All Chapters of 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める: Chapter 381 - Chapter 390

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第381話

二年ぶりに会う彼女は、以前よりもずっと大人の女性らしく洗練され、落ち着きを増していた。それ以降、貴博がその話題に触れることはなく、真琴を困惑させるような無粋な真似は一切しなかった。これほどの権力を握りながらも、彼は決して相手を追い詰めるようなことはしない。少なくとも真琴に対してだけは、一切のプレッシャーを感じさせないよう気遣っていた。食後、貴博は真琴を川沿いの散歩に誘い、夜景を楽しんだ。彼自身も、政界に身を投じてから、ここまで心からリラックスできたのは初めてのことだった。隣を歩くのが、他ならぬ真琴だったからだ。肩を並べてゆっくりと歩きながら、貴博がさりげなく話題を振り、二人の間にはずっと穏やかな空気が流れていた。彼と一緒にいると、真琴も自然と肩の力が抜けるのを感じた。二年前も、貴博の前では少しの息苦しさも感じなかったことを思い出す。夜も更け、午後十時を回ったところで、貴博は彼女を車でホテルまで送り届けた。車がホテルのエントランスに滑り込む。真琴がドアを開けて降りると、彼もわざわざ車から降りて、静かに見送りに立った。バッグを肩にかけ、真琴は丁寧にお辞儀をした。「事務局長、今日は素晴らしいおもてなしとお食事を、本当にありがとうございました」その礼儀正しい態度に、貴博は柔らかく微笑んだ。「時間ができたら、いつでも連絡して。私はしばらく、そこまで忙しくないから」実際には目の回るような忙しさだったが、相手が真琴であれば、時間はいくらでも作るつもりだった。二年前、彼女への想いを胸の内に秘めたままだった彼だが、今回はもう隠すつもりは一切ない。二度と同じ過ちを繰り返すつもりはなかった。彼の言葉に、真琴は小さく頷いた。「ええ、また連絡します」再度挨拶を交わし、彼女はホテルの中へと消えていった。エントランスに立ち尽くす貴博は、すぐには立ち去ろうとせず、真琴の姿が見えなくなるまでその場で見守っていた。完全に姿が見えなくなっても、彼の足は動かない。思わず口元が緩んだ。真琴が帰ってきた。これ以上素晴らしいことなど、この世に存在しない。一方、少し離れた駐車場の暗がり。両手をハンドルに乗せた信行の表情は、これ以上ないほどの絶望に染まっていた。遠くを見つめるその虚ろな視線は、長い間動
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第382話

他社が匙を投げた案件だと聞き、和夫は自分たちの名を上げる絶好のチャンスだと内心喜んでいた。和夫を見上げ、真琴は冷静に答えた。「興衆のエンジニアが束になっても解決できない問題でしたら、私が行ってもお役に立てないと思います」それを聞いた和夫は、機嫌よく宥めるように言った。「まあそう言わずに、とりあえず行ってみようじゃないか。直せたら御の字、ダメならダメで構わない。向こうがお手上げの案件なんだ、私たちが直せなくてもメンツが潰れることはないさ」真琴が反論するより先に、和夫はさらに言葉を継いだ。「ほらほら、行くぞ!とりあえず現場を見てからだ。車はもう回してある」そこまで言われた上、相手の抱えているのが純粋な技術的トラブルとなれば、現場のラボを見るくらいならと、真琴もそれ以上は断らず、持ち物を手早くまとめて彼と一緒に出発した。四十分後。二人が興衆実業の研究所に到着すると、確かに制御システムは深刻なエラーを起こしており、現場には淳史や一明といった顔ぶれも揃っていた。しかし、未だに解決の糸口すら掴めていない様子だった。和夫に連れられて真琴が現れたのを見ると、淳史は愛想笑いを浮かべて歩み寄った。「辻本……」言葉を言い終わらないうちに、淳史は慌てて言い直した。「西脇博士、よくおいでくださいました」淳史たちと手短に挨拶を交わし、真琴はまっすぐにコンソールの前へと向かった。担当の技術員が、以前から動作が不安定で作業が滞っていたこと、そして今日になって完全にシステムがクラッシュした経緯を真琴に説明した。それを聞きながら、真琴は冷静に告げた。「もっと早い段階でデータやコードに異常が生じており、それがトリガーとなってクラッシュを引き起こしたはずです。まずは私がログをチェックして、復旧できるか探ってみましょう。ただ、もし修復不可能であれば、システム自体を丸ごと入れ替えるしかありませんね」解決できなければシステムの全面リプレイスになるかもしれないという言葉に、興衆の技術員たちの顔から一気に血の気が引いた。上層部からの叱責や予算の問題など、もはや些細なことだった。何より一番の問題は、このままでは体力的にも精神的にも限界を迎え、消耗し尽くしてしまうことだった。皆が青ざめて押し黙る中、真琴もそれ以上は何も言わず、コ
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第383話

