青い花畑の情景が細かく描かれている。彼女は小さく首を傾げ、「知らない……けど、懐かしい」と唇を動かした。セリアも別の一冊を開き、眉を寄せる。「この本……読む人によって、見える内容が変わってる。読み手の“最も読ませたい言葉”を映す仕組みね」三人は無言で互いの本を見比べたが、ページの内容はそれぞれにしか見えないらしい。ユウリは親友の筆跡を指でなぞりながら、胸の奥にじわりと熱いものが込み上げるのを感じた。——まるで、この本たちが、それぞれの心を覗いているようだった。机の上の本から視線を外したとき、ユウリはふと奥の書架に目を留めた。半ば倒れかけた棚の下、崩れた木材と古い巻物の隙間から、淡い脈動が漏れている。「……あれ、光ってないか?」声を潜めながら近づくと、セリアが息を呑んだ。「黒頁……! 間違いない、あの輝きは」慎重に瓦礫をどけると、そこには手のひらほどの黒い紙片があった。表面にはまだ解読不能な文字がびっしりと刻まれ、触れる前から微かなざわめきが指先をくすぐるように伝わってくる。トアが歩み寄ると、欠けた彼女の花紋が急に脈打ち、銀色の光が広がった。黒頁の欠片はそれに呼応し、花弁の欠けた輪郭を一瞬だけ埋めるように輝く。「……あたたかい……」トアの声は
last updateLast Updated : 2025-08-09
Read more

二枚の黒頁と揺らぐ記憶

夕暮れの風が、荒野を渡って頬を撫でた。分館から離れたユウリたちは、赤く染まる地平線を背に、足を止める。背中の荷物から、ユウリは二枚の黒頁を取り出した。掌の上で並べると、互いの縁が微かに震え、淡い光が走る。「……動いてる……?」セリアが目を細める。黒頁は互いに引き合うように近づき、滲んでいた文字の一部が重なって形を成し始めた。その瞬間、金と銀、二色の光がユウリの指先を抜け、隣に立つトアの胸元へと流れ込んだ。彼女の欠けた花紋が脈打ち、輪郭の欠け目が一瞬だけ埋まる。息を詰めたトアの瞳が大きく揺れる。「……っ」言葉を紡ぐ前に、彼女の意識に映像が押し寄せた。暗い部屋。壁一面の書架と、中央の台に置かれた巨大な魔導書。白衣を着た数人の大人たちが、その詩文を囲んで何かを読み上げている。その端に——小さな自分がいた。幼いトアは椅子に座らされ、魔導書に刻まれた詩を見つめながら、泣いていた。誰も彼女の涙を止めようとはせず、ただページをめくる音だけが部屋に満ちていた。「……やめて……」無意識にそう呟いた瞬間、映像は霧のように消えた。夕暮れの荒野に戻ったトアは、荒い呼吸を整えながら、花紋を押さえた。ユウリとセリアが心配そうに覗き込む。だが彼女はかすかに首を振り、「……見たの。たぶん、昔の……私」とだけ告げた。「昔の……君?」ユウリが問いかけると、トアは唇を開きかけ——しかし次の瞬間、喉の奥で言葉が途切れた。「……っ」額に手を当て、身を屈める。瞳が揺れ、呼吸が乱れていく。「トア!」セリアが肩を支えたが、彼女は小さく首を振る。「話そうとしたら……頭が……痛い」ユウリは眉をひそめ、黒頁の欠片を見やった。二枚の欠片は、まだ薄く脈動している。その光は、まるでトアの花紋に向かって吸い込まれるようだ。セリアが険しい表情で分析する。「黒頁が……花紋の記憶領域に干渉してる。欠片が繋がるほど、君の中の“過去の詩”を引き出そうとしてるのよ」「……だったら……知りたい」トアの声は震えていたが、その奥には確かな意志があった。「思い出せないままじゃ……ずっと、この欠けた花は咲かない」ユウリはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。「わかった。ただ、無理はするな」そのやりとりの直後、黒頁がふっと光を強めた。欠片の表面に淡い線が浮かび上がり、
last updateLast Updated : 2025-08-10
Read more

