Semua Bab 流産の日、夫は愛人の元へ: Bab 61 - Bab 70

100 Bab

第61話

もし離婚することになっても、素羽は司野との縁が完全に切れる前に、どうしても芳枝の命を繋いでおかなければならなかった。夏輝は率直に告げる。「正直、簡単な話じゃない。でも、絶対に無理ってわけでもない。ただ、少し時間がかかる」「須藤家が北町でどれだけの地位か、わかってます?」素羽が念を押すと、夏輝は微笑んで返した。「心配するな。彼は俺に手出しはできないさ」夏輝は本来、港町出身だったが、須藤家とてあちらでは無力なわけではない。清人が選んだ弁護士だけあって、只者ではなかった。素羽は昔から、清人が普通の家柄じゃないと感じていたが、それは間違いではなかった。類は友を呼ぶ。結局、人は自分と同じ階層の者としか交わらないものだ。素羽はそれ以上深入りせず、グラスを持ち上げた。「この件、どうかお願いします」夏輝は素羽の隣にいる清人を横目で見て、にやりと笑みを浮かべ、グラスを軽く合わせた。それが承諾の合図だった。素羽は途中でトイレに立った。個室には二人の男だけが残る。夏輝はからかうように言った。「これが清人が高額で俺に依頼させた理由か?」彼は素羽に嘘は言わない。司野は確かにそう簡単に自分には手を出せない。だが、もし清人が間に入らなければ、そもそもこの依頼を受けることさえなかっただろう。手は出せないが、わざわざ厄介ごとを背負い込む必要もない。「まさか、清人がそういう趣味とは思わなかったな」離婚間近とはいえ、まだ人妻だ。清人は鋭い視線を送るが、夏輝は動じず、さらに続ける。「まだ何も言ってないのに、もう庇うのか?」「彼女の前で変なことを言うな」夏輝は笑みを浮かべたまま、何も言い返さなかった。司野はもう三日も家に帰っていなかった。冷え切った部屋を見て、心は虚しさに包まれるが、次第にそれにも慣れてきた。彼が美宜と一緒にいるかどうかなんて、もうどうでもいい。シャワーを浴びて、眠る。翌朝、仕事へ向かう。だが、そんな日常は突然終わりを告げる。仕事場に着いて間もなく、病院から電話が入る。芳枝が倒れたというのだ。素羽は真っ青になり、慌てて病院へ駆けつけた。到着した時、芳枝はまだ意識が戻っていなかった。「どうしてこんなことに……」素羽は急いで看護師に事情を尋ねる。看護師は責任を感じているのか、知っている限り
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第62話

美宜はふっと鼻で笑った。「私に手出しできるとでも思ってるの?信じる?私が苦しいって一言呟けば、司野さんは絶対に私の味方をするのよ?」素羽は、それが真実だと分かっていた。だが、それがどうしたというのか。この世で素羽が唯一心から大切に思うのは、たった一人――芳枝だけだ。芳枝に手を出すくらいなら、自分を殺された方がまだマシだ。自分がどんなに辱められても、どうでもいい。でも、芳枝だけは絶対に許せない。その時、不意に美宜の顔色が変わった。「げほっ、げほっ……何してるの?早く手を離してよ、死んじゃう……」素羽がまだ状況を理解する前に、誰かの手が彼女を乱暴に引き剥がした。強い力に体ごと引っ張られ、背中を棚の角にぶつけてしまう。思わず顔が苦痛に歪む。司野の冷たい声が響いた。「素羽、何してるんだ!」美宜は司野の胸に飛び込むと、涙でぐしゃぐしゃの顔で縋りついた。「司野さん……」素羽は棚に手をつき、必死に体勢を立て直す。「どうして私が彼女にこんなことしたか、聞いてくれないの?」司野は冷ややかな目で言った。「美宜は心臓が弱いこと、知らないのか?」素羽の喉は焼けつくように痛み、目頭も熱くなる。「おばあちゃんだって体が弱いのに、彼女はわざわざ刺激しに行った。今、おばあちゃんは意識不明なんだよ!」司野はベッドの上の芳枝に目を落とした。美宜は彼の腕にしがみつき、すすり泣く。「私、そんなことしてないよ。入院してて退屈だったから、素羽さんのおばあちゃんがいるって聞いて、ご挨拶しに行っただけ。何もしてないし、おばあちゃんが倒れたのも私のせいじゃない……」美宜の涙は止まる気配もなく、まるでお金も惜しくないかのようにポロポロとこぼれる。弱々しく、守ってあげたくなるような雰囲気だ。「素羽さんが私を嫌ってるのは知ってるよ。私が司野さんを独り占めしてると思ってるんでしょ?でも、私、ここじゃ知り合い他にいないんだよ……本当に迷惑なら、私ここからいなくなる。でも、素羽さん、私をこんなふうに悪者扱いしないでよ……」司野はきっぱり言い放つ。「どこにも行かなくていい。北町にいればいい」彼がどちらの味方なのか、分かりきっていた。だけど、素羽はその特別扱いに、どうしようもなく胸を刺された。両の拳をぎゅっと握りしめる。「司野、私のおばあちゃんなんだよ
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第63話

