Lahat ng Kabanata ng 流産の日、夫は愛人の元へ: Kabanata 71 - Kabanata 80

100 Kabanata

第71話

その夜、素羽は久々に静かな眠りを得た。港町での日々、雅史は仕事だけでなく、旧友との交流にも忙しい。ちょうど友人の誕生日祝いがあり、素羽は清人とともに同席することになった。誕生日祝いの宴、数日ぶりに、司野の姿を目にする。港町は決して広くないが、それでもこう何度も顔を合わせる必然などあるのだろうか。宴の主催者までもが、彼の知り合いだったとは。「前から結婚したと聞いてました。一度お会いしたかったんですよ。こちらが奥様ですか?」そう微笑みかけた主人の言葉に、司野の隣で美宜がにこやかに挨拶を返す。否定の言葉は、最後までなかった。まつげが震える。外では、彼はいつもこうやって紹介しているのだろうか。胸に冷たいものが広がり、素羽はそれ以上その場にいるのが耐えられず、数歩離れてシャンパンをひと口で飲み干した。喉に引っかかり、思わず咳き込む。「そんなに急いで飲むからだ」差し出されたハンカチと共に、柔らかな声。清人だった。「ありがとう」受け取って口元を拭い、ようやく咳が収まる。汚してしまったハンカチを見て、素羽は小さく言った。「洗って返すわね」「いいよ」清人が頷いたところで、別の客が声を掛けてくる。「私のこといいから、ちょっとトイレに」素羽はそう言って席を外した。化粧直しをしていると、コツコツと高いヒールの音が響き、美宜が鏡越しに現れる。首にかけられた煌めくネックレスを指で撫で、にっこりと笑う。「どう?昨日のオークションで、司野さんが落としてくれたのよ」二本の指を立てて、花のように微笑んだ。「四億円、だって」「ふうん」素羽は口紅を閉じ、バッグに仕舞いながら静かに返す。「それで、いつになったら司野と結婚できるの?」突拍子もない言葉に、美宜が目を瞬かせた。「その程度の飾りなんて、正妻が持つものと比べて、なんの意味もないよ」美宜の顔が固まる。「私に自慢してるつもり?」「事実を言っただけ」「調子に乗らないで!今あんたが持ってるものは、本来全部私のものよ!離婚されたら、全部吐き出させてやるから!」素羽が口を開こうとしたそのとき――「火事だ!」トイレの外から悲鳴が上がった。廊下の先の一室が燃え上がり、炎は可燃物を伝って瞬く間に広がっていく。煙が視界を覆い、目が痛む。素羽は急いで脱出しようと
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第72話

素羽が目を覚ましたとき、喉はカラカラで、頭も割れるように痛んだ。「やっと目が覚めたな」目に映ったのは、清人の心配そうな顔だった。素羽は瞬きをし、数秒ほどぼんやりした。「助けてくれたのは、先輩?」清人は言った。「本当に怖かったんだぞ。あと数分遅れてたら、命落としてたかもしれない」その言葉を聞いて、素羽のもともと血色の薄い顔は、さらに血の気が引いていく。最後まで少しだけ残していた希望も、跡形もなく消え失せた。意識を失う直前に脳裏に浮かんだあの人影は、結局、司野ではなかった。素羽はかすれた声で言った。「先輩、助けてくれてありがとう」清人が尋ねる。「具合はどうだ?」素羽は眉をしかめる。「頭が痛い……」清人は言った。「頭を打ってな、医者が何針か縫ったんだ」あの割れた瓶のことを思い出し、あの混乱の中、人為的なものか、事故かは素羽にも分からなかった。だが、火事は完全な事故だった。どこかの悪ガキが火遊びして、うっかり部屋に火をつけてしまった。怖くなって大人に言えずに逃げ出し、ドアまで閉めていったものだから、部屋は丸焼けになったという。目を覚ました素羽は、そのまま病院に居続けることもなく、清人が退院の手続きをしてくれた。彼に支えられながら病院を出ると、腐れ縁とでも言うべきか、そこで美宜と鉢合わせした。この病院は事件のあったホテルに近く、ケガ人はみなここに運ばれていた。美宜は司野にお姫様抱っこされていて、四人は偶然にも一堂に会してしまった。無傷でありながら大切そうに扱われている美宜を見て、素羽の心臓は誰かにぎゅっと握り潰されるような苦しさを覚えた。その時、素羽の姿に司野が驚いたように声をかけてきた。「どうしたんだ?」その表情を余すところなく見て、素羽はもう皮肉を言う気力もなかった。本当に知らなかったのか、それとも知らないフリをしているのか。視線を外し、素羽は静かに言った。「先輩、行こう」清人に支えられ、さらに歩き出そうとしたその時、司野が素羽の行く手を塞ぎ、手首を強く掴んだ。「そのケガ、どうした?」素羽はまだ火災の時の服のままで、灰もついていた。その姿は、美宜の清潔な格好と比べると、いかにもみすぼらしかった。「お前もあの宴にいたのか?」司野の手は容赦なく、素羽は痛みに思わず顔をし
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第73話