両手をポケットに突っ込んだまま、信行は研究所の外に立ち尽くし、ただひたすらその光景を見守っていた。深夜三時を回った頃。不意に、真琴が分厚い資料の束をコンソールの上にバサリと置き、大きく息を吐き出した。「原因が分かりました。あるコードの計算式が、根本から間違っていたようです」そのまま周囲の技術員たちを呼び寄せ、画面を指差しながら説明を始めた。「ここから計算をやり直してください。このロジックに沿って再構築すれば、エラーは起きないはずです」彼女が的確に問題の核心を突き、その後の解決策まで提示したことで、興衆の技術員たちはハッと気づき、納得の感嘆の声を上げた。「西脇博士!すごいです!」「本当にすごいです、博士。こんな時間までお付き合いいただき、本当にお疲れ様でした」彼らの感謝の言葉を聞き、真琴はようやくコンソールから立ち上がり、薄く微笑んだ。「お気になさらず。あとは皆様で進めてください。私はこれで失礼します」「お疲れ様でした、博士!」「本当にお疲れ様でした!」技術員たちは皆、真琴より年上にもかかわらず、深い敬意を込めて「西脇博士」と呼んだ。皆に軽く会釈をして振り返った瞬間、研究所のドアが開き、信行が入ってきた。午後から今まで、彼女が残業している間ずっと、彼は外で立ち尽くしていた。彼の姿を見た途端、真琴の足がピタリと止まった。足をとめた真琴に信行は静かに近づき、穏やかな声で労った。「お疲れ様でした、西脇博士」その言葉に、真琴は淡々と返した。「片桐社長も、夜分遅くまでお疲れ様です」そう言って和夫を探そうと振り返ったが、彼の姿はすでに見当たらなかった。それを見た信行がすかさず申し出た。「もう深夜三時を回っています。ホテルまでお送りしましょう」真琴は冷ややかに拒絶した。「結構です。運転手か兄に迎えに来させますから」そう言ってバッグから携帯を取り出したが、すでにバッテリーが切れていた。顔をわずかに曇らせた彼女を見て、信行が重ねて言った。「ただホテルまで送るだけです。それに、興衆のためにここまで尽くしていただいたのですから、お送りするのは当然の義務です」携帯は使えず、光雅や運転手の番号も暗記していない。おまけに社長自らが送ると言っている手前、周囲の技術員たちが車を出すと言い出
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第384話

