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第5話

Author: 匿名
優香の母親の顔色がさっと曇った。

確かに自分の娘の味方ではあったが、こんなことはやはりあまり立派なものではなかった。

彼女が何か言うのを待たずに、龍也はすでに決断を下していた。

「お前、タクシーで帰れ」

そっけない一言。

優香は、そっと私のほうを見た。その目には、はっきりとした嘲りの色が浮かんでいた。ほんの一瞬、唇が皮肉っぽく持ち上がった。

それから彼女は、ゆっくりと車の窓を閉めた。

白い息を吐いて走り去った車を見て、私は、驚きもしなかった。

そういう龍也だ。

優香の気持ちを優先するために、私をどこまでも後回しにできる。

そして、それを当然だと思っている。

空は皮肉屋のように、ぽつりぽつりと雪を降らせはじめた。小さな粒が、次第に地面に白いベールを広げていった。

私はその雪を、ひらりと手で掴んだ。

かじかむほど冷たい。

けれど……その冷たさは、胸の奥の何分之一も冷たくない。

家に帰ると、龍也が荷造りをしていた。

私が玄関から入っても、彼は振り向きもせずに言った。

「優香は最近気分がすぐれないんだ。

しばらく、俺がそっちに付き添う。お前はこの間、バスで会社に行け」

私は何も言わず、気にも留めなかった。

優香の気分を取り戻すために龍也は、私を放ったままで、彼女のもとに行くと決めたのだ。

私は何も聞かなかった。

彼も、何も説明しなかった。ただ荷物をまとめて、家を出ていった。

それから、一週間、龍也は帰ってこなかった。

メッセージも、一つもない。

でも、私は知っていた。彼が今、何をしているのかを。

優香が、私に教えてくれたから。

動画も、写真も、連発で送られてくる。

それを見ているうちに、私が龍也には、こんな一面があったんだと。

彼は愛し方を知ってる人なんだ。ただ、人によるだけ。

彼は優香のために、料理を作る。

エビの殻を丁寧にむいてあげたり、プレゼントを選んだり。遊園地にも、観光地にも、彼女を連れていく。

全部、私が昔、彼に「一緒に行きたい」と頼んだことばかり。でも龍也は「つまんないだろ」って、ずっと断っていた。

特に気にしていなかったが、送ってきた動画や写真は、無言で保存していっただけ。

そして、自分のことの処理を終えた後、私は会社に退職届を出した。

友人たちは、呆然とした表情を浮かべた。「え?どうして突然辞めるの、幸?」

「大丈夫?何かあったの?」

「ずっと外でぶらぶらしていたから、帰って地元で仕事をしたいんだ」私は笑って説明した。

すると、誰かが聞いた。「じゃあ、小川さんも一緒に帰るの?」

誰もが知っていることだが、龍也は今の仕事のために長い間頑張ってきた。彼が今のすべてを捨てて、私と地元に戻ってくるなんて、みんな信じていなかった。

「結婚してすぐに別居するなんて、ちょっとよくないんじゃない?」友人の一人が私に言った。

でも、今のところ、彼らはまだ悪い方向に考えてはいなかった。

でも、私はどうなの?

なぜ、私が彼を追いかけ続けてきたのか。

なぜ、私が彼のためにこの街に来たのか。

なぜ、私が「愛してる」と口にするたびに、自分の将来まで差し出したのか。

私は文句を言ったことがあっただろうか?

だからといって、私が彼を愛しているからといって、それで私が当然苦労すべきだというのか?

でも私が口にしたのは、「ううん。別居することじゃないよ」

そう言っただけ。

言い終えると、私はもう説明しようとはしなかった。

私にはまだやるべきことが山ほどある。彼らが信じないのなら、無理に信じさせる必要もない。

仕事の後始末を終え、最後には上司の引き留めもきっぱりと断り、私は家へと帰った。

意外だったのは、龍也の姿が見えた。そしてその隣には、優香がいた。

ドアが開く音を聞くと、もともと寄り添っていた二人はすぐに離れた。

私は見なかったふりをして、自分の事務用品を抱えると、寝室へ向かった。

「おかえり! 今日、仕事じゃなかったのか?」龍也が聞いてくる。

彼は、私が抱えているものに気づき、眉をひそめた。「辞めたのか?」

「うん」私は答えただけ。

多くを説明する気はなかったので、物を持って書斎に入った。

龍也は後ろからついて入ってきて、顔をしかめた。「どうして、俺に相談もなく勝手に……!」

その言葉を遮るように、優香が現れた。

「龍也君、幸さんのこと、責めないで。こんなに若くない年齢で、若者たちと競争するのって、大変なのよ。時流に流されて、落ちるのも、無理ないかも……」

その言葉が、胸に突き刺さった。私の年齢を、あえて強調して、皮肉っているのが、わかるくらいに。

私は何も言わなかった。ただ、頷いた。

「役に立たない奴だ!」と龍也は不機嫌そうに呟いたが、優香に慰められ、ようやく落ち着いた。

もし、彼女があの挑発的な動画や写真を送ってこなかったら、私は、彼女に「ありがとう」って言っていたかもしれない。

そんな時だった。机の上に置いていたスマホが、突然鳴った。

私が手を伸ばすより早く、優香が、何かを見たようで、手に取った。

そして、その画面を見て、大袈裟に声を上げた。

「わぁっ!こ、この『夫』って、誰?」
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