よく「夫がやましいことをしていると、妻にやたら優しくなるものだ」と言われるけど、素羽は司野がそんな男だとは思っていなかった。けれど、彼はまさにそんなことをしてのけたのだ。彼は芳枝のために、名医を探し出してきた。それもただの医者じゃない。世界的にも名高い、難病治療の権威だという。素羽はその医者――堀井政司(ほりい せいじ)という名の、五十を過ぎた男性と初めて対面した。診察を終えた後、政司は静かに言った。「治すことはできない」分かっていたはずの答えなのに、素羽の心は深い谷底に突き落とされた。芳枝が倒れてから、素羽は国内を駆け回り、名医という名医に全て診せてきた。それでも誰一人として、決定的な治療法は見つけられなかった。今の状況は、金で時間を買っているようなものだ。だが、いくら金を積んでも、永遠の命までは買えない。医者に言わせれば、芳枝に残された時間は、せいぜいあと四年。その宣告から、既に一年が過ぎていた。一日でも長く生きていてくれるだけで、素羽は嬉しい。けれど同時に、不安も増していく。死を待つ日々は、本人だけでなく、まわりの家族にも何よりも辛い。その時、政司が、絶望に沈む素羽に再び声をかけた。「完治は不可能だが、治療を続ければ寿命を延ばすことはできる」その言葉を聞いた瞬間、素羽の目がぱっと輝いた。「本当ですか!?」政司はうなずいた。「七年、八年は延ばせるだろう」それは、素羽にとって奇跡のような知らせだった。「ありがとうございます、本当にありがとうございます!」政司を見送りながら、張り詰めていた心がふっと緩み、素羽の膝は思わず崩れそうになった。そんな彼女を、司野がすかさず支えた。素羽は彼の胸に倒れ込み、額を肩に押し当て、彼の服をぎゅっと掴んだ。司野は震える素羽を優しく見下ろし、背中をぽんぽんと叩いた。「医者がそう言うのなら、望みはある」素羽は唇を噛みしめ、喜びをかみしめていた。まるで死の淵に立たされた人間が、突然新鮮な酸素をたっぷり吸い込んだように、心が一気に満たされていく。喉が詰まりながらも、素羽はぽつりと呟いた。「司野、おばあちゃんのために……ありがとう」司野は静かに答える。「俺たちは夫婦、家族だろう?素羽のおばあちゃんは、俺のおばあちゃんでもあるさ」その言葉に、素羽は思わず手
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第74話