赤信号で停車した際、信行は再び真琴に視線を向けた。彼女は相変わらず、無表情で窓の外を眺めている。信行がためらいがちに口を開いた。「博士……夕食がまだお済みではありませんでしたね」その言葉を遮るように、真琴が冷ややかな視線を彼に向けた。「結構です。こんな時間に食事を取る習慣はありませんので。このまま真っ直ぐホテルへお願いします」取り付く島もない拒絶に、信行は自嘲するように微かに目を伏せた。貴博と一緒にいた時の彼女は、あんなにも柔らかく笑っていたというのに。「……信号、変わりました」真琴に淡々と指摘され、ハッと我に返った信行は、無言のままアクセルを踏み込んでホテルへと向かった。その後の道中、真琴はずっと窓の外を見つめ、信行も二度と口を開くことはなかった。二十分ほどでホテルに到着した。真琴がドアを開けて降りると、信行も後を追うように車を降りる。事務的に礼を述べて立ち去ろうとする彼女の背中に、信行は静かに告げた。「目尻のその黒子……やはり、目を引きますね」どんなに冷たく突き放されようと、信行はどうしても彼女の口から「自分は真琴だ」と認めさせたかった。まだそんなことに執着しているのか。真琴は足を止めて振り返り、思わずふっと嘲るように笑った。ワイドパンツのポケットに両手を滑り込ませ、彼女は浅い笑みを浮かべた。「片桐社長、東都市の方々は随分と面白いですね。揃いも揃って、私に何かを認めさせようと必死になります。今日なんて、峰亜の内海由美さんまでわざわざ出向いてきましたよ。そして夜には、あなたがこの有様です」信行が口を開く前に、彼女は言葉を続けた。「なぜそこまで執着なさるのか分かりませんが、私に認めさせたい事というのは、ご自身の罪悪感を軽くし、ただ安心を得たいだけなのではありませんか?ですから、ここで忠告しておきます。過去のことは過去、去った人間は、もう二度と戻らないのです。あの方がこの世界から消えた時点で、すべては終わったのです。何も持ち去ることはできないし、感情も残せません。きっと、片桐社長のこともとっくに過去のものとして手放していることでしょう。片桐社長も早く現実を受け入れ、人違いの執着は捨てるべきです。それでは、失礼いたします。夜道はお気をつけて」そう言い残し、信行が口を開く隙も与
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第385話

【仕事が終わったらすぐにホテルへ戻れ。片桐たちとは関わるな】そんなメッセージに対し、真琴は「トラブルは解決した。もうホテルで休んでいる」とだけ返信した。翌朝。真琴が目を覚ますと、ネット上は興衆と峰亜の決裂を報じるニュースで溢れ返っていた。【#興衆、峰亜を複数プロジェクトから追放】【#片桐信行の冷酷な決断、峰亜との完全決別】【#片桐信行と内海由美が破局?利益共同体の崩壊】【#興衆、峰亜との提携を完全拒絶。関係修復は絶望的】どのアプリを開いても、信行と由美の破局を書き立てる見出しが躍っていた。SNSでは、さらに踏み込んだゴシップが飛び交っている。デスクの前に座り、そのニュース画面を眺めながらも、真琴の心は凪のように静まり返っていた。何の感情も波立たなかった。もし二年前、彼がこれほどまでに明確に決断を下せていれば、二人があんな結末を迎えることはなかったかもしれない。だが今となっては、もう永遠に後戻りすることはできない。彼が今更何をしようと、それは自己満足に過ぎず、彼自身の残りの人生の罪悪感を紛らわせるためのものでしかなかった。ニュースアプリを閉じ、仕事の準備に取り掛かろうとした時、光雅がドアをノックして入ってきた。隣の市から戻ったばかりのようだった。真琴が起きているのを見て、彼が尋ねた。「昨日は遅かったようだが、何もなかったか?」顔を上げ、真琴は答えた。「ええ、何事もなかったわ」彼女を見つめながら、光雅もすでにネットのニュースを目にしていた。しばらく彼女の様子を静かに窺っていたが、結局信行の件には触れず、仕事の打ち合わせだけを済ませて自分の部屋へ戻っていった。……同時刻、興衆実業。信行が外からオフィスに戻るなり、由美が慌ただしく飛び込んできた。秘書が恐る恐る後ろからついてきた。「社長、申し訳ありません、お止めしたのですが……」信行は無表情で秘書を一瞥し、感情を交えずに言い放った。「次に侵入を許したら、明日から出社しなくていい」その言葉に、秘書は顔面を蒼白にさせ、すごすごと退室した。オフィスのドアが閉まるなり、由美は抑えていた不満と怒りを露わにし、デスクの前に立ちはだかって言った。「信行!峰亜のプロジェクトを全部凍結するなんて、いくらなんでもやりすぎよ!
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第386話

