私と早瀬愼吾(はやせ しんご)は七年付き合って、ようやく結婚することになった。ドレッサーの前に座り、三度もファンデーションを重ねて、やっと青白くやつれた顔を隠した。その時、背後から足音が聞こえ、鏡の中に母・小林鈴美(こばやし すずみ)の姿が映る。「千暁」私は一瞬、背筋が凍りついた。無理やり立ち上がって、彼女にとってつけたような笑顔を向ける。「お母さん、もう来てたんだ」だけど鈴美は突然、ナイフを取り出し、自分の首元に押し当てて、私に懇願した。「ねえ、千暁の結婚式、百萌に譲ってくれない?占い師がね、百萌の病気は喜び事があれば良くなるって言ってたの。百萌はずっと愼吾のことが好きだった。彼と結婚すれば、きっとよくなるから……」鈴美は私が断るのを恐れてか、ナイフの先で首筋を切り、血がにじんできた。脅すように言う。「もし譲らないなら、ここで死んでやる。そうしたら、千暁の結婚もぶち壊しだよ」頭が真っ白になった。信じられない。「百萌が欲しいものは、何だって私が譲らなきゃいけないの?私の肝臓も、結婚式も、ウエディングドレスも、指輪も、果ては私の恋人までも?」「そうよ!」鈴美は食い気味に言い切った。「もし洋司おじさんがいなかったら、私たち家族はとっくに路頭に迷ってたのよ。千暁、百萌には借りがあるのよ」鈴美が尾田洋司(おだ ようじ)と再婚している。私と兄・小林滉一(こばやし こういち)を尾田家に連れてきてから、このセリフは耳にタコができるほど聞かされてきた。私は尾田百萌(おだ ももえ)に借りがある、と。小さい頃から、何でも百萌に譲ってきた。母と兄の愛情も。私が好きなオモチャやワンピースも。試験の成績すらも。今、私に残ったのは愼吾だけなのに。どうして、それまで奪われなきゃいけないの?私は、必死に自分の声を探した。やっとの思いで口を開く。「もし、譲らなかったら?」鈴美は驚いたように固まった。私が拒むなんて、思ってもなかったのだろう。その瞬間、滉一がドレッサーのドアを蹴破って入ってきた。冷たい顔で部屋に入ってきて、鈴美の手からナイフを奪い取ると、私の顔を思い切り平手打ちした。「千暁、お前は本当に恩知らずだな!誰がお母さんにそんな口をきいていいって許したんだ?た
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