司野は、まさに理想的な孫婿を演じていた。芳枝の体調には常に気を配り、専属の栄養士まで手配している。その献身ぶりに、素羽の心はふと揺れた。気のせいなのか治療の効果なのか分からないが、最近、芳枝の顔色は日に日に良くなってきているように思う。どちらにせよ、良い方向に進んでいるのは間違いない。……司野は社長という肩書きを持ちながらも、実権はまだ幸雄が握っている。幸雄が引退しない限り、次の当主の座は宙ぶらりんのままだ。今や、まさか三家の勢力争いとでも言おうか。表面上は平穏に見える須藤家の三家だが、水面下では常に駆け引きが続いている。司野は今、他の二家を相手に、ほぼ一人で戦っているようなものだ。幸雄に真に認められるため、仕事では一切の手抜きを許さない。個人的な感情はさておき、仕事ぶりだけは素羽も尊敬せずにはいられなかった。夜が更け、街はネオンに彩られる。そんな夜半、素羽の携帯に岩治から電話が入る。車がトラブルで動かなくなったので、社長を迎えに来てほしいという。素羽は車庫から車を出し、指定された場所へと向かう。どうやら追突事故に遭ったらしく、岩治は事故処理で手が離せない。仕方なく、素羽が迎えに行くことになった。だが、現地に着いたその時、なんと美宜もほぼ同時に現れた。岩治は気まずそうに視線を逸らした。美宜は彼が呼んだわけではなかった。ただ偶然、通りかかっただけ、本当に「偶然の極み」だったのだ。素羽はその場に立ち止まり、美宜が心配そうに司野を支える姿を見つめた。「司野さん、どうしてこんなに飲んだの?」司野は支えられながら車を降りる。夜風が吹き抜け、素羽は一気に酔いが醒める思いで踵を返した。だが次の瞬間、司野の声が風に乗って届いた。「何してる。早く俺を支えろ」素羽は足を止め、美宜に目をやる。案の定、美宜の顔は不機嫌そのもの。「私が面倒みるから、素羽さんに頼まなくても大丈夫」「いや、もう遅いから、美宜も早く帰りなさい。夜道は危ないし」そう言いながら、司野はすでに素羽の腕に自分の腕を絡めてきた。素羽は不意を突かれ、司野の重みに思わずよろけそうになる。美宜の目はどこか恨めしげ。しかし司野はその視線に気づくことなく、素羽の車に乗り込んだ。エンジンをかけ、素羽はバックミラー越しに、まだ
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第75話

素羽は司野の世話を終え、バスルームの掃除まで済ませ、最後にようやく自分の番になった。すべて終えたときには、もうへとへとだった。こんなにも疲れるのは、やっぱり自分の推測が当たっているからだ、と素羽は確信した。司野は美宜を大切に思っているのだ。彼女に苦労をさせたくないのだ、と。布団をめくってベッドに横になると、すぐに司野が腕を伸ばし、素羽の腰を引き寄せて自分の胸元に抱きしめた。彼の力強い心音が耳元で響く。司野は顎を彼女の頭に乗せ、髪を優しく撫でながら呟いた。「叔父たちが狙ってた美味しいところ、俺が全部いただいたよ」もがこうとした素羽の動きは、その言葉でぴたりと止まった。司野の気だるそうな声の奥に、確かな喜びがにじんでいる。「三ヶ月かけて、彼らには何も残さなかった」司野は素羽の顔を両手で包み込み、鼻先を擦り合わせるようにして言った。「今夜は本当に、楽しかった」肌と肌が重なり、息遣いが混ざり合う。これまでになかった親密さだった。どれほど情熱的な夜でも、こんな風に心まで触れ合うことはなかった。司野の瞳は漆黒で、まっすぐに素羽を映しこんでいる。まるで彼の世界には、自分しかいないような錯覚すら覚えた。抱きしめる温もりは、時にそれ以上に心を震わせるんだって……そんな言葉をふと思い出し、素羽はそっと腕を回して司野を抱き返した。二人の間に流れる空気はだんだん熱を帯びて、寝室の温度もどんどん上がっていく。窓の外の月明かりさえ、恥ずかしそうに雲に隠れてしまうほどだった。激しい夜を越え、素羽は翌朝すっかり寝坊してしまった。しかも司野もまだ隣でぐっすり眠っていたことに、思わず驚いてしまう。「なんだ、その顔。まるで鬼でも見たみたいじゃないか」目覚めたばかりの司野は、いつものクールさが抜けて、どこか艶めいた気だるさを漂わせていた。「こんな時間まで……仕事は?」「一晩中お前に搾り取られたから、体がもたんよ。ちょっとくらい休ませてくれよ」素羽の白い頬が一気に赤く染まった。こんな露骨なことを言われるのは初めてで、どうにも慣れない。彼女の照れ顔を見て、司野は口元で笑った。「もう何年も夫婦やってるのに、まだ新婚みたいに初々しいな」きっと今回のプロジェクトがそれだけ重要だったのだろう、と素羽は思った。でなければ、こんな
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第76話

