小川龍也(こがわ たつや)と付き合って、もう五年になる。付き合う前、彼はこう言った。「異性との、体の接触は苦手なんだ」「もし嫌なら、別れてもいいよ」優秀な人には、多少変な癖があるものだと思った。だから、私は特に気にしなかった。むしろ、彼のことも受け入れた。五年来、私たちは穏やかに過ごした。でも……ある夜更け、突然、電話が鳴った。龍也の恩師が、危篤だって。電話を受けた彼は、何も言わずに服を着て、病院へ走って、翌朝、疲れ切った顔で帰ってきた。朝食の席。ふいに、彼が言った。「優香と、子どもを作るつもりだ」一瞬、聞き間違いかと思った。「え?何て言ったの?」彼は相変わらず穏やかな顔してる。「先生の容態が、もう長くない。一番望んでいるのは、娘の優香が、信頼できる誰かのもとに嫁ぐことだ」「先生は、ずっと俺を助けてくれた。その恩に、報いなければ……」私は言葉を失った。「でも、他の人に頼めば?優香ちゃんだって、普通に彼氏とか……」龍也が眉を寄せた。「感情のこと、そんなに軽く考えていいのか?それに、ただ子どもを作るだけ。精子を貸すだけ。結婚するわけじゃない」なにそれ、平然としての?「龍也。今、何て言ったの?あと一ヶ月で、結婚するんでしょ?それなのに、他の女と子供を作るって、どういうこと?」龍也の眉が、わずかに寄せられ、その目にも、初めて苛立ちが浮かんだ。「優香は、恩師の娘だ。妹のようなものだ。どうして、他人扱いするんだ?」「妹が、自分の兄に『妊娠してほしい』なんて言うの?!」わからない。本当に、わからない。そんな私の反応は予想外だったのか、龍也が一瞬だけ固まった。でも、すぐにいつもの無表情に戻る。「幸(さち)、そんなに無茶苦茶言わないでくれ。俺は……」話を遮られたその時、スマホが鳴った。彼は画面を見るなり、表情を変えた。「わかった、すぐ行く」龍也は私の方を、一瞥もしない。立ち上がり、足早に部屋を出ていった。テーブルの上には、朝から丁寧に作った朝食。彼が口にしたのは、ほんの一口だけだった。ドアが閉まる音がした瞬間、私は全身の力が抜けたように、椅子にぐったりと座り込んだ。いつから、こんな風になってしまったのだろう?私は過去を思い返した。
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