一真は彼女の手を避けて、ケーキの箱を空いていた助手席に置いた。「彼女はまだ若いから、甘いものが好きなんだ。あなた、最近は糖分を控えてるって言ってたよね?」桃子はぽかんと彼を見つめた。相変わらず、優しく整った顔立ち。何も変わっていないように見えた。でも、なんだか急に気づいちゃった。変わったのは、たぶん心なんだ。「妹のような存在」って言ってたけど、実は自分でも気づかないうちに惹かれてるんじゃないかって、ふと思ったんだ。指先が手のひらに食い込むくらい握りしめながら、桃子は納得できない気持ちで尋ねた。「あなたって、友達の妹にまでこんなに優しい人だった?」「彼女は、僕と結婚するために竜也と絶縁した」一真の声は淡々としていた。「それに少しぐらい優しくするのは、当然じゃないか?」家に戻った梨花はシャワーを浴びた。髪を乾かしていると、綾香がさくらんぼが乗った皿を手に入ってきて、梨花の口に一粒放り込んだ。「さあ、話して。何かあったでしょ?」「ん?」「そんなに落ち込んでるわけじゃないけどね」綾香はティッシュを取って種を出させながら、鋭く続けた。「でも、私の目はごまかせないよ。なんだか、気になることがあるんじゃない?」梨花は思わず笑ってしまった。ときどき思う。私の人生、別に悪くないかも。先生と綾乃はいつも温かく見守ってくれるし、綾香みたいな友達もいる。ドライヤーを止めて、そっとつぶやいた。「今日ね、先生の家から出たあと、誰に会ったと思う?」「誰?」「一真と桃子」梨花は口角を引き上げた。「彼は桃子のために先生を訪ねてたの。桃子を弟子にしてもらうよう頼みにね」その時、どうしてもその気持ちを言葉にできなかった。ただ、苦しかった。先生と一真が親しくなったきっかけは、間違いなく私だった。まさか、その「縁」を使って、彼が他の女性のために助け舟を出すなんて。「一真、何を考えてるんだろう?離婚届も出してないのに、こんなに堂々としてるなんて?」綾香は憤りを隠せなかった。そう、まるで平手打ちされたみたいだった。決して良い気分ではなかった。でも、言葉にして吐き出せば少し楽になる。梨花は深いため息を吐いた。「一真は何を考えてるか、きっと分かってるのは桃子だけ
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