由美が情に訴えかけようとも、信行は全く取り合わず、彼女の目の前にスマートフォンをポイと投げ出し、不意に冷たく言い放った。「東央と提携したいだけだと?昨日自分が何を口走ったのか、よく見てみるんだな」由美はスマートフォンに手を伸ばそうとはせず、画面の映像に視線を落とした瞬間、さっと血の気が引いた。息を潜め、うつむいたまま何かを思案するようにしばらく黙り込んでいたが、やがて穏やかな声で口を開いた。「ずっと好きだった……何年も、ずっと待ち続けてきたの。信行が真琴ちゃんの死を受け入れられなくても、私、ずっと待ってたのよ。ねえ、もう何年も経ったのよ?ただ、あなたにちゃんと私を見てほしかった。こんなに必死に仕事をしてきたのも、少しでもあなたに相応しい女になりたかったから……ええ、そうよ。あの茉琴が現れて、私、怖かったの。何年も待って、あなただけを想い続けてきた時間が、結局ぜんぶ水の泡になっちゃうのかって……だから彼女に、真琴ちゃんに似てるってわざと吹き込んだのよ。自分が『ただの身代わり』なんだって気にさせて、これ以上あなたとどうにかならないようにって……そう願ってやったの。でもね、信行。あなたのためなら、私、成美の身代わりにだってなるわ。あなたの心の中に成美がいても、真琴ちゃんがいてもいい。ただ、あなたのそばにいられるなら、それでいいの。私の中には成美と同じ血が流れてる。この胸には、彼女の心臓が動いてるのよ。一度でいいから試してみてよ……私たちが上手くいかないなんて、分からないじゃない……!」由美の切実な告白を聞き、信行の険しい表情は先ほどよりわずかに和らいだ。成美と瓜二つのその顔を前にしては、なおさらだった。無表情のまましばらく由美を見つめ、信行は口を開いた。「前にもはっきり言ったはずだ。いくら成美に似ていようと、お前は成美じゃない。それに、俺と成美のことはとうに過去の話だ。俺の妻は真琴だけだ」由美はすかさず言い返した。「真琴ちゃんだって過去の人よ。西脇家の令嬢は真琴じゃないわ。信行、どうして私に一度のチャンスすら与えてくれないの?」その問い詰めるような言葉に、信行は淡々と答える。「好きじゃないからだ。それに、生きていようと死んでいようと、真琴は俺の妻だ。今後、俺が二度と誰かと結婚することはない」その言葉に
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第387話

さらに、東都に東央の支社を設立すべく、すでに場所探しにも取り掛かっていた。数日後の金曜日。真琴が光雅の代理として、市庁舎でのハイテク技術座談会を終えた直後。ネット上は彼女の熱愛の噂で持ちきりになっていた。しかもその相手は、あの貴博である。貴博のフルネームこそ出されていないものの、記事の書きぶりは明らかに彼を匂わせていた。【#東央システムズ令嬢、東都市高官と深夜の密会】【#東央令嬢、東都市で新たな恋の予感?】【#西脇茉琴、某エリート幹部とお忍びデート疑惑】これらの見出しの下には、あの日彼女と貴博が一緒にいた時の写真が何枚も載せられていた。しかも驚くほど高画質で、二人の顔の作りから表情まで、くっきりと写し出されている。写真をスクロールしながらも、真琴の心にさざ波一つ立つことはなかった。ただ、貴博の浮いた話をすっぱ抜き、あんなに堂々と彼の写真を世間に晒すとは、よほどの命知らずか、相当な度胸の持ち主に違いない。これほどの高官のゴシップなのに、よくメディアも忖度せずにこんな記事をそのまま世に出したものだ。SNSやネットニュースのコメント欄を覗いてみると、意外なことにアンチや叩くような声は全く見当たらなかった。むしろ、彼女と貴博がお似合いだともてはやし、二人が本当に結ばれれば両地域の関係にとってもプラスになると書き込まれている。中には「お似合いすぎて尊い、今すぐ役所へ直行して婚姻届を出してくれ」、「秒で結婚しろ」などと、二人の仲を煽るようなコメントまで飛び交っていた。これらのコメントを見て、真琴は苦笑するしかなかった。たった数枚の写真で、よくもまあそこまで妄想を膨らませて言いたい放題できるものだ。腹を立ててはいなかったが、それでも現地で応対してくれた幹部に電話をかけ、この騒ぎを上手く丸く収めるよう頼んだ。変な憶測を呼びたくなかったし、余計な噂の種になるのも御免だったからだ。真琴の頼みを聞き、幹部はすぐさま手配に動いた。……同じ頃、貴博の執務室。広々としたデスクに向かい、彼が何食わぬ顔で書類に目を通していると、突然ドアがノックされた。「入れ」貴博は短く声をかけると、秘書がドアを開けて入ってくる。その顔つきは硬く、ひどく緊張しているようだった。無理もない。上司がこのような熱愛の噂を立
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第388話

