Semua Bab 千夜一夜に囚われて~語りの檻と王の夜明け: Bab 11 - Bab 12

12 Bab

胎に棲むもの

その夜から、青年の腹部には小さな疼きが棲みついた。最初は微かな違和感だった。まるで夜毎に月が満ちるように、静かにじわじわと広がっていった。呼吸をするたび、胸の奥で音もなく形を変えるそれは、時に熱を伴い、時に氷のような冷たさで彼の身体を内側から撫でてきた。神殿の者たちは何も告げなかった。月の契約が済んだ後、青年はほとんど話しかけられることもなく、決まった時刻に水と少量の果実が与えられ、それ以外の時間はひとり静かに石室に閉じ込められていた。灯りはなかった。ただ天井の小さな窓から落ちる光が、時折壁に白い線を引いた。月の位置でしか時間を知ることのできない空間だった。鏡はなかった。いや、鏡が置かれたことは一度だけあった。ある夜、石の棚の上にそっと置かれたそれを、青年は半ば躊躇いながら覗き込んだ。だがそこに映ったのは、もはや“自分”ではなかった。頬はこけ、目の奥の光は沈み、肌は月の光を吸い込むように青白く透けていた。けれど何より恐ろしかったのは、鏡の奥に“それ”の影が映らなかったことだった。自分の身体の内に、確かに何かがいる。眠りの最中にも目覚めているような感覚があった。ときおり、夢とも幻ともつかぬ光景が脳裏に浮かんだ。ひとつの胎に暗い実が育ち、それが決して開かれることなく、内側から命を吸い取っていく。痛みはなかった。ただ、痩せていく。熱が失われていく。誰かに呼ばれているような気がして振り返っても、そこには誰もいなかった。青年はそれでも誇りを失わなかった。むしろ、その苦しみの中でさえ、自分が“選ばれた者”であることだけが唯一の支えだった。祭司たちは何も告げなかったが、視線には確かに敬意のようなものがあった。あるいは、それは畏れだったのかもしれない。彼が宿しているものが、人の手に負えない“神意”であることを、誰よりも彼らが理解していたのだろう。「私は、祝福されたのだ」青年は何度も呟いた。それは自己洗脳のようでもあり、ただの願望でもあった。だが言葉にすることでしか、保てないものがあった。命とは呼べぬ何かを内に抱えながら、彼は祈るようにして毎晩その言葉を唱え続けた。吐く息は次第に細く、微か
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-08-26
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月を喰む者

満月の夜は、静寂を纏っていた。風もなく、砂は息を潜め、神殿の石壁さえ沈黙していた。夜空は深い藍に沈み、その中央に浮かぶ月だけが、まるで息づく者のように輪郭を脈打たせていた。すべてが、終わりを迎えるのを知っていた。青年は寝台に横たわっていた。白銀の布が肌に張りつき、汗と香が入り混じったその匂いは、どこか懐かしいものに似ていた。かつて母の腕に抱かれたことがあるのなら、それはそのときの感触だったかもしれない。けれど彼はその記憶さえ持たなかった。誰かに抱かれ、呼ばれ、選ばれるという体験のすべてを、神殿で初めて知ったのだった。「もう、満ちたのですか」仮面をつけた神官が頷いた。声はなかった。ただその仕草が、祭りの終焉を告げていた。青年はまぶたを閉じた。瞼の裏に月が浮かぶ。それは今宵に限って、ほんのわずかに赤く滲んでいた。まるで彼の中にある何かと呼応しているかのように。胸の奥が焼けるように熱い。けれど、その熱には苦痛はなかった。むしろ、安らぎに近かった。空っぽの中に残っていた最後の欠片が、静かに燃えているだけのこと。呼吸が浅くなる。意識が月へと引かれていく。指先が痺れ、花弁のように開いた唇から香が洩れた。それは乳香でも花の香でもなかった。青年自身の肉体が、内側から香を放っていた。白く、ほのかに甘く、だがどこか焦げたような匂い。それが神殿の隅々にまで満ちていき、石に染みこみ、衣に染みこみ、やがて空へと昇っていった。月が、ゆっくりと揺れた。誰の目にもはっきりとわかるほど、円の一角が欠けていた。それは雲ではなかった。まるで空の果てから、誰かが月に歯を立てたかのように、そこだけがくっきりと齧られていた。祭司たちは沈黙のまま、顔を伏せた。誰ひとりとして声を上げず、誰ひとりとして涙を流さなかった。ただ香の中で、月が一口、欠けていく音を聞いていた。青年の身体はもう動かなかった。花弁のように開かれた手のひらが、ひとつ、ふたつと震えたあと、静かに止まった。熱が抜けたわけではなかった。むしろ、彼の周囲の空気だけが異様に温かかった。命の名残が香となり、光となり、月の口元へと吸い込まれていく。「月に喰われた者」神官のひとりが、記録の板にそう記し
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