「いいえ、とんでもない」詩織は慌てて否定し、すぐに本題を切り出した。「ところで、例の港湾プロジェクトですが、入札はいつ頃になりますか」「おや、興味がおありで」「ええ。利益を生む匂いのする案件には、いつだって興味がありますから」その正直で貪欲な姿勢に、賢の瞳には明らかな好意の色が滲んだ。彼は手元のレモンウォーターを一口含むと、グラスをゆっくりと置いて居住まいを正した。「不躾を承知で伺いますが……現在、お付き合いされている方はいらっしゃいますか」あまりに唐突な話題転換に、詩織は不意を突かれた。「……いえ、独り身ですけど」「では、どういった男性がタイプでしょう。たとえば、僕のような男は候補に入りませんか」彼と会うのは、これがまだ二回目だ。家から結婚を急かされているのかもしれない。詩織は冷静にそう分析し、角が立たないよう丁重に断りを入れた。「光栄なお話ですけれど、今は恋愛にうつつを抜かすつもりはないんです。頭の中はビジネスと稼ぐことでいっぱいですから」賢は振られたにもかかわらず、表情一つ変えずに頷く。「素晴らしいですね。自立し、己の力で道を切り拓こうとするその生き方、僕は尊敬しますよ」そう肯定しておきながら、彼は穏やかな笑みを崩さずに続けた。「ですが、もしよろしければ……立候補の届け出だけでも、受理していただけませんか」「ふふ、篠宮さんって意外と冗談がお好きなのね」詩織が思わず吹き出すと、賢は真剣な眼差しで彼女を見つめ返した。「本気ですよ」……食事を終えて店を出ると、外は雨だった。ここ最近はぐずついた空模様が続いていて、どうも気分まで湿りがちになる。傘は車の中に置いたままだ。賢も手ぶらで来ていたらしい。雨足を見るや、詩織に短く一言断ってから、傘を借りるために店の中へと戻っていった。そのわずかな隙をつくように、店から志帆と美穂が出てきた。商談はうまくいったのだろう、志帆は上機嫌で顔をほころばせている。だが、その笑みは詩織の姿を認めた途端、さっと引いていった。美穂もすぐに詩織に気づき、露骨に顔をしかめる。「なによ、なんであいつがいんの?」つい先日、約束を反故にして詩織との会食を優先した譲の一件もあり、美穂はもともと詩織に対して良い感情を持っていない。おまけに最近、従姉の志帆が詩織
Read More