空港。飛行機を降りた信行が送迎車に乗り込むと、運転手はしきりにルームミラー越しにボスをチラチラと窺っていた。普段とは明らかに様子が違う。祐斗から渡されたばかりの書類を手に、信行は視線を上げて運転手を一瞥すると、何食わぬ顔で淡々と声をかけた。「今日はやけに落ち着きがないな」ハンドルを握る運転手は慌てて否定する。「いえ、とんでもないです」彼は出張に同行せず、待機中にずっとスマートフォンをいじっていた。信行を待つ間の二時間余り、ネット上の噂話をひたすら追っていたのだ。助手席に座る祐斗は、運転手の言葉を聞いて一度彼の方を振り返り、何気なく自分のスマートフォンに目をやった。しかし、画面を開いた瞬間に飛び込んできたのは、茉琴と貴博の熱愛騒動だった。載せられている写真はどれも生々しいほど鮮明だ。写真に写る茉琴は、信行と一緒にいる時とは明らかに違い、貴博の前ではとても自然体でリラックスしている様子だった。画面の急上昇ニュースを見つめたまま、祐斗は思わず息を呑んだ。恐る恐る後ろを振り返り信行の様子を窺うが、どう切り出せばいいのか見当もつかない。後部座席で静かに視線を上げた信行は、気まずそうな顔で自分を見つめる祐斗と目が合った。無表情のまま、ただじっと彼を見返す。言いたいことがあるなら、さっさと吐け――そう言わんばかりの冷たい視線だ。その威圧感に耐えきれず、祐斗は恐る恐るスマートフォンを差し出し、小声で告げた。「西脇博士が、ネットで大騒ぎになっています」その報告に信行は微かに眉をひそめ、無言のままスマートフォンを受け取った。画面に映し出された茉琴と貴博の騒動を目にした瞬間、信行の顔色は見るも無惨なほど黒く沈んだ。茉琴が真琴であろうとなかろうと、自分には付け入る隙など微塵もないのだと、まざまざと見せつけられた気分だった。記事を読み終えると、信行は苛立たしげにスマートフォンを祐斗へポイと投げ返した。会社に戻り、祐斗にこの騒動の黒幕を調べさせると、案の定、由美の仕業だった。まだ懲りずに嗅ぎ回っているのかと、信行は顔をしかめて由美の番号へ発信した。すぐに電話が繋がり、信行はいきなり低い声で問い詰めた。「どういうつもりだ?」電話の向こうの由美は全く動じることなく、穏やかな声で答えた。「別に
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第389話

