真琴に婚約者がいると聞き、信行は勢いよく顔を上げた。その両眼は彼女を真っ直ぐに射抜き、微かな酔いなど一瞬で吹き飛んだかのように、ただじっと彼女を見つめた。突き刺さるような視線を向けられても、真琴は微塵も怯むことなく、堂々と正面から見返した。婚約の件は、嘘であって嘘ではない。それは本来、本物の茉琴の婚約だった。だが彼女は家が決めた縁談を嫌がり、恋人と駆け落ちをした末に交通事故に遭った。二人とも、帰らぬ人となった。だからこそ、茉琴になり代わった真琴が、その婚約も丸ごと引き受けることになった。もちろん、これはあくまで対外的な建前に過ぎない。光雅の計らいで茉琴として西脇家に入った際、光雅はすでにこの縁談を破談にしていた。ただ、両社のビジネスに波風を立てないよう、婚約解消の事実を公にしていないだけだ。瞬き一つせず見つめてくる信行に対し、真琴は落ち着き払って口を開いた。「片桐社長、酔って人違いをなさっているようですね。私はあなたがおっしゃる真琴ではありませんし、今の生活に十分満足しています。ご心配には及びません。ただ、亡くなった方への想いを私に押し付けるのは、今後はご遠慮ください。大変失礼ですから」きっぱりとした拒絶の言葉に、信行はハッと我に返った。その目元は、まだ赤みを帯びている。真琴の視線から逃れるように立ち上がると、そのまま窓際へと歩み寄り、両手をポケットに突っ込んだまま黙り込んだ。寂しげなその背中を見つめながら、真琴は淡々と問いかけた。「携帯を返していただけますか。もう帰ってもよろしいでしょうか」その問いに信行はゆっくりと振り返り、彼女に近づくと、スーツの内ポケットから携帯電話を取り出して差し出した。「下まで送ろう」と、穏やかな声で言った。自分の携帯を受け取りながら、真琴は淡々と返す。「結構です」はっきりと断ったにもかかわらず、信行は頑なに彼女を送り届けると言って譲らず、共に階下へと向かおうとした。玄関へと向かう彼女の背中を追いながら、先ほどの忠告を思い出した信行は、その瞳を暗く沈ませた。彼女は「真琴ではない」と言い、今の生活に十分満足していると言った。もし本当に彼女が「真琴」なら、頑なに名乗ろうとしないのは、自分が彼女を深く傷つけたからに他ならない。もう二度と、関わりたくないの
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