司野「おばあちゃんは遠慮しないで」彼の好意は、まるで重たい贈り物のように断れない。「美宜から聞いたんだけど、おばあちゃんが彼女に会った後、急に倒れちゃったって。ずっと心配してたよ。あの子は俺の親友の妹で、俺は妹みたいに思ってる。もし彼女が失礼なことしたなら、俺に言って。代わりに謝るよ」その言葉に、素羽の目の前が一瞬、また一瞬と暗くなる。美宜のために、本当に自分、プライドなんてどこかに置き忘れてきたみたいだ。「あの子のせいじゃないよ。おばあちゃん自身の体が悪いだけ」司野は病室に長居せず、電話が入るとすぐに出ていった。彼が出ていくと、病室にやっと空気が戻ってくる。素羽もようやく息ができた気がした。芳枝は心配そうに素羽を見つめる。「最近、ちゃんと休めてないんじゃない?ほら、目の下にクマできてるよ」「仕事がちょっと忙しくて」「若いからって無理ばっかりしちゃダメだよ。ちゃんと体を大事にして、早く赤ちゃんでもできたらいいね。そうすれば、もしおばあちゃんがいなくなっても、素羽のそばに子どもがいてくれたら安心だし……」言い終わるか終わらないかのうちに、素羽はあわてて「何言ってるの、縁起でもない!おばあちゃんは長生きするんだから!」と何度も呟いた。芳枝は微笑む。「そうだね、長生きして、素羽の赤ちゃんを抱っこしてやるよ」午前中いっぱい病室にいて、素羽はようやく病院を後にした。病室を出た瞬間、彼女は顔につくった笑顔を外した。芳枝が望むその子は、きっとこの世に生まれることはない。精子提供で子どもを作り、芳枝の願いを叶えてあげることもできるだろう。でも、須藤家の子孫を自分が連れていくなんて、絶対に須藤家が許さない。子どもは須藤家に残り、美宜が自分の代わりに母親になる――そんな未来、絶対に見たくない。だったら、最初から生まなければいい。全てを、最初で断ち切るんだ。……午後、素羽は、てんてこ舞いだった。清人の仕事を片付け、さらに雅史から出された課題にも取り組む。卒業してもう四年も経つのに、まさかまた課題をやる日が来るなんて思わなかった。清人もまた同じく、課題持ち。課題を提出しても、雅史はすぐに見ようとせず、「飯行くぞ」と一言。素羽は思わず「え?」と声を上げる。急いで提出させたのに、なぜ今す
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第64話