咎読エスティア

谷に一歩足を踏み入れた途端、空気が変わった。白い靄が視界を覆い、先は数メートル先までしか見えない。足音はすぐに霞み、代わりに耳の奥で、知らない声がささやき始める。——あの日、言えなかった言葉。——忘れたはずの名前。「……聞こえるか?」ユウリが低く問う。「……ええ、勝手に入り込んでくる」セリアは眉を寄せ、花紋を輝かせて防御詩を展開した。ユウリも花紋をかざし、周囲に薄い光の壁を張る。それでも、断片的な“聞いた覚えのない言葉”が、靄の奥から滴り落ちるように耳へ入り込んでくる。自分の声で、自分が知らない詩を読んでいるような、不気味な感覚。トアは額を押さえ、足取りを止めた。「……また、痛い……」彼女の花紋が強く脈打ち、光の色が淡い銀から血のような紅へと滲み変わっていく。セリアが彼女の肩を支え、険しい声で告げた。「未詩の濃度が高すぎる……この靄そのものが詩文を運んでる」谷の奥から、低く澄んだ声が響いた。——「歓迎するわ、“読めなかった言葉”を抱えた人たち」その声は靄を震わせ、詩そのもののように、胸の奥にまで直接響いてきた。ユウリは黒頁を抱え直し、足を一歩奥へ進めた。何かが、確実に彼らを待ち受けている。靄の向こうから、ゆっくりと人影が現れた。まだ幼さの残る顔立ち。トアと同じくらいの年頃に見えるが、その花紋は輪郭まで真っ黒に塗り潰されている。肌に触れる靄が、彼女の周囲だけは異様に濃く、まるで生き物のように絡みついていた。少女は一歩ごとに、宙へ詩文を咲かせていく。半透明の花弁のような文字列がひらひらと舞い、その一つ一つから、かすかな囁きが漏れていた。「……《咎読》のエスティア」セリアが低く呟く。その名を呼んだ瞬間、少女の唇に小さな笑みが浮かんだ。「ご存じなのね。嬉しいわ」声はやわらかいが、その温度は限りなく冷たい。「ここに来る人はみんな、“まだ読めていない言葉”を抱えてる。あなたたちも……そうでしょう?」ユウリは黒頁をわずかに握りしめ、警戒を隠さない。エスティアは視線を順に巡らせ、最後にトアで止まった。「……あら。その欠けた花……咲かせ甲斐がありそう」彼女の周囲を舞っていた詩文の花弁が、ふっと色を変えた。青、白、そして銀——トアの記憶にあった花畑と同じ色彩。トアの足が、知らず知らずのうちに前へ出てしまう。セリア
last updateLast Updated : 2025-08-11
Read more

欠けた花を咲かす詩

靄の奥で、エスティアが両手を広げた。「——《咎読詩・二節》」その声と同時に、谷全体の靄が震え、無数の詩文の花弁が空中に咲き乱れた。花弁は触れた瞬間、冷たい液体のように皮膚へ染み込み、脳裏に過去の映像を押し流してくる。幼い自分が泣いている姿、言えなかった言葉、閉じたままの頁——。思考が過去に引きずられ、足の感覚が鈍くなる。「くっ……!」ユウリは花紋を前にかざし、防御詩の結界を厚く展開した。だが、守りを強めるほど攻撃詩の構築が遅れ、じわじわと押し込まれていく。背後で、トアが短く息を呑む。花紋の欠けた部分が、まるで熱を持った鉄のように脈打ち、痛みが全身に走る。その痛みは歩を進める力を奪い、靄の中で立ち尽くすしかなかった。エスティアは足を止め、楽しげに視線を流す。「いいわ……その苦しみ。まだ咲かない花の痛みは、美しい」靄はさらに濃くなり、花弁の舞いが暴風のように渦を描き始めた。谷全体が、彼女の詩の舞台へと変わっていく。「……ただの詩じゃない。これは——」セリアは靄の流れを凝視しながら、花弁の中で形を変える文字列を追った。それらは一つとして同じものがなく、全てが相手の心に基づいて生成されている。「対象の記憶を直接参照して、詩文を作ってる……だから防御も突破されるのよ」彼女は低く吐き捨てた。「でも、その仕組みは裏返せる。記憶から詩を奪うなら、即興で“こちらの言葉”を流し込み、上書きすればいい」ユウリが花弁を払いながら振り返る。「即興詩なんて、普通は精度が低すぎるだろ」「ええ、未完成の詩は暴発する危険もある。でも——」セリアの視線が鋭く光る。「私がやる。わざと狙わせて、その間にあなたたちは石碑へ」そう言うと、セリアは防御詩を一瞬緩め、自ら靄の濃い方へ踏み込んだ。花弁が彼女を包み、即座にエスティアの視線が移る。「……面白い。自分から読むつもり?」エスティアの口元に、ゆっくりと笑みが広
last updateLast Updated : 2025-08-12
Read more