「お掛けください」何食わぬ顔で長盛を見据える信行だが、その纏う空気は、はるかに年上の相手を完全に圧倒していた。信行の言葉に促され、長盛はデスクの向かいに腰を下ろす。席に着くなり、遠回しな言い方はせず、いきなり本題を切り出した。「信行くん……この間、峰亜との取引をバッサリ切ってからというもの、うちもいよいよ首が回らなくなってきてね。案件を一つか二つだけでも、またうちに回してもらえないだろうか。そうすれば、他の連中に足元を見られて、袋叩きに遭うのだけは避けられるんだ」信行が口を開くより先に、長盛はさらに言葉を継いだ。「分かっている。これまで峰亜の面倒を十分すぎるほど見てくれたことは、重々承知しているよ。だがね、信行くん……このままじゃ、峰亜は本当に潰れてしまう。どうかこれまでのよしみで、うちが生き残るための、せめて一息つける猶予を与えてやってはくれないか」さすがは海千山千の古狸だ。今回の訪問で、長盛は成美の件には一切触れず、ただ信行がこれまで助けてくれたことへの感謝だけを口にした。淡々と長盛を見つめながら、信行はすべての主導権を自分が握っていることを自覚していた。あらゆる関係において、自分が完全に手綱を握っている。誰にチャンスを与え、誰を甘やかすか、すべては彼次第なのだ。感情の読めない目でしばらく長盛を見つめた後、信行は口を開いた。「俺が峰亜を締め上げたのには、当然それなりの……」信行が口を開きかけたその瞬間、長盛が慌てて言葉を遮る。「言いたいことは分かっている。すべては由美が愚かだったせいだ。あの子が君の逆鱗に触れるような、決してやってはならない真似をした。だが、二度とあんな真似はさせないと、父親であるこの私が責任を持って約束しよう。贅沢は言わない。ただ世間に対して『まだ縁は切れていない』と示すポーズとして、一つか二つ、小さな案件を回してほしいだけなんだ。私はただ、峰亜の息の根を完全に止められるのだけは避けたいんだ。金輪際、由美には君の邪魔はさせない。西脇家のお嬢さんのところにも、絶対に近づかせないし、ちょっかいも出させない。誓ってもいい」この状況で欲をかきすぎれば、かえって信行を苛立たせると長盛は熟知していた。だから今はこれ以上高望みせず、ただ峰亜の首の皮一枚が繋がることだけを懇願した。この
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第390話

拓真の口から真琴の名が出て、信行はようやく彼の方を向き直し、問いかけた。「お前も、西脇茉琴が真琴だと思うか」ソファに深く腰掛けた拓真は答える。「あまりにも似すぎてるからな、疑わずにはいられないよ。だが、本人が頑なに認めないんじゃ、俺たちにもどうしようもないさ」真琴自身が認めようとしないと言われ、信行はふっと押し黙った。誰よりも彼自身が一番よく分かっている。彼女が頑なに皆へ素性を明かそうとしないのは、すべて自分に原因があるのだということを。ひどく落ち込む信行を見て、拓真は苦笑交じりに声をかけた。「おい、そう思い詰めるなよ。真琴ちゃんが認めないなら、そのまま西脇茉琴として接すればいいじゃないか。一人で抱え込みすぎるな。それに、もう二年以上経つんだ。お前もそろそろ過去にケリをつけるべきだ。真琴ちゃんだって、今の情けないお前の姿なんて見たくないはずだぜ」拓真に慰められても、信行はただ押し黙るしかなかった。心の呪縛を解けるのは、その呪いをかけた本人だけだ。拓真には、信行の心のしこりをどうにかしてやる術などなかった。思い詰める信行の傍らで、拓真はただ静かに酒に付き合い、やがて司と良一も呼び出した。しかし、人が増え、昔の仲間が顔を揃えるほどに、信行の胸の内で真琴への恋しさが膨れ上がり、やり場のない感情が渦巻いていくのだった。……同じ頃、ホテルのエントランス。真琴が研究所から出てくると、傍らに停まっていた無骨なオフロード仕様のSUVが、軽くクラクションを鳴らした。そちらへ目を向けると、車から降りてくる貴博の姿があった。彼を見た瞬間、真琴の顔にふわりと笑みが浮かぶ。「事務局長」その眩しい笑顔に、貴博は歩み寄りながら微笑みかけた。「西脇博士、今仕事終わったところ?夕食はもう済ませた?よかったら、夜食でも食べて、少し散歩しない?」今回の貴博の誘いは、これまでよりずっと単刀直入で、自身からの好意を隠そうともしていなかった。相手を見上げながら、真琴は考えた。貴博と話しているといつも新しい発見があるし、それに、彼がここでずっと待っていてくれたのだろうと思うと、胸が温かくなった。真琴はためらうことなく、素直に頷いた。「夕食は済ませてしまいましたが、散歩なら喜んで」光雅の言う通りだ。自分はま
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