清人も素羽の様子の変化に気づき、つられて視線を向けた。そこに立っていたのは司野だった。清人は自然に手を放す。何の反応も示さない司野を見て、素羽の瞳はわずかに陰りを帯びる。腰の痛みが、またじわじわと強くなった気がした。自分たちは一応、夫婦だというのに。自分が他の男と接触しても、彼は微塵も嫉妬心を見せない。もし相手が美宜だったら、あの独占欲はきっと爆発していただろう。結局、好きでもなければ、どうでもいい存在ってことだ。雅史が、二人が黙っているのを見て首を伸ばして声を掛けた。「まだそこに立って何してるんだい?門番にでもなるつもりか?」素羽は視線を外し、歩を進めて清人に続いた。数歩後ろで、利津が舌打ちした。「どういうことだ、あれは司野に浮気されてんじゃないか?」もう外で男と抱き合うようになったのか。司野は彼を横目で冷たく睨んだ。利津は口をとがらせる。「何をそんな目で見るんだよ。俺が浮気したわけじゃないし」司野は淡々と告げた。「黙ってろ、お前の口なんか誰も求めちゃいない」利津は自分の口元でファスナーを閉める仕草をした。まあいいや、浮気されたのは自分じゃないし。個室。みんなで食事をしながら、世間話をしていた。雅史が言う。「来週、港町に行く。君たち二人も一緒に来なさい」素羽が尋ねた。「何をしに行くんですか?」雅史は彼女を一瞥する。「行けと言ったら行くんだ。若いくせに、年寄りのわしより口うるさい」「……」別に大したこと聞いてないのに。まあいいや、静かにご飯を食べよう。食事の後、清人は雅史を家まで送り、それから素羽を送るつもりらしい。だが素羽は、「自分でタクシーで帰る」と遠慮した。清人が何も言う前に、雅史が口を挟んだ。「タダで運転手がいるんだ、素直に喜べばいいのに、何を気取ってるんだ?」別に気取ってるつもりはなくて、清人に何度も往復させるのが申し訳ないだけだ。清人はそれを察して、優しく微笑む。「大丈夫、迷惑じゃないよ。素羽が一人でタクシーで帰る方が、僕も先生も心配だ」雅史はふんと鼻を鳴らして、ツンとした態度で言った。「誰が心配だって?」素羽は、先生のこういうやりとりにももう慣れていた。先生を送り届け、自分の家へ戻ると、外はすっかり暗くなっていた。玄関に足を踏み入れた
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第65話

素羽は、ただ静かに見て見ぬふりをした。彼女がすれ違いざまに立ち去ろうとしたとき、司野が声をかける。「どこ行くんだ?」素羽の瞳には、皮肉めいた光が一瞬だけ浮かぶ。「あなたたちのために、場所を空けてあげるのよ」どうせ、目的はそれでしょ?そう言い捨てて、素羽は一度も振り返らずに歩き出した。去っていく彼女の背中を見つめながら、司野は口を開きかけたが、結局何も言えなかった。……離婚する前は、できるだけ波風を立てたくなかった。けれど、司野が堂々と他の女を家に連れ込むなんて、さすがに我慢できなかった。素羽は再び家を出て、見なければ心も乱れないと自分に言い聞かせた。とはいえ、司野のあからさまな行動はすぐに親戚中に知れ渡った。そして、家族会議に呼び出される羽目になった。幸雄たちに会う前に、まず琴子に捕まった。「ちょっと、あんた嫁としての自覚あるの?司野を止めることもできなくて、好き勝手させて。どういうつもり?」素羽は淡々と答える。「彼、私の言うことなんて聞きませんから」琴子は目を見開いて怒る。「言うこと聞かないからって、何も言わないの?おじいさんが司野に不満持ったら、あんたの立場だって悪くなるのよ。忘れないで。家族なんだから!」その言葉に、素羽は薄く口元を引きつらせ、心の中で冷たく笑う。本当に自分を家族だと思ってるのかしら。ちょうどその時、司野も車で屋敷にやってきた。まるで何事もなかったかのような顔で、素羽の前に立つ。「待っててくれた?」明らかに、わざとらしい。屋敷は親戚で賑わっていた。親戚の中でも噂好きな絹谷も来ていた。「おやおや、我が家の長孫がお帰りだわ」司野は穏やかな表情で、丁寧に挨拶する。絹谷は続ける。「聞いたわよ、家に愛人を住まわせてるとか。どうしてその子をおじいさんおばあさんに紹介しないの?」司野はゆっくりと腰を下ろし、皮肉めいた微笑みを浮かべる。「絹谷おばさん、その話、どこから聞いた?」絹谷はニヤニヤしながら言う。「まさか私が作り話してるとでも?素羽が家を追い出されて外に住んでるって、これが嘘だっての?」司野は素羽に視線を向ける。「なあ、ハニー。絹谷おばさんの言い分、どう思う?」その呼び方に、素羽の心は微動だにしない。むしろ、圧迫感だけが強まる。手をぎゅっ
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第66話

