その夜、素羽は久々に静かな眠りを得た。港町での日々、雅史は仕事だけでなく、旧友との交流にも忙しい。ちょうど友人の誕生日祝いがあり、素羽は清人とともに同席することになった。誕生日祝いの宴、数日ぶりに、司野の姿を目にする。港町は決して広くないが、それでもこう何度も顔を合わせる必然などあるのだろうか。宴の主催者までもが、彼の知り合いだったとは。「前から結婚したと聞いてました。一度お会いしたかったんですよ。こちらが奥様ですか?」そう微笑みかけた主人の言葉に、司野の隣で美宜がにこやかに挨拶を返す。否定の言葉は、最後までなかった。まつげが震える。外では、彼はいつもこうやって紹介しているのだろうか。胸に冷たいものが広がり、素羽はそれ以上その場にいるのが耐えられず、数歩離れてシャンパンをひと口で飲み干した。喉に引っかかり、思わず咳き込む。「そんなに急いで飲むからだ」差し出されたハンカチと共に、柔らかな声。清人だった。「ありがとう」受け取って口元を拭い、ようやく咳が収まる。汚してしまったハンカチを見て、素羽は小さく言った。「洗って返すわね」「いいよ」清人が頷いたところで、別の客が声を掛けてくる。「私のこといいから、ちょっとトイレに」素羽はそう言って席を外した。化粧直しをしていると、コツコツと高いヒールの音が響き、美宜が鏡越しに現れる。首にかけられた煌めくネックレスを指で撫で、にっこりと笑う。「どう?昨日のオークションで、司野さんが落としてくれたのよ」二本の指を立てて、花のように微笑んだ。「四億円、だって」「ふうん」素羽は口紅を閉じ、バッグに仕舞いながら静かに返す。「それで、いつになったら司野と結婚できるの?」突拍子もない言葉に、美宜が目を瞬かせた。「その程度の飾りなんて、正妻が持つものと比べて、なんの意味もないよ」美宜の顔が固まる。「私に自慢してるつもり?」「事実を言っただけ」「調子に乗らないで!今あんたが持ってるものは、本来全部私のものよ!離婚されたら、全部吐き出させてやるから!」素羽が口を開こうとしたそのとき――「火事だ!」トイレの外から悲鳴が上がった。廊下の先の一室が燃え上がり、炎は可燃物を伝って瞬く間に広がっていく。煙が視界を覆い、目が痛む。素羽は急いで脱出しようと
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