沈黙の詩と、新たな敵

転移の光が収まった瞬間、冷えた空気が頬を撫でた。ユウリたちは、崩れかけた大広間の中央に立っていた。天井の高い空間には、かつての威容を誇ったであろう書架が幾列も並び、その多くが傾き、棚板からは砕けた木片や劣化した紙が散乱している。わずかに差し込む光は天井の割れ目から射し込み、空気中には砂塵と紙片がゆっくりと漂っていた。落ちてくるそれは雪にも似ているが、近づけばインクの痕跡がまだ残る古い詩の断片だった。「……まだ、生きてる本がある」セリアが視線を奥へ向ける。長机の上に、他の本とは違う淡い光を帯びた魔導書が数冊並んでいた。ユウリは足を踏み入れる前に呼吸を整え、机へと近づいた。指先で表紙に触れた瞬間、魔導書がわずかに震え、ページが一枚、勝手に開く。そこに現れた文字を見て、彼は思わず息を呑んだ。——見覚えのある筆跡。親友が使っていた、癖のある字形。その字で、短い詩が綴られていた。「……これ、なんで……」ユウリが呟くと、反対側にいたトアも別の本を手に取っていた。彼女の瞳に映るページには、青い花畑の情景が細かく描かれている。彼女は小さく首を傾げ、「知らない……けど、懐かしい」と唇を動かした。セリアも別の一冊を開き、眉を寄せる。「この本……読む人によって、見える内容が変わってる。読み手の”最も読ませたい言葉”を映す仕組みね」三人は無言で互いの本を見比べたが、ページの内容はそれぞれにしか見えないらしい。ユウリは親友の筆跡を指でなぞりながら、胸の奥にじわりと熱いものが込み上げるのを感じた。——まるで、この本たちが、それぞれの心を覗いているようだった。机の上の本から視線を外したとき、ユウリはふと奥の書架に目を留めた。半ば倒れかけた棚の下、崩れた木材と古い巻物の隙間から、淡い脈動が漏れている。「……あれ、光ってないか?」声を潜めながら近づくと、セリアが息を呑んだ。「黒頁……! 間違いない、あの輝きは」慎重に瓦礫をどけると、そこには手のひらほどの黒い紙片があった。表面にはまだ解読不能な文字がびっしりと刻まれ、触れる前から微かなざわめきが指先をくすぐるように伝わってくる。トアが歩み寄ると、欠けた彼女の花紋が急に脈打ち、銀色の光が広がった。黒頁の欠片はそれに呼応し、花弁の欠けた輪郭を一瞬だけ埋めるように輝く。「……あたたかい……」トアの声は
last updateLast Updated : 2025-08-13
Read more