素羽は訳も分からず手渡された書類を手に取った。一瞥しただけで、目を見開く。「先生、これは一体……」雅史は斜めに彼女を見て、「目がついてるだろ?読めないのか」と皮肉っぽく言う。素羽は驚愕した。「どうしてあのスティーブンさんが、私を建築研修に招待するんですか?」スティーブンといえば、建築界の重鎮。三年に一度だけ自らの研修会を開くが、参加できるのは名のある者ばかり。新進気鋭の若手ですら、厳しい審査を通らなければならない。自分のような何の実績もない小者に、どうしてそんな資格があるだろうか?雅史は淡々と言った。「あいつが君の設計に興味を持ったんだ」その一言に、いろんな意味が詰まっている。スティーブンが自分の設計を知るきっかけなど一つしかない――雅史だ。「先生が推薦してくださったんですね」疑問ではなく、確信だった。雅史は善行を人に隠すような人じゃない。「外で、わしの顔に泥を塗るなよ」その言葉に、素羽は胸が熱くなり、目が潤んだ。だが、雅史は感傷に浸るタイプじゃない。「涙なんて安売りするな。さっさと拭け!」「……」まだ込み上げる気持ちを整理する前に、感情は半ばで途切れてしまった。研修は三日後、場所はフランス。まだ準備する時間はある。資料を抱えて帰宅すると、家の中に美宜と美玲が来ているのがすぐ分かった。家に入ると、司野が贈ってくれた高価なジュエリーやアクセサリーがすべてテーブルに並べられていた。素羽の姿を見て、美宜は美玲の腕を軽く引く。けれど美玲は全く悪びれる様子もなく、堂々とした顔で言った。「このジュエリー、全部私が気に入ったから、全部もらうわ」素羽は淡々と返す。「それは私の個人の財産よ」言い終わると、美玲は鼻で笑った。「個人の財産?あんたは何も持たずにお兄ちゃんのところに嫁いできた女よ。全部、お兄ちゃんが買ってやった物。つまり須藤家の物よ。あんたみたいな外様が、こんな物を持つ資格なんかない!」素羽は静かに言った。「私と司野は夫婦よ」美玲は答えず、そのまま司野に電話をかけた。スピーカーモードだ。「お兄ちゃん、お義姉さんのジュエリー気に入ったんだけど、電話しても出ないし、持っていっていい?」次の瞬間、司野の冷たい声が電話越しに響いた。「いい」「ありがとう、お兄ちゃん」美玲はにっ
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第77話

フランス行きの飛行機は、三日後の朝八時発だった。素羽は出発の前夜、清人から電話をもらった。なんと、彼もフランス行きだという。ただ、彼は仕事の出張らしい。道中に仲間がいるのは悪くない。素羽は清人と、翌日の集合時間を決めた。空港。二人は並んで搭乗した。偶然にも、座席も隣同士だった。素羽は冗談めかして言った。「まさか、私の個人情報を調べて、わざと隣の席を取ったんじゃないでしょうね?」清人は口元を上げ、さらりと返す。「バレちゃったか」素羽も微笑みながら、「さすが先輩、顔が広いね」清人の瞳に一瞬何かが浮かび、口元に柔らかい笑みを浮かべた。「僕と一緒なら、瑞基にいた頃より、ずっといいはずだよ」素羽はまた冗談めかす。「じゃあ先輩、ぜひ私を出世させて」十数時間のフライト、素羽はほとんど眠って過ごした。目が覚めると、清人はまだ仕事中だった。心の中で、素羽は「社員以上に働く社長がいるのはありがたいな」と感心する。トイレに行きたくなり、席を立つ。用を足したあと、すぐに戻らず、CAさんに水をお願いした。水を飲んでいると、CAさんが話しかけてきた。「彼氏さんと仲が良いですね」素羽は一瞬きょとんとする。彼氏?CAさんは続けて、羨ましそうに言う。「寝ている間、毛布が落ちると彼氏さんがずっとかけ直してくれて、すごく優しいですよ」そこでようやく、誰のことを言っているのか察する。「彼は私の上司なんです。私、結婚してますし」CAさんは途端に気まずそうになり、慌てて謝った。素羽は「大丈夫ですよ」と言い、空になったコップを返して礼を述べた。席に戻ろうとしたそのとき、飛行機が突然揺れ、素羽はバランスを崩した。「危ない」清人がすぐに腰を支え、素羽はそのまま彼の膝の上に倒れ込んでしまう。揺れが収まったのは、三十秒後。「大丈夫?」清人が心配そうに聞く。騒動が過ぎて、素羽は二人の体勢が妙に親密だと気付き、あわてて立ち上がる。「大丈夫、大丈夫」CAさんの発言は、素羽の心に波風を立てなかった。清人はもともと礼儀正しく人柄も良い男性だ。誰に対しても、きっとこうしているだろう。飛行機は無事に着陸。空港を出ると、もう夜の六時になっていた。清人は迎えが来ていたが、素羽にはいなかった。二人が泊
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第78話