やっぱり、愛がなければ、尊敬も信頼も生まれない。「好きに思えばいいわ」素羽はまるで空気が抜けた風船のように、もはや自分を弁護する気力も残っていなかった。大切なことじゃない。必要なことでもない。美宜が景苑別荘を引っ越す日、ちょうど荷物を取りに帰ってきた素羽と鉢合わせになった。美宜は道を塞ぎ、憎しみをたたえた目でじっとこちらを睨んでいる。素羽は平静を装いながら言った。「どうしたの?私に荷物をまとめてほしいの?」美宜は歯ぎしりしながら声を絞り出す。「いい気になるんじゃないわよ!」いい気に、なんてなれるはずもない。自分が勝者だなんて、思ったこともないのだから。「司野さんがあんたと離婚したら、今あんたが持ってるものは全部、私のものになるのよ」美宜は素羽の平らなお腹に視線を落とす。「あんたのお腹の子どももね、きっと私をママって呼ぶんだから!」素羽の両手が、ぎゅっと拳を握りしめる。人の心をえぐる術を、美宜はよく心得ている。「子ども」という言葉が、胸を激しくかき乱す。表面上は静かでも、その下では感情が渦巻いていた。「この家も、私は堂々と戻ってくるわ。あんたが奪ったもの、全部返してもらうから!」そう言い残し、美宜は素羽を押しのけて出て行った。何ひとつ荷物は持ち帰らなかった。まるで、「たとえ私がいなくなっても、ここはまだ私の居場所よ」とでも言いたげだった。森山が、顔色の悪い素羽を見て心配そうに声をかける。「奥様、大丈夫ですか?」我に返り、素羽は口元にかすかな笑みを浮かべた。「大丈夫よ」森山は旧家から来た年配の家政婦で、もとは七恵の世話をしていた人だ。素羽が司野と結婚してからは、二人の暮らしを支えてくれていた。五年も一緒に過ごせば、森山と素羽の関係もすっかり和やかなものになっていた。素羽は気さくで優しく、偉ぶらない。森山は今までに気難しい主人も多く見てきたが、素羽はその中でも天使のような存在だった。少し言い過ぎかもしれないが、素羽があまりに良い人すぎて、時々本当の娘のように世話を焼いてしまう。最近の出来事も、森山はすべて見てきた。「奥様、お子さんは早く作った方がよろしいですよ。子どもができれば家も落ち着きますし、旦那様もきっと戻ってきます」でも、素羽と司野の間には、子どもだけの問題じゃない。「
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第67話

瑞基。彼女は今、もう会社の社員じゃない。社員証がないからエレベーターにも乗れず、仕方なく岩治に電話をかけるしかなかった。待っていると、背後から突然声がかかった。「素羽」振り向くと、そこには美宜と、もう一人見覚えのある若い女性が立っていた。その女性――吉田梨々子(よしだ りりこ)、たしか秘書課の一員だったはずだ。梨々子は素羽をじっと見つめてきた。「何しに来たのよ?」素羽は相手にする気もなく、無視する。素羽の態度に苛立ったのか、彼女は声を荒げた。「無視してるの?耳でも悪いの?」素羽は淡々と返す。「私が来ちゃいけない理由でもあるの?ここはあなたの私物?」「あんた、もう会社の人間じゃないでしょう!来るべき場所じゃないのよ!」「そんなルール、誰が決めたの?あなた?」美宜が眉をひそめて口を挟む。「素羽さん、みんな昔は同僚だったんだし、梨々子も別に悪意があるわけじゃないんだから、そんなに突っかからなくても……」美宜の言葉に背中を押されたのか、梨々子はさらに調子に乗った。「私は決められないけど、美宜さんならできるよ。だって美宜さんは社長夫人だもん。あんたみたいな、どこの馬の骨とも知れない人と一緒にしないでよね」素羽は美宜をじっと見つめ、何も言わずにその表情を伺った。その時、岩治がエレベーターから降りてきた。素羽はすぐに弁当箱を差し出した。「私はここでいい。これ、彼に渡して」梨々子は驚いた表情を浮かべる。まさか岩治がわざわざ素羽に会いに降りてきたなんて思いもしなかったのだろう。それに、素羽が口にした「彼」とは……もしかして、須藤社長?弁当箱と素羽を交互に見て、思わず尋ねる。「まさか、須藤社長に昼食を届けにきたの?」素羽が逆に問い返す。「いけないの?」梨々子は美宜の方を見たが、美宜は明らかに機嫌が悪そうだった。一気に空気が読めなくなる。岩治は司野の直属の部下――下手をすれば本気で地雷を踏んだのかもしれない。美宜は梨々子の様子を察し、岩治に手を差し伸べた。「そのお弁当、私が預かります。司野さんには私から渡します」だがその時、素羽が口を開いた。「これは、須藤夫人から直接預かったものよ。私が届けるように、と」その言葉を聞いた瞬間、岩治は手を引っ込めた。「やっぱり、自
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第68話

