潮見市は他の地域から来た人間が多く、この時間になると、道はがらんとして車通りも少ない。しかし、車の進む方向が次第におかしくなってきた。桜丘町の方角だ。梨花は運転席に視線を送った。「中村さん、やっぱり若葉小路に帰ります」「若奥様……」 智也は戸惑い、バックミラー越しに一真を見た。梨花は、てっきり智也が勘違いしたのだと思っていたが、これで、一真の指示だったと分かった。この問題で繰り返し揉めることに、彼女は少し疲れていた。「桜丘町には、しばらく戻るつもりはない」「梨花」 一真は彼女の方を向き、優しい声で言った。「一緒に正月を過ごそう。年が明けて、それでも気が収まらないなら、その時は若葉小路に送って行くから……」「私たちが、いつ一緒に年越しをしたっていうの?」 梨花は彼を見つめ、淡々とした声で彼の記憶を呼び起こさせた。「これまでは毎年、あなたは実家で過ごして、桜丘町には、私一人だけだった」「あ、違うわ。中村さんもいた」昔はそれでも、彼女は受け入れていた。それなのに今になって、自分が手招きさえすれば、彼女が素直に従うとでも思ったのだろう。そんな都合のいい話などあるわけがない。一真は自分が悪いと分かっていたので、何かを言いかけた時、彼のスマホが突然鳴った。彼は着信表示を一瞥すると、そのまま通話に出た。「どうした?」「社長……」 電話の向こうで、翼が恐る恐る口を開いた。「桃子さんが、逃げました。今日はお正月だと思い、一人しか当番を置いていなかったのですが、桃子さんがお腹が痛いふりをして、隙を見てその当番を気絶させたようです」一真の目が危険な光を帯びて細められた。「すぐに探せ!人数を増やして捜索させろ。必ず見つけ出せ」梨花には電話の内容までは聞き取れなかったが、一真の顔色が沈んでいることだけは分かった。何か重大なことが起きたようだ。誰かが、いなくなった? 電話を切り、一真は時間を確認すると梨花を見た。「先に桜ノ丘まで送ろう。急用ができた」桜丘町に戻るより、桜ノ丘の方が近かった。「分かった」 梨花はほっと息をつき、素直に言った。「急いでるなら、私、自分でタクシーで帰れるよ」一真は譲らなかった。「いや、先にあなたを送る」梨花はそれ以上何
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