相手は社会に出たばかりって感じじゃなかったけど、その思惑は隠す気ゼロで、丸わかりだった。ああ、この子がわざわざ声をかけてきた理由、もう分かった。素羽は心の中でそう思う。スティーブンが自分と少し長く話した、それだけで妬んだのだ。さらに何か言おうとした亜綺を、父の勝彦が呼び寄せていった。素羽はまあ、雅史にくっついて来てるだけだし、先生に恥をかかせないよう、大人しく傍聴者に徹していた。研修旅行のスケジュールはけっこう自由で、空いた時間には素羽も街を散策したり、雅史やみんなにお土産を選んだりしていた。清人とも連絡を取り合っていて、時間が合えば一緒にご飯を食べに行くこともあった。「どう?そっちの雰囲気は?」清人が笑いながら聞く。「なかなかいい経験になってるよ」素羽も笑顔で答える。「じゃあ、先生の苦労も無駄じゃなかったってことだな」清人も冗談めかして言う。素羽は思わず微笑んだ。雅史のちょっと照れ屋なところを思い出すと、なんだか可愛いおじいちゃんに見えてくる。「この後の予定は?」と清人が聞く。交流会は毎日二、三時間程度で、あとはほとんど自由時間だった。そんな時は、素羽はよく地元の風景を見に行っていた。「明日、ちょっとしたパーティーがあるんだけど、エスコートが必要なんだ。一緒に来てくれない?」清人がさりげなく誘う。「私なんかでいいの?」素羽は逆に聞き返す。「仕事の一環だと思ってくれればいいさ」清人がそう言うと、素羽も気楽な気持ちになった。ドレスは清人が用意してくれた。肌色のロングドレスで、きらきらとした装飾が光を受けてゆらめくたびに、素羽自身が輝いているようだった。清人が腕を差し出しながら「可愛いね」と褒めてくる。「ありがとう」と素羽も微笑んだ。その夜のパーティーは、わりとプライベートな集まりだった。入った途端、清人に挨拶してくる人たちがいた。素羽はフランス語が分からないので、会話の内容はちんぷんかんぷん。ただ、視線が自分に向いたときは微笑み返すだけだった。人が去った後、素羽は「何話してたの?なんであの人、ずっと私見てたの?」と聞く。清人はにやりと笑って「素羽が綺麗だって話してたよ」と答える。たぶん、嘘だろうなと思いつつ、別に騙すようなことでもないし、と素羽は流す。そんな中、会場
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第79話