雅史が一週間ほど地方へ出張することになり、その前夜、素羽は自分の荷物をまとめていた。その夜も、司野は相変わらず家に帰ってこなかったが、素羽にとってはもう日常のこと。いちいち気にするほどでもない。翌朝、素羽はキャリーケースを引いて、雅史たちと一緒に空港へ向かった。今回の目的地は港町。地元行政からの招待で、雅史が新たな建設プロジェクトの協力依頼を受けていたのだ。では、なぜ自分も連れて行かれるのか?それは素羽にも分かっていた。人脈を広げるためというのも一つだが、それ以上に「顔を売る」ためだ。「曽根先生の弟子」という肩書は、まるで金箔を貼ったかのようなステータスになる。港町に到着すると、まずホテルに送られ、荷物を置いたあと、すぐに現地スタッフとの顔合わせが始まった。素羽と清人は、雅史のサポート役として動くことになった。実際のところ、この仕事自体はさほど大変ではない。ただ、素羽はどうにも体が重かった。流産してから、まだ体調が万全というわけでもなく、生理になると特に痛みがひどくなった。ちょうど今日はその初日。鈍い痛みが身体を支配していた。そんな素羽の様子を見て、清人がそっと耳打ちする。「無理しなくていいよ。ホテルに戻って少し休んで。先生には僕から伝えておくから」最初は我慢しようと思ったが、本当にきつかった。青白い顔で雅史のそばにいても、かえって心配をかけるだけだ。ホテルに戻る途中で鎮痛薬を買い、飲んだあとはベッドに倒れ込んだ。目が覚めたのは、もう午後三時を過ぎていた。起き上がった素羽は、清人に電話して状況を確認した。雅史たちはまだ商談の真っ最中で、夜にはプロジェクト関係の商人が主催する非公式な宴席があるらしい。「無理しないで、ホテルで休んでて。僕がいるから大丈夫」と清人は言うが、素羽は今回は断った。数時間も休んだから、もう大丈夫そうだった。「もう平気だよ」会場に着くと、ちょうど雅史の仕事も終わったところだった。雅史が一瞥して言う。「わしは鬼じゃないんだからな」素羽は一瞬きょとんとしたが、すぐに意図を察して、にっこりと微笑む。「ご心配ありがとうございます、もう元気です」雅史は鼻を鳴らし、素っ気なく返す。「調子のいいやつだな」だがその裏にある優しさを、素羽は分かっていた。名声も実力も兼ね備えた雅
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第69話