二枚の黒頁と揺らぐ記憶

夕暮れの風が、荒野を渡って頬を撫でた。分館から離れたユウリたちは、赤く染まる地平線を背に、足を止める。背中の荷物から、ユウリは二枚の黒頁を取り出した。掌の上で並べると、互いの縁が微かに震え、淡い光が走る。「……動いてる……?」セリアが目を細める。黒頁は互いに引き合うように近づき、滲んでいた文字の一部が重なって形を成し始めた。その瞬間、金と銀、二色の光がユウリの指先を抜け、隣に立つトアの胸元へと流れ込んだ。彼女の欠けた花紋が脈打ち、輪郭の欠け目が一瞬だけ埋まる。息を詰めたトアの瞳が大きく揺れる。「……っ」言葉を紡ぐ前に、彼女の意識に映像が押し寄せた。暗い部屋。壁一面の書架と、中央の台に置かれた巨大な魔導書。白衣を着た数人の大人たちが、その詩文を囲んで何かを読み上げている。その端に——小さな自分がいた。幼いトアは椅子に座らされ、魔導書に刻まれた詩を見つめながら、泣いていた。誰も彼女の涙を止めようとはせず、ただページをめくる音だけが部屋に満ちていた。「……やめて……」無意識にそう呟いた瞬間、映像は霧のように消えた。夕暮れの荒野に戻ったトアは、荒い呼吸を整えながら、花紋を押さえた。ユウリとセリアが心配そうに覗き込む。だが彼女はかすかに首を振り、「……見たの。たぶん、昔の……私」とだけ告げた。「昔の……君?」ユウリが問いかけると、トアは唇を開きかけ——しかし次の瞬間、喉の奥で言葉が途切れた。「……っ」額に手を当て、身を屈める。瞳が揺れ、呼吸が乱れていく。「トア!」セリアが肩を支えたが、彼女は小さく首を振る。「話そうとしたら……頭が……痛い」ユウリは眉をひそめ、黒頁の欠片を見やった。二枚の欠片は、まだ薄く脈動している。その光は、まるでトアの花紋に向かって吸い込まれるようだ。セリアが険しい表情で分析する。「黒頁が……花紋の記憶領域に干渉してる。欠片が繋がるほど、君の中の”過去の詩”を引き出そうとしてるのよ」「……だったら……知りたい」トアの声は震えていたが、その奥には確かな意志があった。「思い出せないままじゃ……ずっと、この欠けた花は咲かない」ユウリはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。「わかった。ただ、無理はするな」そのやりとりの直後、黒頁がふっと光を強めた。欠片の表面に淡い線が浮かび上がり、
last updateLast Updated : 2025-08-14
Read more

咎読エスティア

詩蝕の谷を抜けて三日目の夜。焚き火の明かりが、三人の顔を赤く照らしていた。トアは自分の手をじっと見つめている。欠けていた花紋の一部が光を取り戻し、以前より鮮やかに脈打っていた。記憶を取り戻してから、彼女の表情は明らかに変わっている。迷いが消え、瞳に意志の光が宿っていた。「……他の実験体のこと、気になる」トアが小さくつぶやく。ユウリは虹色に輝く黒頁を見つめながら答えた。「あの博士が言ってた他の子たちか」「うん。私みたいに、言葉を奪われた子がまだいるかもしれない」セリアが焚き火の薪をくべ直しながら言う。「でも手がかりがないわ。実験施設は各地に散らばってるだろうし」その時、虹色の黒頁がふわりと光を放った。ページの表面に、淡い文字が浮かび上がる。『悲しみの声が響く場所言葉を失った花が泣いている北の森の奥、古い塔で誰かが君たちを呼んでいる』三人は顔を見合わせた。黒頁が示す新たな導き。それは確実に、次の目的地を指し示していた。「……行こう」トアが立ち上がる。「放っておけない」ユウリとセリアも頷く。虹色の頁が示すなら、そこには確実に救うべき誰かがいる。翌朝、三人は北へ向かって旅立った。-----北の森は、これまで通ってきた場所とは明らかに雰囲気が違っていた。木々は高く、陽光を遮るほど茂っている。風は冷たく、鳥の声も聞こえない。まるで森全体が、何かを恐れて息を潜めているようだった。「……静かすぎる」セリアが警戒しながら歩く。「自然の静寂じゃない。何かに抑圧されてる」ユウリも同感だった。魔導書を持つ手に汗が滲む。花紋が不規則に脈打ち、周囲に異質な魔力の気配を感じ取っていた。トアだけは、なぜか落ち着いていた。「……誰かの泣き声が聞こえる」彼女が森の奥を指差す。「あっちから」
last updateLast Updated : 2025-08-15
Read more