司野はいつも強引だった。あれは相談でもお願いでもなく、一方的な通告で、彼女をそのままホテルへ連れ帰ってしまった。カードキーをかざしてドアが開くなり、素羽は中へ押し込まれ、壁に背中を押しつけられる。熱を帯びた口づけが、耳の後ろに雨粒のように降りそそぐ。司野は彼女の体を抱え上げ、腰を支えたままベッドへと運ぶ。素羽の腕は反射的に彼の首へ絡みついていた。ほの暗い照明が、部屋の空気を一層甘く艶やかに照らし出す。そのままベッドに投げ出され、司野は焦るように服を脱ぎ始めた。こうして彼と重なるたび、素羽は司野が自分を好いているのだと錯覚してしまう。たとえ「素羽」という人間ではなく、自分の体だけを求めているのだとしても。数日ぶりの飢えを満たすように、司野は激しかった。まるで骨ごと食べ尽くしてしまいそうな勢いで。異国の地、慣れない空気の中で、素羽も心のままに身を委ねてしまった。夢中になりすぎて、自分のスマホが鳴る音さえ聞き逃していた。すべてが終わったあと、素羽はまるで力尽きた魚のようにベッドに倒れ込み、指先すら動かす気力もなかった。司野は満ち足りた顔でベッドのヘッドボードにもたれ、煙草をくゆらせている。「セックスは最高の運動」なんて言葉があるけど、本当にそうだ。疲れ果てて、素羽はそのまま眠ってしまった。吸い終えた煙草を消すと、司野はふと彼女の寝顔へ目を落とした。赤く腫れた唇は、間違いなく自分が刻んだ痕。喉が鳴り、再び欲が痛い。だが眠り込んだ彼女を前に、結局そのまま動かずにいた。ベッドから立ち上がり、シャワーを浴びに行こうとしたとき、素羽のスマホが鳴った。司野が手に取ると、画面には清人からの着信が表示されている。一瞬目を細め、司野はそのまま通話ボタンをスライドした。「どこにいるんだ?何度電話しても出ないし……無事か?」電話の向こうで心配そうな声が響く。司野は低く、抑えた声で答えた。「今、寝てるよ。疲れてるみたいだ」一瞬、電話の向こうが静かになる。ややあって、「司野か?」と問い直す声。司野は淡々と、「俺の嫁に何の用だ?」と返す。清人は一瞬の沈黙のあと、落ち着いた声で言った。「素羽が無事ならいい。じゃあ、明日また連絡する」そう言って、電話は切れた。電話の切れる音を聞きながら、司野は薄く笑い、スマホをバッグに放
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第80話

素羽自身も気付いていなかったが、彼女の口元にはずっと淡い微笑みが浮かんでいた。そのせいか、周囲の人々も彼女がとても機嫌がいいのだと分かった。亜綺はその笑顔を見るたび、まるで胸を刺されるような気分になる。「ねえ、清人さんとどんな関係なの?」亜綺の敵意を感じ取った素羽だったが、学会の場で揉め事を起こして雅史に迷惑をかけたくなかったので、穏やかに答えた。「私たち、大学の同期よ」亜綺の視線がふいに素羽の鎖骨あたりにある赤い痕に向けられ、目を細めて険しい声で問いただす。「昨夜、どこに泊まったの?」昨日、自分を置いて先に帰った清人のことを思い出し、亜綺は不安が胸によぎる。まさか二人で……素羽は淡々と答えた。「私たち、そんなに親しいわけじゃないけど」亜綺はどうにも我慢できず、畳みかける。「昨日の夜、清人さんと一緒にいたの!?」素羽は、彼女にはどこか普通じゃないところがあると感じ、それ以上関わりたくなくて背を向けた。だが、誇り高い亜綺は、こんな仕打ちに耐えられず、素羽の腕を強く掴んで引き止める。「話してるのよ!逃げないで!」素羽は眉をひそめて、「離して」と短く告げた。だが亜綺は反発するように、さらに力を込めて腕を掴む。素羽も負けじと力を込めて腕を振り払った。不意を突かれた亜綺はよろめき、数歩下がって誰かの胸元にぶつかる。顔を上げると、それが清人だと気付き、亜綺の目の奥の怒りが一瞬で哀しみに変わる。「清人さん……」亜綺は弱々しく、いかにもいい子ぶった声で言う。「私が悪いです。ちゃんと立っていられなかっただけで、彼女は関係ないです」清人は亜綺を支えてから、すぐに彼女から離れた。「うん。彼女は何も関係ないって分かってる」「……」亜綺のいい子アピールも、これ以上は続けられなかった。清人は亜綺を置いて素羽の方へと向かう。「明日、隣の県で取引先に会うんだ。今夜、一緒に来てくれ」その言葉に、素羽は少し戸惑いながらも尋ねた。「私も行かなきゃいけないの?」「行きたくないの?」清人は冗談めかして聞く。「最近、仕事にやる気ないんじゃない?」素羽は正直に答えた。「明日、私の誕生日なんだ。司野と一緒に過ごしたい」「素羽……」清人は言いかけて、飲み込んだ。素羽は続ける。「一日だけ、お休みをもらえない?」先輩後輩
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