司野はまったく気まずそうな素振りも見せず、素直に手を引っ込めた。ただ、その視線はちらりと素羽の方を窺った。素羽は、そんな彼の探るような視線もまるで気にせず、無視を決め込む。ちょうど他にも雅史に会いに来た人がいたので、素羽たちも席を離れることにした。去っていく彼らの背中を見つめながら、美宜がぽつりと呟いた。「司野さん、もしかして素羽さんが何か言ったんじゃない?なんだか曽根先生、司野さんにご立腹だったように見えたけど」その時、ちょうど給仕が通りかかり、司野は彼のトレイからグラスを一つ取ると、ゆっくりとグラスを揺らしながら口を開いた。「彼女は、公私混同するような人じゃない」その言葉に、美宜の目がキラリと光り、すぐに微笑んだ。「やっぱり私の思い過ごしだったかな。素羽さん、そういう人じゃないものね」宴が終わったのは、夜の十時を回ったころだった。ホテル。三人の部屋はそれぞれ近く、各自の部屋に戻って休むことにした。明日は朝が早い。素羽は夜更かしするつもりもなく、そのままバスルームへ向かい、手早く身支度を整える。シャワーを浴びてスキンケアを終えた直後、突然チャイムが鳴った。特に深く考えもせず、素羽はそのままドアを開ける。すると、そこにはまるで壁のように立ちはだかる司野の姿があった。素羽は驚きを隠せず、目を見開いた。「なんで、あなたが?」「俺以外に誰が来るんだ?お前の先輩でも期待してたのか?」司野はそう言いながら、素羽の肩を軽く押して、当然のように部屋の中へ入ってくる。素羽も仕方なくドアを閉め、後を追った。「で、私の部屋に何の用?」「俺たち、夫婦だろ」その口調には、皮肉も冗談もない。司野は立ち止まり、素羽に向き直ると、問いかけた。「なんで港町に来るって、俺に言わなかった?」素羽は淡々と答える。「だって、あなた家に帰ってこなかったじゃない」司野はすかさず問い返す。「俺の連絡先、知らないわけでもないだろ?」以前は出張のたびに、何日どこに行くか、いちいち細かく報告していた。だが夫としての心配や気遣いを受けたことはなく、せいぜい上司のような注意ばかり。それでも、当時の素羽は満足していた。司野の注意を自分への気遣いだと、勝手に思い込んでいたから。今になって思えば、なんて哀れで滑稽だったのだろう。
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第70話

素羽は美宜が後をついてきたことに、少し首を傾げていた。司野は彼女のことを放っておいて、自分のところに来る理由が分からない。突然、優しげな夫の顔でも見せに来たつもりだろうか。素羽が部屋のドアを開けると、すぐに中から司野の声が聞こえた。「なんでそんなに遅かったんだ?」次の瞬間、腰にバスタオルを巻いた司野が玄関に現れた。その様子を見て、美宜の顔色がさっと変わる。素羽は無表情のまま、スーツケースを司野の傍に押しやって、二人のことは気にせず部屋の中へと入っていった。司野は美宜を見ると、怪訝そうに口を開いた。「お前、なんでここに?」美宜は目にうっすらと寂しさをにじませ、声を潜めて言った。「明日の集合時間を確かめたくて……」司野は答える。「岩治が明日の朝に連絡するはずだ」……二人がどれだけ未練がましくしているか、素羽には見えない。彼女に聞こえるのは、扉が閉まる音と、司野の足音だけだった。布団がめくられ、男の匂いが一瞬で素羽を包み込む。熱い手が腰の後ろから回され、パジャマの中に滑り込んでくる。重くて粘っこい息遣いが耳元にかかり――言葉にしなくても、何を望んでいるかは明白だった。素羽は、司野の手を制止しなかった。司野の息が次第に荒くなる。だが、途中で動きが止まった。「排卵日じゃない?なんで生理なんだ?」司野の声がかすれる。素羽はようやく、司野がなぜ今夜ここに泊まったのか理解した。子どもを作るためだったのだ。美宜のために、彼は本当に熱心に努力している。そんなことまで気にしてくれるなんて、と素羽の目に嘲りが浮かぶ。「今は生理が不安定になったの」司野は眉をひそめる。「どうしたんだ?前は毎月ちゃんと来てたろ」流産したあと、体をきちんと整えなかったせいだった。「前はそうだったけど、今は違うのよ。私にどうしろっていうの?」「病院で診てもらえ」「私は元気よ。検査なんていらない。もし子どもが欲しいなら、美宜はすぐ上の階にいるじゃない。きっと喜んでくれるわ。わざわざ遠くまで行かなくていいでしょう?」その瞬間、空気が一気に重くなった。司野が怒っているのが分かる。「何度も言っただろ。彼女を巻き込むな。美宜はお前が勝手に口にしていい人間じゃない」司野の声は冷たかった。「前はお前が分別のある女だと思ってたけど、どう
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