四つの花、一つの詩

エスティアが仲間に加わってから五日が過ぎていた。四人は街道を歩きながら、互いの距離を測りかねている。特にエスティアは、まだ自分の居場所を見つけられずにいた。元々敵対していた相手を受け入れるのは、想像以上に難しいことだった。「……私、足手まといになってない?」エスティアが不安そうに呟く。「そんなことないよ」トアが振り返って微笑む。「みんなで一緒にいると、心強い」だがその言葉とは裏腹に、戦闘時の連携はまだうまくいっていなかった。昨日遭遇した野盗との戦いでも、エスティアの咎読詩が味方の魔法と干渉し、混乱を招いてしまった。「問題は、君の能力の性質だ」セリアが分析する。「咎読は他者の詩を読み取って再現する力。でも、それが無意識に発動してしまうと……」「みんなの詩が、私の中でごちゃ混ぜになる」エスティアが肩を落とす。「コントロールできないの」ユウリは歩きながら考えていた。これまでの旅で学んできたのは、「詩は一人で読むものじゃない」ということ。ならば、エスティアの力も、みんなで使う方法があるはずだ。「……試してみたいことがある」ユウリが足を止める。「今度敵が出たら、俺たちの詩をエスティアに読ませてみよう」「え?」エスティアが驚く。「でも、それじゃあ私があなたたちの詩を奪ってしまう」「奪うんじゃない、一緒に読むんだ」ユウリが魔導書を開く。「君の咎読で、俺たちの詩を繋げられるかもしれない」その提案に、他の三人も興味を示した。もしうまくいけば、四人の詩を同時に発動できる。前例のない試みだった。街道沿いの森で、一行は野営の準備をしていた。陽が傾き始め、辺りには夕闇が忍び寄っている。「今日は静かね」セリアが周囲を見回す。「魔物の気配もないし」だが、その言葉が終わらないうちに、地面が激しく揺れた。木々の根元から土が盛り上がり、巨大な何かが地中から姿を現す。「地竜……!」ユウリが身構える。現れたのは、岩のような鱗を持つ巨大な竜だった。全長は十メートルを超え、口からは熱い息が漏れている。地竜は縄張りを荒らされたことに怒り、四人を睨みつけていた。「来た!」セリアが即座に防御詩を展開する。白い光の壁が四人を包み、地竜の威圧から守る。ユウリも雷の詩を構え、トアは光の花を咲かせる準備に入る。いつもの連携パタ
last updateLast Updated : 2025-08-16
Read more

記憶の断片と新たな敵

四人の連携が取れ始めた頃、虹色の黒頁が再び光を放った。今度示されたのは、遙か東の山脈にある古い修道院。「……ここにも、誰かが」トアが地図を見つめる。修道院へ向かう道中、エスティアが自分の過去について話し始めた。「私も、実験の犠牲者だったの」彼女の声は静かだった。「でも、トアとは違う実験。私は『他者の詩を読む力』を植え付けられた」「それが、咎読の起源……」セリアが眉をひそめる。「最初は、人の心を読めることが嬉しかった。でも……」エスティアの表情が曇る。「読みたくない心まで、勝手に入ってくるようになった。人の秘密、隠したい感情、全部」ユウリは拳を握った。花紋者を兵器にする実験は、想像以上に残酷だった。「その実験を指揮していたのは?」「『詩博士』と呼ばれていた人。本名は知らない」エスティアが振り返る。「でも、その人はまだ実験を続けてる。私みたいな子を、もっと作ろうとしてる」山道は険しく、空気も薄い。だが四人は黙々と歩き続けた。虹色の黒頁が示す場所に、きっと重要な何かがある。三日目の夕方、ついに修道院が見えてきた。古い石造りの建物が、山の中腹にひっそりと佇んでいる。「静か過ぎるわね」セリアが警戒する。「修道院なら、もっと人の気配があるはず」近づくにつれ、異様さが明らかになった。修道院の周囲には結界が張られており、その中だけ音が完全に遮断されている。鳥の声も、風の音も、一切聞こえない。「沈黙の結界……」ユウリが眉をひそめる。修道院の門をくぐると、中庭で一人の少年が座っていた。銀髪で、年の頃は十二、三歳だろうか。だが、その瞳には年齢に似合わない深い知性が宿っている。少年は彼らに気づくと、ゆっくりと立ち上がった。口を動かすが、声は聞こえない。「……君たちが、『継承者』か」その声は、少年の口からではなく、直接頭の中に響いた。「テレパシー?」エスティアが驚く。少年は首を振り、自分の胸を指差した。そこには、透明な花紋が浮かんでいた。光も音もない、まるで存在しないかのような花。「僕はティオ。この修道院で、『沈黙の詩』を守っている」心の声で語りかけてくる少年。ユウリは直感した——この子も、仲間になる運命にある。「沈黙の詩?」ユウリが心の中で問いかけると、ティオは頷いた。「言葉にならない詩。音
last updateLast Updated : 2025-08-17
Read more

五つの声、一つの調べ

新たに加わったティオとの連携に、一行は戸惑いを隠せないでいた。声を出さずに意思疎通を図るのは、想像以上に困難だった。「手話だけじゃ、細かいニュアンスが伝わらない」セリアが困った表情を見せる。戦闘中の連携も難しかった。ティオの沈黙詩は強力だが、他の四人との呼吸が合わない。昨日の野犬との戦いでも、タイミングがずれて危険な場面があった。しかし、ティオは微笑んで自分の魔導書を開いた。ページには文字がなく、代わりに光る点が浮かんでいる。点が動き、空中に文字を描く。『心で語れば、伝わります』「心で?」ユウリが首を傾げると、ティオの花紋が輝いた。次の瞬間、ユウリの頭の中に直接声が響く。『こうやって、話すことができます』「テレパシー……?」『正確には、詩文による心の共鳴。僕の沈黙詩の応用です』ティオの能力により、五人は言葉を発さずとも意思疎通ができるようになった。最初は戸惑ったが、慣れてくると非常に便利だった。心の声は、口で話すよりも純粋で、嘘がつけない。五人の絆は、より深いものになっていった。街道沿いの宿場町で、五人は情報収集をしていた。魔法図書館の本館について、何か手がかりが得られるかもしれない。「最近、この辺りで奇妙な噂があるんだ」宿の主人が小声で話す。「森の奥で、“語滅獣”が出るって」「語滅獣?」エスティアが眉をひそめる。「言葉を食らう化け物さ。遭遇した者は、詩が読めなくなってしまう」主人の表情は深刻だった。「もう三人の花紋者が犠牲になった」五人は顔を見合わせた。語滅獣——その名前からして、不吉な予感がする。『調べてみましょう』ティオの心の声が響く。『放っておけば、被害が拡大します』その夜、五人は森へ向かった。月明かりが木々の間を照らし、静寂が支配している。しばらく歩くと、異様な気配を感じた。空気が重く、まるで言葉そのものが圧迫されているような感覚。「……この感じ」エスティアが立ち止まる。「まるで詩が……死んでいく」森の奥から、低いうなり声が聞こえてくる。それは言葉にならない叫び——語滅獣の声だった。木立の向こうに、巨大な影が現れた。語滅獣は、無数の詩文が絡み合って形成された化け物だった。体表には読み取れない文字がうごめき、口からは黒い煙が立ち上っている。「あれは……未詩の集合
last updateLast Updated : 2025-08-18
Read more
PREV
123456
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status